なぜラッシュ時間帯の本数を減らしてしまうのか…鉄道会社が"ダイヤ改悪"に踏み切る切実な事情
プレジデントオンライン / 2023年2月24日 9時15分
■ダイヤは鉄道会社のとっておきの“商品”
コロナ禍の影響を受けて、鉄道会社は一部ダイヤを改正している。
鉄道業界でいうところの「ダイヤ」とは、ダイアグラムの略称で各駅を何時に発車し、何時に到着するのか、その列車運行計画を示した図表のことである。日本でダイヤ改正といった場合、列車の発車・到着時刻の変更を指す(実際にダイアグラムも改正されることになるが)。
ダイヤ=時刻表と認識されているわけだが、このダイヤこそ、鉄道会社の“商品”である。同じ路線であっても、運行される鉄道車両の形式などが異なることがあるが、基本的にわざわざ特定の車両を選んで乗車したりはしない。「何時に発車(到着)するか」を確認し、選んで乗車している。
クルーズトレインなど車両に乗ること自体を目的とした列車も登場しているし、車体にデザインをほどこしたラッピング車両も多くの路線で走っている。それでも安心安全な大量輸送を使命とする鉄道会社にとっては、「どの時間帯に何本、どこまで走らせるか」こそが――つまり、それを示したダイヤこそが、企業として提供する最大のサービスとなる。
そして、そのダイヤは鉄道会社の売上、コストと直結する。公共交通機関といえど、乗客の利便性のみを考慮してダイヤを決めることはできない。
■本数を増やすには「1両あたり1億円」が必要
本数を多く走らせようとすると、その分の車両がいるが、1両あたり1億円前後が必要となり、8両編成だと8億円必要だ。特に地方鉄道にとっては、すぐに導入できる金額ではない。「重量半分・価格半分・寿命半分」という目標のもとにつくられ、首都圏の通勤車両として1990年代に多数導入された209系が1両9000万円であった。
当車両は、今でも千葉県南部の一部路線で現役として走っている。また、山手線などを走る最新車両E235系は最新のシステムを導入していることから1両あたり1億5000万円ほどといわれている。
■“ダイヤ改悪”もやむをえないコスト問題
特急車両はさらに高く、以前成田エクスプレスに投入されていた253系が1億6600万円。6両編成で9億9600万円となる。新幹線はさらに高く、もう撤退してしまったがオール2階建てのE1系車両が1両3億6000万円した。
12両編成で走っていたので、1編成43億2000万円にも及ぶ。こうなると、もはやマンションが1棟買える金額だ。そうして買ったマンションに入居者が集まらなければ大家は大いに苦悩するわけだが、同様に巨額を投じて座席がガラガラでは経営が立ち行かなくなるのは自明だ。
購入時だけでなく、維持費もかさむ。年間で1両あたり700万円以上かかると見られ、1編成では7000万円。保安装置が高度化しており、修理となれば多額のコストがかかる。
首都圏の鉄道会社で役目を終えた車両が地方鉄道へ譲渡されることがあるが、それほど車両の購入は負担が大きい。また、譲り受けようとしても路線の環境が違うため、受け入れられないという状況もあり、既存の車両を使い続けるよりほかないこともしばしばだ。
1本目で石勝線(新夕張~夕張間)の年間売上が1000万円と述べたが、そこに1億円の車両を1両入れると、車両金額をペイするのに数十年かかる。廃止がすでに決まっていた路線で使用していた車両が故障し、修理がかなわなかったため廃線が早まったことがあるが、金額を考えればもっともな話である。
話が少々脇道に逸れたが、要するにダイヤの決定、改正には乗客数の増減だけではなく複合的な理由があるということだ。一部の利用者にとって不便になったダイヤ改正をダイヤ改“悪”と揶揄する声もあるが、乗客減=売上減に結び付くようなことを一企業がするわけがなく、やむをえない事情がある。
■特急の本数を減らすのは苦渋の選択
2019年のJR東日本の旅客運輸収入は1兆2833億円であった。そのうち「料金」に分類される収入が3483億円に及ぶ。この料金とは特急料金やグリーン券、指定席料金、寝台料金を指す。旅客運輸収入の27%を占めるこの売上は、鉄道に付加価値をつけることで得ているもので、利益の源泉といってよい。
東海道新幹線を運行するJR東海にとっては生命線ともいえるもので、旅客運輸収入1兆3656億円に対し、料金は5518億円。その割合は40%にまで及ぶ。
そのため、普通列車の本数を減らすより、特急の本数を減らすほうが鉄道会社としては経営上のダメージになる。一方で、特急車両は普通列車の車両に比べて車体価格がおよそ1.5倍かかる。また、維持補修にかかるコストも割高だ。
