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都心から遠く、駅ビルもないが…都市開発のプロが「これからの街づくりは座間に学べ」と話すワケ

プレジデントオンライン / 2023年2月13日 15時15分

ホシノタニ団地の1階にできた「喫茶ランドリー」 - 画像提供=株式会社グランドレベル

これからはどんな街が人気になるのか。都市開発プランナーの松岡一久さんは「私は小田急線座間駅前のホシノタニ団地に注目している。都心アクセスに依存した再開発と異なり、自立した生活圏を築き始めている。コロナ禍を経て、こうした街づくりはより増えていくだろう」という――。

■シモキタ再開発に注目が集まっているワケ

街づくり関係者の間で、注目を集めているのが「下北線路街」だ。

下北線路街は、小田急電鉄が、東北沢駅から世田谷代田駅までの、路線地下化に伴い整備された約1.7kmにわたる複合商業施設の総称だ。従来の沿線開発とは一線を画す開発スタンスが高い評価を得ている。

広場やイベントスペース、個性的な個店やテラスハウス風店舗、さらには温浴宿泊施設まで、「さまざまな路面店スタイルの施設が点在」していて、下北沢らしく回遊を楽しめる。

開発プロセスにおいて、小田急電鉄は「支援型開発」というスタンスをとり、地元の商店連合会をはじめとする、街づくりに積極的な住民と何度も会議を重ねて、計画に反映していったという。

■いままでの沿線開発とはまったく違う

もうひとつ注目されているのが「中央線コミュニティデザイン」だ。こちらはJR東日本のグループ会社で、主に三鷹以西の中央線の駅ビル・駅ナカ商業施設・高架下事業の開発・運営に加えて、沿線の駅業務を受託するなど、当該エリアに関する「一括運営」を担っている会社だ。

これまで地元との「距離」があった巨大企業が、地元ニーズにきめ細かく対応し、学生向け食事付き賃貸住宅や、プログラミング教室も開発・運営している。

さらに沿線のビールフェスティバルと連携した「クラフトビールの開発」や、ものづくり活動の支援など、地域のスモールビジネスを共創していくスタンスで、沿線価値の向上を図っている。

両方の事例から見えてくるのが、従来の「沿線開発」とは異なる、「沿線価値向上」の試みだ。

■就業スタイルは、コロナ前には戻らない

2021年度のJR4社・私鉄21社の鉄道とバスを含む運輸事業は、前年に続き、やや持ち直したものの上記合計25社のうち22社が赤字を計上した。コロナ禍の長期化に伴い、インバウンドの蒸発だけでなく、リモートワークの定着を前提にした事業構造の構築が急務な状況だ。

鉄道事業は損益分岐点が高く、旅客数が2割減少すると採算割れに陥るといわれる。業務改革などによる合理化や、新規事業の立ち上げなどを懸命に模索しているが、それだけでは収益改善につながらず、値上げ申請が相次ぐと予想される。

「テレワークを体験し、通勤移動の無駄とストレスとを実感した都心ワーカーたちが、コロナ収束後にまったく元通りの就業スタイルに戻る、ということは期待できない」

というのが多くの有識者の見解だ。

■「阪急型沿線開発モデル」の崩壊

これまで大手私鉄各社は、沿線価値の向上を経営目標に事業を展開してきた。

都心と郊外を結ぶ私鉄各社は「阪急モデル」といわれる「鉄道、宅地開発、都心商業」をセットにした事業経営で、「住む、移動する、買う」という消費ポイントを、押さえることで発展してきた。

阪急モデルをつくった阪急電鉄創始者の小林一三
阪急電鉄創始者の小林一三(写真=PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)

宅地開発単体での収益は低くても、都心ターミナルの商業施設の利益や、鉄道運賃を合算して利益を確保する、総合的で安定した収益構造を構築してきた。

沿線価値は「利用者数×ブランド力(=高所得)」と定義される。鉄道各社は阪急型沿線開発モデルを基に、沿線価値を高めることに注力して発展してきた。

沿線価値の特性は、鉄道各社さらには各沿線によって異なり、東急田園都市線であれば「住みやすさ重視」、京急本線であれば「ビジネス利便性重視」、京王線は「子育て重視」などが志向されてきた。

