バックが不安な82歳が一発合格するほど緩くて簡単…「高齢者の免許更新」を厳しくしなければ悲劇は繰り返される
プレジデントオンライン / 2023年2月15日 14時15分
■3人死傷の90歳ドライバーは「禁錮3年」に
1月27日、大阪地裁堺支部は、過失運転致死傷の罪に問われていた90歳の被告に対し禁錮3年の実刑判決を言い渡しました。
※毎日新聞「大阪狭山のスーパー車暴走3人死傷 90歳被告に禁錮3年の判決」(2023年1月27日)
この事故は2021年11月、大阪府大阪狭山市のスーパーで起きました。
当時89歳だった男性が、駐車場でサイドブレーキをかけ忘れ、車がゆっくり前進したため慌てて運転席に戻るも、アクセルとブレーキを踏み間違え、店舗に激突。1人死亡、2人重体という重大事故となったのです。被害者のうち一人は男性の妻で、事故から1年3カ月たった今も意識不明だといいます。
判決前後には本件に関する多くのニュースが流れましたが、特に以下の記事は、同年代の親と暮らす者として身につまされました。
※MBSニュース「『免許返納せなあかんと…』スーパーで車暴走し3人死傷 被告の90歳高齢ドライバー 長女は『父の減軽望む気になれない』あす(27日)判決」(2023年1月26日)
父親が加害者、母親が被害者の一人となってしまった被告の長女は、法廷の証言台で、「年齢も年齢なので、免許の返納を考えていた」と証言。最後に苦しい胸の内をこう述べたといいます。
「被害者の皆様、遺族、家族の方には本当に申し訳なく思います。父に対して減軽を望む気持ちにはどうしてもなれません。許されるなら、父も高齢ですし、残りの人生を静かに送ってもらいたいですが、被害者の方のことを考えるととても複雑です」(上記MBSニュースより抜粋)
■なぜ高齢者の暴走事故がなくならないのか
高齢ドライバーによる重大事故は、その後も全国各地で発生し続けています。
記憶に新しいのは、2022年11月、97歳という超高齢ドライバーの運転する車が、アクセルとブレーキを踏み違えて歩道を暴走、その後、信号待ちの車など3台に相次いで衝突した死傷事故です。
※集英社オンライン〈福島97歳暴走死傷事故〉「おかあさーん、目を覚まして」周囲は救命措置。加害者は縁石に座り現場を見つめていた…事故被害女性が惨状を告白」(2022年11月21日)
この事故で歩行者の女性1人が死亡、4人がけがを負い、97歳のドライバーは過失運転致死傷の罪で起訴。2月28日、福島地裁で初公判が開かれる予定です。
89歳、97歳……、いずれのドライバーも、これまで積み重ねてきた人生の終焉(しゅうえん)で、取り返しのつかない大事故を起こし、第三者の未来を奪ってしまいました。
「なぜ、事故を起こす前に、免許を返納しなかったのか?」
おそらく多くの人は、事故を起こした本人やその家族に批判の目を向けることでしょう。しかし、こうした超高齢のドライバーに「運転免許」を与えているのは誰なのか? という点について、冷静に見極めることも大切です。
■80歳以上のドライバーはこの10年でほぼ倍増
とはいえ、決して「高齢者の運転だけが危ない」と言っているわけではありません。図表1は、警察庁がまとめた「原付以上運転者(第一当事者)の免許保有者10万人当たり交通事故件数(令和3年)」を表したグラフです。
![【図表1】原付以上運転者(第一当事者)の免許保有者10万人当たり交通事故件数(令和3年)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/1/1200wm/img_217f7af4c31411f9fcadc2f5f639569b201826.jpg)
「第一当事者」とは、事故の過失が多い当事者(加害者)のことですが、これを見ると、10万人当たりの交通事故件数は、85歳以上で524.4件、16~19歳では1043.6件となっており、高齢者より若年層のほうが、圧倒的に事故件数が多いことがわかります。
しかし、高齢化が進むにつれ、免許保有者の高齢化も進み(図表2)、高齢者の事故件数も上昇傾向になっています。
図表3のグラフは、「75歳以上・80歳以上の運転免許保有者数の推移」を表したものです。その数は毎年右肩上がりで増えており、80歳以上の免許保有者は、平成21年には119万人でしたが、10年後の令和元年には229万人と、ほぼ倍増していることがわかります。
死亡事故件数は近年減少傾向が続いていますが、75歳以上の高齢運転者による死亡事故に限ると、件数と構成率が増えてきていることが分かります(図表4)。
![【図表2】運転免許保有者構成率の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/d/1200wm/img_ad17724b49543286bec5276318ea7fe0328836.jpg)
![【図表3】75歳以上・80歳以上の運転免許保有者数の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/7/1200wm/img_77186519bc6860de169004a2821cc369267082.jpg)
