そんな性癖はなかったはずなのに…認知症の父親が娘のショーツを大量に隠し持っていた本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年2月22日 17時15分
※本稿は、川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)の一部を再編集したものです。
■県外からLINEで送られてきたSOS
私は、施設の運営に携わるだけではなく、色んな方から認知症ケアの悩みについての相談も受けている。コロナ禍以降オンラインでのやりとりが主流となり、私は熊本にいながらも、日本や世界中の人々とつながることができるようになった。
オンラインの良いところは、何かあったらすぐに情報をシェアできること。そして、文章や話すといったことだけではなく、写真や動画も同時に共有できる点にもある。
LINEでSOSを送ってきたのは、神奈川県在住の野崎さん家族。
お父さんが認知症を7年ほど患い、奥さんと娘さんの二人で介護をしているというケースだ。
中でも一番の大きな悩みは、野崎さんが洋服を引っ張り出してしまうということ。ちょっとでも目を離すと、その隙にタンスやクローゼット、ありとあらゆるところから洋服を出してくるそうだ。添付された写真には、洋服が部屋の真ん中で山積みになっている様子が写し取られていた。それはまるで泥棒が不在中に押し入って物色したかのような光景だった。
■デイサービスへ行くときの写真に感じた違和感
そして、さらに家族を困らせているのは、野崎さんが奥さんや娘さんの洋服まで着てしまうということ。娘さんのレースの上着をピチピチに着ていたときなどは、奥さんも娘さんも開いた口が塞がらず落胆してしまったそうだ。こんな状態がもう毎日のように続いている。
「娘の洋服を脱がせようとするとね、お父さんすごく怒るんです」と語る奥さんの文章には、疲労感が漂っていた。
私は、野崎さんがデイサービスへ行くときの写真にも目をやってみた。奥さんが準備した男物の服をきちんと着ていたものの、何か違和感を感じた。
そこで、「お父さん、お腹に何か入れていませんか?」と尋ねてみた。野崎さんはとてもスリムな体型なのに、お腹だけが異様にぽっこりしていたのだ。
私の問いに対して奥さんは、「実はね、お腹の中に女性もののショーツや髪留め、アームカバーを隠し入れてデイサービスに行こうとしていたんです」という答えが返ってきた。「迎えに来てくれたスタッフさんが見かねて、『他の人が見るとほしがるといけないから、家に置いていきましょうね』と言ってくださったので、その場は収まったのですが、もう主人が何を考えているのか私には分からなくて。1日に何度も洋服を引っ張り出してきては部屋の真ん中に集めていくんです。収集癖もそんな性癖もなかったはずなのに」と奥さんは嘆くばかりだった。
■娘のキャミソールをスカートのようにはいた父
大事な人が何を考えているのか分からない。これは認知症の家族を介護する上で立ちはだかる大きな壁である。
そこで私は「お父さんに、何を探しているの? と聞いたことはありますか?」と尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。
「それは聞いたことはなかったですね。もう、何をやっているんだろう、という目で見ていたので、何かを探しているという視点で考えたことはありませんでした」と、びっくりした様子で返事が来た。
奥さんは、もう半ば諦めの思いで日々野崎さんと対峙していたので無理もない話だ。このように、愛する夫の言動を理解できずに、目の前の状況から目を背けてしまうケースはとても多い。
LINEに送られてきたその他の写真を眺めていると、私はあることに気がついた。「お父さんはトイレの失敗が多いのではありませんか?」と聞くと、やはりその通りだった。娘さんのキャミソールをスカートのようにはいている野崎さんの写真が、私にヒントを与えてくれたのだ。もしかして野崎さんは、手当たり次第にパンツになりそうなものを探して、応急処置的にはいているだけではないだろうか。だから、デイサービスに行くときも、お腹の中にショーツを隠し持っていたのだろう。
■自分の中でできる最大限のことを必死に努力していた
「もしかするとお父さんは、トイレの失敗をしたくないあまりに、予備のパンツをずっと探しているのかもしれませんね。お父さんが洋服を引っ張り出す目的は、トイレ失敗時の備えかもですね」と伝えた。
