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妻が4歳の娘を殴っても「お前そっくり」と他人事…元児相職員が見た「虐待する親」の夫婦関係

プレジデントオンライン / 2023年2月18日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

虐待をする親の中には、児童相談所に通報されても虐待を否定する人がいる。児相の元職員で、親子関係再構築プログラムを提供する認定NPO法人チャイルド・リソース・センター代表理事の宮口智恵さんは「最初から子どもを傷つけようと思っている親はおらず、むしろ日常的な孤独感から子どもに頼っている人が多い」という――

※本稿は、宮口智恵『虐待したことを否定する親たち』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■なぜ、虐待は起こるのか

最初から、子どもを傷つけようと思う親はいません。

長年親子への支援を行ってきて、私たちはこのことを確信しています。実際に児童相談所に「虐待」で子どもを保護された親たちの多くは、怖い人でも危険な人でもありません。中には実際に私自身が「恐怖」を感じるような場面もありましたが、その人もきっと最初から、怖い人ではなかったはずです。

困難が重なった時、そして、「安心な人」とつながることができかった時、虐待は起こります。子どもを傷つけてしまう親の状態はもはや尋常ではありません。尋常でない危機的な状態をストップさせるために、子どもの保護が必要になります。

しかし、児相として介入し、傷ついた子どもを一時保護した後、親との面接の中で、「私は虐待していません」と自身の行為を全く認めないような発言をされたら、職員には強い負の感情が湧き上がります。「なんてひどい親だ」と。

本稿では「私は虐待していません」と言う親が子どもを保護されるという体験について、考えていきたいと思います。その時、親はどのような心理状態でその言葉を発するのか。そして、親子に何が起こっているのかということを、一つの架空の親子の事例(※)を通して推測していきます。

※宮口氏がこれまでに出会った事例を組み合わせた作成した架空事例

■身体的虐待で保護された4歳女児のケース

ここに一つの架空事例を紹介します。まず、このマミちゃんと咲希(さき)さんという1組の親子のことを考えていきたいと思います。

事例 身体的虐待で保護されたマミちゃん
【家族の構成】(全て仮名です)
父:石田大樹 25歳 契約社員(アパレル関係)
母:石田咲希 27歳 パート(飲食店勤務)几帳面で時に感情的になる
長女:マミ 4歳 小柄でやや痩せ気味 卵アレルギーあり A保育園→C児童養護施設へ
長男:大和 2歳 B保育園通園中

大樹さんと咲希さんはSNSを通じて交際を開始。間もなくマミちゃんを授かり、それを契機に結婚。その後、第二子の大和くんも誕生し、四人家族に。大樹さんは営業職の契約社員で、帰宅も遅い。咲希さんはワンオペ育児が続いていた。夫の収入だけでは高いマンションの家賃代で生活が苦しく、一年前から咲希さんも大型スーパーでパートを始める。子どもたちは同じ保育園に入れず、自転車で前後ろに子どもを乗せ、二カ所の保育園に預ける毎日だった。マミちゃんの要領の悪さに咲希さんは強く叱責することも多く、日常的に叩くことがエスカレートする。

マミちゃんは、夕食をなかなか食べず、ぐずぐずしていることが多かった。そのたびに、生活リズムに厳しい咲希さんは、このままでは八時の就寝時間に間に合わないと、マミちゃんを厳しく叱責した。また食事の際にも、ゆっくり食べるマミちゃんをしばしば叱った。

その日もマミちゃんが食べ物で遊び始めたため、咲希さんが思わず拳(こぶし)で殴り、マミちゃんはその勢いで椅子が倒れ、額を床にぶつける。咲希さんはその後冷やすが顔面の腫れは大きくなり、マミちゃんは目をあけるのも難しい状況だった。

翌日、いつもどおり保育園に登園。保育士に我が子を預ける時、咲希さんは額の痣(あざ)顔面の傷のことには触れず、連絡帳には「ふざけていて顔面を打った」と書かれていた。保育士がマミちゃん本人に額の痣のことを確認すると、「ママがした」と言ったため、①園は児童相談所に通告した。それをきっかけに児童相談所が介入し、一時保護となる。その後児相の説得の上、施設入所となる。

