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クラウンもノアヴォクもプリウスも劇的に変わった…豊田章男氏が告白した「ちょっと古い人間」の本当の意味

プレジデントオンライン / 2023年2月13日 9時15分

豊田章男氏。TOKYO AUTO SALON 2023 プレスカンファレンスにて。 - 写真提供=トヨタ自動車

トヨタ自動車は、4月1日付で豊田章男氏が社長を退任し、会長に就任する。自動車ジャーナリストの小沢コージさんは「豊田章男社長になって以来、全トヨタ車の走り味やクオリティ、販売システムが飛躍的に上がった。これは豊田社長がマスタードライバーとして走りの味を決めていることもあるだろう。次の課題はEVでも世界一のクルマを作ることではないか」という――。

■章男社長になってクルマのレベルは格段に上がった

トヨタ自動車の名物トップ、豊田章男社長が退任を表明し、会長に就任することになりました。立場を変えてもまだまだ辣腕(らつわん)は振るわれると思いますが、現場からは一歩引かれるのでしょう。約13年間、大変お疲れさまでした。

残念ながら小沢個人としては章男氏には1、2度直撃できたくらいで、ジャーナリストとして特別なエピソードはありませんが、商品レベルでは驚かされたことは何度もあります。

2009年の就任当初は、評価しているのか皮肉なのか、よく分からないですが「大政奉還」と言われました。私には会社経営に関する数字の良しあしは判断はできないのですが、商品レベルでは章男社長になって明らかに質が変わりました。

■思い切ったクラウンの大改革

どこが変わったのか? わかりやすい最近の例から申し上げますと2022年9月にフルモデルチェンジした日本を代表する高級車クラウン(16代目)でしょう。

1955年に生まれ、67年間もリア駆動の高級セダンとして日本に君臨。バブル期の1990年度は国内だけで年間約24万台も販売。ヒット時のアクアやプリウスと同等の台数であり、どれだけ人気が高かったかわかります。

かたや直近、最後のFRセダンとなった15代目クラウンは2018年発売。同年は5万台を越えましたが、翌2019年は3万6000台、2020年は2万2000台と落ちていきました。そこで今回のSUV化であり、FFプラットフォームベースの4WD化に踏み切れたのだと思います。

とはいえコロナ禍もありましたし、直近2022年上半期はひと月1500台をキープしていました。クラウンとしては低い数字ですが、かつての競合たる日産セドリックやホンダ・レジェンドがほぼ月数100台の3ケタカー、時には数10台の2ケタカーであったことを考えると、末期のFRクラウンでも十分売れていたと言えます。

そもそも1台平均価格で600万円する高級セダンが日本でひと月1500台売れるのは決して悪い話ではありません。ドイツプレミアムでもメルセデス・ベンツEクラスやSクラスは日本で月1000台も売れません。もちろん他国で売れているということはありますが、末期のFRクラウンは決してダメなクルマではなかったのです。

しかし昨年クラウンは大変身し、SUV化とFFプラットフォーム化に踏みきりました。明らかに当時の章男氏の15代目の途中での「マイナーチェンジは飛ばしてもよいので、もっともっと本気で考えてみないか」の一言がきっかけです。

■サラリーマン社長で絶対にできなかった

社長の一押しが令和のクラウン大改革を生んだのです。ある種、ブランドの象徴たるフラッグシップカーこそ延命措置されがちなので、サラリーマン社長ほど決断できません。これまた章男氏だからできたことなのです。

16代目クラウン発表会の様子
写真提供=トヨタ自動車
16代目クラウン発表会の様子 - 写真提供=トヨタ自動車

その事実は新型16代目クラウンクロスオーバーの開発責任者である皿田明弘チーフエンジニアも証言していますし、私も聞きました。それくらいのトップの英断がなければフラッグシップカーは大きく生まれ変われないのです。

これは出たばかりの新型プリウスもそうです。マジメなプリウスの異例のスーパーカー化は、ある種変化を恐れない章男イズムの表れです。

デザインが一新された新型クラウン
写真提供=トヨタ自動車
デザインが一新された新型クラウン - 写真提供=トヨタ自動車

■課長時代に始まったあるプロジェクト

2016年のカンパニー制の導入と、それに伴い2017年に設立されたモータースポーツ直系のスポーツカーブランド、GRカンパニーの誕生も印象的です。

特に一連のGR関連の「走り味改革」は章男氏なしではありえなかったと思います。

そもそもGRの元である「ガズーレーシング」という不思議なネーミングからして豊田氏なしではありえなかったはずです。20年以上前の業務改善支援室課長時代にプロジェクトを牽引した中古車販売ネットワークの「GAZOO.COM」がきっかけなのです。

“画像”システムと呼ばれていたものをGA(画)ZOO(動物園)にちなんで、GAZOOと名付けたという話ですが、最終的にはトヨタのミッドサイズカンパニーやレクサスカンパニーと並ぶGRカンパニーにまで昇華させてしまうのには驚きました。