「そういえばお父さん、ウンチで汚したパンツをポリ袋に入れて、タンスの中に仕舞い込んでいたことがありました」と奥さんは、少し前に起きた出来事を教えてくれた。
「お父さんは、臭いが漏れて迷惑をかけないようにご家族に配慮して、自分の中でできる最大限のことを、必死に努力されていたんですね」というメッセージを送ると、奥さんは落ち着くことができたようだった。
「私と娘は、お父さんが洋服をぐちゃぐちゃにして困ると感じていたけれど、お父さんはパンツがないと困るのね。お父さんにはお父さんなりの目的があって、それを一生懸命やっていただけだったのね。お父さんがいやなことばかりしてくると考えていたけれど、まさかお父さんの努力だったなんて……」というメッセージの最後には、泣き顔の絵文字が添えられていた。奥さんは、ようやく野崎さんの行動を理解することができたのである。
■女性もののアイテムに執着する理由
では、髪留めやアームカバーについてはどのように考えれば良いのだろうか。どう見ても女性もののアイテムなのに、どうして野崎さんは執着をするのだろうかと考えていると、一つの仮説が浮かび上がってきた。
「確かお父さんは公務員でしたよね。毎日スーツを着ていたのではないでしょうか。だとすると髪留めはネクタイピン、アームカバーはネクタイだと思い込んでいるのかもしれませんね」と私は思いついたことを伝えた。つまり野崎さんは、仕事に行くための洋服も同時に探していたということになる。
しかし、こうして洋服を探す理由が見えてきたところで、引っ張り出す癖自体は直らない。洋服を毎日出し続けることを根本的に解決しないことには、奥さんも娘さんも安心はできないだろう。
野崎さんのこの癖は、見方を変えると出し続ける注意力や集中力があるということを意味している。
そこで私は、「お父さんが、昔お仕事で使っていた本や書類をまとめる作業をお願いしてみてはいかがでしょうか?」とアドバイスしてみた。
初めは何の意味があるんだろうと訝しんでいた奥さんだったが、その後実践してみると効果はあったそうだ。つまり野崎さんは何かに集中できている状態であれば、服を散乱させる頻度が減っていくということが分かった。
■写真という客観的な要素が認知症ケアに役立つ
これでおおよその問題は解決できたかのように思えた。
しかし最近になってまた、「今日はお父さんなんだか機嫌が悪くてデイサービスに行ってくれませんでした。なんで急にこのような態度を取るんでしょうか」というSOSが再び届いた。
「ソワソワしたり、キョロキョロしたり、うろうろしたりするときは、本人の中でイライラが起きていることが多いんですよ。トイレがうまくいかないときなど特に起こりやすいです。私たちも、トイレに行きたいのを我慢していると、ソワソワしちゃいますよね。イライラはご家族のせいではないので安心してくださいね」とアドバイスした。
家族の心の平穏を保つことも、認知症ケアの現場ではとても大切なポイントである。
野崎さん一家のように、たくさんの写真を送ってくれるケースはまだまれである。
しかし、認知症ケアを進めていく上で、家族の話だけではなく、写真という客観的な要素があると、とても助かる場合が多い。ぜひ育児を記録するように、介護の様子も写真や動画に残していただきたい。
もちろんその渦中にいるときは、大変な思いがほとんどだと思うけれど、いつかそれらを愛おしく思える日がきっとやってくる、私はそう信じている。
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理学療法士
株式会社Re学(りがく)代表取締役。2002年、熊本リハビリテーション学院卒業後、国家資格「理学療法士」を取得。急性期・回復期・維持期のリハビリに携わる。病院・施設勤務の経験と、地域づくりやまちづくりや社会福祉協議会勤務の経験を活かし、水俣病暴露地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年、株式会社Re学(りがく)を設立。熊本県を拠点に、病院・施設における認知症予防や認知症ケアの実践に取り組むと共に、国内外における地域福祉政策に携わる。
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(理学療法士 川畑 智)
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