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電気も水道もない僻地が「高級宿」になる…世界初「水と電気を自給できるホテル」を作った38歳社長の哲学

プレジデントオンライン / 2023年2月10日 10時15分

「ARTH(アース)」社長の高野由之さん - 筆者撮影

交通アクセスの悪い僻地に突如出現した「リゾートホテル」が人気を集めている。「ARTH(アース)」社長の高野由之さんは、世界で初めて水と電気を自給できるホテルを開発した。その狙いはどこにあるのか。テレビ東京の阿部謙一郎プロデューサーがリポートする――。

■「おしゃれなリゾートホテルとしか感じなかった」

2022年12月、静岡県・西伊豆地方の限界集落に、水と電気を自給できる、いわゆる「オフグリッド」の一棟貸しのホテルがオープンした。オフグリッドをうたう住宅はいくつかあるが、ホテルとなると、世界初だという。

高級ホテルを思わせる室内。そして目の前には駿河湾の雄大な景色が広がる。絶景を楽しみながら露天風呂に入ったり、テラスのデッキチェアでくつろいだりしたという宿泊客は、「電気や水のことを意識することはまったくなく、おしゃれで快適なリゾートホテルとしか感じなかった」と驚きの表情を浮かべた。

“SDGs関連ビジネス”としても注目を集める、この最先端のホテルを手がけたのは、創業8年目のスタートアップ企業「ARTH(アース)」(東京・中央区)。

ARTH創業者であり、社長の高野由之(38歳)は、かつて国内の大手メーカーで販売店を束ねる仕事に就き、ゴルフ接待や温泉旅館での宴会に全力を尽くす“昭和型サラリーマン”だった。20代半ばで当時の年収は約700万円。しかし、その安定を捨てて高野は31歳で起業した。「古民家ホテル」などの運営で急成長し、過疎地再生の面でも実績を上げるなど時代の最先端に躍り出たのだ。今期のARTHの年商は約10億円に上る見通しだという。

テレビ東京の報道特番「経済スペシャル サバイバーズ」(2月5日放送、配信あり)で取り上げた、“サバイバー”高野の成功の理由について、番組コメンテーター、成田悠輔・イェール大学助教授の見方も交えながら紹介する。

■「1泊25万5000円」でも稼働率は99%

いま、世界的に「サステナブル・ツーリズム」という概念が注目を集めている。サステナブル・ツーリズムとは、観光客が旅行先を訪ねて楽しむだけでなく、そこに住む地域の文化を大切にし、地域住民の生活も豊かになることなどを目指した旅行のあり方だ。高級旅館に泊まる単なるゴージャスな旅とは一線を画すサステナブル・ツーリズムは日本でも静かなブームとなっている。

そのサステナブル・ツーリズムを静岡県・西伊豆で体現しているのがARTHだ。

拠点となっているのが、伊豆市土肥地区の古民家をリノベーションし、イタリアン・レストランなどに生まれ変わらせた「LOQUAT(ロクワット)西伊豆」。古民家と同じ敷地内にある、白壁の土蔵が源泉掛け流し温泉付きの宿泊施設となっていて、2人で宿泊する場合は1泊2食付きで、1人5万5000円から。決して安くはないが、リピーター率の高い人気ホテルとなっている。

さらに、2022年にはLOQUATの「離れ」として一棟貸し古民家ホテル「SUGURO」をオープン。1泊25万5000円(2食付き、2人の場合)にもかかわらず、昨年空室だった日は1日のみで、稼働率は99%だという。

LOQUATの「離れ」としてオープンした一棟貸し古民家ホテル「SUGURO」
写真提供=ARTH
LOQUATの「離れ」としてオープンした一棟貸し古民家ホテル「SUGURO」 - 写真提供=ARTH

ARTHのホテルの大ファンで、東京とニューヨークを行き来しながら暮らす米国人弁護士の男性は、「この宿のサステナビリティーの概念は、コミュニティー全体を考えたものだと思う。ここに泊まると、地域の一部になったと心から思えてくつろげる」と手放しで評価する。

■送電網も下水道もない場所がホテルになる

海外からも高い評価を受ける、LOQUAT西伊豆と“離れ”のSUGURO。そして、そこから車で10分ほど北にある沼津市舟山地区に、新たな施設として昨年12月にオープンしたのが、水と電気を完全自給できる、オフグリッド型のホテル「WEAZER(ウェザー)西伊豆」なのだ。

