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ロシアの「本当の経済危機」はこれから始まる…侵攻1年で見えた「自力で自動車が作れない」という深刻な問題

プレジデントオンライン / 2023年2月13日 8時15分

ロシアのプーチン大統領(=2023年2月8日、モスクワ・クレムリン) - 写真=EPA/時事通信フォト

■なぜ当初の想定よりも悪化していないのか

ウクライナ危機が発生した直後、経済専門家の間では「ロシア経済が破綻するのではないか」と悲観的な見方が多かった。その背景の一つとして、米国や欧州委員会などは国際資金決済システムである“SWIFT(スウィフト)”から、多くのロシアの民間銀行を排除したことがあった。それ以外にも制裁があり、ロシアの経済と金融活動は混乱し、GDPは急速にマイナスに転落するとの予想は増えた。

しかし、その後の展開を見ると、ロシア経済は当初の想定ほど悪化していない。背景の一つに、中国やインドなどがロシア産原油などを輸入していることは大きい。ロシアが原油を売ることができれば、国全体としての収入は大きく減ることはない。その一方、制裁の影響もあり、自動車や半導体など欲しいものを輸入することができない。その結果、GDPのマイナスは小幅に収まっている。

ただ、中長期的に考えると、ロシア経済の先行きはかなり不安だ。ロシアでは、人々の生活に必要なモノやサービスを供給することは一段と難しくなるだろう。すでに自動車の生産は大きく減少している。SNSを通して人々の不満も増幅されやすくなる。長い目で見るとロシア経済の縮小均衡は避けられないだろう。

■デフォルトの懸念が大きく高まったはずが…

2022年4月、世界銀行は同年のロシアの実質GDP成長率を-11.2%と予想した。また同月、ロシア中銀はその年の実質GDP成長率を-8.0%~-10.0%と予想した。大幅なマイナス成長予想の背景には、いくつかの要因があった。

まず、金融、経済面からの制裁の懸念は大きかった。SWIFTからの排除によってロシアの主要な民間銀行はドルを基軸通貨とする国際金融システムから切り離された。それによって、ロシア企業や政府の対外債務の支払いは難航し、デフォルトに陥るとの懸念は大きく高まった。

昨年2月下旬、ロシアでは銀行の信用不安が高まり、外貨の預金を引き下ろすために銀行に長蛇の列ができた。そうした心理は個人消費の減少にもつながり、企業の収益を減少させる。また、地政学リスクへの対応や社会の公器としての責任を果たすために、マクドナルドなどの海外企業はロシアから撤退した。

旧ソ連崩壊後、ロシアは、基本的には、オリガルヒ(新興財閥)と呼ばれる企業グループを中心に、エネルギー資源の掘削や鉄鋼などの重工業化を加速させた。一方、日用品の販売や飲食などの分野では海外企業を誘致し、雇用機会が生み出された。そのため、当初は制裁によってロシア経済にかなりの打撃が生じるとの見方が急速に増えた。

■中国、インド、トルコが輸入を増やしている

現在、ロシア経済は想定されたほどには悪化していない。端的に言えば、踏みとどまっている。2022年4~6月期、ロシアの実質GDP成長率は前年同期比-4.1%、7~9月期は同-3.7%だった。2022年3月に全産業ベースのPMI=購買担当者景況感指数は40を下回ったものの、その後は景気の強弱の境目である50前後で推移している。

要因の一つとして中国、インド、トルコなどによるロシア産原油の購入(ロシアの輸出)増加は大きい。膨大なエネルギー需要を満たすために、価格の低いロシア産エネルギー資源の輸入を増やすことは中国やインドにとって重要だ。足許では、パキスタンもロシア産原油の購入を検討している。他方で、制裁などによってロシアの輸入は全体として減少した。そのため、想定されたほどロシア経済は悪化していない。

■負の影響は昨年以上に増す恐れ

中長期的にロシア経済の悪化は避けられないだろう。要因の一つとして、長引くウクライナ紛争がロシアの社会心理に与える負の影響は次第に大きくなると考えられる。それによって個人消費などは一段と落ち込むだろう。

