サービスは先手必勝…JALの元トップCAが「お客様の名前をわざわざ呼ぶ」3つの理由
プレジデントオンライン / 2023年2月8日 9時15分
※本稿は、桜井妙『元JALのトップCAが明かす ベストパフォーマンスを発揮する人の「接客力」』(大和出版)の一部を再編集したものです。
■「桜井様、おはようございます」にある3つの効果
接客に対する評価は、自分たちで決めるものではありません。お客様が決めてくださいます。
その中でも、「また利用するか、二度と利用しないか」は一番わかりやすい接客への評価ではないでしょうか。
そこで、お客様に「また利用したい」と思っていただくために私たちができることを、この章で一緒に考えていきましょう。
ある会社に問い合わせの電話をしたときのことです。
「桜井様、おはようございます」という声が受話器の向こうから聞こえました。
名前を添えた丁寧な挨拶に、私は軽い驚きと気恥ずかしさ、そして、その会社への親しみを感じました。
このように名前を呼びかけること、これをバイネーム(by name)と言います。
■サービスは「先手必勝」、なるべく早く名前を呼ぶべき理由
お客様のお名前がわかるとき、名前を添えてお声がけすることはCAの常識です。
搭乗前の機内では、各自が割り振られた担当エリアで、サービスに必要なものをテキパキと準備します。猫の手を借りたくなるほど忙しい時間帯です。
ただ、どんなに忙しくても、担当するお客様のお名前は急いで暗記します。搭乗までの限られた時間なので完璧には覚えられませんが、地上スタッフから直前に手渡されたネームリストを、意識して頭に入れます。
このバイネームに関して、私には強いこだわりがありました。
たとえば、「17 Aの田中様」と記された搭乗券を持ったお客様がお乗りになったら、必ず自分から「田中様ですね。いつもご搭乗ありがとうございます」と笑顔でご挨拶をしました。
サービスは「先手必勝」。お名前はなるべく早く、こちらから呼びかけてこそ意味があります。なぜならば、先に挨拶するという行動は「謙虚さ」を表し、「あなたとコミュニケーションをとりたい」という意思表示でもあるからです。
先手必勝という言葉は将棋や囲碁から生まれた言葉ですが、相手より先に攻撃すると有利になるという意味合いがあります。
サービスは、サービスパーソンから行動を起こせば「気遣い・心配り」になりますが、後手に回りお客様から声をかけられたならば、それは「お客様への配慮が足りていない」ということになってしまうのです。
また、地上スタッフと連絡を取るために、必ず誰か1人は、すべてのお客様の搭乗が終わるまで入口に立っている必要があります。
その際に、担当のお客様が搭乗されたら「17 Aの田中様です。ご案内お願いします」と必ずお名前を添えて、ほかのCAにご案内をお願いしていました。
「お客様のご案内をお願いします」でも伝わりますが、それだとお客様は、ご自分のことを大切にされているようには感じないのではないでしょうか。
老舗旅館や一流ホテルのスタッフの方が、意識的に名前を呼んでくださるように、お客様へ歓迎の気持ちを伝えるにはバイネームが効果的なのです。
■お客様の名前を知っておくことがリスクマネジメントに
バイネームを使う意図は、「歓迎の意思表示」だけではありません。
私は、ほかにも明確な意図を持ってバイネームを使っていました。
たとえば、アテンダントシート(非常口サイドにあるCA用の席)の前にお座りになるお客様へのバイネーム。チーフ業務をするようになった頃から、自分の前にお座りになるお客様のお名前は、必ず事前に調べていました。
担当エリアのお客様や顧客様のお名前は事前に知らされますが、そうでない方のお名前はわかりません。搭乗がはじまる前のごくわずかな一瞬、いまだと思ったら走って搭乗ゲートに行き、地上スタッフに調べてもらいました。
そして、離陸前にアテンダントシートの前にお座りになったお客様に、「井上様、いつもご搭乗ありがとうございます。桜井と申します。本日は、どうぞよろしくお願いします」と、必ず言葉を交わすようにしていました。
なぜ、このようにしたのかというと、万が一の緊急時のためです。
非常口付近の座席に座ったことのある方ならご存じかもしれませんが、その座席のお客様には「ここは非常口に接しています。航空機ドアの開閉等、緊急脱出の援助をお願いします」とお伝えし、離陸前に非常口用の説明書をお渡しすることが義務づけられています。
緊急時には、全員が90秒以内に脱出できるよう飛行機は設計されていますが、お客様のご協力がなければそれはできません。とくに、非常口付近に座るお客様に脱出の援助をしていただくことが必要です。
CAが乗務する一番の目的は、保安要員としての任務。とくに自分が客室の責任者である場合は、1秒たりともムダにできません。
スムーズに脱出作業を終えるためにも、ご協力いただく可能性のあるお客様のお名前を事前にお呼びして、心の距離を縮めておく必要があるのです。
「一期一会」は、接遇だけの言葉ではないと私は考えます。
たとえば、命の現場。医療現場です。看護師さんもバイネームをよく使います。
私は救急車で搬送されたとき、「患者さん聞こえますか?」ではなく「桜井さん、ここは病院です。聞こえますか?」と確認されました。意識が混濁しても名前を呼ばれたときは、脳は自分に声をかけられていると自覚します。
このように、いまという瞬間は二度とないことを意識しなければいけないときもあるのです。緊急事態に備えるためにも、お客様のお名前を知っておくことは立派なリスクマネジメントだと言えます。
■「チームワークを高める」ためにバイネームを使う
バイネームは、お客様の前で使うだけのものではありません。
たとえば、CA間でお願いごとをするときに、「お客様にこのコーヒーをお持ちしてください」ではなく、「田中様にこのコーヒーをお持ちしてください」と名前を明確にすることで、ミスがぐっと減ります。
CAが担当するお客様は大勢いるので、依頼されても忘れてしまうこともあります。しかし、名前を伝えてお願いすることで記憶が鮮明になるのです。
これはチームで仕事をするときに、必要なことです。
さらに、私は地上スタッフの名前を、必ず呼ぶようにしていました。
胸にはネームバッジがあるので、それを確認して「加藤さん、お忙しい時間に申し訳ありませんが、この席のお客様のお名前を教えていただけますか?」。
このように名前を呼ぶだけで、「1つの便を一緒に飛ばす」という共通の目的を持った、仲間意識が生まれます。すると、親しみを感じ仕事がより楽しくなるのです。
個人のプライバシーがあるので、いつでもどこでも大声でお名前を呼ぶことはできません。しかし、ここぞというタイミングでのバイネームは、どのシーンでも大きな意味を持つということを、ぜひ覚えておいてください。
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コミュニケーション・デザイン結 代表取締役
JAL国際線客室乗務員として28年間勤務。在職中、社長表彰など数多く表彰される。2012年より現職。専門は、コミュニケーションとストレスの危機管理。米国NLP協会認定トレーナーアソシエイト、睡眠健康上級指導士、シナプソロジーアドバンスインストラクターなど資格多数。現在、全米さくらラジオ制作の「イエス ユー キュン♪」とFM北海道制作の「ミラコイcast」「危機管理podcast~Watch Out」の3本のポッドキャストを担当。フランスと日本を拠点に活動。
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(コミュニケーション・デザイン結 代表取締役 桜井 妙)
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