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「全国民に毎月10万円を配る」では貧困問題は解決しない…斎藤幸平がベーシックインカムに疑問をもつ理由

プレジデントオンライン / 2023年2月14日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fatido

資本主義社会はこのままでいいのか。東京大学大学院の斎藤幸平准教授は「停滞した社会を変えるために、ベーシックインカムやMMTといった手法が話題になるが、『トップダウン型』の発想には問題がある。マルクスはそうした発想を『法学幻想』として批判していた」という――。(第2回)

※本稿は、斎藤幸平『ゼロからの『資本論』』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。

■ベーシックインカムは特効薬なのか

経済の問題を、労働者たちが自分たち自身で変えていくのではなく、国家や政治権力で解決しようとする「国家資本主義」や、革命や選挙などによって政権を奪取し法律を変えればいいという「法学幻想」に対するマルクスの批判は、今日その重要さを増しています。このような幻想は過去に限定される話ではないからです。

労働運動が停滞し、アソシエーション(自発的な結社)が弱まるなかで、国家の強い力を利用した資本主義の改革案が、再び打ち出されるようになっているのです。例えば、2000年代から人気の根強いベーシックインカム(BI)は、「法学幻想」の象徴です。

貨幣をみんなに配るという法律を作ってしまえばいいとするBIの発想は、一見すると非常に大胆です。十分なお金が自動的にもらえるなら、嫌な仕事をわざわざしなくてよくなる。好きな仕事をしながら、自由な時間も増えて、豊かな人生を送れる――というわけです。なるほど、BIは起死回生の特効薬に見えるかもしれません。とはいえ、月2、3万円を配る代わりに、年金や社会保障費を削減されてしまっては元も子もありません。

一方、BIとして毎月10万円くらいを全国民に配ろうとすれば、財源として大企業や富裕層に相当程度の負担を強いることになります。当然、資本はありとあらゆる手段を使って、そのような増税に抵抗するでしょう。グローバル企業は、日本政府がBIのために重税を課すなら、会社をたたんで税負担の低い海外の国へ逃避するぞ、と脅してくる可能性が高いわけです。

そうなれば、税収は減り、株価も下がってしまう。これが資本による脅し、「資本のストライキ」です。

■「資本のストライキ」に打ち勝つことができるのか

資本は、国家を超えて好きなところで好きなものに投資できる、という自由を持っていて、この自由が、移動できない労働者や国家に対する、資本の権力や優位性の源になっています。この自由を盾に、「資本のストライキ」を発動しようとするのです。だから、BIを導入するには国家がこの資本のストライキに打ち勝たなければなりません。そのためには相当な力の社会運動が、後ろ盾として必要となるでしょう。

けれども、もし社会運動の側にそれほどの強大な力があるなら、国家が貨幣を配る以外の社会変革の道を追求することができるはずです。

例えば、医療や高等教育、保育・介護、公共交通機関などをすべて無償化して、脱商品化するというように。ところが、BIという提案がそもそも出てきた背景には、労働運動が弱体化し、不安定雇用や低賃金労働が増大していることが挙げられます。労働運動が頼りないので、代わりに国家が貨幣の力を使って、人々の生活を保障しようとするのがBIなのです。

■BIを導入しても根本的な問題は解決できない

たしかに、毎月手に入るお金が増えれば労働者の生活にも余裕が出て、労働者階級の力が強まるかもしれません。けれども、こうしたやり方は生産のあり方には手をつけないため、資本が持つ力を弱めることはできません。そのため、BIを求める勢力が、資本のストライキにどれほどの力をもって立ち向かえるか、心許ないわけです。

カール・マルクス
写真=iStock.com/ZU_09
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ZU_09

先にも述べたように、BIの考え方は、貨幣が力を持っている現在の状況を、かなり素朴に前提としています。その場合、私たちはBIを導入しても、商品や貨幣の力に振り回され続けるのではないでしょうか。物象化の力は全然弱まらないのですから。

それに対して、物象化の力を抑え込もうとしたマルクスは、貨幣や商品が力を持たないような社会への変革を目指していました。もちろん、このゴールは貨幣の力をどれだけ使っても達成することができません。貨幣の力から自由になるためには、貨幣なしで暮らせる社会の領域を、アソシエーションの力によって増やすしかないのです。

