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このやり方では「ラピダス」も失敗する…最強官庁・経産省の肝煎り事業がことごとく大失敗する根本原因

プレジデントオンライン / 2023年2月17日 10時15分

次世代半導体の国産化に向け、ベルギーの研究開発機関と協力の覚書を交わした「Rapidus(ラピダス)」の小池淳義社長(中央)。右は西村康稔経済産業相=2022年12月6日午後、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■なぜ「日の丸ジェット」は実現できなかったのか

三菱重工業が2月7日、国産初のジェット旅客機「三菱スペースジェット(MSJ)」の開発中止を発表した。開始から15年。航空会社への納入予定を6回も延期した末の撤退だ。国内外の航空会社から300機近くを受注しており、その後始末にも追われる。鳴り物入りで始まった「日の丸ジェット旅客機」の夢は、なぜついえたのか。

「MSJ」というよりも、2019年まで使われていた名称「MRJ(三菱リージョナルジェット)」のほうが、なじみ深いかもしれない。

2008年3月、三菱重工が子会社「三菱航空機」を設立し、ジェット旅客機「MRJ」の開発着手を発表すると、「『YS11』以来、50年ぶりに日本が丸ごと旅客機を造る」と、注目を集めた。

「YS11」は通産省(現・経産省)の主導で国内企業を結集して始まり、1962年に初飛行。2006年に旅客機として最後のフライトを終え、国内定期路線から引退。空港に並ぶ旅客機は海外製ばかりになっていた。

■設計変更、検査体制の不備で費用はどんどん膨らみ…

それ以来の日の丸旅客機計画。当初の予定は、「国が500億円、三菱重工が1500億円を投じて旅客機を開発し、2013年に航空会社へ初号機を納入する」というものだった。

三菱重工は、このサイズの旅客機は、20年間で5000機以上の国際的需要があると予測、半数のシェア獲得を目指した。三菱航空機設立の発表前に、早くもANAが25機を発注するなど、まずは好調なスタートを切った。

だが、その後、事態は深刻化、泥沼化の一途をたどる。

設計変更、部品の検査体制の不備など次々と問題が発生し、航空会社への納入は遅れ続ける。

2019年には名称を「三菱スペースジェット(MSJ)」に変更して挽回を図ろうとしたが、20年になると「いったん立ち止まる」と開発を凍結。結局、解凍されることがないまま、終焉(しゅうえん)を迎えた。

三菱重工が開発に投じた費用は当初予定の1500億円を大幅に超える1兆円規模とみられる。2015年以降、約3900時間の試験飛行も実施した。培った技術や知見は、次期戦闘機の開発などに生かすというが、あまりにも高い勉強代だった。

■「欧米の下請けにとどまっていいわけがない」

三菱重工は宇宙開発、防衛など官需の仕事を多く担ってきた。社風も「手堅い」「慎重」と言われている。その会社が、どうしてこんなに派手な撤退劇を演じることになったのか。

もともと「日の丸ジェット旅客機」の開発を仕掛けたのは、経済産業省だ。

日本では、三菱重工をはじめ航空機産業に携わる企業は多い。

だが、その役割は、ボーイングやエアバスなど欧米企業の下請けとして、機体やエンジン、部品などを製造・納入することだ。

経産省は、航空機産業を新たな成長産業へ転換させよう、と考えた。

<日本がいつまでも欧米の下請けにとどまっていていいわけがない。ブラジルやカナダだって丸ごと旅客機を造っている。モノづくり大国の日本にできないはずがない。航空機産業は裾野が広く、経済成長につながる>と、いうわけだ。

だが、三菱重工は事業を担うことには慎重だった。技術リスクがあり、採算が見通せないからだ。

判断を留保し続けたが、経産省に押し切られるような形で事業化を決めた。

当時、記者たちの間では、三菱重工を翻意させた経産省の剛腕ぶりについて、さまざまな噂や臆測が飛び交った。それほど驚きの決断だった。

だが、開発はトラブル続きとなる。航空会社への納入延期は6回にのぼり、途中で航空会社からキャンセルされることもあった。

■「技術を事業にするための知見が足りなかった」

最大の難関は、機体開発というハード面ではなく、「型式証明」というソフト面だった。

型式証明は、製造企業が、機体に使っている部品の安全性などを各国の航空当局に証明するものだ。そのノウハウはまさに企業秘密。三菱重工は知識も経験も乏しく、YS11時代の日本の体験を生かそうにも、技術や証明の仕方が様変わりしていたという。

YS11の頃は、出来上がったモノで安全性を確認していたが、今では、作る過程を含めて安全性を証明することが求められるという。

部品は約100万点にわたり、部品調達先は欧米を中心に30社超。さらにその下請けまで含めると何千社もある。

その製造過程も含めて安全性をどのように証明したらいいのか。型式証明に携わった技術者は「日本的生真面目さで、自分たちの目ですべてを確認して証明しようとしたが、そんなことは到底できないとわかるまで、1年を費やした」と振り返る。

経験豊富な海外の人材も多数雇ったが、壁を超えることはできなかった。

型式証明を獲得するには、今後数年にわたって毎年1000億円ほどの投資が必要になるとみられている。開発期間が長引き、旅客機の技術としても古くなった。事業性はますます見いだせなくなった。

