「腕がパンパン」ではなく「筋肉がよろこんでいる」…心が折れそうな時に内村航平が使っていた言い換え
プレジデントオンライン / 2023年2月8日 14時15分
※本稿は、内村航平『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■もし、自分がサラリーマンになっていたら…
自分をコントロールする。簡単そうに見えて、これほど難しいことはないのではないかと思います。
もし自分がサラリーマンになっていたらどうだったか。
もしもあまり楽しいと感じられる仕事ではなくても、まずは心を無にしてやっていたのではないかな、という気がします。作業に徹する感覚です。
僕は体操で毎日きつい練習をしていましたが、本音では、やりたくない日はやっぱりありました。そういうときは、心を無にして、毎日やるべきことを淡々とこなしていったものです。
無の境地というような大げさなことではなく、ただ目を開けているだけで、何も考えない感じです。
練習では準備運動から始めるので、体がきつくて今日はつらいな、というときはその段階から心を無にしていました。どうしてこんなことを続けなければならないのか、といった疑問は挟まない。
それでも、何も考えずに続けていると、少しずつ心が乗ってくる。いつのまにか嫌だという気持ちはなくなり、練習に集中できていたのです。
仕事の場合もそういうやり方が応用できる気がします。
余計な思考を止めてしまい、日課を始められたなら、今日は気持ちが乗らないからやめておくといったことがなくなるはずです。
■考えるのをやめられないなら、ひたすら考え抜く
習慣化するコツとしては、「朝起きたらすぐに○○をする」、「AをしたらBをする」というように時間を決めたり、やるべきことを他の行動と関連付けするのがいい、などとも言われているようです。
それはおそらく、その作業を日々のルーティーンにしてしまうことで「なぜ? どうして?」といった疑問を挟まずに始められるようになるからなのだと思います。
こうしたやり方を導入しようとしても、どうしてもあれこれ考えて、拒否反応を示してしまうという人もいるかもしれません。
そういう場合は、真逆の発想で、考えに考えて、考え抜くのもいいかもしれません。
考えるだけ考えた先に、自分なりの答えが見つかり、“何も考えなくなる境地”がある気はします。 そこに行き着けば、行動に疑問を挟まなくなります。
■「腕がパンパンできつい」は「筋肉が喜んでいる」
つらいと楽しいは紙一重のところがあります。
そういうと極端に聞こえるかもしれませんが、つらいことをつらいと思わなくなるようにはできます。発想の転換です。
体操でいえば、つり輪の練習はかなりつらい。静止技は、試合では2秒止めればいいのに、練習では10秒止めることを3回やったりします。そうすると3回目には腕がパンパンになり、力が入れられないくらいになります。
だけどそこで、「腕がパンパンできつい」といった表現を使わないようにします。そういうときには「筋肉が喜んでいる」と言うようにするのです(笑)。
少し極端なようですが言葉を変えただけで、成長してるぞ! と感じやすくなり、楽しくなってきます。
言霊(ことだま)のようなもので、楽しいと口にすれば楽しいし、つらいと口にすればますますつらくなってしまう。
だからこそ僕は、つらい、苦しいといった言葉は口にしないようにしています。
困難に立ち向かったり、難しいことをマスターしようとしたりする際に「なんで、できないんだろう?」と悩む人は多いと思います。
そういうときにも「できないのが普通のこと」、「すぐにできたらおもしろくない」という考え方をすればいいのです。
その発想でいれば、できない理由を自分で考え、正解にたどり着くこともできます。実際のところ、すぐにできるようなことなんてつまらないものです。
簡単にできることは飽きるのも早く、すぐにおもしろくなくなります。
つらいと感じることが目の前にあるのはむしろ幸せなのだと思っていいはずです。
■集中モードに入る2つのルーティーン
物事を成し遂げるには集中力が必要になります。試合に臨む際は、競技にのみ集中するモードに入ります。
僕が重要だと考えているのは“目力”です。
目をカッと見開くことで、モードを切り替えられる。鉄棒ではとくに一度離したバーをまたキャッチしたりするので、目から得る情報が大切になります。感覚としては、目が脳だと思ってやっているのにも近い。
そのため、演技に入る前にまず目に力を入れるわけです。
僕だけの感覚かもしれませんが、目を見開く意味はかなり大きい。寝起きで目がぼやけているときに集中できないのは当然だとしても、いつもよりカッと目を開けられる感じがするときは、試合でもいい結果に結びつきやすい気がします。
それで僕は、演技に入る前に目を見開くようにしています。
演技前に目を閉じる人もいるし、そのあたりは人それぞれです。自分でいちばんいい方法を見つけられたなら、それがいちばんのはずです。