■ピケティも大胆な再分配を掲げているが…

BIと同様の「法学幻想」は、『21世紀の資本』の著者でフランスの経済学者トマ・ピケティの税制改革案にも当てはまります。実はピケティも近年「社会主義」を掲げるようになっていますが、彼のやり方は、所得税や法人税、相続税を大きく上げていくことで大胆な再分配を実現することです。

『21世紀の資本』の著者でフランスの経済学者トマ・ピケティ氏
写真=AFP/時事通信フォト
『21世紀の資本』の著者でフランスの経済学者トマ・ピケティ氏 - 写真=AFP/時事通信フォト

例えば、所得税や相続税の最大税率を9割にして、それを原資に、あらゆる成人へ1千数百万円ずつ与えることを提唱しています。もちろん、そのような再分配が行われれば、庶民の暮らしは安定し、豊かになるでしょう。けれども、そのような大型増税を資本の側が嫌い、必死の抵抗をするのは目に見えています。

ピケティの説明では、BIの場合と同様、資本のストライキに立ち向かって、このような大胆な改革を行う力がどこから湧いてくるのかが不明瞭のままです。結局、ピケティのような良心的なエリートが社会全体のためを思って制度をトップダウンのやり方で設計していくという「法学幻想」は、うまくいきません。

■大規模なばら撒き政策は国民のためになるのか

資本のストライキに打ち勝つためのアソシエーションの力を育てる必要があるけれど、ピケティが提案する税制改革を支える運動がそもそもどのようにして出てくるかは、はっきりしないのです。そして、近年「反緊縮派」の理論として注目された現代貨幣理論(Modern Monetary Theory:MMT)にも同じ問題があります。

MMTは、自国通貨を発行できる政府は財政赤字を拡大しても債務不履行にならないので、財政赤字でも国は過度なインフレが起きない範囲で支出を行うべきという主張をして、注目を集めました。

MMTの掲げる大胆な財政出動は、政府が最低賃金で雇用を用意し、望む全員に仕事を提供する「雇用保障プログラム」とセットで生活を保障します。その際には、環境にやさしい持続可能な社会への転換のために必要な仕事を積極的に創出しながら、経済成長を目指していくとされます。では、これならうまくいくかといえば、積極財政であっても、公的投資に比重が移って、何に投資をすべきかを政府に決められてしまうことを、資本はやはり嫌うでしょう。

投資をするかしないかの自由な判断権を、自らの手に完全に掌握しているというのが資本の権力の源泉であり、その力を守るために必死に抵抗するのです。けれども、MMTにとって、公的投資による資本の管理は重要です。ただ貨幣をばら撒くような形になってしまえば、社会保障や環境に優しい仕事だけでなく、軍事や無駄な公共事業に使われてしまうかもしれないからです。あるいは、ばら撒く過程で利権が生まれて、大企業ばかりが儲かるようになってしまうかもしれません。

■BIやMMTには「下からの改革」の発想が抜けている

一方、政府の市場介入が大きくなり、脱炭素や人権擁護などの規則を徹底すればするほど、資本の側からの反発も強くなります。そうすると、資本は国内投資から引き揚げはじめ、通貨は売られて、インフレ圧力が高まるかもしれない。すると、増税や利上げによる景気の引き締めが必要になってしまう。

そうした資本のストライキに打ち勝つような力は、MMTの経済政策のうちにはありません。結局、トップダウン型で大胆な政策を実行しようとしても、国家が資本のストライキに負けないようにするために、相当程度のアソシエーションの力が必要になるわけです。その際、アソシエーションに求められるのは、労働者たちが、何に投資をするか、どうやって働くか、などを自分で決められるような、生産の実権を握るということです。

現代の金融理論
写真=iStock.com/DNY59
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DNY59

もちろん、そのような生産の領域における改革が非常に困難なのは自明のことですが、だからといって、資本と賃労働とのパワーバランスを変えるという根本課題から目を逸らしてはなりません。けれども、そのアソシエーションを作るという視点が、BIにも、ピケティにも、MMTにも乏(とぼ)しいのです。そして、そのことは偶然ではありません。

階級闘争なき時代にトップダウンで行えるような政治的改革が、BIであり、税制改革であり、MMTであるからです。これらは、政策や法の議論が先行する「法学幻想」に囚われているのです。それに対して、物象化・アソシエーション・階級闘争というマルクス独自の視点をここに導入することは、思考や実践の幅を大きく広げてくれるし、これらの大胆な政策提案を実現するためにも、欠かせない前提条件なのです。