■ミニバンに過剰な装備

そもそも小沢がGRに最初に触れたのは2010年にミニバンの派生グレードとして登場したヴォクシーとノアのG SPORTS(通称G's)からです。

これはドイツの過酷なコース、ニュルブルクリンクを舞台に「クルマの味づくり」を続けているGAZOO Racingのテストドライバーが「意のままに操る喜び」を味わってもらえるように作ったカスタムチューニングカーシリーズ。

しかし86やスープラなどのリアルスポーツカー向けにGRを設定するならともかく、ミニバンに突如サーキットで鍛えた専用サスペンションや専用エアロパーツを装着しただけでなく、ボディのスポット溶接増し打ちまで敢行して走り味を改革したのには驚きました。

その結果、ファミリー向け多人数乗用ミニバンなのにスポーツセダン並みの上質ハンドリングやブレーキタッチが味わえるようになりました。これは運転好きお父さんにとって確かに朗報です。

■走り、ハンドリング性能は格段に上がった

ただし、車両価格は30万円から60万円ほど高くなるわけでみなが付けるとは考えられません。関係者に聞くと装着率は数%レベルで、利益率が高いとも思えませんでした。

実は小沢は、G'sシリーズは章男氏が退いたらなくなるだろうと当時予測していました。

すべてのトヨタ車の走りを、スポーツカーだけではなく普通のファミリーカーから良くする。楽しさと同時に操縦安全性をも上げる。

素晴らしいことですが、いわばチェーン店の安価な牛丼に良質な和牛肉と自然調味料を使うようなもので割に合わない。普通の大企業経営者だったら絶対手を付けない理想主義的な改革だと感じました。まさしくモットーとする「もっといいクルマづくり」そのもの。

驚いたことにその後、トヨタ車の走りのクオリティはどんどん上がっていきました。それもG'sのみならず普通のコンパクトカー、セダン、SUV、ミニバンに至るまで。

わかりやすいところでは2015年の4代目プリウスから始まった新骨格TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)の採用がすごかった。これ以降、全トヨタ車の走り味、ハンドリング性能は飛躍的に上がりました。

2018年生まれのカローラシリーズにしろ、ドイツのVWゴルフに迫る走り味を獲得したと思います。

■社長がマスタードライバーだったからこそ

そこには章男氏自身がマスタードライバー、つまりトヨタ車の走り味を最終的に決めるシェフのような立場になったことも大きいはずです。

社内外では「社長が自らクルマを走らせ、時にレース活動するなんてとんでもない」という声もありますが、欧米メーカーでは経営トップがクルマを走らせるのも珍しくない。この判断も章男氏ならではだったと思います。

当初はどこまで続くのか? と思ったG'sシリーズは対応車種をドンドン増やし、2017年にはスポーツカーブランドの「GR」へと昇華しました。このあたりから章男氏による全トヨタ的走り味改革は揺るぎないものになったように見えます。

GRヤリス。マスタードライバー・章夫氏の「トヨタのスポーツカーを取り戻したい」という想いのもと生まれた。
GRヤリス。マスタードライバー・章夫氏の「トヨタのスポーツカーを取り戻したい」という想いのもと生まれた。

その後、GRはカスタムカーだけにとどまらず、2019年にはGR専売のGRスープラ、2020年には第2号のGRヤリスまで発表。今ではたとえ社長が代わっても「GRブランドでありGRカンパニーは絶対になくならないだろう」と思えるレベルであり、だからこそ社長交代に踏み切れた部分もあったのだと思います。

■社員が語る「章男改革の本当の成果」

とはいえ長らく小沢は当時のG'sから今のGRコンプリートカーやGR専売車まで、ビジネス的にはどうなんだろう? と思っていました。単価こそ高いですが、台数がそれほど出るわけはなく、今までのトヨタの収益構造とは規模感が違いすぎるはずです。

2020年からは、かつてスーパーカーであるレクサスLFAを作っていた半分手作りに近い生産ラインを「GRファクトリー」という専用ラインに変え、ゆっくりと高品質なGRヤリスやGRカローラを作っています。しかしそれで本当にトヨタの名に恥じない利益が出るのでしょうか?

トヨタ関係者は教えてくれました。「章男社長になってからトヨタの損益分岐“台数”は飛躍的に下がった」と。つまり少ない生産台数でも確実に利益が出る高収益体質になったのです。それが決算期によく語っていた「意思ある踊り場」であり「体質改善」であり、絶え間ない「原価低減」がもたらしたものなのでしょう。

そこには章男氏がよく言うトヨタ自慢のTPS、トヨタ生産システムのノウハウがトコトン注ぎ込まれているはずです。「それこそが章男改革の本当の成果」なのかもしれません。

台数に合わせて、適切な利益が出る体質になり、その結果のGRカンパニーということなのでしょう。

■章男氏だからできた功績の数々

2019年には、国内自動車メーカーではダントツに早いサブスクリプションサービス「KINTO」の本格導入や、「もっといいクルマ作り」を加速させる愛知のニュルブルクリンクたる本格テストコース「Toyota Technical Center Shimoyama」の一部運用開始、自工会会長としてですが来場者数7割増しで実に12年ぶりに100万人を超えた「第46回東京モーターショー2019」の大成功っぷり、翌2020年、痛みも伴うはずの全車種全店併売化の国内セールス改革……などなど。

