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NYの街中で「中国に帰れ」と罵倒された…アメリカ人が日本人に対してもヘイトをぶつけるようになった理由

プレジデントオンライン / 2023年2月16日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wachiwit

アメリカでは黒人だけではなくアジア人も差別の標的になっている。NHK記者の及川順さんは「トランプ前大統領が新型コロナウイルスを『チャイナ・ウイルス』と呼んで以降アジア人へのヘイトが拡散された。アジア人は『攻撃してもやり返してこない』と思われている節がある」という――。

※本稿は、及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■アジア人に向けられたヘイトクライムが急増

アメリカでは近年ヘイトクライムの問題が深刻だ。ヘイトクライムは人種や宗教に対する偏見に基づいた犯罪のことである。黒人に対するヘイトクライムは長年問題になっているが、2020年頃からは日系人を含むアジア系住民に対するヘイトクライムが急増している。

対象はこうしたマイノリティーと呼ばれる人種に留まらない。2022年2月に始まったロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻を受けて、今度はロシア系アメリカ人などをターゲットにした犯罪が増えた。

2020年、ミネソタ州で黒人のジョージ・フロイドさんが警察官に制圧され、窒息死する事件が起きた。これをきっかけにアメリカでは黒人の人権擁護を訴える社会運動、ブラック・ライブズ・マターが活発になり、人種的マイノリティーの人権について社会の関心が高まった。

各地で警察の対応に抗議する集会が開かれ、黒人だけでなく白人やアジア系、ヒスパニックなどさまざまな人種が声を一つにした。そしてメディアもこうした動きを連日取り上げた。テレビを見ている限りは、社会正義の実現に向けてアメリカ社会が動いているようにみえた。

■トランプ前大統領の「チャイナ・ウイルス」発言

しかし、同時に、地下に滞留したマグマのように、社会への不満を鬱積(うっせき)させる人たちも増えていった。その矛先が向かったのがアジア系住民であり、導火線の役割を果たしたのがトランプ前大統領の発言だ。

トランプ大統領は、新型コロナウイルスの感染拡大前から、アメリカ経済低迷の原因は中国であると主張し、新型コロナの感染拡大が始まるやいなや、ウイルスが最初に確認されたのが中国・武漢だったことから、「チャイナ・ウイルス」という言葉を連発した。

ヒトの新興感染症の名称には、地名の使用は避けるべきという声明をWHO(世界保健機関)が2015年5月8日に出している。しかし、トランプ前大統領は、そんなルールはお構いなしに、2020年の大統領選挙での再選を実現すべく、「チャイナ・ウイルス」という言葉を連発して、中国に対する偏見をあおった。

■日本人であっても「中国に帰れ」と罵声を浴びせられる

アメリカで生活しているとよくあることの一つが、韓国人や中国人に間違われることだ。アメリカでは、容姿から国籍を区別するのは難しいからだ。日本人、韓国人、そして中国人は、文化が近いこともあり、行動をともにすることも多い気がする。例えば、筆者の息子の小学校では、日本人の母親、韓国人の母親、中国人の母親は、教育熱心なこともあってか、仲のよい「ママ友」同士だ。

ヘイトクライムの加害者たちは、日本人や日系人だろうが、韓国人だろうが、中国人に見えれば、「中国に帰れ」と罵声を浴びせた。もっと悪質な例になると、背後から近づいてコンクリートの路上に押し倒したりした。筆者が取材した日本人の女性は、アメリカ人の男性と西海岸の町の中華街を歩いていたが、少しの時間、男性と離れたところを狙ったかのように突然襲われた。女性は重傷を負った。それだけでなく、精神面でのトラウマも抱えることになった。

アジア系を狙った事件は東海岸でも多い。むしろ最近ではニューヨークで発生する事件が多い。地下鉄の駅でアジア系の女性が後ろから線路に突き落とされる事件も起きた。筆者の知人の日本人男性もニューヨークの町なかを歩いていたら、突然白人の女性が近づいてきて、「中国に帰れ」と言われたと話していた。事件は新型コロナウイルスが猛威を振るっていた中、多発した。

ニューヨークの交差点を行き交う人々
写真=iStock.com/deberarr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/deberarr

■アメリカ社会の分断が加速している

アジア系を狙った犯罪は住民だけでなく宗教施設もターゲットにしてきた。被害を受けたのは、ロサンゼルスの日本人街、リトルトーキョーにある東本願寺ロサンゼルス別院。事件が起きたのは2021年2月の夜。取材で寺を訪れると、寺の責任者の伊東憲昭さんと藤井真之さんのお二人が当時の状況を説明して下さった。

藤井さんは、寺の事務所にいたという。犯行の一部始終は寺が設置していた防犯カメラに記録されていた。黒のキャップに白のTシャツ、黒の短パンという姿の男は、柵をよじのぼって建物に近づき、提灯を下げる木製の台二つに火をつけ、金属製の灯籠2基を倒した。そして、石を投げて建物のガラスを割り、柵を乗り越えて外に出た。

