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いびきをかいて眠りながら失禁…大きな商談の前夜に不安から睡眠薬を手にした30歳女性の末路

プレジデントオンライン / 2023年2月17日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/demaerre

アルバイトで叱られたことをきっかけに、不安で眠れなくなり睡眠導入剤にはまった女性がいる。新卒で入社した会社は26歳まで勤めたが、離職。今は週5回夜の仕事をしているが、睡眠導入剤は手放せないという。ライターで編集者の沢木文さんが書いた『沼にはまる人々』(ポプラ新書)より紹介しよう――。(第4回)

※本稿は、沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

■バイト不採用で知った「初めての挫折」

美奈絵さん(仮名・30歳・アルバイト)は、東京に出てきた18歳の頃からこの12年間、ほぼ睡眠薬が手放せないという。

「北関東で生まれ育ちました。両親は共働きの会社員で、下に弟がいます。家族仲は普通だと思います。地元でもそこそこ頭がいい県立高校に行き、普通に勉強していたらDランクとFランクの間にある大学の指定校推薦がとれたんです。

学費も高くないし、学生寮に入れたので家賃は安い。親には申し訳ないと思いましたが、そのまま地元で就職するのも嫌だったので、上京しました」

地元にも大学や専門学校はあるが、国立大学はそれなりに難関であり、学びたい学部もない。専門学校に魅力は感じなかった。

東京の公立大学を卒業している父親が「若いうちに世界は見ておくべきだ」と言い、上京することになった。

「せっかく上京したのに、大学も寮も東京都心を通り越して、さらに郊外に行く。畑も多く、『ここが東京?』と思いました。でも大学は楽しかったですね。先生も熱心な人が多く、勉強も頑張りました」

親からの仕送りは、学費と家賃4万円と生活費5万円。美奈絵さんの実家のエリアは、代々住み継いだ家に住んでいる。家は当然のようにあるもので、家賃はかからない。家賃を払うという行為そのものが新鮮だったという。

「本当に恵まれていたと思います。大学で友達ができると、一緒に遊びに行きたくなる。東京にはアルバイトがたくさんある。大学に求人チラシがたくさん貼ってあり、それを見て応募しました」

美奈絵さんはそのときまで、バイトには「応募すれば採用される」と思っていた。しかし現実はそうではない。相手が、「この人と働きたい」「この人は有益だ」と思わなければ落とされる。

「出しても出しても落とされる。落とされるうちに、全人格を否定されたような気持ちになり、夜も眠れなくなってしまいました。異変を感じた東京生まれ・東京育ちの友人が、話を聞いてくれたんです。

『バイトはハキハキと笑顔で話す子で、土日も働ける子じゃないとなかなか採用されないよ。あなたが悪いわけではない』って。それを聞いて安心したんです」

■客の叱責で夜も眠れず

なぜそこまで思い詰めたのか。それは、美奈絵さんが両親に大切に育てられたことが大きい。彼女の幼少期は、いわゆる「叱らない子育て」が大ブームだった。叱らない子育ては、子供が嫌がることはさせず、のびのびと育てることでもある。

親が子供にかまうことが愛情表現とされ、てきぱきと物事をこなす両親は、美奈絵さんに手伝いをさせなかったという。

加えて、苦しい思いもさせなかった。

「私が通っていたピアノ教室で、先生が私のことをものすごく怒ったんです。そのことを親に伝えた翌月から、違う教室に通うことになっていました」

美奈絵さんの両親は娘の危険を察知すると、本人が対処する前に、それを除いていたのだ。

「結局、私は個人営業の定食屋さんでバイトをしました。50代のとても優しいご夫妻がやっていたのですが、1カ月目に『もう少し気を利かせて』と言われたのです」

お客さんのお冷がなくなっていたら、「お水ください」と言われる前に注ぎ足す。箸を落としたら言われる前に差し出す。子供連れが来店したら、広めの席に案内するなど、一手先を読んで行動する。これが美奈絵さんにはできなかった。

「あるとき失敗をして、お客さんに怒鳴られた。そのショックから眠れなくなりました。翌日、大切な試験があって、早く寝なくちゃいけないのに『なんであんなことをしたんだろう……』という思いが頭をぐるぐる回ってしまい、深夜3時になっても目が冴えている。眠れないまま試験を受けて、落ち込んで帰る最中、ドラッグストアで市販の睡眠導入剤を購入しました」