ウクライナ危機の発生以降、ロシアから脱出する富裕層やオリガルヒは増えた。2022年6月に英国防省は出国を目指す富裕層は1万5000人との推計を発表した。オリガルヒの多くはプーチン政権と関係を強化し、資源開発の権益などを手に入れたとみられる。彼らの国外脱出は国民に不安を与えたはずだ。

さらに、2022年9月、プーチン大統領は予備役の部分的な動員令の発動を宣言した。動員令に反発した人はデモを起こし、拘束される人も増えた。また、徴兵対象となる若者などの出国も増えた。一部報道では、ロシア国内で厭戦(えんせん)ムードは高まり、戦闘の継続と和平交渉の実現をめぐって世論は二分されているようだ。

■収入はあっても、日用品や家電が足りない

その状況下、ロシアでは制裁による西側諸国からの輸入減少によって生活に必要な資材が不足し、消費者物価は高止まりしている。2022年12月の消費者物価指数(CPI)の変化率は前年同月比11.9%だった。半導体などの輸入が減少したことによって、日用品や家電をはじめ、財の生産は難しくなっている。

また、ロシアは戦闘を継続するために家電に用いられる半導体を戦車に流用しているとも報じられた。人々の自由な意思に基づいて消費や投資を行うことは一段と難しくなっているだろう。

ウクライナでの戦闘が長引けば長引くほど、ロシアの社会心理が不安定化する可能性は高まる。特に、今日の経済と社会ではSNSによって人々はつながりやすくなっている。ウクライナでの戦闘継続に不満を持つ人同士が結託することをロシア政府は人海戦術によって摘発しようとするだろう。しかし、当局の意にそぐわない投稿のすべてを監視し、摘発することは難しい。結果的に、人々の反発心は追加的に高まりやすい。それに伴いロシアの個人消費は追加的に減少し、企業の収益と雇用機会も減少すると予想される。

■1年で浮き彫りになったロシアの深刻な問題

短期的にロシア経済はそれなりに持ちこたえる可能性はある。中印をはじめとする新興国、途上国からのロシア産原油や石炭などに対する需要は増える可能性はある。

特に、米国で利上げが実施されている環境下、経常収支が赤字の新興国などにとって、相対的に価格が低いロシア産原油を輸入する必要性は増すはずだ。それは、債務リスクに対応しつつ国内経済を安定させるために必要だ。そうした制裁の抜け道は、一時的にロシアの戦費の調達や経済の運営を支える要因にはなる。

しかし、中長期的に考えると、ロシア経済の成長率は低下基調をたどるだろう。最も深刻と考えられる問題として、ロシア経済は自力で需要を生み出し、満たすことが難しい。2022年、ロシアの自動車生産台数は前年比67%減の45万台だった。1991年の旧ソ連崩壊以降で最低の生産台数だ。

自動車工場での生産ライン
写真=iStock.com/RicAguiar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RicAguiar

トヨタ自動車など主要先進国の自動車メーカーによる生産の停止や撤退と、国内メーカーの生産能力の脆弱(ぜいじゃく)さ、車載用半導体など部品調達の減少などによって、需要を満たすことはこれまで以上に難しくなるだろう。

■主要先進国との技術格差は大きい

ロシアの自動車メーカーはイランから部品調達を目指しているが、主要先進国との技術格差は大きい。人々の欲求を満足させることができるとは考えづらい。わが国からロシア向けの中古車輸出が増加している背景にはそうした事情も影響していると考えられる(なお、経済産業省は600万円超の自動車の対ロ輸出を禁止)。

また、制裁の一環として米国は戦略物資として重要性が高まる半導体などの対ロ輸出を禁止した。輸入した中古車などのメンテナンスも一段と難しくなるはずだ。ロシアが軽工業や機械産業などの育成よりも石油化学工業などの発達を優先したため、日用品や工作機械の供給も難しくなるだろう。

ロシアは中国からのチップ輸入を増やして苦境を耐えしのごうとしているようだが、中国のロジック半導体の生産能力は十分ではない。中長期的に世界経済の中でロシア経済のデジタル化も遅れざるを得ないだろう。それは、ロシア国内での個人消費や設備投資を一段と減少させ、経済と社会の閉塞感は一段と増すものと予想される。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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