藤井さんは「ビデオで確認すると、5分以内にすべてのことが行われていて、警察からは計画的な犯行ではないかと言われました。この事件がヘイトクライムかどうかはわかりませんが、日本の文化や仏教の象徴である灯籠を倒して、火をつけていることから、そういうものに憎しみの感情がある人ではないかと思います」と話していた。

また、責任者の伊東さんは、アメリカ社会の分断が徐々に進行していることを痛感しているようだった。

「私はここにおよそ45年いますが、こんなことは起きたことがありません。大きな被害ではありませんが、取材が相次いでいます。それは、アメリカの人々が『これはアジア系の人々に対する新たなヘイトクライムだ』と考えているからだと思います。残念なことに私たちは分断された社会に住んでいます。しかし、10年前は今ほどひどくはありませんでした。大事なことはアメリカ人、日本人などという前に、みな人間であると理解することです」

■アジア系へのヘイトクライムは約4倍に急増

アジア系住民に対するヘイトクライムの増加はデータでも裏付けられている。カリフォルニア州立大学サンバーナーディーノ校の「憎悪・過激主義研究センター」がまとめた調査によると、ニューヨークなど10の都市で2021年に起きたアジア系住民に対するヘイトクライムと見られる事件は295件だった。

及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)
及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)

これは前年、2020年の79件と比べると3.7倍の増加になる。都市ごとに見ると、ニューヨークでは前年の4.4倍、ロサンゼルスでは前年の2.7倍の増加だ。研究センターのブライアン・レビン教授は、ヘイトクライム急増にはさまざまな理由があると指摘する。

レビン教授がヘイトクライム増加の理由として最初に指摘するのは、報道や政治家の発言などの影響だ。レビン教授は「この10年を見ると、その時に報道されている出来事によって攻撃の対象となる人種が変遷している」と分析している。その上で、アジア系住民に対するヘイトクライムを誘発した要因は、やはり、トランプ前大統領の「チャイナ・ウイルス」発言にあると見ている。

「トランプ前大統領が、特定の人種に対して軽蔑するような、固定観念にとらわれたような発言をして以降、事件は増加しています。さらに、いったん偏見が広まってしまうと、政治家の発言などのきっかけがなくても、新型コロナウイルスのニュースを見て、それとアジア系の人々を結びつけてしまう人が出てきます」

ご存じの通り、トランプ氏は2020年の選挙に敗北してホワイトハウスを去った。しかし、その言動によって増幅された偏見は消えることなく、退任後も根深く残っている。

■「アジア系は反撃してこない」

レビン教授によると、アジア系住民が狙われるのには、固有の理由もあるという。その一つが、「アジア系の住民は、攻撃をしても反撃してこないだろう」という加害者の固定観念だ。我慢の文化、あるいは事を荒立てないようにする文化が、かえって加害者を増長させている。さらに、被害者が英語を十分に話せない場合、「攻撃されても警察に通報しないだろう」と加害者が決めつけて、犯行に及ぶことも考えられるという。

確かに警察への被害届の提出には言葉のハードルがある。筆者も以前、自宅の駐車場にとめていた自家用車からマフラーについている触媒が盗まれたため、被害届を警察に提出したが、普段は使わないような独特の用語も多く、面倒だった。さらに、英語が十分に話せないとなると、警察署に行っても、どれだけ対応してもらえるのかはわからない。

このため、ロサンゼルス近郊では、NGOがヘイトクライムにあった際の手続きの方法を各国語で説明したパンフレットを作成するなどの取り組みが進められている。

■教育熱心な「成功者」へのやっかみ

アジア系は、弱者と見られる一方で、成功者とも見られている。レビン教授は、「『成功を収めている人』への潜在的なやっかみが、さまざまな偏見と混ざって、ヘイトクライムにつながっていると考えられます」と話す。

筆者の肌感覚でも、日本、韓国、中国からの移民やこれらの国々にルーツを持つ人たちは、教育熱心な人が多いという印象はある。実際には家庭ごとに事情は異なるだろうが、やっかみを持つ人たちは「アジア系は子どもに勉強ばかりやらせて、よい大学に行かせて、成功をつかませている。アメリカにあとから来た彼らは、我々が守ってきたものを奪いに来ている」などと感じているようだ。

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及川 順(おいかわ・じゅん)
NHK記者
1971年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。1994年、NHKに記者として入局。国内政治、アメリカ政治、アメリカ社会を中心に取材。報道局政治部、アメリカ総局(ニューヨーク)などを経て、2019年からロサンゼルス支局長。2010年、国連記者協会賞受賞。NHKのニュース番組でのリポートやウェブでの執筆経験多数。

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(NHK記者 及川 順)

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