「政権の超重要ポスト」が「長男の育成枠」に…失言側近はクビにするが身内は守る岸田首相の異次元の甘さ
プレジデントオンライン / 2023年2月9日 8時15分
■「同性婚見るのも嫌だ」荒井秘書官は更迭されたが…
官僚の不祥事は珍しいことではないが、首相側近が立て続けに問題を起こすことは極めて異例であろう。岸田文雄首相を支えるはずの荒井勝喜秘書官と岸田翔太郎秘書官のことである。
荒井氏は2月3日夜、記者団のオフレコ取材に応じた際、同性婚に関して「見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」などと差別的な発言をした。毎日新聞は「岸田政権の中枢で政策立案に関わる首相秘書官がこうした人権意識を持っていることは重大な問題だ」(毎日新聞2月5日朝刊)と判断し、荒井秘書官の実名を出して報道。他社も追随し大問題となって、翌4日に荒井氏は更迭されることとなった。
オフレコ取材の内容を報道したことについては賛否両論あるが、オフレコ取材であっても匿名で発言が報道されることは許容されていることや、差別などが含まれた重大発言については過去に実名で報道された例があることを考えると、荒井氏の発言はあまりにも軽率であり、岸田政権の緩さが表れていると言えるだろう。
しかし、一方で、行動が問題視されながら、今もなお秘書官としてのうのうと勤務している人物がいる。そう、岸田首相が溺愛する長男、翔太郎氏のことである。
私はこの翔太郎氏がいまだに秘書官として勤務できていることこそ問題であると考えている。
■「ただの土産話」で済まされる問題ではない
一度、翔太郎氏の問題について振り返ろう。
岸田首相は1月9日から15日にかけて欧米5カ国を歴訪。アメリカのバイデン大統領やイギリスのスナク首相らと会談し、5月に控えるG7広島サミットに向けて弾みをつける中、首相秘書官である翔太郎氏は公用車を乗り回して観光を繰り返していた。訪れたのはイギリスのビッグベンやバッキンガム宮殿、カナダのオタワ市内のマーケットなどの名所旧跡。1月26日発売の『週刊新潮』が報じ、マスコミ各社も後追いした。
国会でも取り上げられ、政府側の官僚は翔太郎氏の観光について「総理訪問についての対外発信に使用する目的での街の風景やランドマーク等の撮影、政治家としての総理の土産等の購入」だったと説明。「総理の土産購入は秘書官の公務なのか」という問いに岸田首相は「公務である」と答弁した。
国会のやりとりを聞いていても首を傾げたくなるが、今回の話をただの総領の甚六が起こした「土産話」として済ますことはできない。一事が万事そうなのである。かつて首相官邸を取材していた身として思うのは、ここに岸田政権の支持率が低迷している根本原因があるということだ。
■身内を秘書官にする風習がはびこっている
首相長男による問題行動といえば、菅義偉前首相の長男、正剛氏による総務省官僚接待問題が思い出される。
正剛氏は菅氏が総務大臣だった頃に秘書官を務め、映像制作会社である東北新社に入社した後にも、かつての古巣の官僚に対して違法な接待を繰り返していた。国会では総務審議官などが処分される大問題となり、菅政権は大きなダメージを負った。
情けないことに日本の首相が二代続けて、秘書官に起用した長男が起こした問題によって追及を受けているわけだが、このように身内に秘書官を務めさせる風習は永田町にはびこっている。
例えば安倍晋三元首相は父の晋太郎氏が外務大臣だった頃に秘書官に任命され、現職の福田達夫衆院議員は父の康夫氏が首相の時に秘書官を経験している。
■そもそも秘書官とは何者なのか
そもそも秘書官とは何者なのか。簡単に言えば大臣の仕事をサポートする国家公務員である。給料はもちろん私たちの税金である国費から支払われている。
その秘書官にも2種類あり、各省庁から選ばれて大臣の公務を補佐する事務秘書官と、大臣の政治家としての仕事を補佐し、自由に任命することができる政務秘書官とがいる。冒頭の荒井氏は事務秘書官であり、翔太郎氏は政務秘書官となるわけだ。
では、政務秘書官という仕事は身内に簡単に任せることができるような内容なのだろうか。秘書官の仕事といえば、経産省の職員が作った西村康稔経産大臣の対応マニュアルが流出し、ニュースで取り上げられたことが記憶に新しい。そこには「お土産の購入量が非常に多いため、荷物持ち人員が必要。秘書官一人では持ちきれない」などと書かれていた。
良いか悪いかは別にして、実際に大臣によっては土産購入の荷物持ちのような雑務を秘書官に任せるような場合もある。しかし、国のトップである首相を支える首相秘書官となると趣が変わってくる。
■歴代は「影の総理」に「官邸のラスプーチン」…
首相に仕える事務秘書官は官邸主導で行われる重要政策の調整などにあたるため、その後は各省庁の局長クラスに就くような出世頭がなることが多い。そして、政務秘書官も首相の信頼のおけるブレーンとして政治的手腕を振るうことが求められるのだ。一般の大臣秘書官と比べるとレベルが違うと言えるだろう。
例えば、私が首相官邸を取材していた頃、安倍晋三首相の政務秘書官である経産省出身の今井尚哉氏は「影の総理」とも言われ、外交から内政まで強い影響力を持っていた。安倍政権が2017年に衆議院を前倒しして解散した際にも、消費税増税の使途変更を大義とすることを主導したと言われており、この不意打ち解散の中で野党は分裂、現在まで政治的影響が残り続けている。安倍政権の功罪をここで論じるのは控えるが、今井氏は政権が憲政史上最長となるよう支え続けた功労者の1人であると言えるだろう。