もうひとつは、やはり深呼吸です。
意識的に、ふうっと力強く息を吐き出すと、スイッチが入ります。一般的には息を吸うと交感神経が優位になって緊張状態になり、息を吐くと副交感神経が優位になってリラックス状態になるといわれます。
■競技後のインタビューでは聞き返すことも多い
僕の場合は理屈ではなく、自分なりにいいと思えるやり方をしています。
深呼吸の効果もあるのか、演技が始まる頃には、ほとんど何も考えていない状態になっています。
集中力というものは、おそらくトレーニングでも鍛えられると思います。
僕の場合はもともと高いほうだったのかもしれません。親から聞いた話では、3歳の頃から、何かに夢中になると、他のことは“見えない聞こえない状態”になり、ひたすらそのことだけをやっていたようです。
体操の競技中は極限まで集中しています。
競技が終わったときにいちばん疲れているのは脳で、肉体的なつらさは翌日以降にくるものです。
競技が終わった瞬間は、インタビューを受けても日本語が入ってこないこともあります。質問を受けたあと、「いまなんて言いました?」と聞き返している場合も多いのです。その後しばらくのあいだは、スマホを見ようとしても文字が読めないこともあります。それだけ競技中は集中して目と脳を使っているということなのだと思います。
■長丁場の競技でどうやって集中力を保っていたか
一般の人にはあまり関係ないかもしれませんが、僕の場合、体操で6種目の演技をするうえで集中力を切らさないためのパターンのようなものもあります。
個人総合決勝を第1組(予選成績上位の組)で回る場合、床から始まり、鉄棒で終わることになります。
床は得意なので、深く考えないでもミスすることは少ない。2種目目のあん馬は落下しやすい種目なので気を引き締める。次のつり輪は失敗がほとんどない種目なので、ある程度、気持ちをフラットにする。
![体操競技用の器具が置かれた体育館](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/e/1200wm/img_7e823acdc775384bfa8db766392ce5e5472892.jpg)
4種目目の跳馬ではまた気合いを入れます。たとえばリオデジャネイロオリンピックではリ・シャオペンという大技をやったので、気持ちを最大限に高めました。
跳馬は競技時間が短いため、ここで間が空きます。そうすると集中が切れやすいので、5種目目の平行棒は“1種目目のつもり”になって気持ちをつくり直します。
6種目すべてに同じ気持ちで臨むのではなく、そうして気持ちを整えていくことをパターンにしていました。
5種目目までうまくいったときは、そのままいくというよりは、6種目目に気持ちを入れ直すようにもしていました。
■「調子が悪いときはどうするべきか」も学んでおく
こうしたパターンをつくっていくためには、練習や試合を積み重ねて統計を取ることも大切です。数字にまではしなくても、自分の中で傾向のようなものを把握しておきます。その日のコンディションや途中までの流れによって変わっていく部分も多いので、状況に合わせて対応していく。
![内村航平『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/0/1200wm/img_50f736280813c4bd8085665c7a1d059a195807.jpg)
とにかく自分をよく知っておくことが大切なのです。それは、どんな仕事や競技においても、周囲やライバルを気にする以上に、意識的にやるべきことではないでしょうか。
調子が悪いときに気持ちで負けてしまわないためにも、「調子が悪いときはどうするべきか」も学んでおく。経験を積んでいくことにより、調子が悪いときなりの練習や試合のこなし方というものがわかってきます。
「こういうときはケガをしやすい」といったことも、自分の中でわかってくれば注意もできます。そういう部分までを含めての集中なのだと思います。
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元プロ体操競技選手
1989年1月3日生まれ、長崎県諫早市出身。体操競技で五輪4大会(北京、ロンドン、リオデジャネイロ、東京)に出場し、個人総合2連覇を含む7つのメダルを獲得(金メダル3、銀メダル4)。国内外40連勝を達成した世界屈指のアスリートであり、「キング」の愛称で知られる。2016年から日本体操界初のプロ選手となり、21年の東京五輪、世界選手権出場を経て、22年に引退。現在は講演やイベントのプロデュースを通して体操競技普及のための活動に取り組んでいる。
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(元プロ体操競技選手 内村 航平)
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