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2カ月でコミュ障から逆ナンパで童貞卒業…筋トレ沼で人生が激変した32歳ラブホ清掃員の意外な"その後"

プレジデントオンライン / 2023年2月19日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/antondotsenko

人はなぜ、筋トレに魅了されるのか。32歳のラブホテル清掃の男性は、3年前に貯金のすべてを筋トレにつぎ込んだ。2カ月もしないうちに、体重は20キロほど落ち、得るものと失ったものがあるという。ライターで編集者の沢木文さんが書いた『沼にはまる人々』(ポプラ新書)より紹介しよう――。(第6回)

※本稿は、沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

■あだ名は「ドイツ豚」

現在、175センチ、95キロ程度のぽっちゃり体型の圭太さん(32歳・仮名)は、3年前に筋トレにはまった。その当時は、今より20キロほど、体重が少なかったという。

「小・中学校といじめに遭い、太っていることへのコンプレックスがありました。当然、モテない。このままではダメだと思い、29歳のときに筋トレを始めました」

その筋トレには沼のようにのめり込んだという。

圭太さんは都心から1時間程度の郊外のベッドタウンで、両親ともに高学歴な家の長男として生まれた。幼い頃に父親のドイツ赴任に帯同。現地の日本人学校に通った。

「思えばこの頃が一番楽しかった。ドイツはサッカー教育が熱心で、一流の選手が教えに来てくれた。ゴールキーパーのカーン選手を間近で見たときは感動しました」

小学校高学年で、日本に帰国。地元の小学校に通い始めたところ、壮絶ないじめに遭った。

「一応、日本人学校に行っていたから、日本人のトーン&マナーはわかるつもりだったけれど、やはり異質になってしまうんですよね。きっかけは学校に水筒を持ってきたこと。ドイツは水道水を飲まないので、生理的に水道水が飲めないんです。

その結果、学校に水筒を学校に持って行ったら、『なにそれ』と注目の的になりました。後はシャープペンシルを使ったことで、先生に目をつけられた。公立小学校は、鉛筆の柄まで決められている。ことごとく違う僕は反抗的ということになってしまい、めっちゃいじめられました」

それは、圭太さんがぽっちゃり体型だったことも大きい。

「白豚、ドイツ豚などと言われましたね。今でもいじめの中心人物の顔と名前は憶えていますよ。いじめの内容は壮絶すぎて語りたくありません。先生は見て見ぬふりをしていました」

■望み通りの人生を歩む妹を横目にFラン大に進学するが…

圭太さんの両親は、学校に行きたがらない息子に対して、厳しく接した。四面楚歌のストレスは、食べることに向く。

「ウチの親は教育には厳しかったですからね。僕は祖父母が好きだったのですが、『圭太を甘やかすから行かせない』と言われました。親は自分ができることは『息子もできて当然』だと思っているんです」

風向きが一段と変わったのは、日本に帰ってきてから11歳年下の妹が生まれたこと。

「妹は3歳くらいから『頭がいい』という素質を見せ始めて、その後は親の望み通りの人生を歩んでいます。妹は中高一貫の名門女子校に苦労せずに合格。そのまま超有名国立大学の理系学部に合格。そして今、英国に留学中です。理系なのに英国では自分を補強するために文系の社会学を学んでいるのです」

妹には、某有名グローバル企業から、スカウトが来ているという。

その一方で、圭太さんはいじめで不登校になり、中学は公立中学校と並走し、フリースクールに通う。高校は親のすすめで、私立大学付属高校を受験し合格。卒業するまでの3年間、ほぼ誰とも口を利かなかった。

「そのままエスカレーターでFラン大(河合塾の入試難易予想ランキング表で『ボーダーフリー』とされる入学が容易な大学の総称)に進学するも、ホストまがいの男子学生や、ガールズバーにいそうな女子が多く、中退しました。

