なぜ旅行に行くといつも雨が降るのか…「私、雨男・雨女だから」と答えてしまう人が誤解していること
プレジデントオンライン / 2023年2月18日 14時15分
※本稿は、鈴木祐『運の方程式』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■世の中は「どうにもならない運」であふれている
親ガチャ、上司ガチャ、配属ガチャ、才能ガチャ……。最近、よく聞かれるようになった「○○ガチャ」という言葉。
自分ではどうにもできない“運任せ”の出来事を、カプセル式のおもちゃに例えたインターネットスラングですが、いまやネットの世界を飛び出して、2021年には流行語大賞のトップ10に入るなど、良くも悪くもホットワードとして注目されています。
事実、周囲を見渡せば、世の中は「どうにもならない運」であふれています。代表例を見てみましょう。
生まれつき見た目がいい人は、総合的に見て収入と人生の満足度が高い傾向があります。経済学者のダニエル・ハマーメッシュらの調査では、ルックスがいい者ほど収入が高く、平均で美女は8%、美男は4%ほど平均的な見た目の人たちより稼ぎが良かったとのこと(1)。逆にルックスが下位15%と判断された女性は、平均的な見た目の女性より収入が4%低く、男性の場合は同じ数値が13%も低下しました。
■人生で成功できるかは運次第、なのか…
約5000人のアメリカ人を対象にした研究では、子どものころに数学の成績が良かった者ほど、35年後に地位と収入が高い傾向がありました(2)。具体的には、13歳の時点で数学の成績が上位1%だった人は、35年後に有名な学者やCEOになる確率が高く、数学が苦手な人より400%も業績が高かったそうです。同じような現象は世界中で確認されており、人生の成功に数学の能力が及ぼす影響はかなり大きいと言えるでしょう。
●あなたの名前が人生の成功に影響する
あなたが生まれ持った名前も、人生に影響を与えます。ニューヨーク大学などの実験では、ランダムに選んだ弁護士500人の名前の発音のしやすさと好感度を評価するように参加者へ指示。このデータを分析したところ、弁護士の成功の約1.5%は、名前の発音のしやすさが影響していました(3)。
この現象は、大半の人は読みやすい名前を好むため、無意識のうちに発音しやすい名前に好感を持つのが原因だとされています。あくまで小さな差ですが、親がつけた名前によって人生の成功に有意差が出てしまうのは、やはり注目すべきポイントだと言えるでしょう。
■旅先で雨が降る…「自分は他人より不運だ」と考える人の共通点
このほかにも、人生の成功を左右する“運”は山のように存在し、持ち前の性格、運動能力、両親の学歴など、すべてを数え出したらきりがありません。
まさに人生は“運ゲー”だと言われる所以でしょう。
さらに世の中には、どうにもならない運とともに、「自分は他人より不運だと感じている人」がかなり存在しています。少なくとも「自分は他人より幸運だ」と感じている人よりも多いことは容易に想像できます。
旅先では雨に降られ、職場では嫌な相手とペアを組まされ、有名店の行列に並んだら自分の手前で商品が売り切れる……。この不運が起きる人の特徴のような現象は、はたして、特定の人に集まるメカニズムでも存在するのでしょうか?
![雨の中を急いで走る人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/6/1200wm/img_96865404bebf9960dfd8022fb8a2c957324245.jpg)
この問題について、中国科学院のチームがおもしろい実験をしています(4)。
研究チームは、参加者が過去に交通事故を起こしたかどうかを聞き、そのあとで全員に複数の写真を見せて脳波の反応スピードを調べました。使われた写真の種類は3つで、「ポジティブな写真(喜ぶ人々など)」「ネガティブな写真(泣き叫ぶ子供など)」「ニュートラルな写真(町の風景など)」といった画像が80枚用意されたそうです。
そこでわかったのは、過去に人身事故のように大きな事故を起こした人ほど、悲観的な情報に反応しやすいという事実でした。
■交通事故を起こした人ほど、ネガティブな感情に敏感
事故が少ないドライバーは、ポジティブな写真とネガティブな写真の両方に等しく注目したのに対し、事故が多い人は、悲惨な写真に長く意識を向けたのです。つまり、事故が多いドライバーほど、ネガティブな情報に敏感だったことになります。
不思議に思われた方もいるでしょう。車を安全に運転するためには、ネガティブな情報へ積極的に目を向けねばなりません。沿道に飛び出しそうな子供や、路肩を蛇行する自転車などを見逃したら、事故の確率が上がるのは確実です。
それにもかかわらず、ネガティブな情報への反応が大きい人ほど事故が多い理由は、どこにあるのでしょうか?