沼津市舟山地区は、急峻(きゅうしゅん)な坂が続く不便な場所にあり、過疎化も進んでいる。その一角に2022年12月に開業した「WEAZER西伊豆」は、古民家の再生物件ではなく、この土地にゼロから建てられた。1泊18万5000円(1棟貸し)だが、2月の予約はほぼ満室状態になっている。

電気と水を供給できるオフグリッド型のホテル「WEAZER(ウェザー)西伊豆」
写真提供=ARTH
電気と水を供給できるオフグリッド型のホテル「WEAZER(ウェザー)西伊豆」 - 写真提供=ARTH

一見すると、太陽光発電のパネルを屋根に載せた、普通の建物だが、送電網(グリッド)や下水道とは接続されていない。インフラ不要の「オフグリッド」をうたう住宅はいくつか存在しているが、バックアップとして送電網とつないでいるケースが多く、完全オフグリッドとなると極めて珍しい。

照明や空調設備に使う「電力」は屋根に設置した太陽光発電システムで賄いつつ、余った電力は、米テスラ製の大型蓄電池に貯める。悪天候が続き、太陽光発電が難しい日には、この大型蓄電池に貯めた電気を使う仕組みとなっている。室内で必要となる電気の量を、30年分の天候データなどから割り出し、そこから逆算で太陽光発電パネルの枚数や、蓄電池の数を決めている。

このあたりのノウハウは、ARTHが特許を取得している。

浴場
写真提供=ARTH

■「インフラに頼らないホテルをつくらないと」

一方、「水」については、雨水を濾過することで確保している。トイレから流れる汚水と、洗面所などから流れる水は別々の処理システムとなっていて、トイレから流れた汚水は、トイレを流すための水、「中水」として再利用している。

また、宿泊利用者には、トヨタ自動車のEV(電気自動車)が貸し出されるが、緊急時はEVの電力を施設に供給するといった使い方も可能。さらに、驚くべきは、ホテルの建物は、工場で製造したユニットを組み立てる「モジュール式」。ユニットさえ出来上がっていれば、下水工事などの必要性がないため、組み立てる時間はわずか2日間で済む。

建物やシステムを含む「ベースモデル」の販売額は約1億円からだが、この1カ月余りで、購入などの問い合わせはすでに100件を超えているという。

それにしても、高野は、なぜこんなシステムを開発しようと考えたのか。

「アフリカのウガンダで、大学の先輩が和食レストランを開業していて、それを見に行ったときに、僕自身もウガンダでホテルを作ろうと思ったんです。でも、ウガンダって毎日停電が起きる。蛇口をひねってもきれいな水は出てこない。僕らの会社のビジョンは、世界中の美しい場所に滞在場所をつくること。そのためにはインフラに頼らないホテルを作らないといけないと思ったのが出発点です」

■子どもの頃は「いつもボロ雑巾のようだった」

ARTH創業者の高野由之(38歳)とは、いったい何者なのか。その秘密を探るべく、1月下旬、千葉県印西市にある高野の実家への帰省に同行した。

到着した家に入った瞬間に驚かされた。LOQUAT西伊豆を思わせる、リノベーションされた古民家が実家だったのだ。

「数年前に亡くなった父が建築家でした。私が幼い頃、父は脱サラして古民家のリノベーションを始めたんです。今のように、古民家再生のブームなどなく、時代の先駆けだったと思います」(高野)

高野さんの実家にて
筆者撮影
高野さんの実家にて - 筆者撮影

そして高野の母、由紀子さん(74歳)は、陶芸家。そんな父母の元、4人兄弟の次男として生まれた高野。母・由紀子さんは「由之は子どもの頃は、釣りに夢中になるなど毎日遊び回っていて、いつもボロ雑巾のようでした」と振り返る。

そんな高野は、高校1、2年生の時は、家を出ても、学校には足が向かず、たびたび授業に遅刻。ギリギリ進級させてもらうといったありさまだった。しかし、当時、多忙だった母は、高野の生活ぶりに「気付いてもいなかった」と笑う。

■“昭和型サラリーマン”も嫌いではなかったが…

“自由放任”で育てられた高野だが、もともと勉強は嫌いではなかった。高校3年生になると猛勉強を始め、京都大学経済学部に見事、現役合格して周囲を驚かせた。しかし、京大に入ってからはやはり勉強に打ち込むわけではなく、バックパッカーとして世界中を放浪したり、大阪の正道会館で空手の練習に打ち込んだりする毎日だった。

京大の3回生となり、就職活動の時期が迫ってくると、高野が志望したのは、外資系のコンサルティング会社。しかし成績などの問題から就職活動は失敗に終わり、結局、就職したのは国内の大手メーカーだった。