自宅で屋内に立っているカット眉毛を持つ悲しい小さな男の子
写真=iStock.com/Halfpoint
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Halfpoint

■当初は「しつけ」と主張

大樹さんは児相での面接には同席するが、どこか他人ごとのようなそぶり。大樹さんの実家は他府県にあるが、交流はない様子。咲希さんの実家は隣のT市にある。しかし、咲希さんは父母には一時保護のことを黙っていてほしいと児童相談所の担当者に話す。

当初、咲希さんは自身の虐待行為を認めず、施設入所にも納得せず、児相に対しても、「私は虐待していません、しつけだ」と感情的に怒るばかりで話し合いが難航した。しかし、その後咲希さんと大樹さんとの面接が行われる中でマミちゃんの子育ての難しさを吐露するようになり、日常的に叩いていたことも明かし、入所に同意する。

マミちゃんが保護された後、咲希さんはどのような状態だったのでしょうか? 咲希さんから見える世界を以下の場面に焦点を当てて、想像してきます。

■信じていた保育所に通告されたショック

自分の子どもがある日、保護される。親にとって、それはどのような体験なのでしょうか。

保護する側の児童相談所の立場であった私にとっては、彼らの多くは「自分を正当化し、理不尽な引き取りの要求をしてくる人」、あるいは「子どもを見放し責任を放棄する人」、「表面的には児童相談所の方針に合わせているけれど、本意が見えない人」でした。

「傷ついた子ども」がそこにいるのに、子どもに寄り添う気持ちが見えないことに悲しくなったり、怒りの感情が湧いてくることもありました。一方、マミちゃんの母、咲希さんはどんな状態だったのでしょうか。

マミちゃんの怪我について、保育園から通告された時の咲希さんの感情
保育園の先生はいつも親切にしてくれると思っていた。「マミちゃんはなかなか大変な子だね。手がかかって、ママも苦労するね」と私の大変さもわかってくれていた。それなのに、あの日いきなり、児童相談所から連絡があった。
「身体に不明な傷があるから保護しました。保育園から連絡を受けて子どもさんを預かっています」と言われた。なんで保育園はまず私に話してくれなかったの? ひどい! 先生たちはこれまでずっと私が虐待したって疑ってたの?
あの子が食事中にふざけていたから、危ないと手を出しただけで、あの子がこけて、あんなに痣ができてしまって。打ち所が悪くてあんなことに。連絡帳にも書いていたはず。確かに叩いていたけど……。保育園の先生が児相に告げ口したことがショックすぎる。
これからどうなるん? マミはもう帰ってこんの? そして、なんで、私やねん。もっと、ひどい親いっぱいいるのに。児相に「危ない母だから預かる」みたいな言われ方をしたのが許せない。なんで、私は危ないの。あの子の食事も特別に作っていたのに。

誰が自分を「虐待者」として児相に通告したのかということは、咲希さんにとっては大きな問題です。自分が「虐待する親」として通告されたこと、まず、そのことに大きく傷つきました。自分が子どもを傷つける不適切なことをした事実を認める前に、保育園の先生が自分に確認する前に、児相に通告したことに対して、ショックを受け、怒りを覚えているのです。

■先が見えない不安

そして、咲希さんにはマミちゃんの突然の保護は、「この先どうなるのか」「いつ会えるのか」「自分はどうなるのか」など、今後の予測が全く見えてこないことでもありました。児相、一時保護も彼女にとっては未知の世界でした。彼女にとって見えないことは、恐怖でしかありません。ネットで検索すると、マイナスの情報ばかりが目に入り、よけいに不安になります。

この時の咲希さんの苦痛や恐れの中身
・知っている人に「虐待者」として通告された→「被害者意識」「不信感」
・自分は親失格だ→「自信喪失」
・この先どうなるのか、全く見えない→「不安と恐怖」

