「第3子以降に1000万円を」未婚率引き下げより3人目4人目の増加が有効…経済学者が考える異次元の少子化対策
プレジデントオンライン / 2023年2月14日 15時15分
■「異次元の少子化対策」生みの親
政府は、子育て支援などを一元的に担う「こども家庭庁」を内閣府の外局として2023年4月から設置することを決定している。政府は、同年6月には政策の大枠を示す方針だが、このような状況のなか、年頭の記者会見で岸田首相が「異次元の少子化対策」を掲げたこともあり、その賛否や内容を巡って議論が盛り上がっている。
そもそも、「異次元の少子化対策」という言葉は、拙著『2050 日本再生への25のTODOリスト』講談社(2022年4月発刊)の「あとがき」で初めて利用したものだが、対策を急ぐ理由は何か。その理由は、少子化が急速に進んでいるためだ。1970年代前半に200万人程度であった出生数が、2021年には約81万人に減少している。政府の予測(国立社会保障・人口問題研究所の中位推計)では、2072年に出生数が50万人を割るとされているが、現在のトレンドが継続すると、2031年には出生数が70万人を割り込む可能性もある。その場合、60万人割れは2040年、50万人割れは2052年となる。
■出生率の基本方程式
もはや危機的な状態だが、どうすれば、出生数を増やすことができるのか。そのヒントになるのが「出生率の基本方程式」で、「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式をいう。
この関係式は、簡単に導ける。そもそも、日本では婚外子は約2%しかおらず、このため、合計特殊出生率は、夫婦の完結出生児数(夫婦の最終的な平均出生子ども数)に「有配偶率」(=1-生涯未婚率)を掛けたものにおおむね一致する。夫婦の完結出生児数を「有配偶出生数」と記載するなら、「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式が成立する。
2021年の合計特殊出生率は1.30だが、例えば、生涯未婚率が35%で、夫婦の完結出生児数が2ならば、出生率の基本方程式により、合計特殊出生率は1.3と計算できる。
厚生労働省「出生動向基本調査」によると、夫婦の完結出生児数は1972年の2.2から2010年の1.96、2015年の1.94までおおむね2で推移してきたことが読み取れる。にもかかわらず、合計特殊出生率が低下しているのは、生涯未婚率が上昇したためだと考えられる。
■生涯未婚率がゼロに近づいても合計特殊出生率は…
では、この「出生率の基本方程式」から、どのような施策が考えられるか。一つは、①「生涯未婚率を引き下げる施策」であり、もう1つは、②「有配偶出生数を引き上げる施策」だ。
このうち、①の施策によって生涯未婚率が35%から20%に引き下がっても、有配偶出生数が2のままでは、出生率は1.6までしか改善しない。仮に生涯未婚率がゼロに近づいても、有配偶出生数が2のままでは、合計特殊出生率の上限は2を超えられない。
だが、生涯未婚率が35%のままでも、有配偶出生数が3になれば、出生率は1.95になり、さらに有配偶出生数が4になれば、出生率は2.6で、2を超えることができる。
このため、異次元の少子化対策の目的を「出生数の増加」に位置付けるなら、②の施策に資源を集中投下した方がよい。生涯未婚率が35%のままでも、有配偶出生数が3に上昇すれば、出生数の基本方程式から、合計特殊出生率は1.95となる。この値は、2021年の合計特殊出生率1.30のおおむね1.5倍だ。現在の出生数は約80万人なので、出生数が120万人程度に跳ね上がる可能性を示唆する。
![少子化を示すグラフ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/0/1200wm/img_30518028fa9e8b06f2e3174a875f7f4d397962.jpg)
■有配偶出生数を2から3に上げる方法
では、②の施策として、具体的に何を実行するかだ。つまり、どうやって有配偶出生数を2から3に引き上げるか、が問題になる。
岸田首相は年頭の記者会見にて、1)児童手当を中心とした経済的支援の強化、2)学童保育や病児保育、産後ケアや一時預かりなどすべての子育て家庭に対する支援拡充、3)育児休業制度の強化を含む、働き方改革の推進やその支援制度の充実、の3つを例示していたが、どれも既存の施策の延長線上であり、出生数を大幅に引き上げることは不可能に近いと思われる。
既存施策の延長線でなく、ターゲットを絞り、もっと思い切った異次元の政策が必要だ。そもそも、一般的に少子化対策といっても、さまざまな政策手段があり、出生数の増加そのものに直接働きかける出産育児一時金のような施策(a)と、出産後の子育て支援を行う児童手当や学童保育支援のような施策(b)の2グループがある。教育や子ども医療費の支援も(b)のグループに属する。行動経済学的な知見を考慮すると、(b)よりも(a)の方が出生数の増加に寄与する可能性が高いのではないか。
最近、話題となった税制措置の「N分N乗」方式も、グループ(b)に近い。これらすべてに対し、総花的な対策で、資源の逐次投入を行っているだけでは、少子化のトレンド転換を果たすことは難しい。
■1人50万円ではなく、500万円の一時金を出す覚悟を