「配属されたのは、全国の販売会社を統轄してマネジメントする部署です。実態としては、販売店の人たちの接待が主な業務。休日はゴルフに草野球、平日は部の飲み会や接待。『駅伝大会で活躍できないと出世できないぞ』と上司から言われたことも(笑)。昔のドラマで見た昭和のサラリーマンの世界が今もあるんだと、びっくりしたことを覚えています」

接待などの仕事自体は決して嫌いではなかったというが、根本的な価値観の違いがあることを感じていたという。

結局、高野は、就職してから4年半で大手メーカーを退職。その後、別の2つの会社で、コンサルタントや、事業再生に携わった後、2015年、31歳の時に仲間数人とともに今の会社を立ち上げたのだ。

古民家をリノベーションし、イタリアン・レストランなどに生まれ変わらせた「LOQUAT西伊豆」
写真提供=ARTH
古民家をリノベーションし、イタリアン・レストランなどに生まれ変わらせた「LOQUAT西伊豆」 - 写真提供=ARTH

■キャリア形成は突出した能力よりも“掛け算”

高野が、まず目指したのは、繊維の問屋街として知られる、日本橋・馬喰横山エリアの古びたビルの再生だった。高野は、バックパッカーとして世界を回っていた経験から、6階あるうちの4フロア(2~5階)をインバウンド客向けのホステルとし、1階に、ホテルのフロントを兼ねたカフェをオープン。そして最上階を本社オフィスとした。

予想通り、ホステルは、外国人バックパッカーのニーズをつかみ、業績は急成長。コロナ禍では一時ピンチに陥るも、今度は4フロアのうち2フロアを、24時間制のフィットネスジムに改装することで、コロナ前よりも利益を上げられる事業構造に作り直した。

高野は、「事業は掛け算であり、総合格闘技のようなもの」と口にする。「一つひとつを見れば、自分には突出した能力はないが、“掛け算”は意識してきた」という。例えば、高野のキャリアは以下の4つの要素で構成されている。

① 父の姿を見て学んだ古い建物のリノベーションに関する感性
② バックパッカーとして世界を回った経験
③ 大学時代に打ち込んだ格闘技の経験
④ 事業再生ファンドなどで身に付けたファイナンスの知識

こうした要素をかけ合わせることが、これまでの成功につながったと感じるという。

「好きなことを追求し、それらを掛け算することが成功につながる」と考える高野。ただ、「ファイナンスに関する知識だけは好き嫌いではない」とも話す。起業するならば、最低限の“武装”は必要だとも考えている。

WEAZER西伊豆の様子
写真提供=ARTH
SUGUROの様子 - 写真提供=ARTH

■三井物産、PwC、ソフトバンクからも

そんな高野の下には、より自由な発想での働き方を求めて、大企業を辞めて転職してきた優秀な人材が多い。

東大卒業後、三井物産で長年働いていた金井怜、世界4大監査法人の一つ、PwC出身で公認会計士の吉川弘志、ソフトバンクを辞めARTHの広報担当者となった藤田桃子らだ。ARTHのメンバーは必ずしも正社員ではない。業務委託などの形でARTHに参画している人たちが多いのも特徴だ。

本社にて
写真提供=ARTH
本社にて - 写真提供=ARTH

また、ARTHでは、現役の東大法学部4年生、山川綾菜もインターンとして働いている。短期インターンではなく、東大を1年間休学し、ARTHが運営する高知県のホテルの主力スタッフとなっている。今後ARTHに就職する予定だという。

ARTHで働く人たちが共通して話すのは「自分が心からやりたいと思える仕事をしたかった」という言葉だった。

■経済学者・成田悠輔さん「大企業と特異な個人の共存が必要」

大企業からベンチャーに転職したり起業したりする人は、増加している。

エン・ジャパンが運営する若年層向け転職サイト「AMBI(アンビ)」によると、2021年4~9月に大企業からスタートアップに移った件数は、18年4~9月比で7.1倍に増えている。こうした流れは止まらないようにも見えるが、成田悠輔・イェール大学助教授は、少し意外な見方を示す。

「大企業を捨ててスタートアップを始めるのがトレンドみたいに考えて、会社を始めたりスタートアップに移ったりするのは何か間違いのもと。その人自身にとって何が大切なのか、どういうことが得意なのかという、その人の個性や価値観があって、それに無理がない生き方を単純に選んだほうがいい」