あまりの大きな出来事に、一人で抱えきれない様子が窺(うかが)えます。

■夫にも自分の両親にも頼れないワンオペ育児

「もし自分の親が、子どもが保護されたことを知ったら、何を言われるかわからない。この後、親とやっていけない。許してもらえない。ひどいことになる。絶対に知らせないでほしい」

咲希さんは児相担当者にこう訴えます。咲希さん以外にも、「子どもの保護がばれて、『お前、何やってるんだ!』と自分の親から罵倒された」といったことを訴える親御さんは珍しくありません。

咲希さんの父母は車で15分程の所で生活していますが、普段はあまり行き来がありません。父は現役で働く教育関係者です。自分の子どもが児童虐待を行った、となればとても許してもらえないことでしょう。咲希さんは「父親に知られてしまったら生きていけない」と訴えます。

通常ならば、子どもを保護されるような体験は人生最大のピンチです。しかし、その最大のピンチの時に、親に頼ることができないのです。頼るどころか、「不適切な自分」を知られることは恐怖でしかありません。

そして、最も頼れるはずのパートナーの夫は、育児に疲弊する咲希さんへの理解はありませんでした。マミちゃんに対しても「俺に全く似ていないよな。どんくさいのもお前そっくり。女の子なのに、肌カサカサで」などと言い、距離を感じます。父親似の弟の大和くんとの扱いも違います。今回のマミちゃんの保護についても、「しばらく離れて見てもらって、咲希もよかったんじゃないか」と、咲希さんの悲しみに寄り添う言葉をかけることはありませんでした。

うつ病のアジアの女性は、朝ベッドに座って悲しいと孤独な感じを持っています。
写真=iStock.com/Prompilove
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Prompilove

■保護により、一層孤独に陥る母親たち

このように、子どもが保護の対象になるという最大のピンチの時に、咲希さんは、以前より一層孤独になります。

「自分が保健師さんに相談の電話をしたために一時保護になったことを、夫や姑から『そんなはずかしいことを』と責められた。相談の電話なんてしなければよかった……」

というお母さんもいました。

このお母さんは子どもが保護された時、「お母さんもきっと大変だったんですね。これから子どもさんとのこと、一緒に考えていきましょうね。お母さんは一人ではありません」と泣いている自分をじっと見て、寄り添ってくれた児相の職員に、嘘ではない真剣さを感じました。そして、これまでの子どもとの過酷な日々と、夫のことについて相談したいと思っていました。

しかし、すぐに夫が、「お前はバカか。あいつらは仕事だから、お前に優しい言葉をかけるんだ。相談なんかしたら、よけいに子どもが帰ってこなくなる。子どものことは俺に任せておけ。お前は余計なことを言うな。そもそもお前が……」とお母さんを追い込みました。

それで彼女は、児相の職員に相談することができなくなってしまったのです。

また、家族だけでなく、子どもが保護されたことが親戚、近隣や職場の人に知られたことで、「皆の目が怖い、信頼を失った」と感じて、孤独を感じている人もいます。

この時の咲希さんの苦痛や恐れの中身
・一人でこの感情をどうやって抱えたらいいの? →「孤独感」

最大のピンチの時に頼れる人がいないという、「孤独感」を募らせていると考えられます。

■虐待親にとって子どもは自分とつながる唯一の存在

ピンチの時に自分の身内が頼れず、逆に責められてしまう。そして、今まで一緒にいたはずの子どもが目の前にいない。夫の大樹さんはマミちゃんがいなくなって咲希さんにとって良かったと言いますが、彼女にとっては大きな喪失です。

私もかつてインタビューを受けた時、「手をあげてしまうようなかわいくない子どもがいなくなって、親はせいせいしているのではないですか?」という質問を投げかけられたことがありましたが、答えは否です。マミちゃんの食事のケア、身体のケアを頑張ってこなしてきた咲希さんにとっては、マミちゃんがいなくなることは、彼女自身の日常の一部がなくなることと同じなのです。

