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名古屋人が家で食べるのは「うどん」だった…深刻な「きしめん離れ」が進んでいる本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年2月18日 13時15分

名古屋駅ホームの立ち食いきしめん「住よし」(写真=『間違いだらけの名古屋めし』より)

名古屋名物「きしめん」の消費量が減っている。ライターの大竹敏之さんは「きしめんは、作るのに手間がかかる割に儲けが少ない。このため提供する店が減り、名古屋人のきしめん離れが進んでいる」という――。(第2回)

※本稿は、大竹敏之『間違いだらけの名古屋めし』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです。

■名古屋で一番うまい「きしめん店」はどこか

名古屋めしの中でも最も歴史があるといわれるきしめん。

明治時代には既にご当地の名物とされ、全国的な知名度も名古屋めしの中で随一です。

しかし、きしめんは最も誤解されている名古屋めしでもあります。

きしめんは新幹線名古屋駅ホームの立ち食いスタンドが一番うまい!

きしめんに対する評価で、このフレーズは最もよく耳にするものです。特に、地元のミドル世代以上のビジネスマンが、テレビの取材などでドヤ顔でこう答えたりしています。

河村たかし市長からして「これが一番うみゃ~!」なんて言っていますから、名古屋の特にオジさん世代の共通認識とすらいえます。

名古屋駅ホームの立ち食いきしめんがうまい! これは私も否定はしません。新幹線の待ち時間にだしのいい香りが漂ってくるとそれだけで食欲がそそられます。急いでいる時でも5分もあれば小腹を満たすことができ、行き交う列車を横目にアツアツのきしめんをすするとそれだけで旅情が感じられます。

■日本で最も食べられている店

事実、名古屋駅ホームのきしめん店は、こだわるべきところにはしっかりこだわって味づくりをしています。

「だしは国産むろあじと宗田がつおの削り節を使用し、創業当時から配合は変わりません。一度だけ外国産の材料で試作したのですが、微妙な臭みが気になり採用を見送りました。麺はオリジナルの生冷凍麺。のどごしを重視して何度も試作をくり返しました。“もっとなめらかに!”“うどんを平たくしただけではダメだ”と当時の担当者がメーカーに何度もリクエストしたと聞いています」とジャパン・トラベル・サーヴィス名古屋営業所長の桑原栄介さん。

同社は1961(昭和36)年に国鉄(当時)名古屋駅の在来線ホームに2店のきしめん店を出店し、1983(昭和58)年には新幹線のホームにも進出。

現在、JR名古屋駅にきしめん店10店舗を展開します。ちなみに「住よし」「憩」と2つの店舗ブランドがありますが、「メニューはほとんど同じで、提供しているきしめんは同じもの」(桑原さん)と言います。

同社のきしめん店の年間販売数は実に100万食(コロナ禍以前の実績)。全国の人に最も食べられているきしめんといえるでしょう。

“きしめん=名古屋名物”というイメージを全国に広め、印象づけた功労者であることにも疑いの余地はありません。

では、最も食べられているきしめんは最もおいしいきしめんなのか?

■名古屋人はきしめんになじみがない

失礼を承知で尋ねてみました。

「“名古屋で最もおいしいきしめん”を目指しているのでしょうか?」
「いえ、そういうわけではありません。低価格でよりスピーディーに。その条件の中で、最大限おいしいきしめんを目指しています!」

利用者のほとんどは乗車前のわずかな時間に立ち寄る人。リーズナブルさとクイックサービスが何より優先度が高く、その中で可能な限りのおいしさを追求していると、てらいなく答えてくれました。

では、旅行者や出張族はさておき、なぜ地元の人にもこんなにウケるのか?

「こう言っては何ですが、名古屋の人は普段あまりきしめんになじみがないと感じます」と桑原さん。

大阪出身で2013(平成25)年に転勤で名古屋へ来た桑原さんは、赴任当時、意外な思いをしたと言います。

「名古屋の人に“家できしめん食べるんですか?”と聞くと、大半の人が“うどん”と答えるんです」

この指摘は的を射ていて、名古屋では長らく深刻な“きしめん離れ”が進んでいました。

乾麺の生産量は減少の一途、市内のうどん店からは「ひどい時は一日に一杯も出ない日もあった。打つのが馬鹿らしくなるくらいだよ」という声も聞こえてきたほどです。

つまり、名古屋の人も、きしめん経験値は県外の人とほとんど変わりがなく、それゆえ立ち食いのきしめんに旅行者と同様に「うまい!」と感動するというわけです。

旅行者が駅の立ち食いで「きしめんはうまい」と思ってくれるのは、名古屋人にとってもうれしいこと。しかし、名古屋人が彼らと同じように「これが一番!」と舌鼓を打っているのはちょっとさびしく感じます。

■地元うどん店が語る「犯人」

先ほど、名古屋では「きしめん離れ」が深刻だと書きました。事実、乾麺の生産量は長らく減少傾向が続き、市内のうどん店からも「注文が入らない」という声は数多く耳にしました。

あまりに不人気だったため、ここ10~20年の間にメニューから外してしまった、という声もいくつかの店から聞きました。

近年、この低落傾向にあったことはまぎれもない事実です。しかし、2010年代後半になると長年の右肩下がりに歯止めがかかり、復権の兆しがはっきりと見られるようになってきました。

なぜきしめんは食べられなくなってしまっていたのでしょう?