アルファベットも書けない人や多目的トイレで性交渉を行うような人もいて、本当に嫌気がさしたんです」

■20歳の息子に7万円の小遣いを渡す47歳の優秀な両親

中退後の現実逃避は、アーケードゲームの『鉄拳』だった。昼夜はほぼ逆転し、ゲームセンターに通う。

「高校時代に、親がとやかく言ってきたときに、衝動的に死のうと思ったんです。それにビビった親が、僕のことをあきらめてくれた。その結果、月7万円の小遣いをもらえることになりました」

小遣いを嘆願する夫
写真=iStock.com/yamasan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yamasan

20歳になった息子に、7万円の小遣いを渡す47歳の優秀な両親。共働きだからできるのだろう。

「家事もしていましたからね。妹の塾弁当とかつくっていましたよ。そんな生活が1年続き、それがあまりにもラクでヤバいと思い、バイトを始めたのです」

採用されたのはコンビニと飲食店。いずれも2時間で「ムリです」とバックレた。

「結局、人と顔を合わせるのが嫌だとわかったんです。だから、ラブホテル清掃のバイトを始めました」

■筋肉を鍛えれば人生が変わる

人と会わずに仕事ができる清掃の仕事は性に合っていたらしく、気が付けば29歳になっていた。清掃機器の使い方も覚え、風俗店の清掃も任されるようになっていた。

「それでも、コミュ障(コミュニケーションがうまくできないこと。この場合は対人恐怖が強いこと)だから『社員になれ』とは言われない。そんなとき、僕をいじめた子に子供が生まれたと知ったんです。そいつは親の水道設備会社を継いで、そこそこいい生活をしている。

自分ばかりが不幸だと思ったときに、『筋肉を鍛えれば人生が変わる!』みたいな記事を読み、自己流で筋トレを始めました」

毎朝、腕立て伏せと腹筋を100回以上行うと、1週間で変化が出た。

「動画を観ながらやっていたのですが、体がいい感じに変わってくるんです。腰痛が緩和したり、気持ちが前向きになったりして、『あ、オレ変わった』みたいな感じ」

■すべての栄養はサプリメントで取れる

自分に変化があると、筋トレにのめり込んでいく。動画を観て、自己流で行うことに限界を感じ、筋トレで有名なジムにも通った。その費用は約50万円。貯金のすべてをつぎ込んだ。

「そこそこかわいいトレーナーがついて、栄養アドバイスを受けるんですが、プロテインとか低糖質のチョコレートケーキとか、サプリメントをすすめてきます。女性と話す機会などほとんどないので、舞い上がってしまって10万円分くらい買いました」

サプリメントを持つ手
写真=iStock.com/FreshSplash
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FreshSplash

筋トレを本格的に始めるとお金がかかる。食べるものは鶏の胸肉や牛の赤身肉など、高タンパク低カロリーな食品が中心になる。

「それまで、コンビニ飯や半額になった弁当、家にある僕用の米(両親は成績優秀な妹用の食材は“いいもの”を別途購入していた)を食べていればよかったんですが、そんなものを食べていたら筋肉は育たないし、体は絞れない」

そこから特異な食生活が始まる。午前中にジョギングの後に筋トレをしてから、5個の生卵と疲労回復のビタミンEのサプリメントを摂取。そのほかに、マルチビタミンやビタミンC、鉄などのサプリメントを飲む。

その後、昼寝をして、家事を済ませてからジムに行き、2時間トレーニング。豆腐パックをスプーンですくって食べ、再び大量のサプリメントを飲み、清掃の仕事に行く。

「豆腐パックは赤身肉ステーキになることもありましたが、変わりませんね。それで2カ月もしないうちに、体重は70キロ台まで落ちました」

摂取するタンパク質は毎食200gを目指した。『日本食品標準成分表』(5訂)を見ると、木綿豆腐100gあたりのタンパク質は6.6g。豆腐1丁は約300gなので、タンパク質を取るためには、12丁以上を食べなくてはならない。

「だから、プロテインドリンクを飲むんです。プロテインに加えて、豆腐も食べる。筋トレを知ると、すべての栄養はサプリメントで取れるとわかる。でも、食事は娯楽の一環であり、咀嚼力を落とさないために必要だと思い食べていました」

