ブラック企業はまもなく日本から消滅する…経済評論家が「ユニクロ賃上げ」のニュースからそう考えた理由
プレジデントオンライン / 2023年2月10日 14時15分
■ユニクロの「大幅賃上げ」の波及効果
岸田文雄首相が推進する賃上げ政策は、当初は大企業の正社員だけにとどまる話かと思われていましたが、ここ1カ月で急激に風向きが変わってきました。
年末年始の段階では、経済団体のトップが大企業に対して5%の賃上げを提言し、個々の大企業は春闘での3~5%幅での賃上げを模索する程度の状況でした。そこから大きく風向きが変わったのが1月11日のことです。この日、ユニクロを運営するファーストリテイリングが国内の従業員給与について平均15%、最大で40%賃上げすると発表したのです。
このニュースでユニクロが評判を大きく上げるのを目の当たりにした大企業はにわかにざわつき始めました。その後の反応を見る限り、今年の春闘では大企業はおおむね5%に近い水準を表明せざるをえない空気ができたのと同時に、中堅中小企業にもこの動きが広まりそうです。
そしてこのニュースで重要だったもう一つのことは、非正規従業員の賃上げは昨年秋の段階で既に反映済みだとした点です。その後の取材で、ユニクロの非正規従業員の賃上げ幅は約2割だったと報道されています。
■オリエンタルランドやイオンも追従
これに影響されたのでしょう。ユニクロに続く形で非正規労働者比率の多い大企業がつぎつぎと非正規労働者の大幅賃上げを発表します。ダンサーやキャストといった非正規労働者を多く抱えるオリエンタルランドは、パート・アルバイト含め約2万人の従業員の賃金を平均で7%上げると発表しました。イオンも全国40万人のパート・アルバイト従業員の賃金をやはり7%引き上げると表明しています。
一連の流れとして、賃上げ問題は働き手にとって良い方向へと向かっているように見えます。水を差すつもりは毛頭ないのですが、これらの報道についての一番のつっこみどころは、オリエンタルランドに関する報道で「大規模な賃上げは6年ぶり」だとされている点です。
■チケット収入が大幅増でも賃金は据え置きにされていた
オリエンタルランドはコロナ禍の打撃によって2021年3月期だけは大きな赤字を記録しましたが、その後の業績は大きく回復しています。過去10年間、好業績の原動力となったのが2010年代に入ってから何度も繰り返されてきた値上げでした。入園者1人当たりのチケット収入は6年前(2017年度)の5339円から2023年3月期の予想では7628円と4割以上も上がったわけです。
にもかかわらずダンサーやキャストなど非正規労働者の賃金を6年間、なぜ賃上げしなくてもよかったのかというのがこの問題の本質で、理由はそれでも採用できたからでしょう。
今、中小企業の経営者に「一番の経営課題は何か?」と尋ねると、円安や原材料の値上げ、光熱費の上昇の話も出ますが、最大の経営課題は人が採れないことです。もうここ何年もの間、慢性的な人手不足が続いているにもかかわらず、ここが不思議なところなのですが、日本の場合は賃金上昇が起きませんでした。
中小企業に比べればはるかに採用競争力があるイオンのような大企業が、非正規労働者の賃金を低く抑えていたこともその一因です。オリエンタルランドの場合はダンサーやキャストとして働きたいという希望者がいる限り、採用面では買い手市場の状況が続くわけで、結果として6年間もの間、賃金が凍結状態になってしまったのではないでしょうか。
![ディズニーランド「メリー・ポピンズ」のダンス](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/1/1200wm/img_61520062ee2cae39701516d24a3fecf9407933.jpg)
■日本でブラック企業が幅を利かせてきた理由
そしてこのような賃金に関するマクロ経済環境が続いてきた結果、繁栄したのがブラック企業です。賃金が上がらない限りデフレ経済が続きます。そしてデフレ経済では安ければ安いほど商品もサービスも売れることになります。
景気が悪く、労働者から見ても仕事に常に不安がつきまとうような経済状況では、離職も起きにくい。結果、極端に安い売価に設定した飲食チェーンが、非正規労働者を最低賃金近辺で雇い、厳しいシフトやオペレーションで働かせるようなビジネスモデルが成立します。
ブラック企業がなくならないのは倫理道徳の問題もありますが、実は経済学的な問題も大きいのです。性悪説的な観点にはなりますが、「もうかるのならば企業はグレーなビジネスにも力を入れる」というのが日本経済の実情です。過去のデフレの20年間では、店舗数を増やせば増やすほど利益が出るブラックチェーンビジネスやブラックオーナー商法が増加していきました。
