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「ロシアを相手に戦争をしている」と致命的な失言…ドイツ外交を迷走させるベアボック外相の野党気質

プレジデントオンライン / 2023年2月9日 10時15分

2023年1月9日、ベルリンにて、キプロスのカスリーディス外相との会談後、記者会見するアナレーナ・ベアボック外相 - 写真=dpa/時事通信フォト

■外交経験ゼロだが、度胸と人気はある

1月24日、仏ストラスブールで開かれていた欧州評議会の総会で、ドイツのベアボック外相(緑の党)が、「われわれはロシアを相手に戦争をしている」と口を滑らし、外務省が後始末に追われている。これがロシアに対する宣戦布告と取られては大変なことになるからだ。

EUの大国ドイツの外交方針は、多かれ少なかれヨーロッパの外交に影響する。その重要さを知っているからこそ、ショルツ首相は戦車レオパルト2の供与に関しても、よもやNATOが戦争に巻き込まれることのないよう、慎重すぎるほど慎重に事を運んでいた。それを、ベアボック外相が見事になぎ倒していく。しかし、実際問題として、現在のドイツの外交はこの若い女性の手に委ねられているのだ。

ベアボック氏は政治や法律を勉強したことがなく、外相になるまで、外交経験どころか、地方政治の統治経験さえまったくなかった。ところが今や、度胸と国民の人気に支えられ、緑の党のイデオロギーを軸にした「価値を重視したフェミニズム外交」という空手形と共に世界中を飛び回っている。

しかも、それを好意的に演出しているのが多くの主要メディア。特に第2テレビが発信するベアボック氏の勇壮な映像のおかげで、ドイツにはベアボック・ファンが実に多い。しかし、彼女の言動が他国の政治家に真剣に受け取られているかというと、まったく否だ。政治の国際舞台はそんな甘いところではない。

■ロシア報道官はすぐさま反応

案の定、今回も、「われわれはロシアを相手に戦争をしている」という言葉を、ロシアが聞き逃すはずもなかった。ベアボック氏の言う「われわれ」が、ドイツを指すのか、欧州評議会を指すのかは不明だが、ロシアのペスコフ報道官は即座に、「これらの国々(米国と、ペスコフ氏の言及したヨーロッパの国々)の行動(軍事的介入の意)は、すべて同紛争への直接的な参加とみなす」と雄々しく吠えた。

欧州評議会というのは1949年に設立された国際機関で、ヨーロッパにおける政治的、法的、社会的、経済的な協力を目的とする。加盟国は、昨年3月にロシアが抜けて現在46カ国。もちろんEUの27カ国よりずっと多く、いずれにせよ、れっきとした国際組織だ。

この日、その公式会議で30分のスピーチをしたベアボック氏は、席に戻った後、評議会メンバーの質問に答えた。4人目の質問者は英国の保守会派を代表する議員で、その内容は、「あなたは今日、ドイツはウクライナにレオパルト戦車を供与しなければならないという、実に強い発言をした。しかし、ドイツはそれを拒否し、戦争を長引かせ、プーチンを助けている。

われわれは、あなたのウクライナについての寛大な言葉を、あなたの政府の行動につなげるために、いったい何をすれば良いのか? わが英国の議会が決定できることを、なぜ、ドイツの議会はできないのか?」という挑発的なものだった。

■途中でやめておけば問題にならなかったが…

もっともベアボック氏は、このような質問に対しては用意ができていたに違いない。立板に水を流すように、「今、互いを非難し合っても、プーチンに勝利をもたらすだけです」「もちろん、私たちは戦車に関しても、もっと多くをなすべきです。しかし、一番重要、かつ決定的なことは、私たちが仲間内で責任をなすりつけ合うことではなく、ヨーロッパが連帯することです」と言った。ここでやめておけば何の問題もなかっただろう。

