収入は1.5倍、夏休みは1カ月…フィンランドで寿司職人に転身した日本人女性が見つけた最高の働き方
プレジデントオンライン / 2023年2月25日 10時15分
■寿司職人としてフィンランドに移住した
週末北欧部chikaさんが初めてフィンランドランドを訪れたのは20歳のとき。一目惚れして「将来、絶対ここに住む」と決意したという。とはいうものの、フィンランドへの移住は簡単には進まない。もんもんとした思いを抱えたまま、10年以上フィンランドへの旅を継続していた。
しかしある日、フィンランドでの日本人向けの求人情報を眺めていて、「寿司職人」の求人が多いことに気付いた。「寿司職人になってフィンランドに転職しよう」。料理人として働いた経験はない。無謀とも思える挑戦だったが、働きながら寿司職人を育成する専門学校に通い、ついに2022年4月、彼女は首都ヘルシンキの日本料理店に転職することに成功した。13年越しの夢を実現させたのである。
実は今、世界的な寿司ブームを背景に「寿司職人」の求人が増えているという。しかも人手不足もあって日本国内での実務の経験が薄くても、給料は上がっているとか。週末北欧部chikaさんは「ゼロから寿司職人として海外転職」に成功した例であり、その体験談は貴重だ。
彼女はいま、ヘルシンキ市内でフィンランド人が経営する日本料理店で働いている。4人いる寿司部門のシェフの中では2番目のポジションだという。
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フィンランド好きをこじらせて、13年間毎年フィンランドに通う。会社勤めのかたわら、移住のために「ヘルシンキで求人が多いから」という理由で寿司職人の修業を積み、今春念願のヘルシンキの和食店で働くことに。主な著書に『北欧こじらせ日記』『北欧こじらせ日記移住決定編』『かもめニッキ』(講談社)など。Twitter、Instagram、ブログ週末北欧部
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■「小エビをザリガニで」その国ならではの素材がある
――フィンランドではお寿司は人気があるんですか。
ものすごくあります。高級店からテイクアウト専門のお店まで、ヘルシンキ市内なら歩けばお寿司屋さんにあたるというぐらい。新年のお祝いにお寿司を食べるという人もいます。スーパーの中にお寿司コーナーがあるし、そこにキッチンまであって、テイクアウト用のお寿司をそこで握ってもらうことも多いです。『ウーバーイーツ』のような料理を宅配してくれるサービスがこちらにもあるのですが、人気ナンバーワンはお寿司らしいですよ。
――どんなネタが人気なのでしょうか。
一番人気があって美味しいのは、やっぱりサーモンですね。ただフィンランドで獲れる白身魚やザリガニを小エビの代わりに使って、フィンランドの食材で、季節感を大事にする点は日本と同じですね。北欧ならではのバルト海でとれたものをよく使います。
一度、「仕入れたからさばいてみて」と、いきなり小鮫みたいな魚を出されたことがあります。よくわからないので、YouTubeで調べて(笑)。どうすれば良いのか戸惑いながらも、なんとかさばくことができました。
このような初めて扱う食材は味付けも一人では想像ができないので、お寿司担当以外のシェフたちからもアドバイスをもらいます。ヨーロッパの料理はソースを使うのが特徴的なので、どんなソースとお寿司の組み合わせがいいのか、いつもディスカッションしながら一緒にメニューを考えています。
■白身魚にクランベリー、魚なしのヴィーガン寿司…
――そういう創作寿司の中で、「日本ではあり得ないけれど美味しい」みたいなのはありましたか。
びっくりしたのは、白身魚にクランベリーのジャムを合わせるというアイデアです。北欧ではお肉料理、ミートボールなどにベリーのソースを添えて食べるという文化があるのですが、フィンランド人のシェフが「お魚にも合うよ」というので、白身魚の下にワサビの代わりにベリーを挟んでお寿司にしてみたら、美味しくてびっくりしました。見た目も白身魚にベリーが透けてすごくきれい。日本だったらスダチなどの柑橘系の薬味を添えるものでも、ちょっとしたベリーやハーブを添えるなど、フィンランドの食材に変えてみるのも意外と合うんだなとわかりました。
