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政府は人口減のためにコロナ禍を利用している…アメリカで広がる「トークラジオ」という危険なメディア

プレジデントオンライン / 2023年2月19日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AHMET YARALI

アメリカでは「地球は平坦」「コロナは存在しない」といった「非科学主義」を信じる人たちが増えている。NHK記者の及川順さんは「車社会のアメリカではラジオが充実している。だがラジオ局の中には、『ニュース解説』と称して非科学的な主張を垂れ流す番組が存在している」という――。

※本稿は、及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■ラジオが充実している車社会アメリカ

「非科学主義」を「布教」しているのは誰なのか。ソーシャル・メディアが拡散を加速させているが、それだけではない。その一つがオールド・メディアの代表格であるラジオだ。

アメリカは、ニューヨークのような公共交通機関が発達している都市を除けば車社会だ。通勤に車、子どもを習い事に連れて行くのに車、買い物に行くのに車、休日に家族でどこかに出かけるにも車、などという具合だ。このためラジオが充実している。

例えばロサンゼルスでは、音楽関係が中心のFMはジャンルごとにクラシックの局、ジャズとブルースの局、ロックの局などと細分化され、スペイン語の放送も充実している。FMは71局、AMは37局もある(Los Angeles Almanac 調べ)。

■「非科学主義」をまき散らす政治トーク・ラジオ

数多くあるラジオ番組の中で「非科学主義」の伝道師の役割を果たしているのが、政治関係のトークが売りのトーク・ラジオだ。そのことに気づいたのは、2021年12月、自家用車が故障したため、タクシーのようなサービスを使って、支局から自宅まで戻った時だった。

筆者の自宅があるエリアは、アジア各国や中南米各国、それにヨーロッパなど世界各地からの移民が多く、政治的にはリベラルな地域だ。「非科学主義」にはまる人が増えるような土壌はない。

そんな地域に向かう道中、50歳くらいと見られる男性の運転手は、「ラジオでニュースを聴くのは好きか」と尋ねてきた。好みでない音楽を車内でガンガンかけられるよりは、ニュースを聴く方がよいと思ったので、「好きだ」と答えたところ、運転手が周波数をあわせたのが「トーク・ラジオ」だった。

「バイデン政権が進める新型コロナ対策は、神のご意志に反する」などと批判が続く。運転手は「このラジオ局のニュース解説はわかりやすいから、あなたも周波数を覚えておくように」と言う。

■「神の心に従わないワクチンを打ったのは間違いだった」

ラジオの「ニュース解説」を聴きながら、運転手の身の上話が始まった。運転手はサンディエゴで新型コロナに感染したという。その後、新型コロナのワクチンを1回打ったが、副反応がひどかったらしい。

副反応が出ることは特別なことでもないが、運転手は、「新型コロナに感染したことで体内には免疫ができたのに、ワクチンを打ったことが間違いだった。神は人間の体を守るために免疫を与えて下さったのに、神の心に従わないワクチンだったから問題だった」と言う。その時、彼はバックミラーにかかっているオーナメントに手を添えた。マリア像だった。

車のバックミラーを触る人
写真=iStock.com/Jay Yuno
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jay Yuno

さらに、運転手の独演会は続いた。新型コロナで変異株が次々に出てくる理由について、彼はこう語った。

「バイデン政権はもともと人口減少を目論んでいて、多くの人が死亡する新型コロナの株がどれなのかを実験している」

彼の説明によれば、その時感染が拡大していたオミクロン株の拡散では人口減少が進まないので、そのうち、アメリカ政府は、重症化する可能性が高い新しい株をまき散らすはずだと言う。そんな政府が言うことを絶対に信用してはいけないと諭された。運転手の説明は断定的で、反論は一切受け付けないような口調だった。

■「非科学」がちりばめられたトーク・ラジオの中身

後日、運転手から薦められたAMラジオ局の番組を聴いてみた。教えられた周波数にあわせると、KABCというラジオ局だった。また、車に乗っていた時間帯からすると、番組はリオ・テレルという人がホストを務める番組だ。放送は平日の月曜日から金曜日までの午後5時から6時まで。

番組紹介のサイトを見ると、黒人男性の写真が大きく出ている。彼がリオ・テレル氏だ。すぐそばには「リオはトランプ再選を主張しています」と書かれている。テレル氏は弁護士で、トーク・ラジオのホストを務めるだけでなく、保守系のFOXニュースにも頻繁に出演している。

2022年3月23日の放送を聴いた。冒頭、テレル氏は、「共和党も民主党も政治家は嘘つきだ。彼らが嘘をつくのは、リスナーが政治に関心を持たないからだ」と啖呵を切り、既得権益層を否定するところから入った。ただ、このあと、槍玉に挙がるのは、民主党の政治家ばかりだった。

■政治家の誹謗中傷や印象論をひたすら展開

この日のお題は二つ。まずは放送の前日に行われた連邦最高裁判事候補に対する議会上院での公聴会だ。公聴会に臨んだのは、アメリカ史上初の黒人女性の最高裁判事としてバイデン大統領に指名されたケタンジ・ジャクソン氏。放送では、共和党のマーシャ・ブラックバーン上院議員による質疑の音声が繰り返し再生された。ブラックバーン氏は南部テネシー州選出の共和党の白人女性議員だ。