皮肉なことに、こういった労働者の苦境を変えられるのは政治や行政よりも、企業がもうかるかもうからないかに力学的なポイントがあります。
これまではもうかるからブラック企業が幅を利かせていました。でもそれがもうからなくなれば、企業はブラックビジネスモデルを簡単に放棄します。ブラックビジネスの場合は従業員やオーナーのなり手がいなくなれば拡大できなくなります。
■2030年には人手不足がさらに深刻化する
実は足元の日本の人口構造について人口減少と若年層の労働人口の減少スピードが加速しています。日本が人口減少するという話はずいぶん前から言われてきたのですが、その減り方は放物線を描くため、頂点付近ではそれほど大きな変化には見えません。日本の人口減少がはじまった転換点は2008年なのですが、最初の5年、10年の減少率はそれほど大きくはありませんでした。
ところが10年目の2018年から15年目に当たる現在までの5年間でみると、人口減少は加速しています。直近の日本人人口は2018年初期から見ると211万人も減少しています。そしてその減少スピードはこれから先、さらに加速することが確実です。
今、日本の労働人口全体は、人数的には団塊ジュニアと呼ばれる世代が支えていますが、その団塊ジュニアがいよいよ50代に突入しました。2030年ごろには団塊ジュニアは還暦に差し掛かります。
いろいろと異論は出るとは思いますが、仮に45歳未満の労働人口を「若手戦力」と定義すると、2023年から2030年の間にその総人口は15%も減ることになります。つまり、人手不足に悩む企業はこれから先、今まで以上に人が採れなくなるのです。
■ユニクロは労働問題のパンドラの箱を開けた
ではイオンやユニクロやオリエンタルランドのように大量の若手戦力を必要とする巨大企業はどうやって生き残ればいいのでしょうか? 答えは単純です。競争相手よりも賃金を大きく上げればいいのです。
資本主義経済下では、大企業というものは本質的にはもうかることに手を出します。賃金が安い方がもうかるなら賃金を低く抑えますし、賃金を上げた方がもうかるなら上げる。倫理では重い腰を上げない企業も、利益には敏感です。
そして重要なことは、ユニクロが真っ先に「賃上げ優位」に業界ルールを変更したことです。それにイオンとオリエンタルランドが追随したというのがここまでのニュースで、これは最低賃金という重しでふたをしてきた労働問題のパンドラの箱が開いたことを意味します。
■ブラック企業の「終わりの始まり」
今回、ユニクロがパンドラの箱を開けたことで労働環境の潮目が変わります。20代前半の若い世代にとってはすでに大学全入の時代が始まっていますが、これからは企業全入の時代に突入するでしょう。いまのところは就活にあぶれて非正規労働に応募してくれる20代が存在するのが日本の実情ですが、これから先、そのような企業から見て都合のよい人材は絶滅危惧種となっていくでしょう。
![通勤中のビジネスパーソンたち](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/e/1200wm/img_6e01d538e8b41259167a56e15208cda4403410.jpg)
頼みの綱の外国人労働者もコロナで絶対数は減少するうえに、円安の影響で賃金の高い韓国や台湾との獲得競争が激化しつつあります。賃上げ競争力のない中小企業はこの先、DXで生産性を上げるか、ないしはシルバー人材の活用でなんとか労働力を確保するか、その二択になるでしょう。賃上げができないゾンビ企業は事業継続ができなくなり市場から退出します。
結果として企業のコストが上昇しますから、価格転嫁せざるを得なくなります。サプライチェーンのさまざまな部分で価格上昇が起きて、最終的にはインフレが起きます。ただこのインフレは昨年起きたような収入増を伴わないまま電気代や小麦製品が値上がりするインフレではなく、賃金上昇を伴うという点で違います。働く家計にとっては良いインフレになるはずです。
経済というものは本質的には大きな流れには逆らえないものです。安価な労働力が継続的に確保できる時代はどうやら終わりが始まったようです。そしてそれが意味することは、ブラック企業というビジネスモデルにも終わりの始まりが告げられたということなのです。
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経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)
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