餅の入った力きしめん。新幹線名古屋駅ホームにて。
餅の入った力きしめん。新幹線名古屋駅ホームにて。(写真=小太刀/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)

「私らうどん屋の責任でもあるんです」と言うのは名古屋屈指の老舗である1897(明治30)年創業の「手打麺舗丸一」の清水恒彰さん。

かつて、自分たちがお客さんに本当においしいきしめんを提供してこなかったことに原因がある、というのです。

■製麺機とも出前とも相性が悪い

そうなった要因は、皮肉にもうどん店が大いに繁盛した時代にあったといいます。1970~80年代、うどん店は外食シーンの花形でした。

今のように飲食店の業態がバラエティに富んではおらず、ファストフードやファミレス、ラーメン専門店、各種飲食チェーン、ましてやコンビニも本格的に台頭する以前。気軽に昼ご飯を食べたり、会社や自宅で出前を取るといえば真っ先に挙がるのが近所に必ず一軒はあるうどん店でした。

そのため、街なかのうどん店は昼時ともなれば常に満席。出前の注文もひっきりなしでした。

引きも切らない注文をさばくため、この当時多くのうどん店が取り入れたのが製麺機です。従来の手打ちから機械打ちに切り替えて生産スピードをアップさせ、お客のニーズに応えようとしたのです。この時、品質面で最も影響を受けたのがきしめんでした。

当時の製麺機では麺の仕上がりが均質化しすぎてしまい、きしめん特有のなめらかだけど適度に凹凸があってつゆののりがいい、そんなデリケートな食感を再現し切れなかった、と当時を知る麺職人はふり返ります。

技術を要するきしめん打ち
技術を要するきしめん打ち(写真=『間違いだらけの名古屋めし』より)

また、当時はどの店も当たり前のように受けていた出前も、きしめんには不向きでした。(「総本家えびすや本店」中山さんが言うような名古屋特有ののびにくい生地を使っているとはいえ)麺が薄いきしめんはうどんに比べてつゆを吸いやすく、お客が口にするときには半ばのびてしまっている、そんなケースが少なくなかったのです。

■きしめん>うどん

「そういうきしめんを食べたお客さんに“きしめんはこんなもん”、そう思われちゃったんです」。「手打麺舗丸一」の清水さんは自戒を込めてこうふり返ります。

このきしめんの評価急落の時代をリアルに体験したのが今の中高年。名古屋駅ホームの立ち食いきしめんを地元のオジさんたちが特にありがたがるのは、街なかのうどん店できしめんを食べなくなってしまった世代だからかもしれません。

きしめんは、名古屋めしブームの恩恵にもあまりあずかることができませんでした。多くの観光客は名古屋駅ホームの立ち食いで満足してしまい、ガイドブックに紹介されるのはごく一部の決まった店。うどん店の多くは地域密着で、観光客が流れてくることもほとんどありません。

ラーメンのように熱心に食べ歩いてレビューするマニアもほぼ皆無で、“きしめんのおいしい店”の情報自体がそもそもなかったのです。

■観光客の食べ物として生き残る

そんなきしめん冬の時代に、ニーズをうまく獲得した数少ない成功例が「総本家えびすや本店」です。

「2010年前後から周辺のホテルに営業をかけるようにしたんです。おかげで土曜祝日(日曜は休み)は外国人を含めて観光客が増えた。普段はきしめんの割合は全体の2割くらいですが、土曜祝は5割を占めるほどになりました。うちのきしめんは今、850円。地元の人はこの値段では食べてくれない。うちはもう食堂というより観光業になっています」(3代目・中山さん)

同店が観光客をターゲットにしたのは、繁華街のど真ん中という立地も活かしてのことでした。これは同時に“地元の人はきしめんを食べてくれない”という割り切った気持ちがあってのことでもありました。

■きしめん離れの最大の理由

不人気のせいで、店もきしめんを売る意欲をなくしていきます。

最大の理由は、手間がかかること。薄くてしなやか、でもコシのあるきしめんを打つには熟練の技が必要。

きしめんはうどん店にとっては独立したメニューというよりうどんやそばと並ぶ麺の選択肢のため、手間がかかるからといって割増料金は取りにくく、店にとって割が合わないものとなります。

また、もともと名古屋は観光都市ではないため、近所の常連がお客の大半である町のうどん店には、きしめん目当ての観光客が来ることもほとんどありませんでした。

■苦労の割に儲けが少ない

加えて、きしめんと並ぶご当地麺に味噌煮込みうどんがあり、こちらの方が麺打ちが容易で、なおかつ価格も高く設定しやすいため、店としてはどうしても味噌煮込みを優先することになります。

大竹敏之『間違いだらけの名古屋めし』(KKベストセラーズ)
大竹敏之『間違いだらけの名古屋めし』(KKベストセラーズ)

ちなみに名古屋市中心部のうどん店の平均単価はきしめん574円、味噌煮込みうどん882円(名古屋市東区の東麺類組合調べ、2021年10月)。

手間暇をかけた一杯が500円そこそこでは、積極的に売る気になれない店の気持ちも分かります。稀に同じ具がのったメニューでも「きしめんは+50円」とうどんに追加料金を上乗せする店もあり、これは労力・技術力を価格に反映させた誠実な姿勢といえますが、その価値がなかなかお客には伝わらないのもまた実情です。

これらの理由から、店も積極的にきしめんをアピールしなくなり、地元の人ほどきしめんを食べない、食べないから真の魅力も知らない、という悪循環が続いていたのです。

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大竹 敏之(おおたけ・としゆき)
ライター
1965年、愛知県常滑市出身。出版社勤務を経て26歳でフリーに。2010年刊行の『名古屋の喫茶店』(リベラル社)がご当地ロングセラーとなり、以後コンスタントに名古屋の食や文化に関する書籍を出版。Yahoo!ニュースに「大竹敏之のでら名古屋通信」を配信中。

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(ライター 大竹 敏之)

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