パパから政界や官僚の「人脈」をプレゼント…岸田首相が"炎上続き"の長男をクビにしない残念な事情
プレジデントオンライン / 2023年2月16日 9時15分
■パリやロンドンの名所観光は「本来業務」?
せっかく息子の件が“鎮火”しかけたのに、これでまた蒸し返されるじゃないか――。そんなふうに、岸田首相はじだんだを踏んでいるかもしれない。
荒井勝喜首相秘書官が、「(LGBTなど性的少数者や同性婚の人が)隣に住んでいるだけでも嫌だ」と発言して更迭されたことを受けて、「岸田政権の秘書官といえば先月も……」という感じで、首相の長男で政務秘書官である翔太郎氏の「公用車での観光疑惑」が再び脚光を浴びてしまっているのだ。
ご存じのない方のために説明をすると、これは『週刊新潮』が報じたもので、父の欧州訪問に同行した翔太郎氏は、パリでは大使館の公用車で市内を観光し、夕食は希望するビストロで過ごしたという。また、ロンドンでも公用車でビッグベンとバッキンガム宮殿を観光して、百貨店「ハロッズ」でショッピングを楽しみ、カナダでもお土産などを購入していたというのだ。
この報道を受けて、首相はこの土産購入などは「秘書官の本来業務」だと釈明したが、野党は「公私混同」だと厳しく批判している。
■秘書官人事以降、支持率は落ち込み続ける
翔太郎氏といえば、月刊誌『FACTA』が昨年12月、フジテレビの美人記者に官邸内部の情報をリークしているのではないかという疑惑を「FACTA ONLINE」で報じたことも記憶に新しい。相次ぐ不祥事に一部メディアは翔太郎氏を「ドラ息子」などボロカスにこき下ろしており、政治評論家の中には、岸田政権の「アキレス腱」になるなんて見立てをする人もいる。
それはあながち大げさな話ではない。岸田政権の支持率は昨年下半期から低迷が続いているのだが、翔太郎氏が秘書官になった10月からはさらに落ち込んでおり、美人記者リーク疑惑が報じられた昨年末もさらにガクンと落ち込んだ。
そして今回、「観光疑惑」の後も歯止めがかからない。社会調査研究センターが2月5日、NTTドコモと共同開発したインターネット調査「dサーベイ」で全国世論調査を実施したところ、内閣支持率は前回1月8日の調査から2ポイント減の23%で過去最低となった。
このような話を聞くと、国民の多くは、「なぜ岸田首相はさっさと長男をクビにしないのか?」「そもそも、なぜ政治経験のない長男を秘書になんてしたのか?」なんて疑問を抱くことだろう。
そこでよく言われるのは、「信頼できる身内を近くに置いておきたい」ということだ。
■孤独な首相が求めるのは、やっぱり「血縁者」
ワンマンの中小企業経営者なんかにありがちだが、そろそろ事業承継なんて話になると、これまで会社に滅私奉公で尽くしてきた幹部社員たちに声をかけることなく、大企業に勤めていた長男を呼び寄せて役員として迎える。「腹心」や「懐刀」と呼ばれる人がどれほどいようとも、最終的に心から信用して後継を託せるのは、「血縁者」というワケだ。
「最高権力者」といえば聞こえはいいが、首相というのも経営者と同じで孤独なポジションだ。結果が出ないと国民から呼び捨てでフルボッコで叩かれる。側近たちはみんなもみ手でヘコヘコしているが、心の底から信用できる者は少ない。みな「次の首相」を見据えて水面下で動いているし、中には露骨に首相の座から引きずり降ろそうとする者もいるからだ。
そんな孤独な宰相にとって、「自分を絶対に裏切らない身内」が官邸内にいるというのはかなり心強いということは、容易に想像できよう。
ただ、国民や国会から厳しく糾弾される「岸田翔太郎政務秘書官」を首相が起用し続けるのは、自身のメンタルヘルスだけが理由ではない。
■安倍晋三氏を秘書官に引き込んだ父・晋太郎氏
一般庶民の間ではほとんど知られていないが、日本の政治を家業として仕切っている「政治屋一族」の皆さんの間では、「権力継承をスムーズにさせるためには、大臣や首相になったら後継者を政務秘書官にしなくてはいけない」という暗黙のルールがある。