その答えは、ネガティブな情報に意識が向きやすい人ほど、視野が狭くなってしまうからです。
たとえば、あるドライバーが車を運転していたところ、対向車線にスピード違反の車が現れ、すさまじい速度ですれ違ったとしましょう。
このような場面では、優良ドライバーは「危なかった」とだけ思って、すぐに目の前の道路に意識を向け直します。ところが、事故が多いドライバーは、いつまでもスピード違反者の情報が頭に残り、簡単に注意を切り替えられなくなるのです。
■マイナスの体験がさらなる不運を呼び込む
こうした現象を、専門的には「ネガティビティ効果」と呼びます。肯定的な情報よりも否定的な情報に関心が向く心理のことで、この傾向が強い人は、人生の悪い所ばかりが気になり、それゆえに視野が狭まってしまうわけです。
ネガティビティ効果と交通事故の関係は何度も確認されており、アイルランド国立大学などの報告では、この心理傾向が強い人ほど余計なことに気を取られ、やはり重大な事故を起こしやすかったとのこと(5)。英オープン大学の実験でも結果は同じで、ネガティビティ効果にとらわれた人は一度にひとつのことしか意識を向けられなくなり、目の前の重要な情報を見逃す可能性が高まりました(6)。
問題なのは、こういったマイナスな体験の積み重ねが、さらなる不運を呼び込む点です。いったん「私は不運だ」との印象が脳の奥に根づくと、あらゆる場面でネガティビティ効果が発動しはじめます。
![顔文字](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/d/1200wm/img_1d2d2b2c8b93cbcc0d3e873385e1470b959812.jpg)
■不運の悪循環を断ち切る方法
ネガティビティ効果の罠を逃れ、広い視野をキープし続ける。
この目標に挑むために使ってほしいのが、「視野拡大アクションリスト」です。50種類の行動で構成されたリストで、ネガティビティ効果をやわらげるために開発されたものです。
1:感情が不安定になったら、立ち止まって何度も深呼吸をする
2:少なくとも5分間、意図的に笑顔を作ってみる
(ひとりでいるときでも、何かをしているときでもよい)
3:ほかの人に感謝の気持ちを伝える
(例/友人に感謝の気持ちを伝える、良い働きをしてくれた部下に感謝するなど)
4:何か心配なことがあったら、それを自由に紙に書き出してみる
5:目が覚めたら5分以上の瞑想(めいそう)をする
6:決断に不安を感じたら、それぞれの選択肢の長所と短所をリストアップする
7:見返りを期待せずに、ほかの人に親切なことをする
8:少なくとも10分間、スマホで自分が幸せだと感じる写真を探してみる
9:最低でも15分は運動してみる
10:今日1日のなかで、少なくとも5つのポジティブなことを思い出す
(例/「今日は空がきれいだ」「今日は友人に会えて良かった」「このソファは座り心地がいい」「川の音がすばらしい」など)
南メソジスト大学による実験では、50のアクションを実践した被験者は、4週間ほどで有意な改善が見られました。具体的には、全体的にネガティブな感情を体験する回数が減り、神経質な人はよりおおらかになり、怒りやすい人には余裕が生まれ、ポジティブな気分が増大したのです。
リストの使い方は簡単です。まずすべてのアクションをざっと確認したら、「これならできそうだ」と思えるものを選び、週に1~4つずつ、4週間ほど続けてください。いずれのアクションも「心に余裕がある人」の行動をシミュレートしており、どれだけネガティビティ効果が強い人でも、続けるごとにメンタルが穏やかになっていくはずです。
■「不運な人」は身の回りに起きた幸運に気づかない
視野拡大アクションリストを使って、ネガティビティ効果を退けられたら、すぐに運がいい人になれるかと言ったら、現実はそう簡単ではありません。
運がいい人は、訪れた運に気づき、つかむのも上手です。
ひとつ例を挙げましょう。
1945年。軍需産業の技術者だったパーシー・スペンサーが、軍事用レーダーの実験中に、ポケットに入れたままだったチョコレートが溶けたのを発見。これをもとにマイクロ波で熱を生む装置を思いつき、2年後には現代でも使われる電子レンジのひな型が生まれました。
この発明に、スペンサーの察知力が役立ったことは言うまでもありません。「レーダーでチョコレートが溶けた」という偶然に対して、ただ「お菓子を無駄にした」としか思わなかったら、電子レンジは世に出なかったはずです。
私たちの身の回りでも、同じような例は珍しくないでしょう。宝くじに当たったのに当選メールを見逃したり、友人から役立つ助言をもらったのを忘れたり、ネットで見かけた仕事に役立つ情報をスルーしたりと、人生に起きた良い偶然に気づけないケースはいくらでも存在します。