■六本木で逆ナンパされホテルへ

そんな生活をしていれば、変化は目に見えるように起こる。両親は圭太さんに「違法薬物に手を出していないか」と言った。

「徹底的に僕を信じていないんですよ。父に筋トレの話をしたら、『その勢いで勉強もしてくれたら、こんなことにはならなかったのに』と言われました。一方、妹は『兄ちゃん、イケてんじゃん』と言ってくれましたね」

2カ月間、筋トレ沼にはまり、逆ナンパもされた。34歳だという会社員の女性に六本木で声をかけられて、ラブホテルにも行った。

ホテルの部屋のインテリア
写真=iStock.com/Byrdyak
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Byrdyak

「女性としたことはなかったんですが、性交渉は適当にするもんじゃないですね。いじめられているときと同じような気持ちでした。しかも、いじめのときとは違い、素っ裸でしょ。怖かったですね。でも、肌と肌が触れあう感じは、気持ちよかったです」

この性交渉の後、下半身に違和感があり病院に行ったら、クラミジア感染症と言われた。

「ああいうのって、ニオイと症状でわかるみたいですね。すぐに薬を出してくれました。僕、どこまでもついていないんです。

トレーニングを通じて、コミュ障もそれなりに改善していたので、お医者さんに事情を話したら、『それは大変だったね』と言われて、血液検査も行いました。2週間後、検査結果が出るまで本当に怖かったです」

医師は「今回はセーフだったけどHIVだけでなく、淋病や梅毒も多いから気を付けてね」と送り出してくれたという。

■「ハンパなく出費と食費がかかる」

結局、筋トレ沼は2カ月で終わった。

「気力が出ない、頭がボーッとする、怒りっぽくなる。そして、関節が痛くなったことや、トレーニングのし過ぎでケガをしたのか、膝が曲がりにくくなるなどがありました。あとはサプリメントの出費と食費がハンパないこと。月3万円以上かかるし、ラーメンやカレー、パスタを我慢するのがつらかった」

圭太さんが通っていたのは、短期集中型のトレーニングジム。その施設の方針なのか、初心者には厳しいメニューを課すのか、チートデー(自分を甘やかし、なんでも食べていい日)を設けていなかった。

「経験豊富なトレーナーというよりは、サプリメントを売りつけられていたような感じですね。ジムの契約期間が終わり、新たなコースをすすめられましたが、『もういいです』と断りました。途中でカモられているのがわかるんですよ」

その後、半年もたたずに体重は戻った。

「最初に食べたのは、大盛りカルボナーラ2皿。たぶん、豆腐の食べ過ぎで、胃袋が大きくなっていたのか、軽く入りました」

■筋トレ沼は、命がけだ

暴飲暴食を続け、体の痛みも生じたが、よかったことはある。

沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)
沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)

「コミュ力がついたことです。清掃の仕事の同僚から、飲みに誘われたりもするようになりました。あと、自分も痩せられるということがわかったことでしょうか。カモられる雰囲気を察知できるようになりました。

おそらく、僕が通っていたジムは、サプリメントの売り上げで、トレーナーの給料が決まっていたんだと思います。何かを売りつけようとする人の独自の雰囲気がわかるようになりました」

彼はまだ得るものがあった。それは人間の本心を見極める目だ。しかし、健康な生活は失った。今もひざの裏には痛みが残る。「やばいな」と思うときは、歩くのをやめてタクシーに乗る。裁判をしようにもトレーニングとの因果関係は立証できない。

過度な筋トレによる後遺症は圭太さんの他にもあちこちで聞く。Aさんは過度な筋トレと糖質制限で腎機能に異常をきたした。Bさんは無理なワークアウトで靭帯を損傷し、足を引きずっている。Cさんは過度なキックボクシングトレーニングで頸椎ヘルニアになり、一カ月の入院をしたなどだ。

危険をはらむが、「やめては努力が水泡に帰す」と思ってしまう筋トレ沼は、命がけなのだ。

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沢木 文(さわき・あや)
ライター/編集者
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。さまざまな取材対象をもとに考察を重ね、これまでの著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ新書)がある。

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(ライター/編集者 沢木 文)

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