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いつまで「燃料電池車」にこだわるのか…トヨタ新社長に迫られる「月10台しか売れないクルマ」からの再出発

プレジデントオンライン / 2023年2月17日 8時15分

改造車の祭典「東京オートサロン」に登場したトヨタ自動車の豊田章男社長(手前右)と佐藤恒治執行役員(同左)=千葉市の幕張メッセ(2022年1月13日撮影) - 写真=時事通信フォト

トヨタの社長交代にはどんな意味があるのか。元東京大学特任教授の村沢義久さんは「トヨタはEV戦略の見直しを迫られており、今回のトップ交代はそれを踏まえたものではないか」という――。

■本当に「電撃交代」だったのか?

1月26日、トヨタが社長の交代を発表した。2009年の就任以来、実に14年間にわたりトヨタの舵取りを担った豊田章男社長は、佐藤恒治執行役員に後を託し、代表権のある会長に就任する。

今回の交代劇について、「政府筋の圧力が働いた」「社長ではなく会長の交代が狙いだ」等々、さまざまな臆測も流れているようだ。

豊田章男氏の社長としての功績は明らかだ。なにしろ、リーマンショックで落ち込んだトヨタの業績を立て直し、その上世界一の自動車メーカーの地位に押し上げたのだから。経営者として抜きんでた実績と言っていい。

トヨタの今回の社長交代に関しては驚いた人が多かったようだ。スズキの鈴木俊宏社長が「非常にびっくりした」とコメントしているように、「電撃交代」と受け止められたようだ。

しかし、本当に誰にも予想できなかったのだろうか。

拙著『日本車敗北』(プレジデント社)を刊行して以来、筆者の元に、一部のサプライヤーや業界関係者からのコンタクトが多数あった。

中でも昨年の夏以降は、噂や臆測を含めて、さまざまな報告や相談が寄せられていた。

そうした「現場の声」を聞くかぎり、少なからぬ業界関係者が、今回の社長交代をある程度予想していたようにも思われる。

■FCV「MIRAI」の月間国内販売台数がわずか10台に

昨年の夏に一体何があったのか。

2022年8月、トヨタのFCV「MIRAI」の月間国内販売台数が、わずか10台に低下するという事件があった。

もちろん、当時はコロナ禍・ウクライナ戦争によるサプライチェーンの混乱が大きな影を落としていた。その影響で一時的に売り上げを落としたとしてもやむを得ない時期ではあった。

しかし、その点を勘案しても、「MIRAI」の極めて少ない販売台数は関係者にとって大きな衝撃だったようだ。その後、販売は多少回復したものの、依然低空飛行が続いている(図表1)。

【図表】トヨタ「MIRAI」月別販売台数推移

■世界で1万1000台しか売れなかった初代「MIRAI」

初代「MIRAI」が発売されたのは2014年12月15日。この初代モデルは6年後の2020年11月に販売終了したが、世界での累計販売台数は1万1000台だ。700万円を超える高価格と、水素インフラの整備が進まないことがネックになっている。

ただ初代「MIRAI」の不振でも諦めず、トヨタは2020年12月に2代目「MIRAI」を発売する。

2代目では水素タンクを2本から3本に増加。航続距離は初代の約30%増となる850kmと発表された。しかし、EPA基準では647kmにとどまっている。

トヨタは2代目の普及にかなり期待をかけ、年間生産能力を初代の10倍の3万台規模に強化したという。しかし、税込みで710万円から805万円という高価格は、同程度のスペックのEVと比較しても200万〜300万円も高い。

■なぜ燃料電池車は普及しないのか?

テスラのイーロン・マスク氏はFCVに否定的であることで知られている。これまで公の場で何度も「燃料電池(fuel cells)はバカ電池(fool cells)」という趣旨の発言をしている。

FCVの何が問題なのか。

まず、水素は極めて効率の悪いエネルギーの媒体である。地球上には使える形の分子状水素(H2)はほとんど存在しないため人工的に作る必要がある。

本当に環境にやさしい「グリーン水素」は水の電気分解で作るしかないが、その際に大きなエネルギーが必要になる。

また、その水素を数百気圧に圧縮する過程でも、大量のエネルギーを消費する。

最後に水素を空気中の酸素と反応させて電気を得るのだが、そこでもエネルギーロスが生じる。

結局、電気で水素を作りその水素でまた電気を作るという無駄なプロセスを回すことになるので、その間にエネルギーの70%が失われてしまう。

一方、発電した電気をバッテリーにためてEVを動かせば、充電・放電で合計10%程度のロスで済む。つまり、90%の電気が有効に使えることになる。FCVとEVでエネルギー効率上の優劣は明らかだ(図表2)。

【図表】FCVvs. EV効率比較

また水素ステーションの建設には億単位の資金が必要である。しかも、そのステーションまで水素を定期的に輸送しなければならない。

水素ステーションの数は2022年末時点で、全国に160数カ所しかない。政府が2019年3月に取りまとめた「水素・燃料電池戦略改訂版」では、水素ステーションの整備目標は2025年度までに320カ所程度としている。

筆者は、320カ所という政府の目標は達成できないとみているが、仮に達成できたとしてもFCVの普及には「焼石に霧吹き」程度の効果しかないだろう。

トヨタはFCV以外にも水素エンジンの開発を進めているが、この水素ステーションの問題があるため、本格普及は難しいと見ている。

■「EVは近距離、FCVは遠距離」?