■これまで培った需要予測が使えない緊急事態
つまり特急は稼げるが、イニシャルコスト、ランニングコストがかかる。かつ、このコロナ禍で特急の乗客が大幅に減っていることからわかるように、経済の動向で乗客数が大きく変動する。
そもそも祝日が土日と併せて連休になる、ならないで乗客数は変わってくる。さらに上りを増やしすぎると下りが過剰に走るといった状況にもなってしまう。いかに手持ちの車両をうまく運用するかがむずかしく、普通列車に比べ需要予測が利益獲得のカギを握る。
需要予測は、1980年代に導入された予約業務を司るマルスというコンピュータシステムで劇的な進歩がなされた。その後、データは蓄積され、需要予測の精度は増すものの、いかんせんコロナ禍はあまりに不測の事態であった。それを踏まえて、ダイヤはどう変更されたのか。
■観光に人気の特急踊り子は「最低限」に
観光に人気の特急踊り子を見てみよう。ちなみに、スーパービュー踊り子の後継となるサフィール踊り子が2020年3月のダイヤ改正から運行を開始している。タイミングが悪いデビューとなってしまったが、デビュー以来、1日の本数は定期列車と臨時列車が併せて2往復している。車両が2編成あるので、いずれも1日1往復させて、その日はお役御免というかたちだ。
ここで本数を減らすと、1編成がムダになってしまう。最低限の運用で走らせているというところか。ただし、ダイヤを増やそうとすると、選択肢は16時50分以降に東京駅を発車する便に限られる。
19時半の伊豆急下田駅着の便にどれだけ需要があるかというと、限られるだろう。予定通りの運行を粛々と重ねている状況なのであろう。
一方の特急踊り子は定期列車が1本減り、臨時列車は0本となった。コロナ禍前は臨時列車を8~9本走らせていたわけだから、いかに乗客の減少が著しいかがわかる。JR東日本にとっては最低限の本数を走らせている状況だろう。
ただ、JR東日本は、特急に関して単に本数を減らすだけでなく、発着駅を変えて集客を狙う動きもある。たとえば新宿駅発着の特急あずさ、特急かいじについて、一部を東京駅発着にして利便性の向上を狙っている。
■なぜラッシュ時間帯の本数を減らすのか
首都圏の通勤需要は減っており、混雑率はかなり緩和されてきている。それに伴って、JR東日本の2022年3月のダイヤ改正では、朝の通勤時間帯の減便を行っている(図表2参照)。そもそもコロナ禍前からJR東日本は「オフピーク通勤」を呼び掛けており、JREポイントを還元するサービスまで行っている。
大量に乗客が乗るラッシュアワーは鉄道会社の“かき入れ時”ではあるが、その乗客の多さは100%ウェルカムなものではないわけだ。
2011年時点で、JR東日本内で最も混雑していた区間は上野→御徒町間。そこを走る山手線、京浜東北線はどちらも200%超えの乗車率であった。その解消を目的のひとつとしたのが、2015年に開通した上野東京ラインである。
同線によって、宇都宮線、高崎線、常磐線と東海道線の直通運転が可能となり、上野乗り換えで東京駅や品川駅に向かう客を乗せずにすむ山手線や京浜東北線の混雑率は解消された。また、宇都宮線などから1本で東京駅に行けるようになり利便性向上に一役買っている。
■通勤ラッシュのギリギリ運行から解放される
ただし、この上野東京ラインを実現するために必要とした工事区間3.6kmのために、400億円もの事業費がかかっている。それほどまでに国土交通省の「混雑を緩和せよ」という命令は都内の鉄道会社にとって“無茶ぶり”なのだが、それがコロナ禍で解消され、3分に1本というギリギリの運行をしていた時間帯に1~3本減らせたというのは、鉄道会社からすればコスト面でプラスに作用するだろう。
朝の通勤ラッシュで定刻どおりに運行するのはほぼ不可能であり、ダイヤが回復するのに午前10時くらいまでかかる。そうした副作用を軽減できるのであれば、“かき入れ時”よりコスト削減に結びつく減便なのだろう。ただ、あまり減らし過ぎると混雑率が上がるので、その頃合いをみたダイヤ改正と考えられる。
このダイヤ改正では「着席サービスの向上」として、都内に乗り入れる2本の特急を新たに運転開始している(図表3参照)。文字通り、ゆったりと座って特急で通勤できるようにという意図での運転開始で、ラッシュ時の通勤を“押し込める”スタイルから“より快適に”という方向で利益を得ようとする方針のようだ。
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(鉄道ビジネス研究会)
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