マミちゃん用の薬箱を見ては涙が出ます。「あんなに腹を立てていた子なのに。自分にこんな感情があったなんて……」とつらくなります。同時に、あのまま一緒にいたら、もっと恐ろしいことをしていたかもしれないという、安堵の感情があるのも否定できません。日々気持ちは揺れ動きます。

家庭での母親の日常生活
写真=iStock.com/monzenmachi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monzenmachi

■喪失感から「絶望、怒り」へと変わっていく

突然の分離による喪失感の大きさは私たちの想像を超えます。社会とのつながりも希薄な親たちにとって、子どもの存在の大きさは計り知れません。

「自分にとって、この子が唯一の肉親。自分が頼れる人間そのもの。これまでこんなに大切な存在はいなかった。この子と離れるなんて、誰かにとられるなんて……。児相が憎い」
「病院で保護された時にベッドに残っていたわが子の髪の毛を持ち帰った。おかしくなりそうだった、それをずっと握りしめて泣いていた」
「二週間ほど、何も食べる気がしなかった。起き上がれなかった。でもこのままやったら、よけいに子どもが帰ってこないと思って、頑張って食べた。児相と戦うために……」

親たちのそれぞれの話からは、彼女たちが一人で薄暗い部屋の中で途方に暮れている姿が目に浮かぶようです。

この時の咲希さんの苦痛や恐れの中身
・自身の大切なもの、大切な日常を失った→「寂しさ」や「空虚感」
・何もする気が起きません→「絶望感」

どうやって立ち上がればいいのかわからない、動けない状態かもしれません。

■親として味わう大きな挫折感

このように、子どもを保護された親は、さまざまな体の不調(不眠、過労、食欲不振など)を来たすことも少なくありません。そして、最大の問題は心の不調です。「子どもを傷つけるという親として最大の失敗をしてしまった、大きな挫折をした自分」「人として認められない、許されない」という自己否定の感情が湧き上がるのです。

混乱、怒り、挫折、裏切り、不信感、パニック、落胆、困惑……。

これらのさまざまな感情が混在して、どうしたらいいのかわかりません。まるで頭がフリーズしてしまったかのようです。子どもを保護された時の記憶が思い出せない、と言われる方もいます。

■怒りや無視は自分を守る「防衛反応」

宮口智恵『虐待したことを否定する親たち』(PHP新書)
宮口智恵『虐待したことを否定する親たち』(PHP新書)

咲希さんの場合は、「勝手に連れて行くなんて、ひどい! 早く返してほしい」と戦闘モードになり、児相担当者を怒鳴りつけました。それに対して担当者は「私は判断できません。お伺いしたことを、児童相談所として検討してまた連絡します」と返答。それが「事務的な役所言葉」に聞こえ、自分の訴えが全く届いていないように感じ、彼女の怒りはよりヒートアップします。

また、別の親は、保護という最大の危機の状態で、児相から電話がかかってきた時、その着信番号を見て、電話に出ることがどうしてもできなかったといいます。電話に出なければいけないと思うのですが、また何か間違ったことを言って取返しのつかないことになったらと怖くなり、そのままスルーすることを繰り返してしまった。気づけば、現実から逃げてしまっていたのです。

このように、保護というストレスフルで想定外の事態から自身を守るために、親にはさまざまな防衛反応(闘う・逃げる・固まる)が起こります。

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宮口 智恵(みやぐち・ともえ)
認定NPO法人 チャイルド・リソース・センター代表
神戸大学大学院総合人間科学研究科前期博士課程修了。児童相談所で勤務後、2007年にチャイルド・リソース・センターを設立。21年より認定NPO法人。同法人は設立時より、児童相談所の委託を受け、虐待などの育児に困難を抱える親とその子どもに「親子関係再構築プログラム」を提供している。日本初の取り組みであり、これまで250組以上の親子にプログラムを提供。著書に『虐待する親への支援と家族再統合』(共著、明石書店)。

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(認定NPO法人 チャイルド・リソース・センター代表 宮口 智恵)

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