放送されたのは、ブラックバーン議員が「女性という言葉の定義は何か」と質問したのに対し、ジャクソン氏が「私は生物学者ではないので答えられない」と応じた短いやりとりだ。

これだけ聴いても何の意味があるのかまったくわからないが、このやりとりを取り上げた意味について、番組ホストのテレル氏は、コーナーの最後で、「ジャクソン氏は、トランスジェンダーの人々への影響があるから答えなかった」と述べ、ブラックバーン議員の質問は、ジャクソン氏のリベラルな立場を批判するという政治的な意図を持ったものであったことを説明した。

テレル氏はそこに至るまでの18分間、ひたすら民主党への誹謗(ひぼう)中傷をまくし立てた。

ジャクソン氏については、「彼女は女性なのに女性という言葉を定義しなかった。彼女は女性の定義を知っているはずなのに、知らないと議会に対して嘘をついた。彼女がこの国の素晴らしいものを壊そうとしている社会主義者だからだ。彼女は社会主義政党の政治エージェントだ」と批判し、アメリカという国家にとって危険な存在だという印象論を展開し続けた。

■少数派の人種に属する女性政治家を「無能」呼ばわり

次のテレル氏のターゲットも、やはりバイデン大統領に登用された人種的マイノリティーに属する女性だった。インド系とジャマイカ系のルーツを持つカマラ・ハリス副大統領だ。検事として頭角を現し、カリフォルニア州司法長官から連邦上院議員、そして副大統領へと一気に駆け上ったスター政治家だ。テレル氏は、アメリカ合衆国のナンバーツーの要職にある人物に対しても容赦ない。

「彼女は極めて無能だ。一方、私は彼女よりは優秀だ。なぜなら、私はこの国で最難関のカリフォルニア州の司法試験に一発で通ったが、彼女は、最初は落ちたからだ。それなのに、なぜ副大統領になれたのだろうか」と自らの試験結果をひけらかして相手を貶めるという、極めて品のない方法で政敵を非難した。

■市長選の候補者には「小学校からやり直せ」

ただ、テレル氏はここでリスナーに、自分の主張を正しいと思い込ませるための蘊蓄を伝授するのを忘れない。性別を決める性染色体は、男性はXYのペアであり、女性はXXのペアであるという科学的な知識について触れるのだ。そして、こんな単純なことは生物学を学んでいない私でも知っているのに、ジャクソン氏はそれすら答えることができなかったと批判する。その上で、リスナーからの電話を受けて、テレル氏の主張は正しいと盛り上がるという流れだった。

及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)
及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)

そして、二つ目のお題は、2022年11月に投票が行われるロサンゼルス市長選挙の公開討論会だ。このコーナーの冒頭でも、テレル氏は、市長選挙の候補者たちが考えていることを文字にするとEGOの3文字、つまり、私利私欲(エゴ)のことしか考えていないとまずは批判してみせた。その上で民主党の有力候補について言及した。

大富豪の経営者、リック・カルーソー候補については、「金があるから自分でボディーガードを雇えるが、対立候補に金を配った」と言及。連邦下院議員から市長への転身を目指す黒人女性政治家のカレン・バース候補には、「キューバのカストロのことを偉大なリーダーだと思っている社会主義者だ。さすがのバイデン大統領も左過ぎると思って副大統領にしなかった」と批判。

市議会議員から市長へのステップ・アップを目指すケビン・デ・レオン候補には、「忠誠の誓いを言えなかった。小学1年生に戻った方がいい」とこき下ろした。

忠誠の誓いは、学校の全校集会などで、子どもたちが胸に手を当て、星条旗に向かって述べるものだ。いつもやっているので子どもたちは暗唱できるのが普通である。それすらできないのは、愛国心が足りない証拠ということなのだろう。

■ラジオを通じて「非科学主義」が浸透している

そして、番組の終盤、テレル氏は、トランプ政権時代を思い出すようリスナーに呼びかける。「トランプ氏の人格が嫌いだという意見も理解する。しかし、トランプ時代にはアメリカは外国の戦争に巻き込まれなかった。アメリカ兵は1人も死亡しなかった。それに比べて、今のホワイトハウスはどうなのか見てほしい」と番組をしめくくった。

ニュースを見なくても、新聞を読まなくても、トーク・ラジオを聴けば、連邦最高裁判事候補に対する議会上院公聴会、そして、ロサンゼルス市長選挙の候補者討論会という重要な政治の動きがあったことを知ることができる。そして、それをどう見るべきかについても教えてくれる上に、科学的な知識まで授けてくれる。

クリティカル・シンキングなどの思考法とは無縁で、ホストの毒舌に共感し、無批判に受け入れる人にとっては気持ちよく聴ける内容だと感じた。しかし、それは逆に言えば、トーク・ラジオを通じて「非科学主義」が人々の間にどんどん浸透していることを意味している。

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及川 順(おいかわ・じゅん)
NHK記者
1971年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。1994年、NHKに記者として入局。国内政治、アメリカ政治、アメリカ社会を中心に取材。報道局政治部、アメリカ総局(ニューヨーク)などを経て、2019年からロサンゼルス支局長。2010年、国連記者協会賞受賞。NHKのニュース番組でのリポートやウェブでの執筆経験多数。

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(NHK記者 及川 順)

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