1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

子どもを産むと年収が7割も減る…世界が反面教師にする日本の「子育て罰」のあまりに厳しい現状

プレジデントオンライン / 2023年2月18日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

なぜ日本の少子化は止まらないのか。ジャーナリストの浜田敬子さんは「自民党を中心に、子育ては家庭が責任を持つものであるという家族主義的な考え方が根深い。そのため、子育て世代にとって本当に必要な支援とはならない的外れな対策ばかりになっている」という――。

■30年以上も少子化対策をやっているのに効果なし

年明けに岸田首相が「異次元の少子化対策をやる」とぶち上げて以降、議論が沸騰している。首相だけでなく、与党幹部が発言するたびに、そのズレっぷりが子育て世代や若い世代の怒りを買っている。

出生率が大きな議論になり始めたのは1989年に1.57になってからだ。当時は1.57ショックという言葉まで生まれ、1992年に出された「国民生活白書」のタイトルが「少子社会の到来〜その影響と対策」と名付けられて以降、少子化という言葉は広がった。

だが、それから30年余り。数々の少子化対策と銘打った政策が手を変え品を変え試されてきたが、効果を上げているとは言えない。

30年にわたり少子化問題を研究してきた中央大学の山田昌弘教授は著書『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか? 結婚・出産が回避される本当の理由』(光文社新書)の中で、欧米の研究者やジャーナリストからよく、「なぜ、日本政府は少子化対策をしてこなかったのか」という質問を受けるという。

さらに、いま少子化という問題に直面している、あるいは近い将来直面するだろう東アジアの国々は、「日本のようにならないためにどうすればいいか」と、反面教師として日本を研究していると書いている。

■子育てのことを理解していない政治家たち

海外から「無策」「失敗例」として見られている事実を謙虚に受け止め、いい加減、これまでの日本の少子化対策がなぜ成果を挙げてこなかったのか、きっちり検証する時期ではないのか。政府も何もやってこなかったわけではないが、効果を上げていないとすれば、場当たり的で小手先の対策が繰り返され、本質的な問題が解決されていないからだ。その証拠がズレた政治家の認識なのだ。

彼らは子育ての孤独や苦労も仕事と子育ての両立の困難も、教育費の負担の重さも、さらには結婚して子どもを持つという未来さえ抱けない若い世代の閉塞(へいそく)感や希望のなさも本質的に理解していないと思う。今、過去の自民党閣僚や議員の発言まで槍玉に挙がっているが、そこから明らかになるのは、いかにこの国、特に自民党が子育てや教育を家族や個人の責任に押し付けてきたかということだ。

■「晩婚化」発言に見る、なんでも「女性のせい」

「異次元の少子化対策」後、最初に非難を浴びたのは、「(少子化の)一番大きな理由は、出産する時の女性の年齢が高齢化しているから」という自民党の麻生太郎副総裁の発言だった。この人のズレっぷりにはもはや驚きもしないが、自民党の高齢重鎮政治家たちが繰り返してきた、少子化の原因を女性の社会進出や晩婚化のせいにするという発言には毎回怒りを覚える。

シカゴ大学の山口一男教授は早くから、急激な少子化の要因を女性の非婚化、晩婚化だけに帰することに警鐘を鳴らしている。

山口氏の「少子化の決定要因と対策について:夫の役割、職場の役割、政府の役割、社会の役割」という報告書によると、少子化の主な要因は女性の非婚化と晩婚化であることに一定の根拠はあるものの、急激な少子化を経験している日本や韓国、スペインなどの国は他の先進国に比べ、妻の家事育児の負担が高く、「家族に優しい」職場環境も整わず、女性が出産で離職した後の再就職が困難だという共通項があると指摘している。

こうした国々に共通するのは、家事育児といった無償のケアワークは女性がするものという性別役割分業意識だ。男性の家事育児時間は短く、職場は長時間労働の男性中心で回ってきた。

韓国では1997年に直面した経済危機で多くの男性たちが失業して、女性たちが働くようになったが、保育園など社会インフラが整っていないために出産を諦めたり先延ばしにしてきたことが急激な少子化の一因と言われている。

■育休から復職した女性がリタイアしてしまう理由

では、日本ではどうか。

2000年代になって法改正が進んだことから大企業を中心に育児休業制度や短時間勤務制度など両立支援制度は徐々に整備され、仕事と子育ての両立はしやすくなった。だがその制度を使っているのは誰かと言えば、育休も時短勤務もほぼ女性たちだ。