また、政策の不確実性の影響も大きい。児童手当の所得制限を巡っても、制限を課したり、撤廃したりが繰り返されていて、家計としては将来どうなるかを予測し難い。例えば、2009年の児童手当には、年収860万円までという所得制限があったが、2010年から児童手当(旧)が「子ども手当」に改められ、所得制限が撤廃された。その後2012年から、子ども手当は廃止となっている。その後「児童手当」として復活したが、年収960万円までという所得制限が付いた。にもかかわらず、いま国会では再び所得制限を撤廃する議論がなされている。
このように政策の不確実性があるため、(b)の児童手当拡充よりも(a)の出産育児一時金の方が、政策の度重なる変更の影響を被らず、家計の出産・育児計画も攪乱されないはずだ。
グループ(a)の施策としては、昨年、岸田首相のリーダーシップで、出産時に子ども1人当たり42万円が支払われる「出産育児一時金」を、2023年度から50万円に引き上げることを決めたが、これまでの出生数の減少トレンドをみても、8万円程度の増額で合計特殊出生率が上昇に転じるとは考えがたい。岸田首相や政府が本気で少子化問題のトレンドを逆転したいなら、子ども1人当たり500万円の出産育児一時金を給付するくらいの覚悟が必要ではないか。
![妊娠、出産、子育てにかかる費用](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/b/1200wm/img_6b573fc7298eb10cb76ed705f7722af1493432.jpg)
■財源をどう確保するか
もっとも、問題になるのは財源だ。出生数が80万人ならば4兆円の財源、120万人ならば6兆円の財源が必要になる。4兆円や6兆円という財源の調達は、従来の発想なら不可能に見えるが、防衛費増額(4兆円増)の決定プロセスをみても、実は可能なのではないか。例えば、消費税率を2%引き上げれば、6兆円程度の財源を得ることができる。これを財源として、出産育児一時金を子ども1人当たり500万円程度に引き上げてはどうか。
財源を節約するためには、「累進的な制度」に設計する方法もある。例えば、出産育児一時金を、「子ども1人目=100万円」「2人目=300万円」「3人目=900万円」「4人目以降=1000万円」、あるいはもう少し角度をつけて、「子ども1人目=50万円」「2人目=100万円」「3人目以降=1000万円」という累進的な制度にしてはどうか。
1年間の出生数が120万人に増えた場合でも、1人目が3割、2人目が4割、3人目以降が3割なら、3人目以降を1000万円に大幅拡大しても、必要な財源は4兆円程度(=36万人×50万円+48万人×100万円+36万人×1000万円)に圧縮できる。出生数が80万人なら、約3兆円でよく、これは消費税率1%の増税で賄える。
■強力なインセンティブが働く
この累進的な制度のメリットは、強力なインセンティブだ。まず、子育てにも固定費があるため、子どもの数が増えるほど、家計における子育ての限界費用は低減する。
しかし、出産育児一時金が累進的に増えるなら、子どもの数が増えるほど、家計の限界便益は増加し、ネットの限界便益は大幅に増加する可能性がある。例えば、3人の子どもを持つ家庭でさらに子どもが1人増えても、教育費を除き、生活費が大きく増加するわけではない。むしろ、兄弟姉妹で衣服等をシェアできるため、限界費用が低減するはずだ。
■高齢世代に負担増を求めていくのが政治家の役割
なお、政府の一部では、年金・医療・介護の各公的保険制度から少額ずつマネーを拠出して、少子化対策の財源を集める「子育て支援連帯基金」構想を有力視する議論もあるが、この構想は、世代間の再分配政策という視点では注意が必要だ。
なぜなら、連帯基金に拠出する財源を負担するのが、高齢世代なのか、現役世代なのか、不透明なためだ。例えば、現行制度上、公的年金は賦課方式に近い財政スキームを採用しており、高齢者に給付する財源は基本的に現役世代が負担している。医療や介護も基本的に同様の財政構造で、後期高齢者医療制度を中心に財源の多くを現役世代が負担している。
この構造を維持したまま、高齢世代向けの年金や医療の給付などを削減せずに、少子化対策の財源を年金や医療などの社会保険に求める場合、現役世代の負担が増すだけだろう。
見かけ上、引退世代に財源負担をお願いするように装いながら、実質的に現役世代の負担増になるだけなら、現役世代の暮らしぶりは厳しさを増す一方だ。それでは、少子化が一層深刻化してしまう可能性がある。
本当に異次元の少子化対策を行うなら、現役世代が中心に負担する社会保険の財源からの拠出でなく、高齢世代も負担する消費税率の引き上げや、社会保障費の抑制等の財源で行うべきではないか。シルバー民主主義という言葉がある。高齢化が進むなか、投票率の高い高齢世代に負担を求めるのは至難かもしれないが、それをやり切るのが真の政治家の役割だろう。
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法政大学経済学部教授
1974年、東京都生まれ。97年京都大学理学部物理学科卒業。同年、大蔵省入省、2005年財務省財務総合政策研究所主任研究官、08年世界平和研究所研究員、10年一橋大学経済研究所准教授を経て、15年4月より現職。著書に『日本経済の再構築』『薬価の経済学』『財政学15講』など。
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(法政大学経済学部教授 小黒 一正)
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