わかりやすいのは昨年、凶弾に倒れた安倍晋三元首相だ。成蹊大学を卒業してアメリカに留学した安倍氏は神戸製鋼に入社。その後、1982年に父・安倍晋太郎氏が外務大臣になったタイミングで会社を辞めて政務秘書官になった。
ただ、有名な話だが実は当初、安倍氏は「会社に迷惑をかける」という理由で秘書になることを頑なに拒否していて、そのためしばらく政務秘書官のポストは空白だった。そこで父・晋太郎氏は神戸製鋼首脳部に連日電話を入れて、なんとか息子を退職させてくれないかと迫った、なんて今の社会通念上ありえない昭和的エピソードも残っている。
さて、そこで皆さんが疑問に思うのは、なぜ安倍晋太郎氏はこんな強引なことをしてまで、息子を政務秘書官にしたかったのかということではないか。
■次期後継者の「箔付け」となる秘書官ポスト
安倍晋太郎氏ほどの政治家になれば当然、長く仕えてきた政務秘書もいたはずだ。永田町には外交経験豊富な人材はたくさんいた。政務秘書不在が長く続けば、大臣の職務にも支障をきたす。「信用できる身内を側に置きたい」だけでは説明できない。
その答えは「秘書経験後のアクション」を見れば明らかだ。
安倍晋三氏は1986年7月、父の外務大臣退任に伴って外務大臣政務秘書官を退任しているのだが、その10カ月後、参議院山口選挙区の補欠選挙に立候補しようとしている。外務大臣政務秘書官というキャリアからトントン拍子で政界進出を狙っていたのである。
![選挙活動中の演説を行う候補者のイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/4/1200wm/img_a4736b7a1ef8a5bcc9d667fd3aeada0d366802.jpg)
ここまで言えばもうお分かりだろう。政治家が首相や大臣になった時、周囲から白い目で見られながらも、わが子を政務秘書官にゴリ押しをするのは、「信頼できる身内を側に置きたい」なんてのは後付けの理由に過ぎず、本音のところは「政治屋一族」の次期後継者の「箔(はく)付け」以外の何物でもないのだ。
■地元支援者が喜ぶ「人脈」をゲットできる
岸田文雄氏は、衆議院議員選挙の広島県第一選挙区(広島市中・東・南区)で初当選以来、連続10回当選という強さを誇っている。が、その地盤を引き継ぐだけで、翔太郎氏も楽勝かというと選挙はそこまで甘くない。「世襲」批判もあるだろうし、「経験不足」を不安視されることもあるだろう。
そういうネガティブなイメージをひっくり返すことができるのが、「秘書官経験」である。
首相や大臣の秘書官として、パパと一緒に行動を共にするということは、中央政界や霞が関官僚との「人脈」ができるということだ。これはパパの地盤を引き継ぐ時に大きな「セールスポイント」になることは言うまでもない。
国会議員に対して選挙区の支援者が求めているのは基本的には、「利益誘導」である。定番のリニアを通すとか、高速道路を整備するなどの大型公共事業を引っ張ってくることから、地元企業や産業の保護や育成など、地元が潤う政治を中央で実現しなければ、選挙には勝てない。
では、地元で潤う政治を中央で実現するためには何が必要かというと「人脈」だ。翔太郎氏の場合、内閣総理大臣政務秘書官という肩書がある間は、永田町・霞が関で会えない人物はいない。そこで一緒に仕事でもして、ある程度の関係性が構築できれば、その「人脈」だけでも十分メシが食っていけるのだ。
■バンドマンだった菅氏長男も政務秘書官に
それが決して大げさな話ではないことは、菅義偉前首相の長男が証明している。
2021年に「文春砲」でスッパ抜かれたように、放送事業会社「東北新社」の幹部である菅氏の長男は、顔見知りの総務省幹部に対して高額の接待をおこなっていた。では、なんでこの長男氏が「総務省人脈」を持っているのかというと、翔太郎氏と全く同じだ。