章男氏でなければありえなかっただろう改革や変化は枚挙に暇がありません。

また規模は違えど敬意を持ちつつのマツダとの技術提携や、ダイハツというコンパクト専業メーカーを傘下に抱えつつ、ガチ競合のスズキと資本提携をするなど仲間作りもオキテ破りの連続。

社長が代わると会社って本当に変わるんだな……と何度も思わされました。どれもサラリーマン社長では絶対にできない抜本的な変革ばかりです。

■唯一腑に落ちなかったEV

ただし、小沢的に唯一腑に落ちていないのがEVについてです。それも全社的EV戦略ではなく、イチプロダクトについて。

これまでトヨタは「EVビジネスで遅れている」と何度も言われ続け、それに対する回答として2021年12月に「バッテリーEV(電気自動車)戦略に関する説明会」を開きました。その内容は素晴らしかったと思います。

そして2030年のEV(と燃料電池車)の販売目標の(200万台から)350万台へ引き上げ、2035年にはレクサスを100%BEVにするとも宣言しました。その意気や良しで、確かにトヨタらしいくEV以外に燃料電池車もガソリン車もハイブリッド車も全力投球する全方位戦略です。

そんな中、2022年に満を持してリリースされた、トヨタ初のBEV専用プラットフォームにより作られたbZ4X。良いところもありますし、トヨタならではの安全思想はさすがですが、意図が見えないところも多かったのです。

71.4kWhの大容量リチウムイオンバッテリーやWLTCモードで最長559kmの航続距離、FFモデルが150kW(約203ps)、4WDモデルが160kW(約217ps)というパワーは世界的にみて十分。乗ってみても走りの質感や速さもなかなかでした。

bZ4Xオンライン発表会の様子
写真提供=トヨタ自動車
bZ4Xオンライン発表会の様子 - 写真提供=トヨタ自動車

■トヨタのクルマに共通する「世界一」

急速充電性能が控え目なのは環境への配慮だとしても、EVとしてアッと驚く飛び道具的魅力がないところには疑問でした。

もちろんトヨタは社風的に世界で一番速いとかカッコいいとか「世界一」を声高にうたうメーカーではありません。乗用車の世界最多販売を達成した時には「それは狙ったことがない」などと語ったりします。

とはいえプリウスは量産車世界一の低燃費を誇りましたし、ランドクルーザーの悪路耐久性はブッチギリに世界一で、カローラシリーズの壊れなさも半端ないのです。

世界的な自動車のリセールバリューの高さもトップクラスでしょう。クルマの華美ではなく、本質的な道具性や価値で世界トップ。それがトヨタ車のすごさだと思うのです。

■「私はちょっと古い人間」の意味

もちろん小沢もバッテリーEVがすぐさま世界の乗用車の趨勢を占めるとか、アジアやアフリカの片隅までバッテリーEVで埋め尽くされるとは全く思っていません。EVばかりに注力するのはナンセンスですし、適正バランスがあります。

とはいえ欧州では既に販売台数の1〜2割をバッテリーEVやPHEVが占め、それは数年後部分的に5割、北欧で10割を達成することは十分にあり得ます。

そんな時トヨタが「EVでも本気」であることを証明し、周りを黙らせるにはどこかでブッチギリのEV性能が持つべきだと思うのです。個人的には「世界一の電費」か「トヨタ独自のデジタル体験」か「コストパフォーマンス」など。

しかし実際にはバッテリーセル温度のほか電圧&電流も常時チェックする「電池の安全性」以外にわかりやすい技術的アドバンテージはみえませんでした。

また電池生産のアドバンテージを世界的に中国に握られている以上、今まで長らく日本車の最大の魅力だった「良品廉価」という武器を使いづらいのも事実です。

またプロダクトに関しては基本チーフエンジニアが責任を負うべきであり、魅力や性能を考えるべきです。会社のトップが細かく口を出したり、頭を悩ませる問題ではありません。

とはいえ章男社長が退任会見で告げた「デジタル化や電動化などを含めて、私はちょっと古い人間。車屋を超えられないのが私の限界」のコメントにはある種の心残りを感じました。

もちろんbZシリーズはこの後出てくる全7車種を通じて、トヨタならではのEVの魅力を発揮してくれると考えられ、1作目ですべてを判断するのはまだ早計。

次の佐藤恒治社長体制下を含め、トヨタらしい世界に負けない、そのクラスをリードするバッテリーEVが出てくることをただひたすら願う次第なのです。戦略に加え実車でも驚かせる。そうすれば「トヨタはEVで…」などという声は出なくなるはずです。

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小沢 コージ(おざわ・こーじ)
バラエティ自動車評論家
1966(昭和41)年神奈川県生まれ。青山学院大学卒業後、本田技研工業に就職。退社後「NAVI」編集部を経て、フリーに。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。主な著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)、『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はホンダN-BOX、キャンピングカーナッツRVなど。現在YouTube「KozziTV」も週3~4本配信中。

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(バラエティ自動車評論家 小沢 コージ)

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