「医者は病気を治せない」最愛の祖父を失った10歳の失望感が原点…医療機器の開発に人生をかける医学生の挑戦
プレジデントオンライン / 2023年2月8日 11時15分
※本稿は、『医学部進学大百科 2023完全保存版』(プレジデントムック)の一部を再編集したものです。
■何千人の命を自分でつくる医療デバイスで救いたい
2022年8月某日。東京・虎ノ門ヒルズ内の会議スペース「CIC Tokyo」には、スタンフォード大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)からの留学生と日本の医学部生たち30人ほどが集まっていた。
イベントの司会を務めたのは、前日留学先のスタンフォードから帰国したばかりの田邉翼さんだ。
「毎年一つ、テーマとなる疾病を決めて、それに向けた医療デバイス(機器)の研究開発に取り組んでいます。今年のテーマは“認知症”。留学中に声をかけたスタンフォード大学のビジネス系の学生やUCLAの技術系の学生たち、そして、日本の医学部生たちを巻き込んで、日本の認知症現場の施設見学やプロトタイプの開発を行っています」(田邉さん)
この日行われていたのは、田邉さんがリーダーを務める学生団体JAIM(Japan America Innovators Program)のキックオフイベントだ。居並ぶネイティブスピーカーたちを相手に、英語で熱く語りかけていた。
医学部生であると同時に、開発者としての顔も持つ田邉さんだが、彼の医学への道は、実は医療に対する強い失望感からスタートしている。
「僕が10歳だったとき、大好きな祖父の心臓の病気が悪化しました。でも当時の医療技術では手の付けようがなく、移植以外の方法がない状態だったのです。おじいちゃん子の僕にとっては、本当にショックな出来事でした。『ああ、お医者さんって病気を治すことができないんだ』って」
■「治せません」ではなく「治せます」と言える医者
この出来事が彼の心の中に、一つの小さな炎を灯(とも)す。自分は新しい手術の方法を開発し、「治せません」ではなく、「治せます」と言える医者、すなわち「CANと言える医者」になろうと志したのだ。
「調べてみると、どうやら手術法はすでにいろいろと検討されていて、新しい術式を生み出すのは非常に難しいことがわかりました。そんなとき、大阪大学心臓血管外科の澤芳樹教授が『心筋シート(iPS細胞から作られたシートの移植で心機能の回復が見込める)』を開発したというニュースを聞いたんです。高2のときでした」
高校生の田邉さんは考えた。仮に天才外科医がいて、彼は一生に何人の人を救えるだろう? いくら天才でも1日にできる手術数には限界がある。それよりも心筋シートのような新しい医療デバイス、たとえばカテーテルを開発した人のほうが、はるかに多くの人を助けていることになりはしないか。
「新しい医療デバイスを開発する。そこに自分の人生をかける意義と価値を感じたんです」
となると、自分が進むべき道は、医学か工学か。田邉さんはこれまでに開発された医療機器が生み出された背景や歴史を一つずつ調べた。
「わかったことは、ほとんどの医療機器の最初のコンセプトを考えたのは医者だということ。つまり、まず現場のニーズありきで、エンジニアの出番はその後。これで医学部に進む決心がつきました」
![イベントでは英語でスピーチ。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/4/1200wm/img_1466d3e09fdfd916fd73d346b709d9e0205203.jpg)
受験の結果は大阪大学と慶應義塾大学の両方の医学部に合格。横浜在住の両親の反対を押し切り、心筋シートの開発者・澤教授のいる大阪大学に進学することを決めた。
「医学部に入り医者になる=ゴール」ではないと話す田邉さん。医学部1年生のときに祖母をがんで亡くしたこともあって、「CANと言える医者」に向けての活動にも拍車がかかる。
まず「inochi WAKAZO Project」に参加。これは東京大学、京都大学、慶應義塾大学、大阪大学の医学部生が中心となり、産官学が一体となって命を守る社会の実現を目指す学生団体で、田邉さんは2年生のときに代表を務め、現在も「inochi未来プロジェクト」の推進委員として活躍している。
順天堂大学医学部2年生で経営者でもある浅見咲菜さんは、この団体で田邉さんの後輩に当たる。当時の彼のことを、「とにかく活動に対するガッツというか、圧力というか、そういうものが怖いぐらいに強い人でした」と振り返る。
![スタンフォードの仲間たちと。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/a/1200wm/img_2ad92182aa1449b7c1fe1d1472e1f66f408228.jpg)
■「これをするために生きているから、がんばれる」
さらに彼は、医療機器が生まれ販売されるまでの過程を知るべく、「時給1000円いただければいいので、ここで働かせてください!」と、医療機器メーカーに飛び込み、アルバイトを始めた。
もちろん、独自に医療デバイスの開発にも着手。学生団体の仲間たちと、がん患者の痛みをデジタル治療で解決する「X-pain」という治療アプリを開発。その成果が認められて慶應義塾大学医学部が主催する「第5回健康医療ベンチャー大賞」を受賞した。
![『医学部進学大百科 2023完全保存版』(プレジデントムック)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/e/1200wm/img_1e5ee93c5e2a57db588f163d7b7b929c206756.jpg)
また、最近では彼自身が開発しているプロジェクトが、久能祐子氏創設のPhoenixiインキュベーションプログラムに最年少で採択されたり、ファミリーヘルス財団、NPO法人ETIC.共催のVHA(Vision Hacker Association)にも採択されたりと、華々しい活躍ぶりだ。
「決めたことにストイックに取り組むこと、たくさん失敗する覚悟で新しいことにどんどんトライできることが、自分の強みだと思っています。なんでそんなに頑張れるのか? う〜ん、これをするために生きているから、ですかね」
10歳のときに心に灯った小さな炎は、今や使命感となって、田邉さんを前へ前へと突き動かしている。
大学6年生の夏
6:00 起床、朝食後、プロジェクト関連のミーティングなど
8:00 英語の勉強
9:00 授業
16:00 医学の勉強、食事など
19:00 プロジェクト関連のミーティング、タスク遂行
24:00 就寝
大阪大学 医学部5年生
田邉 翼さん
一般社団法人inochi未来プロジェクト推進委員
桐蔭学園中等教育学校卒
(プレジデントFamily編集部)
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