ただいずれも、都心通勤に付帯したライフスタイルを前提にしてきた。そしてコロナ禍によって、その前提が崩壊したのだ。

■「都心に近いほどいい」ではなくなった

テレワークの浸透により、都心への通勤旅客数は大幅に落ち込み、通勤定期代を廃止して実費精算する企業も本格化している。都心ターミナルにおいて約半数を占める通勤定期客は、鉄道各社の収益の柱であるとともに、通勤帰りの立ち寄りショッピングや、定期券を利用した休日の都心ショッピングにも寄与していた。

鉄道各社は「元祖サブスクサービス」ともいえる固定顧客を失っていることになる。

さらに「どこででも働ける=どこにでも住める」という状況が、「通勤○○分」という住宅地の沿線ヒエラルキーそのものを覆し、どの街、どの沿線に住むのか? も「自由化」したのだ。

人口減少・少子高齢化が進み、首都圏でも近未来には、沿線人口の減少が深刻化するため、各社とも対策を検討していた。

2030年頃を想定していた近未来が、コロナ禍により10年前倒しで到来することになったといえる。これまで非常に有効に機能してきた【阪急モデル:都心通勤に付帯した沿線価値】を抜本的に見直す必要があると言えよう。

■「わが街の退屈さ」

「どこででも働け、どこにでも住める時代」とは、これまでの都心を頂点とした通勤利便性ピラミッドからの解放、居住地「自由化」時代の到来を意味する。おウチ時間が増え、自宅を中心とした生活圏で過ごす時間が長くなると、「都心から○○分」「駅から○○分」という、交通利便性以外の「生活価値」が求められるようになるのだ。

緊急事態宣言下で自宅周辺でしか過ごせない期間に、住宅ばかりが並ぶ街並みと、ランチ対応のチェーン店しかなく、「わが街の退屈さ」を痛感した人も多かったのではないだろうか。

■小田急ホシノタニ団地の成功例

退屈な郊外の街を魅力的にした事例のひとつが、小田急線座間駅前にある「ホシノタニ団地」だ。

小田急電鉄の社宅(全4棟、2014年3月閉鎖)を大規模リノベーションした集合住宅だが、内装を新しくしただけではなく、1階をカフェやランドリー、子育て支援センターにした上で、共用部の庭には貸し菜園やドッグランなどを設け、地域に開放したのだ。

「喫茶ランドリー ホシノタニ店」
画像提供=小田急電鉄株式会社
「喫茶ランドリー ホシノタニ団地」は、洗濯機や乾燥機、ミシンやアイロンを備えた「まちの家事室」を持つ喫茶店だ - 画像提供=小田急電鉄株式会社

それまで寂しかった駅前に、継続的に人が集まるようになった。新しい飲食店が生まれたり、マルシェが開催されるなど、新しい賑わいが生まれている。

駅前に開放的で、消費以外の活動を楽しめる場所ができると、街の様子が一変するのだ。

■自立した生活圏に必要なもの

これまでの「ベッドタウンとしての沿線住宅地」と、「立ち寄り・時短志向の商業を集めた駅ビル」からできた「都心通勤の後背地」ではなく、「自立した生活圏」としての沿線生活街が求められる。

居住機能に加えて、一定の職・遊機能が必要だ。具体的には、各家庭では対応しきれないテレワーク対応のサードワークプレイスや、ランチ対応のチェーン店ではない飲食店などが求められるのではないだろうか。

居住地「自由化」、暮らしのRE・デザインに対応した沿線生活街がこれからの必需品になるであろう。

■鉄道会社が考えるべきは「街の駅」

「自立した生活圏」づくりは、価値観の変遷には対応できるが、「旅客数の減少」に歯止めを掛ける訳ではない。鉄道各社には、都心通勤に変わる方策が必要なのだ。

ラッシュアワーの列車の中
写真=iStock.com/Wachiwit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wachiwit