■実験参加者の8割が「金の生る木」を見逃した
この「察知」のスキルについては、ウェスタン・ワシントン大学がおもしろい調査を行っています(7)。研究チームは、以下の手順で実験を行いました。
①背が低い落葉樹の枝に、1ドル札を3枚挟む
②木の下を通った学生が、お札の存在に気づくかを調べる
1ドル札が置かれた高さは地面から175センチほどなので、よほどのよそ見でもしない限りお札は目に入ります。つまり、視界に必ず紙幣が入る状況を作ったうえで、学生たちが「金のなる木」を認識できるのかを確かめたのです。
![1ドル札](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/b/1200wm/img_8b521f74118e1d6b81fc3b9a64cf6e3c392685.jpg)
実験を行う前、歩きスマホが珍しくない現代でも、さすがに目の前に垂れ下がった紙幣を見逃す学生は少ないだろう、と研究チームは予想していました。
ところが、現実は予想の真逆で、紙幣に気づいたのは全体のたった19%にすぎず、歩きスマホをしていた人に絞ると、6%までに下がりました。
80%以上の参加者は、目の前に垂れ下がった紙幣を目にしながらも「異常はない」と判断し、金のなる木をスルーしたわけです。
■幸運な人は“察知力”が高い
このような、視野に入ったはずのものに気づけない現象は「非注意性盲目」と呼ばれ、1990年代から何度も確かめられてきた心理メカニズムです(8)。
私たちの心理に非注意性盲目が備わった理由は、脳の処理能力に限界があるからです。もともと、ヒトの脳は、周りの景色、音、匂いなどのデータをつねにとり入れ、「これは役に立つ情報か」を判断しています。この機能がなかったら、あなたは新しい情報の存在に気づくことができません。
脳が1秒あたりにスキャンできるオブジェクトの数は平均で30~40個ほどでしかなく、それなのに外界からのインプットをすべて処理していたら、ほどなく神経系はオーバーワークですり切れてしまうでしょう。
![鈴木祐『運の方程式』(アスコム)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/4/1200wm/img_d459dcc45dc33e01b50158dc7251546e222399.jpg)
この問題を防ぐために、ヒトの脳は、不要なデータを次々と捨てるように進化しました。私たちが「金の生る木」に気づけないのは、紙幣の情報が目から入ってきても、「木にお札などついているはずがない」と判断した脳が、すぐにデータを消したからなのです。
要するに、非注意性盲目は私たちを情報過多から守ってくれる大事なシステムなのですが、同時にこの機能は、私たちを運から遠ざける副作用もあわせ持ちました。
せっかく視野を拡大したのに、いざ目の前に出現した「金のなる木」に気づけないのでは意味がありません。「察知力」を重要視するゆえんです。
■問いが問いを生む体験が察知力を高める
では、その察知力を高めるためには何をしたらいいのでしょうか。
ぜひ取り入れてほしいのが「Qマトリックス」です。もともとはカリフォルニア大学の教育学チームが開発したテクニックで、私たちが日常的に使う質問のパターンが36種類にまとめられています。
![【図表1】Qマトリックス](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/2/1200wm/img_e2d5f27475654a11d2a7e0b81d5572ef408572.jpg)
その効果を確かめたデータも豊富で、Qマトリックスでトレーニングを積んだ学生は、みな一様にメタ認知の使い方が上手くなり、学校の成績が上がったとのことでした(9)。
Qマトリックスは6×6のブロックで構成され、それぞれに特定の質問が配置されています。4段階の質問レベルがあり、レベルが上がるほど分析力と想像力を必要とするような、より高度な問いを引き出します。
たとえば、「空(そら)」というテーマについてレベル1で考えてみると、「空にはなんの色があるか?」(1のセル)、「いまの空は昔の空と何が違うのか?」(7のセル)のように問いを立て、深い思考を引き出すトレーニングを行う方法です。
■不運を嘆いても幸運はつかめない
詳しくは拙著『運の方程式』に譲りますが、最大の利点は、問いが問いを生む体験を重ねることができ、脳が身の周りの小さな変化に注意を向けるのがうまくなり、そのぶんだけ察知力を高めることができるようになります。