![【図表4】75歳以上の運転者による死亡事故件数及び割合(原付以上第1当事者)(平成18~28年)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/9/1200wm/img_d98b4e21bffe4780808ad0c40c3c3e7d311079.jpg)
■運転能力の衰えが事故を招いている現状
75歳以上の高齢者と75歳未満の人の死亡事故を類型別に比較すると、75歳以上の高齢運転者による死亡事故は、車両単独による事故の割合が高くなっています。具体的には工作物衝突や路外逸脱の割合が高いのです(図表5)。
また操作不適による事故が28%と最も多く、このうちハンドル操作不適が13.7%。ブレーキとアクセルによる踏み違い事故は、75歳以上の高齢運転者は7.0%です。75歳未満と比べて大きな差が生まれています(図表6)。
![【図表5】死亡事故の類型比較(令和元年)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/8/1200wm/img_e853e447407d156c9dd91dfdd52e75ce277832.jpg)
![【図表6】死亡事故の人的要因比較(令和元年)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/e/1200wm/img_ced881a7edf814d040c716dde81cd87a238375.jpg)
このような事実を踏まえると、運転する能力が低下してしまった高齢者に、運転免許を漫然と交付している現在の「免許更新制度」に問題があると思います。
では、「高齢者の免許更新」のどこに課題があるのでしょうか。
■75歳以上は「高齢者講習」と「認知機能検査」を受ける
まずは高齢者の免許更新までの流れを見てみましょう。
![【図表7】高齢者の免許更新までの流れ(2022年5月13日以降)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/1200wm/img_03a7e2dd30a0fe144e325515179a64b8381535.jpg)
2022年5月13日から始まった現行制度では、70~74歳の人は「高齢者講習」(座学、運転適性検査、実車指導の計2時間)を受講します(図表7)。これについて合格、不合格の判定はありません。受講すれば免許更新をすることができます。
75歳以上になると、「高齢者講習」の他に「認知機能検査」が追加されます。この検査で「認知症のおそれなし」と判定されたら「高齢者講習」を受け、晴れて免許更新となります。万一、「認知症のおそれあり」と判定された場合は、医師による診断が必要となり、結果によっては免許取り消しになることもあります。
認知機能検査は、「手がかり再生」と「時間の見当識」の2つの検査項目があり、記憶力や判断力を測定。タブレットに受検者がタッチペンで入力して行います。所要時間は30分程度です。
・手がかり再生(最大32点)
記憶力を検査する。4分間で16枚のイラストを記憶し、採点には関係しない課題を行った後、記憶しているイラストをヒントなしに回答し、次はヒントありで回答します。
・時間の見当識(最大15点)
時間の感覚を検査するもので、検査の年月日、曜日、時間を回答します。
総合点は「手がかり再生の点数」×2.499+「時間の見当識の点数」1.336の合計です。総合点が36点未満の人は「認知症のおそれあり」と判定されます。
■「認知症のおそれあり」の約3割が免許を更新
警察白書(令和4年版)によると、2021年に認知機能検査を受けたのは約226万人です。うち「認知症のおそれあり」と判定された高齢者は5.2万人に上りました。さらにそのうち約1.4万人が高齢者講習を受講し、免許の更新を行っています。「認知症のおそれあり」と判定された3割にあたります。
2022年からは、さらに新しい制度が導入されています。旧制度との大きな違いは、75歳以上で「一定の違反歴」がある人に対して「運転技能検査」と呼ばれる実車試験が義務づけられたことでしょう。
対象となる「違反」とは、
①信号無視 ②通行区分違反 ③通行帯違反等 ④速度超過 ⑤横断等禁止違反
⑥踏切不停止等・遮断踏切立入り ⑦交差点右左折方法違反等 ⑧交差点安全進行義務違反等
⑨横断歩行者等妨害等 ⑩安全運転義務違反 ⑪携帯電話使用等
の11種類ですが、いずれも交通事故に直結する可能性の高い、危険な違反であることがわかります。
新設された運転技能試験は、東京新聞の報道によると、全国では9月末の時点で、延べ3万2206人が運転技能検査を受検しました。88.9%にあたる2万8633人が合格したそうです。都内に限れば1506人のうち1454人が合格。合格率は96.5%。不合格者は1割に満たなかったという指摘がされています。
※東京新聞「あわや事故、でも『次は大丈夫』と…高齢ドライバーの免許更新『実車試験』の実態は? 不合格は1割程度」(2022年11月30日)
■バックできない母が80代で免許更新の現実
では、実際の高齢者による免許更新はどのような雰囲気で行われているのでしょうか。一例として、私の母のケースをご紹介します。まもなく88歳になる母は、すでに運転免許を自主返納していますが、82歳のとき、一度免許更新をクリアした経験があります。