人気の1位はサーモンで、意外とウナギも人気ですね。あと、アボカド寿司もとても人気があります。ただ、生魚を食べるということ自体にまだ抵抗があるという方もいるので、『あぶり』スタイルも人気があります。たとえばカツオなど魚の味が強い食材は、アレンジしてソースを使うことも。ローカライズされたお寿司が多いので、そういったものだと受け入れてもらいやすいようです。日本のように醤油だけでシンプルに魚の味を楽しむというよりかは、フィンランドに寄せた調理方法で普及している印象があります。
またこちらのお寿司屋さんの特徴として、ヴィーガン向けのメニューがすごく充実していて、新メニューを開発するときは必ずヴィーガン向けのお寿司も考案します。お寿司屋さんに、一切魚を食べられないお客さんがけっこう来るんですよ。ランチタイムのときに、「ヴィーガンなんだけどいい?」って、野菜系の寿司を10種類作ってほしいと言われたりします。
■日本では「飯炊き3年、握り8年」と言われるが…
――海外への転職というと、やはり働き方も違うのでしょうね。
寿司職人としては、ほんとに何でも任せてもらえます。私はフィンランドに移住するために、寿司職人養成学校に通いながら、寿司屋でのアルバイトを掛け持ちしていました。アルバイト先ではいろんな経験を積ませてもらったのですが、それでも日本では一から修業すると、「飯炊き3年、握り8年」という世界だと感じました。
でもこっちに来ると日本人でお寿司ができるんだったら、「君はもうスシマスターだ」といわれます。
厨房でも20キロぐらいの大トロのブロックを、「さばいてみて」など、日本だと大将がするような仕事がどんどん任されます。若いときから大きな経験を積んでいけるというのはシェフとしてすごく楽しいし、責任が重くてもその分成長
■「彼氏と別れたから1週間休みます」
さらにもうひとつは、「仕事はパート・オブ・ライフだ」という考え方がすごく根っこにあると感じます。
これはボスの口癖でもあるのですが、「もちろん仕事は大事なんだけれども、一番は自分の人生、家族、そういうところを大事にしてほしい。だからこそ健康は大事だし、休みもちゃんとケアしていこう」。
だから1カ月の夏休みがあるし、プライベートで辛いとき、たとえば彼氏と別れて悲しいから1週間働くことができなさそうだ、というシェフもいました。仕事に何か支障があるような出来事があれば、詳しいことは言わなくていいけど、助け合うためにもそういうメンタルな状況であることはシェアしてほしい、言われます。
また、直近で辞めたシェフたちが立て続けにシェフ以外の仕事もしてみたいと、学び直しで学校に通っています。そのように仕事と学びをシームレスに組み合わせながら、自分のライフスタイルを作っていくという生き方をシェフたちから学びました。
■収入は日本人職人の初任給の約1.5倍近くだが…
――収入はどうなんでしょうか。海外転職を考えている人でも、果たしてやっていけるのか不安になる人も多いと思います。
私がいまもらっているお給料は、日本で新卒として寿司店に就職した人と比べると1.5倍くらいだと思います。新人の寿司職人ではなく、日本の会社の営業職として働いていた時代と比べると給料はだいぶ下がってはいますが、もともと移住のために節約生活をしていたとこもあり、寿司職人になっても生活レベルが落ちたということはありませんでした。北欧は物価が高いと言われますが、ノルウェーと比べるとフィンランドはそこまで高い国ではないと思います。
住居に関していうと、ヘルシンキ市内のワンルームの相場は平均して月10万~15万円ほど。ルームシェアで大きめのアパートに暮らすスタイルも人気で、その場合は1人あたり5、6万円で暮らすこともできます。
またヘルシンキは電車通勤で30分というと「遠いね」といわれるぐらい、小さな街なんです。なので東京の通勤感覚で職場まで電車で30分から1時間ほどの場所に住めば、家賃は半分くらいになります。
■自分の中の優先順位とのマッチングで選ぶ
――chikaさんは転職先のレストラン・店選びでなにを考えられましたか。
お店と自分が寿司職人としてやりたいことのマッチングはとても大切だなと思いました。私はフィンランドの食材や感性を取り入れたお寿司が握りたかったので、フィンランド人が経営しているレストランをまず探して、今のフュージョン系和食の店にたどりつきました。