仕事を辞めずに済むようにはなったが、今度は「マミートラック」というようにキャリアに展望を抱けず、やりがい喪失といった新たな問題を生んだ。職場でも主力選手として見られない子育て中の女性は、家庭でも職場でも性別役割分業に晒され続け、家事育児の負担に加えて仕事も、という新たな重荷を背負うことになった。

育休から一度復職したものの、両立のハードさに耐えかね、職場ではやりがいを感じられないことから退職を選ぶ女性も少なくない。そしていったん退職してしまうと、再就職の際に正規雇用の道がほぼ閉ざされてしまう現実がある。

■出産後、所得の70%が減る「ペナルティー」

ここに来て、岸田首相は「年収の壁」の見直しにも言及し始めた。パートなどで働く妻の年収が103万を超えると所得税が発生し、106万円および130万円を超えると扶養家族の対象外となり社会保険料の負担が生じることから、多くの女性がこの壁を超えないように就労時間を調整している。

私は女性も経済的な自立をすべきという立場からこの壁の見直しは進めてほしいと思っているが、首相が見直しを言い出したのは労働現場の「人手不足」の解消のためだ。

経済学には「チャイルドペナルティー」という考えがある。これは子どもを持つことがペナルティーを受けるということではなく、子どもを持つことによって所得が減ることを指す。財務省財務総合政策研究所の古村典洋氏の研究によると、このチャイルドペナルティーの割合を日本とデンマークで比較した結果、デンマークでは出産後の所得の落ち込みが30%に過ぎなかったものが、日本では70%程度にものぼるという。

出産前に正社員で働いた経験のある人でもペナルティーは発生し、短期的には60%程度、中長期的には40%程度の所得を失う。これが非正規社員になると出産によって退職を余儀なくされるケースが多いからか、短期的には約80%、中長期的には約60%の減少となっている。

■お金がかかる時期に所得が減る、という矛盾

ペナルティーを日本で深刻にしているのが、子育て中の女性は正社員としての再就職が難しいという問題だ。女性の年齢別の就業率は、出産を機にいったん離職した女性たちが、子育てがひと段落した後、再び働き始めるのでM字の形を描くことからM字カーブと呼ばれる。第2次安倍政権時代、安倍元首相は「M字カーブの解消を目指す」ことを掲げ、確かにM字の谷は浅くなった。出産で退職する人は減り、離職期間は短くなる傾向にはある。

【図表】M字カーブ(女性の年齢階級別労働力率)(内閣府「男女共同参画白書 令和4年版 全体版」P130より)
図表=内閣府「男女共同参画白書 令和4年版 全体版」P126より

だが、女性の正規雇用比率を年齢別に表したグラフはL字カーブと呼ばれる。いったん離職した女性たちが正規雇用で復職できないことから、グラフは右肩下がりになっているからだ。子育て中の女性たちの多くが非正規で再就職しているのだ。

【図表】L字カーブ(女性の正規雇用比率)(内閣府「男女共同参画白書 令和4年版 全体版」P130より)
(内閣府「男女共同参画白書 令和4年版 全体版」P130より)

子育てにお金がかかる時期に、所得が減るという矛盾。子どもがいるというだけで、再就職試験で正社員として採用されない理不尽。非正規雇用しかないのであれば、「壁」の範囲内で働こうと思うのは理解できる。「人が足りない」と言うのであれば、壁の解消より先に子育て中の女性たちの雇用を見直すべきではないのか。

■「もう1人子どもを」と思える重要な要素

2022年11月に大和総研が発表したレポート「希望出生率を実現するために必要な政策」によると、正規雇用の女性の出生率が2010年ごろから上昇している一方で、専業主婦やパートで働く女性たちの出生率は低下傾向にあるという。

このレポートを見ると、仕事と子育ての両立支援策の充実が正規雇用の女性たちの出産を後押ししている一方で、幼児期の子どもを家庭で育てている世帯への支援が十分でないと感じる。さらに正規雇用として収入・雇用の安定が「もう1人」という出産意欲の重要な要素になっていることも推察できる。