当時すでに、加齢の影響で手足の関節に痛みが出ており、可動域がかなり減少していました。車を後退させる際の後方確認などもできなくなっていたので、日常ではほとんど運転することはありませんでした。
それでも、万一の災害時や緊急時に備えて、一応免許の更新だけはしておこうということになり、教習場へ出向いたのです。
そのときの母は「認知機能検査」について、次のような感想を語っていました。
「まず認知検査で聞かれたのは、今日の日付。次に、白紙の時計盤の中に指定された時刻を記入するの。最後に、4つの絵を見せられて、しばらくしてからその絵を覚えているかどうか確認するというテストがあって、大体30分くらいで終了。どれも意外と簡単で、あれで運転に必要な認知機能をどの程度判定できるのかなあ? と不思議な感じがしたわ」
![運転する高齢者の手](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/a/1200wm/img_2ae9f66bcb4766a2f9e07bd259b37097406647.jpg)
■「絶対落ちる」と思っていた高齢者が合格してしまう…
そして、教習コースで行われた実車指導については、
「コースを少し走ったんだけど、バック(後退)の審査はなくってほっとしたわ。ビックリしたのは、『この人は絶対に落ちるだろう』と思っていたかなりよぼよぼされたおじいさんが、ちゃんと合格していたこと。私から見ても認知機能に相当問題がありそうだったし、運転も危ない感じだったのに……、あれで免許更新できるなんて、ホントに怖いと思ったわ」
と、驚くような話をしたのです。
先に紹介した、福島市の97歳被告の場合、少なくとも最後の免許更新は90代だったはずですが、そのときの各種検査で、ドライバーとしての運転技能や運動・認知機能などは、どこまで適切に評価されていたでしょうか。
今となってはそれを検証することはできませんが、高齢者の運転免許更新が、あまりに安易に行われているのではないかと不安になりました。
![高齢者マーク](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/8/1200wm/img_18f0c51c2839410dce1fe7a441bc291b392657.jpg)
■「落とす」ための試験が必要ではないか
ちなみに、かつて大型2輪免許は大変な難関でした。1995年からはようやく教習所で取得できるようになりましたが、当時は運転免許試験場で「中型限定解除審査」に合格しなければ取得できなかったのです。
試験の内容は、まず、車体の取り回しなどを審査する試験、その後、スラロームに一本橋、坂道発進に急制動……といった実技の本試験が待っています。その項目は多岐にわたり、ほんの少しミスをしただけでも厳しく減点されました。
受験者は、すでに中型2輪である程度の経験を積んだライダーだったわけですが、それでも合格率は平均5%。とにかく難易度の高い試験でした。私は20代のとき、この試験に挑戦したのですが、1年以上民間の練習場に通って猛練習を重ねても、12回落ち続け、13回目にやっと合格できたのです。
国としてもバイク事故を減らすため、簡単に免許を与えないようにしていたのでしょう。はっきり言って、「落とす」ための試験だったと思います。
■高齢者の免許更新制度は緩すぎる
それだけに、当時の経験を振り返ったとき、現在の高齢者免許更新制度は緩すぎるのではないかと思うのです。
運転免許の更新や返納に関しては、本人の「意思」に頼るのではなく、まずは国のほうでもう少し審査のハードルを上げ、厳格に判断すべきではないでしょうか。そうなれば、高齢ドライバーのいる家族の心配も少しは軽減されるはずです。
車の運転は少しでも問題があれば、即「重大事故」につながります。被害者の立場からすれば、運転適性のないドライバーが公道でハンドルを握っていること自体、論外です。
被害を元に戻すことはできません。これ以上高齢ドライバーによる悲惨な事故が繰り返されないよう、即効性のある対策を検討していただきたいと思います。
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ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。主な作品に、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『開成をつくった男 佐野鼎』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す 東日本大震災犠牲者約1万9000名 歯科医師たちの身元究明』(WAVE出版)、また、児童向けノンフィクション作品に、『泥だらけのカルテ』『柴犬マイちゃんへの手紙』(いずれも講談社)などがある。■ウェブサイト
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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)
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