眠れない苦しさから解放されたい一心だった。

■市販の睡眠導入剤が効かない…

「アルバイトを始めて眠れない日は増えた。客から怒鳴られる、定食屋さんのオーナー夫妻からも小言を言われる。限界だと思って辞めました」

叱られたというけれど、その頻度は、バイトを始めて2カ月のうちに3回程度。日常的に他人から叱られている人にとっては、たいしたことではない。しかし美奈絵さんは親にも叱られたことがない。何をやっても褒められて育てられた箱入り娘だ。

その辞職のしかたも、現代風だ。何も言わずに出勤せず、そのままフェードアウト。「アルバイトを辞めます」と断るのはエネルギーとコミュニケーション力、胆力が必要だ。そのいずれも、当時の美奈絵さんにはなかった。

「接客は向いていないと思ったので、次のバイトは倉庫の在庫チェック係でした。そこでもミスをして、叱られた。出勤するのも苦しいし、失敗したときは給料をもらうのも苦しい。眠れなくなって睡眠導入剤を飲むとスッと眠れたんです」

誰かに話すという選択肢はなかった。

「親に話を聞いてもらおうと思ったんですが、そんなことを言ったら学校を辞めさせられてしまう。友達にバイト先で叱られることを話したら、『怒られるのなんて当たり前じゃん』と言われる」

そのうちに市販薬では効かなくなり、眠っても疲れがとれていることを感じなくなる。

「大学を卒業し、就職する頃には、通院して3種類ほど服用していました。すぐに処方してくれる心療内科をネットで探してまとめて処方してもらっていました」

■持病を逆手に睡眠薬を入手

就職活動について聞くと、学校の成績は全体的によく、出席率も高く、真面目で地味な外見をしているので就職活動は順調だったという。

「でも、絶対に営業の仕事はダメだと思って、営業をしなくてもいいという介護サービス運営会社に入りました。それが企画職で入ったのに、営業だったんです。セールストークもできないし、上司にいじられたり怒られたりするのが不安で、毎日、5~10錠程度の睡眠薬を飲んでから寝ていました」

一般的に睡眠薬は、「ノックダウン型」と「非ノックダウン型」に分かれている。前者の中でもバルビツール酸系の薬は服用するとすぐに眠ってしまうことから、自死やレイプなどに使われることが危険視されて、今はほとんど処方されない。

「私が飲んでいたのは、『鬱っぽくて眠れない』と言うと処方してもらえるベンゾジアゼピン系(非ベンゾジアゼピン系)と言われるノックダウン系の睡眠薬でした」

日本では一般的だが、欧米では依存性が問題視されている。抗不安薬として処方されており、脳の活動を鎮静化させて、睡眠に導いていくとされる。しかし作用時間が短く、依存性が高いことも特徴のひとつだという。

「だんだん効きにくくなっていく。そこで、持病の子宮内膜症を診てもらいに、婦人科に行ったとき『痛みと不安で眠れない』と言って、結構強めの薬を出してもらっていました」

このように、持病を逆手にとり、睡眠薬が専門外の医師の診察を受け、薬を『もらい溜め』する人は少なくない。

美奈絵さんは「繁盛しているクリニックに行くのがコツです。流れ作業で診察して処方してもらえますから」と言った。

■初めての恋愛

入社から1年が経過し、恋人もできた。美奈絵さんにとって初めての彼だ。この男性と交際していた23歳から25歳までの2年間は、薬がなくても眠れるようになっていたという。

「どんなときも私の味方をしてくれる10歳年上の男性でした。でも25歳のときに、彼が結婚していると知り、別れたのです」

彼は隠れ既婚者だった。結婚歴がある人は、コミュニケーション能力が高い。恋愛経験が少ない男性と比べると、その力は圧倒的だ。結婚しようと思っていただけに、かなりのショックだったという。

「彼が結婚したのは、私との交際中なんです。私のほうが先に付き合っていたのに、後から来た人と結婚した。理由は私が人生を人任せにしているから嫌だと」

そこで美奈絵さんは死を意識する。別れた後も、彼のことを想像して泣いていた。仕事でも失敗が重なり、眠れなくなった。

「あのとき、こうしていれば……」「もし結婚できていたら……」と思うと、さらに眠れなくなった。ただ薬を飲むだけでなく、ストロング系と呼ばれるアルコール飲料と併用するようになっていた。

■アルコールとの併用の罰

転機はそれから半年、26歳のときに来た。

「翌日の大きな商談のために、朝7時の新幹線に乗らなくてはならなかった。それなのに、眠れない。商談に使う資料も、客先への手土産も私が持っている。絶対に遅刻するわけにはいかない状況です。眠ろうとすると目が冴えてくる。深夜0時を過ぎて、お風呂にも入ったのに『眠気が来ない』とわかったときに、ストロング系のチューハイ500mlを1本飲んだんです」