ところが、彼女は、「なぜなら、われわれはロシアを相手に戦争をしているのであり、互いの間で戦っているのではないからです」と続けた。おそらくこの部分はアドリブだったのではないか(当該部分の映像がYouTubeに上がっている)。

すぐさま、これまでもベアボック外交に懐疑的だった人々の間から、不用意な発言であるという非難の声が上がった。また、在独ロシア大使館も、ドイツが戦争の当事国ではないと言いながら、当の外相がヨーロッパとロシアが戦争状態にあると発言している矛盾について、ドイツ政府に説明を求めた。片やドイツの外務省は、「ウクライナはロシアによる侵略戦争に対し、国連憲章で保障された自己防衛権を行使している。それをわれわれが支援したからといって、ドイツが戦争の当事国になるわけではない」と、火消しに躍起。

■NATOからの圧力と失言でついに供与を決定

そして、その脇では第2テレビがいち早く、ベアボック氏を非難しているのはちょっとしたミスを針小棒大に騒ぎ立てるろくでもない人たちと言わんばかりの記事を載せ、氏を擁護した。

ショルツ首相がこれまで、NATOの同盟国からせっつかれようが、自身の与党内から苦情が出ようが、戦車レオパルト2のウクライナへの供与をのらりくらりとかわし続けていたのは、それにより戦争がエスカレートし、最終的に核戦争が引き起こされる事態を懸念していたからだと伝えられる。また、NATOのシュトルテンベルク事務総長も、昨年までは重火器の供与には慎重だった。

ところが、それが今年になって一気に豹変(ひょうへん)。シュトルテンベルク氏は、ウクライナへの軍事的支援が平和への一番の近道と言い出し、それどころか、ロシアが核を使用する可能性は低いとして、ショルツ首相を説得する側に転じたのだ。

こうしてレオパルト2の供与を促す圧力は高まり、結局、前述のベアボック氏の失言の翌日、ショルツ首相は力尽きてレオパルト14両の供与を発表。他の同盟国と合わせて、計90両がウクライナに送られる。ドイツがロシア兵の殺害に資する武器を国外に出すのは、第2次世界大戦以来、初めてのことだという。

■平和主義の政党が重火器供与を訴える不可解

ただ、その途端、勢いづいたゼレンスキー大統領は「戦車は300両必要」と言い、さらに攻撃用の戦闘機まで執拗(しつよう)に要求し始めた。現在、ショルツ首相は、戦闘機の供与は断固否定しているが、ドイツのこれまでの供与品が軍用ヘルメット5000個から始まり戦車に至った経緯を見れば、この先どうなるかは霧の中だ。しかも、肝心のベアボック外相が何を考えているかが、さっぱりわからない。

緑の党というのは、元はと言えば頑迷な平和主義者の集まりで、武器の輸出は、たとえ紛争をしていない国に対するものであっても根強く反対していた。ところが、外交の権限を手にした途端、いきなり好戦的になり、ベアボック外相はウクライナへの重火器の供与を強硬に主張している。

当然のことながら重火器は、今、寒さで凍えるウクライナの人々に暖を取らせるためではなく、春以降の徹底抗戦のためのものだ。つまり、それにより戦争は間違いなく長引き、ウクライナ、ロシア双方でさらに多くの命が失われる。それでも、かつての平和主義者はそんなことには構わず、交渉による和平の可能性にも、なぜか目もくれない。すべてが不可解だ。

思えば、就任以来1年余り、ベアボック氏のやってきたことは、テレビ映えする外遊や、鳴り物入りの戦地視察など、とにかく情熱的な演出のパブリシティばかりだった。しかも、それらが大成功したらしく、国民の間でのベアボック氏の人気は常に高かった。

■ウクライナ戦争はプロモーション合戦と化している

大衆紙「ビルト」が昨年12月にすっぱ抜いたところによれば、ベアボック氏専用のスタイリストが、月給7500ユーロ(100万円強)で雇われているという。完璧な映像と写真を提供するため、スタイリストは世界中を同伴しており、そのための経費もバカにならない。もちろんすべて公金である。ちなみに、ベアボック氏の物言いは、常に直裁的、かつ強権的だが、おそらくこれも人気獲得戦略の一環だろう。ドイツ人は、若い女性の決然とした態度が大好きなのだ。