また、同じく長期政権を築いた小泉政権でも、小泉純一郎氏を事務所秘書などとして長年にわたって支え続けた飯島勲氏が政務秘書官となり、辣腕(らつわん)を振るって「官邸のラスプーチン」などと言われたことは有名だ。
■支持率が低迷し続ける理由が詰まっている
翻って今の岸田政権はどうだろうか。
政務秘書官は2人おり、元経産次官として経験豊富な嶋田隆氏も側近として岸田首相をサポートしている。ところが、政策への関心が高く、政局的な動きは弱いというのが官邸周辺の評判だ。
実際、昨年末に政府が防衛増税の方針を決めた際には、自民党内から異論が噴出。閣内からも高市早苗経済安全保障大臣が「総理の真意が理解できません」と不満をツイッターに投稿するなど、大荒れの状態となった。政府与党内の事前の根回しや調整があまりにも欠如していたことがうかがえる。
![曇天の国会議事堂](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/b/1200wm/img_9b95a62c1620055a7df3b2c6a2284e6a483864.jpg)
本来ならば、そうした中でこそ奔走しなければならないのが政務秘書官というポジションなのだが、その1人が何かとお騒がせの岸田首相の長男、翔太郎氏なのである。
外遊中に土産物を買うために走り回っている場合ではないのだ。少なくとも、私が安倍政権を首相官邸で取材していた時には、政務秘書官がランドマーク撮影や土産購入などの雑務をするなど考えられなかった。
岸田政権は首相のブレーンである政務秘書官という役職を軽く見ているとしか思えない。まだ30代で政治経験も少ないの長男をその職に任命し、さらに雑務をさせている。ここに、岸田政権の「異次元の甘さ」があるのだ。
そして、その甘さ故に政府与党内での調整や連携もうまくいかず、防衛増税について内外から異論が噴出する中で支持率を下げていく。まさに一事が万事、岸田政権の体質が今回の翔太郎氏の土産問題に表れているのである。
■後継者を育てるためのポジションではない
そもそも、首相に限らず国家公務員である秘書官というポジションが、身内を育てるために使われている永田町の風習に憤りを覚える国民は多いのではないだろうか。
世襲議員に対する風当たりも強い世の中だ。私はもう大臣を含めて身内を秘書官に就けることはやめたほうが良いのではないかと思う。もし、子供に「親の背中を見せたい」と思うのならば、せめて秘書官ではなく、秘書として起用してもらいたい。
「秘書官」と「秘書」は1文字違いだが、その意味合いはまったく異なるものだ。
秘書官は既に説明したが、「官」の字がつく通り、大臣などに仕える「官僚」である。一方で、秘書は地元や永田町などの議員事務所で個々の政治家の仕事をサポートする存在だ。
今回、翔太郎氏がした土産購入なども、秘書の仕事であったならばうなずけるところだ。たとえ首相や大臣であっても、個々の政治家としての活動という側面が強い雑務については事務所の秘書に任せるべきではないだろうか。
■長男は私設秘書として雇えばいい
岸田首相が翔太郎氏を後継として育てようとしていたとしても、秘書官ではなく、事務所の秘書として雇っているならば何ら問題はない。
細かい話になるが、国会議員は公設秘書を3人まで持つことができる。国費で給与を賄える特別職の国家公務員だ。そのため、議員事務所で給与を負担する私設秘書として雇うことがより適切だろう。
いずれにしても、政務秘書官というポジションに長男の翔太郎氏を置いて、土産購入などをさせているということは、岸田政権が置かれている政治的状況を見ても、あるいは身内びいきと思えるような永田町の風習から考えても、到底理解できるものではない。
岸田首相が自らの政権を安定させたいと思うならば、すぐにでも翔太郎氏を政務秘書官から外し、政局観に長けた人物を新たに登用するべきだ。これは揶揄(やゆ)などではなく、心の底から思う本音だ。
翔太郎氏の問題を、単なる外遊の「土産話」として消化し、このまま国会を乗り切ろうとしているのであれば、その甘さが政権内部を蝕み、また新たな火種を抱えることになるだろう。
問題の本質を見極め、自らの「異次元の甘さ」を断ち切ることができるかどうか、これが今の岸田首相には問われている。
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ジャーナリスト
1992年生まれ。2015年に東京大学を卒業し、毎日新聞社に入社。宮崎、福岡で事件記者をした後、政治部で首相官邸や国会、外務省などを取材。自民党の安倍晋三首相や立憲民主党の枝野幸男代表の番記者などを務めた。2023年に独立してフリーで活動。YouTubeチャンネル「記者YouTuber宮原健太」でニュースに関する動画を配信している。取材過程に参加してもらうオンラインサロンのような新しい報道を実践している。
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(ジャーナリスト 宮原 健太)
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