美奈絵さんは酒が強い。1本飲んでも眠れなかった。

お酒を飲む女性
写真=iStock.com/ericsphotography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ericsphotography

「気が付くと何錠か飲んでいたみたいです。アルコールで理性がぶっ飛んでいて、眠れない苦しみから解放されたい一心で、薬を口にしていました」

目が覚めたのは病院だった。薬を飲んでから30時間が経過していたという。

「新幹線に乗ってこない私をおかしいと思った上司が、総務に連絡。総務は社労士に連絡して、無断欠勤した社員の対処方法を聞いたそうです。社員の現住所は個人情報保護から極秘事項で、無断欠勤程度では閲覧ができない。そこで、社労士は緊急連絡先である実家に連絡し、両親が都内のマンションに駆けつけてくれたのです」

両親は合いかぎを持っていない。管理会社は「すぐにはカギを貸せない」という。そこで、鍵屋さんに連絡をして、カギを壊した。10万円の費用は、両親が支払った。

「そしたら、いびきをかいて眠りながらおねしょをしている私がいたそうです。救急搬送されましたが、胃洗浄するほどではなかった。点滴して経過見守りをしているうちに私の目が覚めました」

■繰り返す救急搬送

会社は「せっかくここまで働いたんだから、まだ頑張って」と言ってくれたが、両親は血相を変えて「連れて帰ります」と言い、実家に連れ戻された。

「父親が人事に『うちの子に何をしてくれたんだ!』と怒鳴ったそうです。人事も『まさか親がしゃしゃり出てくるとは……』と驚いたそう。退社手続きも、労働組合の手続きも、みんな両親が行い、私はひたすら眠っていました」

実家に連れ戻されてからは何も不安がなくなり、美奈絵さんはよく眠っていた。体調が落ち着くと、両親に結婚をすすめられる。

「それがかなり強引なんです。それがどうしても嫌で、親に頼み込んで、再び東京に出てきました」

それから美奈絵さんはシェアハウスに住む。一時期は昼の仕事をしたが、オーバードーズ(睡眠薬、向精神薬の大量摂取)で2度、救急搬送された。それ以外に何度も、昏睡したり記憶がなかったりすることがあるという。

救急車
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

「いずれもストロング系を飲んで酩酊して、過剰に薬を飲んでしまうことが原因でした。『朝起きられなかったらどうしよう』という不安が強いんです。緩やかに効く非ノックダウン型の睡眠薬も試しましたが、効果はありませんでした。体が睡眠薬に慣れているし、そもそも効果に切れ味がないんですよね」

■実態がない沼は底なし

シェアハウスにいるキャバ嬢の同居人から、夜の仕事をすすめられた。「容姿もイマイチだし、風俗は怖いと言うと、『キャバと風俗だけが夜の仕事じゃないよ』と笑われて、ある繁華街のアフターの店を紹介されたんです。今はそこで働いています」

アフターの店とは、営業が終わったキャバ嬢やホスト、店のスタッフたちが飲食しにくる店だ。美奈絵さんはこの店で深夜0時から朝8時まで働いている。週5出勤で、給料は手取りで20万円もない。

沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)
沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)

「オーナーが昼の世界の人なので、一応契約社員扱いになっていて、厚生年金と医療保険にも入れていただいています。最初は失敗だらけでしたが、ここで働けなかったら後がないと、だいぶ慣れました。

店も1回目の緊急事態宣言のときこそ休業しましたが、それ以降はずっと営業している。でも『この仕事をずっと続けるのかな』と思うと、不安で眠れなくなることはあります。そんなときには薬に手が伸びます」

しかし、お酒と一緒に飲まないようにはしているという。

「今度やったら本当に親に連れ戻されて、親の知っている『きちんとした人』と結婚させられてしまう」

美奈絵さんと話していて感じたのは、そこまで東京にしがみつく理由がないことだ。何かの仕事をしたいとか、才能を試したいという、確固たる軸がない。

沼は沼でも実態がない沼は底なしだ。原因がわからないことは、人間にとって恐怖だ。恐怖と戦い続けることではまってしまう沼もあるのだ。

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沢木 文(さわき・あや)
ライター/編集者
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。さまざまな取材対象をもとに考察を重ね、これまでの著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ新書)がある。

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(ライター/編集者 沢木 文)

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