ウクライナ戦争がプロモーション合戦になって、すでに久しい。それどころか、パブリシティで誰よりも成功を収めたのは、他でもないゼレンスキー大統領ではないか。戦争勃発直後より、メディアが日課のように流し続けた氏のビデオメッセージで、今や世界中の多くの人々が、ウクライナは勝利しなければならず、ウクライナ支援は民主主義国の義務であると信じている。ウクライナは、自力で戦争を遂行する力など一切ないにもかかわらず、である。

爆撃を受けたウクライナの集合住宅
写真=iStock.com/Joel Carillet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joel Carillet

ただ、ウクライナの勝利が約束されているとするなら、ロシアは敗北するのだろうか。そもそも、ウクライナは現在、まさにゼレンスキー大統領のビデオのおかげで、オピニオン合戦では優位に立っているが、戦争の本来の尺度である軍事的な意味では、とっくの昔に敗北している。

■政治の腐敗が明るみに出始めた

では、もし、ロシアが敗北しなければ、西側はいつまでウクライナを支援するのか。

それよりも、ウクライナは本当に民主主義国なのか。実際には、ウクライナがこれまでそれほど立派な民主主義国であった試しはなく、国民は常に政治家の腐敗に苦しみ、組織的犯罪グループは西側諸国にも被害をもたらしていた。しかし、ゼレンスキー氏の勇猛なビデオパフォーマンスはそんな疑問をすべてうやむやにし、ウクライナは今や立派な民主主義国になっている。

ただ、ここに至り、そろそろ彼らの金メッキが剝がれてきた感はある。ゼレンスキー氏は目下のところ、腐敗している政府幹部の掃討に励んでいるが、そのスキャンダルがいずれ大統領自身に及ぶ可能性も取り沙汰され始めた。氏を背後から操っている勢力からすれば、極端な話、ウクライナの大統領のキャストなどいつでも交換可能なのかもしれない。

そのせいか最近は、氏がいくら悲壮な顔つきで叫んでも、伝わってくるのは「武器をよこせ、資金をよこせ」という要求だけで、戦争が生死に関わる深刻な案件であることや、ウクライナの国民が厳寒の中で苦しんでいることはほとんど伝わってこない。

■決然と話せば話すほど軽さが滲み出る

一方、ベアボック氏のほうも、世界のあちこちで勇敢に人権擁護を叫んでいるだけで、外交の成果は希薄、あるいは皆無であることに皆が気づき始め、最近では、氏が決然と話せば話すほどその軽さが滲(にじ)み出る。国際会議ではパフォーマンスに夢中で、自分の周りにいるのが各国の政治のベテランであることさえわかっていないようだ。意見調査の大手INSAの最新アンケートでは、人気順位は4位から8位に転落した。

今回の失言も、まさにその素人外交がもたらした不始末であり、こんなことが繰り返されるとドイツの国益が損なわれる危険さえある。この複合的な危機の時代、ドイツ人が最も警戒すべきは、ベアボック氏の外務大臣としての素質ではないか。

外相の任務とは、過激な環境保護団体と共に、国益など顧みず、「脱原発! CO2削減!」と叫んでいた野党時代のそれとは訳が違う。しかし、ベアボック氏はいまだに地政学も国益も無視したまま、かつて原発を糾弾したのと同じく、今はロシア糾弾に没頭している。しかし、「ロシアからは金輪際ガスは買わない!」などと叫んだも束の間、国内ではエネルギーが逼迫(ひっぱく)し、産業が国外脱出を検討し始めた。

それはそうと、日本はウクライナにすでに200億円近い借款を行っている。はたしてそれは、私たちが支援したいと思っている人たちの元に届いているのだろうか。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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