■「トップダウン型」から「ボトムアップ型」への転換

以上の議論からもわかるように、マルクスは、上からの設計だけで、社会全体が良いものに変わるという考え方を退しりぞけました。(これはトマス・モアのような設計主義的なユートピアと大きく異なる考え方です。)この点は極めて重要です。

なぜなら、アソシエーションを通じた脱商品化を戦略の中心に置くことは、ロシア革命のイメージが強い、20世紀型の社会変革のビジョンに、大きな変容を迫るからです。「トップダウン」型から「ボトムアップ」型への大転換と言ってもいいでしょう。この変化は、マルクス自身の革命観の変化にも表れています。

マルクス自身も、まだ若かった『共産党宣言』(1848年)の段階では、恐慌をきっかけとして国家権力を奪取し、生産手段を国有化していく「プロレタリアート独裁」を掲げていました。けれども、『資本論』では、議論の力点は大きく変わります。『資本論』に、そのような恐慌待望論は見当たらなくなるのです(プロ独の考えを捨てたわけではありませんが)。むしろ、『資本論』のマルクスは労働時間短縮や技能訓練に力点を置いていました。革命の本であるにもかかわらず、重視されるのは資本主義内部でのアソシエーションによる改良なのです。

■なぜ賃上げよりも労働時間短縮を重視したのか

こうした力点の変化の背景には、マルクス自身が革命の困難さを認識したことがあります。『共産党宣言』のマルクスは、労働者の窮乏化と恐慌によって、近いうちに革命が起き、それで社会主義体制を打ち立てることができると、楽観的に考えていた節があります。けれども、1848年革命における労働者蜂起はうまくいかずに、資本主義は息を吹き返しました。

1857年に始まった恐慌の時も同じでした。資本主義のしぶとさを前にして、マルクスは、その力の源泉を探究する必要性を痛感するようになっていきます。それがマルクスを経済学批判に導いたのであり、その研究成果である『資本論』においては、マルクスは楽観的な変革ビジョンを捨て去り、革命に向けた資本主義の修正に重きを置いたのです。

その際マルクスは、賃上げよりも労働時間短縮を重視したわけですが、これも、物象化という視点から考えると、その理由がわかります。時給を上げることにももちろん意味はありますが、労働者たちはより長く働いて、貨幣を手に入れようという欲求からは解放されません。むしろますます貨幣に依存するようになっていく。欲望は無限だからです。

■余暇の質を変えることで社会は豊かになる

実際、西欧福祉国家は労働時間短縮を採用しました。例えば、フランスは労働時間が週35時間です。こうした労働時間の短縮は、労働者に余暇(自由時間)を生みます。けれども、余暇があっても、日曜日にどこの店も開いていれば、やはり資本主義に吞み込まれてしまうでしょう。だから、日曜日はレストランや美術館などを除いて、百貨店やショッピングモール、スーパーなどは原則として閉まっているわけです。

斎藤幸平『ゼロからの『資本論』』(NHK出版新書)
斎藤幸平『ゼロからの『資本論』』(NHK出版新書)

お店が閉まっているから、資本主義的な消費活動をすることがそもそもできません。「ウィンドー・ショッピング」というのは、日本でしばしば誤解されているような、お金がなくてお店の外からブランドの商品を眺めていることを指すわけではありません。日曜日にお店が閉まっているから、仕方なく外から眺めているのです。

店が閉まっているので、必然的に別の形の、余暇の過ごし方が生まれます。カフェで読書し、政治談義をする人もいる。スポーツチームでサッカーをする人もいる。庭や農園の手入れをしてもいい。デモやボランティアをする人もいます。まさに脱商品化と結びついた余暇が、非資本主義的な活動や能力開花の素地を育むわけです。それが、さらなるアソシエーションの発展や脱商品化の可能性を広げていくことにもつながっていきます。

こうして、コスパ思考に回収されない、社会の富の豊かさが醸成されることになるのです。

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斎藤 幸平(さいとう・こうへい)
東京大学大学院総合文化研究科准教授
1987年東京生まれ。ウェズリアン大学卒業、ベルリン自由大学哲学科修士課程・フンボルト大学哲学科博士課程修了。大阪市立大学准教授を経て現職。著書に『大洪水の前に――マルクスと惑星の物質代謝』(角川ソフィア文庫)、『人新世の「資本論」』(集英社新書)、『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)、『ゼロからの『資本論』』(NHK出版新書)など。

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(東京大学大学院総合文化研究科准教授 斎藤 幸平)

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