もともとバンドマンで政治経験ゼロだったが、菅氏が総務大臣になった時に、パパに「大臣政務秘書官」にしてもらったのである。大臣のパパと常に行動を共にしているので当然、総務省幹部などほとんど顔見知りになったというわけだ。その時にできた「人脈」で、秘書を辞めた後もメシが食えていたというわけだ。
このように政治家の父が、息子を「政務秘書官」にするというのは、政界や官僚の「人脈」のプレゼントをするということなのだ。これを活かせば、地盤を引き継いだ時に選挙を有利に戦えるし、民間企業に就職をしても「ロビイング」などでメシが食えるというわけだ。
■「政治屋一族」を応援し続けてきた日本国民
こういう現実がある以上、岸田首相も翔太郎氏はそう簡単にクビにはできない。自分が首相で居続けられる限りは、「人脈」のプレゼントをし続けようと考えるはずだ。
それはもちろん、広島1区の権力継承のためということもある。が、「親心」とはそういうものではないか。
このような話を聞くと、「政治を私物化しているじゃないか」なんて不愉快になる人も多いだろうが、このような「世襲議員」のシステムを受け入れて、「政治屋一族」を応援してきたのは他でもない、われわれ国民なのだ。
![曇天の国会議事堂](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/f/1200wm/img_9f1dc636b04c68b20d1379f7b47e4431507160.jpg)
安倍家、麻生家、岸田家などがわかりやすいが、日本の戦後政治はなんやかんや言って、明治時代から続くエスタブリッシュメントの一族が仕切ってきたという動かし難い現実がある。
だから、官僚もメディアも基本的にはこのような「上級国民」にはかしづいてきた。何かスキャンダルや失言があった時は鬼の首を取ったかのようにボロカスに叩いて冷や飯を食わせるが、「世襲」という根本的なシステムまでは攻撃しない。
「世襲であっても優秀な人材であればいい」とか「偉大な政治家を間近で学べるから世襲の方がいい」なんて世界的にはかなり珍しい考え方をして、なあなあにしてきた結果が「今」である。
■「政治3、4世」がゴロゴロいる異常な世界
安藤優子氏の『自民党の女性認識 「イエ中心主義」の政治指向』(明石書店)によれば、親族に首長や地方議員が存在する場合も含めると、2014年の衆院選時、自民党議員の41%(男性40%、女性48%)が血縁継承者だったという。
しかも、日本は歴代総理大臣の7割が「世襲議員」だ。アメリカでは上院下院合わせても世襲は5%程度しかないというので、世界的に見ても、かなり異常な「世襲政治家が仕切る国」なのだ。
もうマスコミも飽きてしまったので扱わないが、宗教の世界には「宗教2世」という問題があって、その閉鎖性から一般社会の常識とかけ離れたさまざまなトラブルが起きている。
だが、政治の世界は、「政治2世」なんてかわいいもので、「政治3世」「政治4世」がゴロゴロいる。こんな「異常な世界」で常識外れのトラブルが起きない方がおかしい。
岸田首相と翔太郎氏をボロカスに叩いて失脚させれば、何やら日本の政治が変わるような気がしている人も多いだろうが、残念ながら何も変わらない。
「世襲」という根本的なシステムが温存されている限り、次に出てくるのも、岸田親子と似たような政治3世や政治4世なので、これまで通りのエスタブリッシュメント一族が仕切る政治が繰り返されるだけだ。
首相の息子がどうしたこうしたと騒ぐのも面白いが、いい加減そろそろ「世襲」をベースとした政治・社会システムの問題にも目を向けるべきではないか。
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ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)
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