■「子育て罰」を課す日本の厳しい現状

日本では、このペナルティーの意味をもっと大きく捉えた「子育て罰」という言葉まで生まれている。内閣府の子どもの貧困対策に関する有志者会議のメンバーでもある末冨芳日本大学教授は著書『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書)の中で、「子育て罰」を日本が「子どもと子どもを持つ世帯の冷たく厳しい国」である現状を捉えるための概念として紹介している。

「日本の政策は、児童手当などの『現金給付』、教育無償化などの『現物給付』ともに不十分で、子どもと子育てする親の生活を、所得階層にかかわらず苦しめています」と指摘し、政策だけでなく社会や企業も「子育て罰」の拡大に貢献してきたという。

企業は雇用や賃金、昇進などにおいて女性を差別してきたことで母親の就労は不安定化。背景にあるもの、つまり「子育て罰」の正体は、親、特に母親に育児やケアの責任を押し付け、父親の育児参加を許さず、教育費の責任も親だけに負わせてきた、日本社会のありようそのものとしている。

その上で政治の課題として、①場当たり主義的な政治、②少なすぎる子ども・家族への投資、③子どもを差別・分断する制度の3点があると指摘している。

日本の子育てや教育に対する公的支援が主要先進国の中で少ないという指摘は、少子化対策を論じる際に散々言われてきたことである。その根本的な要因は、そもそも子育ても教育も(そして介護も)、本来的には家族がするものである、という自民党を中心とした考え方だ。その裏側には男性が主たる稼ぎ手であり、女性が家事育児をするものという性別役割分業意識が剝がれない澱のようにこびりついている。

■「子育ては家族で」思想が巣食っている

その家族主義が顕著に表れているのが、児童手当の所得制限撤廃に関する議論だろう。児童手当はこれまでの政権や経済状況によって二転三転、規模の拡大や縮小が繰り返され、子育て世代は翻弄されてきた。そもそも子どもが生まれた年によって、支援が異なるのはおかしくないだろうか。

原則として国民に「自助」を求める自民党の政策が大きく変わったのは、2009年民主党政権が誕生してからだ。それまでの児童手当に代わり、所得制限のない「子ども手当」が設けられた。結果的に民主党政権も財政難から規模を縮小したが、政策の根底には「社会全体で子どもの育ちを支える」という考えがあった。

だが、これが自民党からは徹底的に攻撃された。テレビなどで何度も流されている丸川珠代参院議員の「この愚か者」「馬鹿ども」という発言がそれを象徴している。根底には、「子育ては一義的には親、家庭が責任を持つもの」という家族主義がある。

型紙で作った家族を夕日に照らす手元
写真=iStock.com/BrianAJackson
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrianAJackson

自民党の綱領は、再配分で国民の自立心を損なう社会主義的な政策はとらないと明言。民主党政権の子育て政策を、安倍元首相が「(民主党の子育て政策は)子育てを家族から奪い取り、国家や社会が行う子育ての国家化、社会化です。これは実際ポル・ポトやスターリンが行おうとしていたことです」と月刊誌『WiLL』(2010年7月号)のインタビューに答えている。

■「育休のリスキリング支援」も的外れ

ここまで反対しておきながら、突然自民党からも所得制限撤廃の主張が飛び出してきた背景には、もちろん少子化が抜き差しならない事態になっているということもあるだろうが、4月に差し迫った統一地方選対策という見方も大きい。そうなれば結果的にこれまでの「場当たり」的な対策と何ら変わりはない。

これまでの少子化対策が奏功しなかったのは、女性や子どもにとって本当に必要なものは何かという視点から外れた、当事者不在の議論が続いているからだ。

そういう意味では、「育休のリスキリング支援」もその延長ではないか。この岸田首相の発言も子育て世代から「育児の大変さを理解していない」という反発を浴びた。私の周囲にも育休中に資格を取得したり、勉強をしたりしている女性たちもいて、AERA時代に記事にもしたことがあるが、育休中に学べるかどうかは子どもの状況や家族の事情、育児支援体制の有無によっても違う。

そして大事なことは、女性たちがなぜそこまでしようとするのかを理解しているかだ。復職した際に職場できちんと居場所があるように、短時間勤務でも成果を上げられるように、という切実さが背景にはあるのだから。

■ハンガリーに学ぶ、少子化対策の光と影

そもそも少子化対策を語る前提として、国が出生率の目標を掲げ、何がなんでも出産を、と奨励するような社会を、私は決していいと思わない。子どもを持つか持たないか、結婚をするかしないかは個人の意思が尊重されるべきだ。