2月7日の記者会見で三菱重工の泉澤清次社長は「技術がなければ試験飛行できなかった。ただ、その技術を事業にするための十分な準備、知見が足りなかった」と語った。

■宮永前社長が漏らした「三菱の弱点」

ハード面ではなくソフト面での力不足、時代に合わなくなっていたモノづくり――。

三菱重工は2016年にも、その問題に直面し、欧米向け大型客船事業からの撤退を表明している。

その10年ほど前に、英国に大型客船を納入した経験があったが、当時とは求められる内容が、大きく変化していたという。

例えば、客室すべてがWi-Fiに快適につながること、セキュリティーシステム、客室のデザイン、壁の塗装、床のタイル張り、ビール醸造装置など、船というよりも高級ホテルを造るような仕事が求められた。

クルーズ船からのリアデッキと海
写真=iStock.com/groveb
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/groveb

欧米の富裕層に快適な旅を楽しんでもらうことを目指す発注側からすれば当然の要求だが、どれも造船の設計部門では持ち合わせていない技術や知識だった。

技術や知識を持つところへ外注すれば良かったが、自分たちで解決しようとしたことが、混乱や遅れ、巨額の赤字を生んだ。

当時の三菱重工の宮永俊一社長は、撤退時に、自社の弱点をこう語った。

「時代とともに客のニーズが変化していることを理解できなかった」
「同じ価値観を持つ同質の人々が集まって開発している」
「組織の統制がよくとれていて、上の人が言うことはきちっと聞くが、自分からこれが問題とは言わない」

ソフト面が弱く、旧態依然のまま上位下達で進める――。技術至上主義を掲げ、利用者のことまであまり考えようとしない日本のモノづくりの、長年指摘されている典型的な弱点だ。

■この厳しさを経産省や政治家はどこまで認識していたか

日の丸ジェット旅客機の事業が始まって以来、専門家から何度もこんなことを聞いた。

「オールジャパンでやると最初は言っていたのに、そうなっていない」
「一企業の事業だからと放っておかないで、国はもっと支援すべきではないか」
「型式証明の難しさはよく知られている。航空行政を所管する国土交通省も、もっと協力すべきだ」

官需が多かった三菱重工のビジネス感覚も甘かっただろうし、自らの技術力への過信もあっただろう。

だが、50年ぶりに旅客機を開発し、世界の競合相手に戦いを挑む。そのハードルの高さや厳しさを、経産省や政治家はどこまで認識した上でこのプロジェクトを推し進めたのだろうか。

経産省はこれまで数多くのプロジェクトを手掛けてきたが、うまくいかなった例も目立つ。

1980年代から90年代に、官民の人材を集めた「第五世代コンピューター」の大型国家プロジェクトに約540億円を投じた。AI(人工知能)などの実現を目指し、日本のコンピューター産業を育成するのが目的だった。だが、実用的な利用につながらずに終わった。

それ以後も日本のICT産業は欧米の後塵を拝し続けている。

■時代の流れを読む感覚には優れているが…

少子高齢化時代の「働き手」と期待されるロボットでも同様の問題が起きた。

傘下の研究所が官民の人材を集めて8年間にわたって、原子力発電所の高放射線下の作業など、人間が入り込めない場所で使う「極限作業ロボット」の研究開発を進めた。

しかし、実用化されないまま終了した。

2011年の福島第1原発事故の際に、このロボットの使用が検討されたが、到底使える代物ではなく、欧米などからロボットを急遽取り寄せた。

半導体政策、成長戦略「インフラ輸出」の柱に据えた原子力発電所輸出など、企業を集めては多額の国費を出したり、音頭取りをしたりしてきたが、うまくいかなかった。

霞が関の他の役所からは「経産省はいろいろな分野に手を出すが、失敗も多い」との批判が繰り返し出ている。

経産省は時代の流れを読む感覚に優れ機動力も高い。政策のネーミングのセンスでも他省庁を圧する。

日の丸旅客機では、中高年世代のノスタルジアもうまく活用したように見える。1964年東京五輪の際に、YS11は聖火を載せて飛行した。

2020年五輪の東京招致が決まってからは、政治家なども「2020年東京五輪では、MRJで聖火を運ぼう」と機運を盛り上げた。

■新会社「ラピダス」でも同じ失敗をしかねない

だが、現場の実態や判断を生かしたり、スピーディーに変化する経済情勢をどこまでキャッチしたりできているのだろうか。きちんと育て上げ、産業として根付かせる工夫や努力も、もっと必要なのではないか。

YS11の開発は、通産省(現・経産省)が民間企業に働きかけて実現させたという点では成功したのだろうが、ビジネスや組織の問題点なども露呈し、製造中止になった。

それから50年、時代も経済情勢も変わっている。昨年には、次世代半導体を量産するためにトヨタ自動車やNTTなど日本の主力8社が計73億円を出資し「ラピダス」という会社を立ち上げた。経産省も700億円の国費投入を決め、支援を続ける方針だ。

海外企業に依存している半導体を自国で賄うという、国の威信をかけた巨大プロジェクトだが、ラピダスもこのままでは同じ失敗をたどる恐れがある。日の丸ジェット旅客機の開始から撤退までの検証をきちんと行い、より良い政策やプロジェクト作りへとつなげることが必要だ。

国費500億円、ANAやJALなど航空会社の損失、傷ついたモノづくり大国の信用――。失ったものは大きい。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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