あなたも常々「ツイてない」「運が悪い」と思っていたら、視野拡大アクションリストやQマトリックスを試してみてください。
そして自分の境遇をただ嘆くのではなく、自分の力で不運をはねのけていっていただけると、私としてもとても嬉しいです。
参考文献・注釈
(1)ダニエル・ハマーメッシュ『美貌格差―生まれつき不平等の経済学』東洋経済新報社(2015)
(2)Lubinski D, Benbow CP. Study of Mathematically Precocious Youth After 35Years: Uncovering Antecedents for the Development of Math-Science Expertise. Perspect Psychol Sci. 2006 Dec;1(4):316-45. doi: 10.1111/j.1745-6916.2006.00019.x. PMID: 26151798.
(3)Laham, S.M., Koval, P., & Alter, A.L. (2012). The name-pronunciation effect: Why people like Mr. Smith more than Mr. Colquhoun. Journal of Experimental Social Psychology, 48, 752-756.
(4)Chai J, Qu W, Sun X, Zhang K, Ge Y. Negativity Bias in Dangerous Drivers. PLoS One. 2016 Jan 14;11(1):e0147083. doi: 10.1371/journal.pone.0147083. PMID: 26765225; PMCID: PMC4713152.
(5)Stephens, Amanda & Trawley, Steven & Madigan, Ruth & Groeger, John. (2013). Drivers Display Anger-Congruent Attention to Potential Traffic Hazards. Applied Cognitive Psychology. 27. 178-189. 10.1002/acp.2894.
(6)Briggs, G. F., Hole, G. J., & Land, M. F. (2011). Emotionally involving telephone conversations lead to driver error and visual tunnelling. TransportationResearch Part F: Traffic Psychology and Behaviour, 14(4), 313-323.
(7)Hyman, I. E., Jr., Sarb, B. A., & Wise-Swanson, B. M. (2014). Failure to see money on a tree: Inattentional blindness for objects that guided behavior.Frontiers in Psychology, 5, Article 356.
(8)Strayer, David & Drews, Frank. (2007). CellPhone-Induced Driver Distraction. Current Directions in Psychological Science - 16. 128-131. 10.1111/j.1467-8721.2007.00489.x.
(9)King, A. (1992). Facilitating elaborative learning through guided student-generated questioning. Educational Psychologist, 27(1), 111-126.
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サイエンスライター
1976年生まれ。慶応義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。
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(サイエンスライター 鈴木 祐)
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