一方で、本格的な和食を作りたい方にはフュージョン系のお店は合わないかもしれません。たとえば、今のお店で私が『THE寿司』というシンプルなメニューを提案すると「美しいけれどプレーンすぎる」「もっと味が欲しい」とリクエストされることもあります。現在働いているお店は、いかに新しい挑戦や提案を柔軟に受け入れていくかが重視されているように思います。
海外で働くことプラス自分にとって何が大事なのか、技術なのか、文化を学びたいのか、給料なのか、休みなのかによってお店が変わる。そこも考えないと、せっかく海外に来ても生き方がマッチングしないということもあり得ます。自分の中の優先順位を考えてお店を選ぶのは大切だと感じました。
■「馬鹿にされるかも」言えなかった時期もあった
――chikaさんの本を読んでいて印象的だったのは、すごく応援してくれるお友だちが多いことです。日本人だけでなくフィンランドの人も。そういう「応援団」の存在も、日本を出て海外で働く挑戦へのエンジンになるのかなと思いました。
ありがたいことに、人に恵まれていると感じます。思い返せば「フィンランドで働きたい」と夢を口に出し始めてから、応援してくださる方が増えた気がします。
実はそれまでは「こんなこと言ったら馬鹿にされるんじゃないか」と思って、フィンランドに住みたいとか、実はこんな夢があると言わない時期がずっと続いていたんです。
でも何かの拍子でつい口に出したときに、「それ、めっちゃいいじゃん」と肯定してくれた人がいて、その言葉にすごく背中を押されてからは、できるだけ口にするようになりました。会社でも上司にも伝えていたのですが、フィンランドで働くことを毎日の前提にすると、逆算してそのために今の仕事から何が得られるか、今やっている仕事のモチベーションにも結びつきました。
――それは海外転職のひとつのコツかもしれませんね。夢を口にすると馬鹿にする人もいるかもしれないけれど、応援して、より深くかかわってくれる人も出てくる。
そうですね。言わなければたぶん、そういう方も出てこなかったかもしれません。
■とりあえず「3年」やってみよう
――今後の生活についてお伺いします。この先ずっと一生フィンランドにいたいですか? それとも日本に戻って何かのプランがあったりしますか。
フィンランドに来るとき唯一決めていたのが、とりあえず3年やってみようということでした。それ以外は敢えてもう何も決めずに、3年後に自分がどう思っているのか、それを楽しみにしています。
前職の会社員時代も、実は最初は3年上限の契約社員だったんです。その3年というのがちょうどよかった。1年目は何もかもが新鮮で、2年目にマンネリして、3年目にようやく自分らしい働き方が見つかるというステップがあったんです。そのときの上司に「期限が決まってるほうが全力で走りきれるよ」といわれました。たとえば校庭を走ってこいと言われても、何周か言われてなかったら、途中で絶対怠けてしまうと思うんです。でも全力で3周走ってこいと言われたら、その3周は本気で走れる。まさに私自身がそうでした。だらだら過ごすんじゃなくて、3年と決めていたほうが、今の瞬間の噛みしめ方も変わるかなと思っています。
今はまだ1年目の途中なのですが、他のシェフたちを見ていて、生き方と働き方のバランスは、必ずしも今まで通りじゃなくてもいいのかもしれないという予感を感じています。週5フルで8時間働いて、1つの企業でということだけじゃなくても、その中にまた休みがあってもいいし、思い切って学び直してもいい。そういう人生のプランがあるんだというのが、1年目の新鮮な学びです。3年後、自分がどんな道を選択するのか、私自身も楽しみにしているところです。
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ノンフィクションライター
1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。師匠はジャーナリストの故・黒田清氏。昭和からフリーライターの仕事を始めて現在に至る。共著に『横浜vs.PL学園』(朝日新聞出版社)、主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』(講談社)、『「謎」の進学校 麻布の教え』(集英社)、『一門』(朝日新聞出版社)など。
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(ノンフィクションライター 神田 憲行)
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