そもそも、トヨタはなぜFCVを開発することになったのか。

図表3は、2014年3月に発行されたトヨタのアニュアル・レポートに掲載されているものだ。

【図表】初期の判断ミスが致命傷に

この図表3を見るかぎり、トヨタはEVを「小型・近距離用」とし、FCVを「大型・長距離用」と位置付けているようだ。

おそらく、こうした位置付けをもとに、トヨタは「EVもFCVも開発する」という「全方位作戦」を採用したのだろう。

ただ結果からみれば、これは致命的な判断ミスだった。

テスラ「ロードスター」が世に出たのは2008年。電池容量は53kWh。航続距離は、一番厳しいEPA基準(実用に近い)で393kmあった。

2012年にはテスラ「モデルS」が発売されている。

こちらは、小型どころかフルサイズの車で、電池容量は100kWh、航続距離は最高647km(EPA)。ほぼガソリン車並みのスペックを誇る。

つまり、この時点ですでにEVは「小型・近距離専用」ではなかったのだ。

現在では、Lucid「Air」の840km(EPA)を筆頭に、2代目「MIRAI」の航続距離647kmを上回るEVは珍しくない状況となっている。

■元々はEVに力を入れていた

自動車産業のEV化は加速している(図表4)。

【図表】電動車普及率(新車販売に占める比率)2022年

トヨタもEVを無視してきたわけではない。2010年にテスラと資本・業務提携を行い、2012年には共同開発による「RAV4 EV」を発売したほどEVに力を入れていた。

ところが、2014年にテスラとの業務提携を解消。保有していたテスラ株も2016年までに全て売却している。おそらく、この頃にEV開発を後回しにするような決定があったのだろう。

そのテスラの2022年の販売台数は131万台と、前年比40%増を記録。

2023年の販売台数はさらに50%増の200万台弱と予想されている。

イーロン・マスクCEOの目標通り、年率50%の成長を続けられれば、2025年のテスラの販売台数は350万台に達することになる。

この350万台という数字は、2021年12月にトヨタが掲げた「2030年EV販売目標」と同じだ。

つまり、テスラはトヨタの目標を「5年前倒し」で達成しつつあると言える。

イーロン・マスクCEOは「2030年には2000万台生産・販売」という目標も発表している。こちらもあくまで目標に過ぎないが、これがもし実現すれば、テスラは名実ともにトヨタを超え、世界一の自動車メーカーとなるだろう。

■BYDなどライバルが次々に台頭

中国BYDの急成長も見逃せない。

2022年のBEV販売台数は約91万台と、テスラに次いで世界2位。

ただ、PHVも含めた数字では185万台と、世界トップに輝く。2021年比で3倍増というすさまじい成長ぶりだ。

BYDの王伝福会長は、2023年の生産・販売目標を400万台としている。

【図表】BYD年間販売台数推移

筆者は、2020年代後半には、BYD、テスラのどちらか一方、あるいは両方が、EVだけでなく、自動車全体でトップの座に就いている可能性が高いと見ている。

両社の後ろには、NIO、小鵬、理想、Lucid、Rivian、Fisker、Polestarといった新興EVメーカー群がつづく。

またVWなど老舗自動車メーカーも必死にEV化を進めている。

いま世界の自動車業界は、こうした激しい「EV覇権争い」を繰り広げている。

そんな中で、世界一の自動車メーカーであるトヨタが今後どのような戦略を取っていくのか。

今回の経営トップ交代劇の背景には、そうした「EV戦略の練り直し」の側面があるとみて間違いないだろう。

あとを継ぐ佐藤恒治氏には、非常に大きな任務が課せられている。

■海外メディアが報じた社長交代劇

今回の社長交代について、海外メディアの論調は厳しい。

「数年前なら世界最大の自動車メーカーの舵取りを任されたと祝福されただろうが、トヨタの現状を見れば困難な役割を押し付けられただけ」(WSJ)
「新社長は当分の間は大きな変革を成し遂げることはできないだろう」(Reuters)

など、いずれも新社長の行く手は前途多難だと見ているようだ。

また、豊田章男氏は代表権を持つ会長に就任するため、新社長はCEO的というより、むしろCOO的な存在になるかもしれない。

実際、複数の海外メディアが今回の社長交代について「院政(cloistered rule)への移行」だとしている。

いずれにしても、新社長に課された任務は大きく、道のりは険しいものになる。

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村沢 義久(むらさわ・よしひさ)
元東京大学特任教授、環境経営コンサルタント
1948年徳島県生まれ。東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科修了(情報工学専攻)。スタンフォード大学経営大学院にてMBAを取得。その後、米コンサルタント大手、ベイン・アンド・カンパニーに入社。ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン日本代表を経て、ゴールドマン・サックス証券バイスプレジデント(M&A担当)、モニター・カンパニー日本代表などを歴任。2005年から2010年まで東京大学特任教授。2010年から2013年まで東京大学総長室アドバイザー。2013年から2016年3月まで立命館大学大学院客員教授を務める。著書に『図解EV革命』(毎日新聞出版)、『日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命』(文春新書)、『電気自動車』(ちくまプリマー新書)、『手に取るように地球温暖化がわかる本』(かんき出版)など多数。

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(元東京大学特任教授、環境経営コンサルタント 村沢 義久)

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