「大企業に勤めるならば、その大きな仕組みをうまく回す歯車として、いかにそこを障壁なく摩擦なく動かしていくかに集中するほうがおそらく理にかなっている。大企業的なものと、特異なアイデアを持つ個人だからこそできるようなものが社会の中に共存しているのが正しい姿なのではないか。例えば、全国津々浦々どこに行っても駅前にあるビジネスホテルも必要。そういうものと、ARTHのホテルのようなものが共存している状態が大事なのではないかと思う」

静岡県沼津市舟山地区。伊豆半島からの景色が堪能できる
写真提供=ARTH
静岡県沼津市舟山地区。伊豆半島からの景色が堪能できる - 写真提供=ARTH

■次は高知県の苦境ホテルを買収、大改造

東京に住む、高野が今、毎週のように足を運ぶ場所がある。

それが、高知空港から車で西へ約3時間、“東京から最も遠い街”と言われるほど交通の便が悪い足摺岬(土佐清水市)だ。ARTHは2019年、経営難に陥っていた「足摺パシフィックホテル花椿」を買収。「TheMana Village」と名称を改め、大改装に乗り出しているのだ。

足摺岬(土佐清水市)にある「TheMana Village」。インフィニティープールが楽しめる
筆者撮影
足摺岬(土佐清水市)にある「TheMana Village」。インフィニティープールが楽しめる - 筆者撮影

古びた和室(写真)を少しずつ取り壊し、2部屋、あるいは3部屋をつなげた豪華な客室へとリノベーションを進めている。2部屋をつなげて改装した部屋(写真)の場合、宿泊料は、1泊2食付き1人あたり4万5000円から。

ここでは、一気にリノベーションを終えるのではなく、資金を調達できた分から順次改装していく型破りな手法を採っているが、集客力は以前に比べて格段に高まったという。

「ARTH」社長の高野由之さん
筆者撮影

■辺境の地ならではの絶景が楽しめる

そして昨年、古びたプールを改装して完成したのが、まるで海外のリゾートを思わせる空間だ。そこは、太平洋とプールが一体化してみえる「インフィニティプール」であり、その上に浮かぶようにレストランの客席が配置されている。ここでは、ナポリ式の本格ピザなど、絶品のイタリア料理を楽しむことができる。

「これ、ヤバくないですか?」と高野は少年のような笑顔を見せた。

さらに、高野はTheMana Village周辺でも、さまざまな仕掛けを行っている。

タイから輸入した三輪自動車「トゥクトゥク」を高野自ら操り、ヘリポートの建設予定地など、周辺を案内してくれた。

中でも印象的だったのは、近くの港にある、神秘的な洞窟。エメラルドグリーンの海が、奥に進むほど次第に色濃くなっていき、どこまで続くのか見当もつかない。高野は、夏場に、この洞窟の入り口付近で遊ぶツアーを開くことを考えている。「以前、両親と一緒にトゥクトゥクに乗ってくれた子どもたちから、『ディズニーランドより楽しい!』と言ってもらえたのはうれしかった」

TheMana Village周辺にある洞窟
筆者撮影
TheMana Village周辺にある洞窟 - 筆者撮影

■念願のウガンダでホテル建設の調査へ

誰も目を向けなかったような不便な土地で、次々と事業を拡大するARTH。

実は、沖縄県北部の東村の山中にも、古民家を改装した「むいの宿」がある。ここは、社員たちで集まって泊まることなども想定し、ある意味では、採算度外視で買収したというが、昨年、NHKの連続テレビ小説「ちむどんどん」の主人公の実家のロケ地となり、ファンたちが大勢訪れるようになった。

沖縄県北部の東村で古民家を改装した「むいの宿」
写真提供=ARTH
沖縄県北部の東村で古民家を改装した「むいの宿」 - 写真提供=ARTH

さらに、ARTHが開発した水・電気完全自給ホテル「WEAZER」は、経産省が推進する「質の高いエネルギーインフラの海外展開に向けた事業実施可能性調査事業費補助金」に採択され、高野らは昨年12月、アフリカ・ウガンダに乗り込み、WEAZER進出に関する調査をすでにスタートさせている。2月中にも、2度目の調査に向かう予定だ。

ARTHのメンバーたちの夢はどこまで実現していくのか。今後も、取材を続けていこうと考えている。

(すべて敬称略)

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阿部 謙一郎(あべ・けんいちろう)
テレビ東京報道局プロデューサー/WBS担当デスク
全国紙で12年間の社会部記者生活を経て、2007年からテレビ東京勤務。過去の担当は「ガイアの夜明け」「カンブリア宮殿」「日曜夕方の池上ワールド」など。「経済スペシャル サバイバーズ」は自ら企画し立ち上げた。

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(テレビ東京報道局プロデューサー/WBS担当デスク 阿部 謙一郎)

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