次世代の沿線価値戦略として、「遊動創発」が不可欠だと考える。

これまでの阪急モデルであれば、巨大資本を元に、ワンパターンの生活利便施設を中心とした「鉄道会社主導開発」も可能だ。しかし地域の魅力を発掘・可視化していくには、冒頭の事例で示したように、沿線住民の主体的な関わりを前提にした「支援型開発」でなければ、継続・発展できないと想定される。

遊動創発のためには「道の駅」がベンチマークになる。地域の産品や魅力を駅で発信し、自由時間が増えた人たちが、気分転換を含めてプチ移動し、下車したくなるような設営が駅、もっと言えばホーム上に必要ではないだろうか。

日常の生活利便機能に加えて、街の魅力を集約して発信する、ショップ&ギャラリーで構成される、本当の意味での「街の駅」が求められる。

これからは、各エリアの特徴を表現したさまざまな「街の駅」が沿線上に連なることで、「遊動創発」し、旅客数の増加を目指すのだ。これまで通勤利用者の日常生活利便機能を、時短という訴求ポイントで支援してきた駅ビルも、住民の「プチ目的地」としての機能に加えて、来街者誘致のための「街のゲート」になる必要がある。

そして、「街のゲート」で発信される街の魅力は、従来のシビックプライド醸成志向ではなく、来街者誘発志向が求められるようになるのではないだろうか。

■沿線でコンテンツをいかに作れるか

単に「オラが街の自慢」ではなく「他の街と比べてどう優れている(面白い)のか?」の相対評価やストーリー編集が必要だ。

ひとつの駅だけで全てを賄うことは困難なので、複数の駅での連携も不可欠だ。沿線全体という大商圏ではなく、駅ごとという小商圏でもない、2~3駅をグループ化した中商圏で、街の個性と施設機能の再編が求められるようになると考える。

これまで鉄道会社にとって「沿線住民」は、都心通勤を前提に住むだけの「マーケット的存在」と認識していたのではないだろうか。そしてマーケットのニーズに沿った、生活利便サービスを提供することが価値向上につながったのだ。

著者が参加する社団法人の研究会でも、本稿での各種課題に応えるべく街づくりソフトの努力や工夫が反映できる評価指標が欲しいというニーズに応え「街(駅)単位」を評価の対象として、街づくりのカルテとなる「エリアクオリア指標」を開発している。

都心通勤という前提が崩壊したコロナ後の世界では、「人・駅・沿線のコンテンツ化」という認識が必要になる。そこで生活する人たちは「プレイヤー」で、街をネタや舞台にして趣味や興味を「コンテンツ」として花開かせ、駅でつどい交流すると見立てる必要がある。

各々の駅や街のコンテンツ・ストーリーの振幅が、大きいほど魅力的な沿線になるわけだ。

■これからの街づくりに必要なこと

これからは都心通勤を前提にしたベッドタウンの送迎拠点ではなく、自立した生活圏の中核になる「プチ目的地」として、駅機能の見直しが不可欠になる。

さらには、自由時間を生き生きと過ごす人たちに向けた遊動創発のために、沿線魅力の発掘・編集との両輪による沿線価値戦略が必要だ。

次世代の沿線価値戦略には、単にマーケットとしてだけではなく、ライフスタイル開発からの街づくり、魅力づくりが根本的に必要とされているのだ。

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松岡 一久(まつおか・かずひさ)
一般社団法人国際文化都市整備機構(FIACS)理事、エナジーラボ社長
神戸大学工学部卒、一級建築士。株式会社環境事業計画研究所、株式会社SCIを経て、1991年浜野商品研究所(現・北山創造研究所)に入社、2007年株式会社エナジーラボを設立。NPO法人ピープルデザイン研究所 ファウンダー。共著に『Beyondコロナの都市づくり』(都市出版株式会社刊)がある。

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(一般社団法人国際文化都市整備機構(FIACS)理事、エナジーラボ社長 松岡 一久)

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