最近はハンガリーの大胆な少子化対策が注目を集めているが、これにも注意が必要だ。毎日新聞の特派員が各国の少子化対策を取材しまとめた『世界少子化考 子供が増えれば幸せなのか』(毎日新聞出版)は、対策の光と影の二面性をきちんと取材した良書だが、それによると、ハンガリーの少子化対策は比較的中高所得層に手厚く、困窮世帯には適していないと野党は批判している。

そして現在の対策の根底にあるのが、男女が結婚し子どもを産み育てるという伝統的な家族観だという。現在のオルバン政権は右派的政策をとり、LGBTQなど性的マイノリティーに対する厳しい政策で知られる。中・東欧諸国での「人口減のパニック」は反移民・反難民意識へとつながっている側面もある。このように少子化政策はその背景にあるものを理解しなければ、国や社会のために産み育てよという人口政策になりかねない。

大事なことは、一人ひとりを尊重するという前提から出発しているかということだ。

■非婚化・非正規化をどう解決していくか

今の日本では子育てや教育費の負担を考えて子どもを持つことを諦めたり、結婚すら遠い存在に感じてしまう若い世代が多いということはさまざまな調査からわかっている。1989年は19.1%だった非正規雇用で働く人たちの割合は、2021年には36.7%と倍増。少子化の要因は「非婚化とその背景にある非正規化」であり、若い世代の経済的不安と将来不安を払拭しない限り少子化対策の実効性は薄いと指摘する専門家は多い。

中央大学の山田教授は、『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか』の中で、「大卒でなかったり、地方在住だったり、中小企業勤務や非正規雇用者の置かれた状況や態度、意識などを中心に考えないと、少子化対策どころか少子化の実態を理解することさえもできない」と述べている。

前出の大和総研のレポートをまとめた是枝俊悟さんは、「夫婦とも正規雇用の場合、多額の公費が投入される保育所や育児休業給付金を利用することで、その収入を確保できている面もある。一方、非正規の女性は育休給付金や保育所などの支援を得られていないことが多い」(朝日新聞デジタル 時時刻刻 1月20日)と指摘し、まず支援の対象外にある人たちへの支援の拡充を訴えている。

■「出生率世界最低」の韓国は方針転換

参考になるのが、韓国の少子化対策だ。2021年の合計特殊出生率が世界最低の0.81を記録した背景には日本と同様、若者の非婚化と晩婚化がある。高騰する住居費や厳しい就職状況、経済的状況から働く女性が増えているにもかかわらず、家父長制や性別役割分業意識が根深く残り、家事育児の負担が女性に偏っていることが急激な少子化をもたらしてきた。

深刻さも要因も日本と共通する部分は多いが、実は韓国は2019年頃から少子化に対する考えを大きく変えている。前出の『世界少子化考』に掲載された呉学殊(オウ・ハクスウ)労働政策研究・研修機構統括研究員のインタビューによると、それまでの出産を奨励する政策では出生率は下がる一方で全く改善しなかったという。

そこで2021年から始まった第4次少子化・高齢社会基本計画では、出生率の目標を掲げて出産を奨励するのではなく、生活の質を改善する、社会の根本を変える方向に舵を切った。その根本にあるのは「人権重視」の考え方だと述べている。

乳児を抱く女性
写真=iStock.com/Iseo Yang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Iseo Yang

その一つが、女性が差別を受けずに働き続け、生活と両立できるようにすることだ。

「女性のWLB(ワーク・ライフ・バランス)を充実させることは子どもを産むための環境づくりではなく、男女差を無くすためです。(中略)全生涯において豊かで暮らしやすい社会づくりをすることで、結果として出生率が上がっていくだろうという考えです」(『世界少子化考』より)

まさに日本も取るべきは、この一人ひとりの人権や生活を尊重した社会づくりではないだろうか。こうしたアプローチは時間がかかるかもしれないが、それこそが少子化の本質的な解決につながると思う。

----------

浜田 敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト
1966年生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部へ。2014年に女性初のAERA編集長に就任した。17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。20年末に退任。現在はテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などのコメンテーターのほか、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)、『男性中心企業の終焉』(文春新書)。

----------

(ジャーナリスト 浜田 敬子)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください