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なぜ認知症患者は「財布のカネを盗られた」と怒るのか…泥棒扱いされる人に共通する意外なポイント

プレジデントオンライン / 2023年2月24日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

認知症の患者は、身の回りのものを誰かに盗まれたと訴える「物盗られ妄想」を抱くことがある。理学療法士の川畑智さんは「初期によくある症状のひとつだが、過ちを許してくれる人や信頼している人しか疑われない。周囲の人は、本気で腹を立てたり言い返したりせず、できる限り心に余裕を持って接することが大切だ」という――。

※本稿は、川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)の一部を再編集したものです。

■認知症の初期症状「物盗られ妄想」

身の回りのものが見つからないとき、誰かに盗られたのではないかと思い込んでしまうことがある。

これは認知症の初期によくある症状の一つで、「物盗られ妄想」という。自分が認知症だと思いたくなかったり、家族に迷惑をかけたくないあまり、自分のものは自分で管理をしなければと頑張ったり、そうした中で、自分がしまった場所を忘れてしまうことが原因で起きてしまう。

認知症でなかったとしても、あるべきところから大切なものがなくなれば、誰しも不安になってしまうに違いない。例えば、出かけている最中に、さっきまであった財布がカバンの中からなくなっていたとしたら? どんな人でも盗まれたと思ってしまうのではないだろうか。認知症の方は、それが日常的に起きやすい状態であるということを覚えておいてほしい。

ある日、フランス在住の平井さんから、SOSのメールが届いた。日本の実家に住んでいる認知症の母と、その介護をしている妹との喧嘩が絶えず心配だ、という相談内容だった。メールによると、妹さんの疲弊がもう限界まできていて、平井さんは見ていられないらしい。そこで、フランスの平井さんと、神戸に住んでいる妹さん、そして熊本にいる私との3人をオンラインでつないで、一度話をすることにした。文面だけでは状況が分からないことがあるのはもちろんのこと、私自身も伝えきれないことがたくさんあるからだ。

■認知症の母とのケンカが絶えず、疲弊が限界に…

平井さんからのメールでの前情報では、平井さん一家は貿易商を営んでいるそうだ。平井さんはフランスで商品の買い付けや管理を行い、そして妹さんは経理面で家業をサポートしている。

お母さんは、1年ほど前から認知症を患い、現在では経営の第一線から退いたのだが、それ以来、お母さんの身の回りのことは妹さんが見るようになった。そして今回、妹さんがもう耐えられないとお姉さんに泣きついたのだ。

お母さんは、わざわざ海外から化粧品を取り寄せるくらい化粧が好きで、ドレッサーの前には、日本では決して買うことのできないたくさんの化粧品が並んでいるという。ことあるごとに妹さんはお母さんから、「ファンデーションが見当たらないんやけど、あんた使ったやろ?」とか、「財布のお金、あんた盗ったでしょ」とか、全く身に覚えのない疑いをかけられる。

勝ち気な性格の妹さんは、「お母さんの化粧品なんて使うわけないじゃない! 勘違いしないでよ!」と応戦してしまうものだから、そのたびに喧嘩になってしまい、今では精神的にかなり追い込まれているようだ。

■物盗られ妄想のターゲットになりやすい人の特徴

オンラインで初めて平井さん姉妹と顔を合わせたのだが、確かに妹さんを見ると、肌艶が良くなかったり、髪の毛がボサボサだったりと、画面越しではあるが、日頃の介護の疲れが見て取れる。下手すると5歳離れたお姉さんの方が、若く見られるのではないだろうか。

「母は、昔から私のことが嫌いだったんです。だから言いがかりばかりつけてくるんでしょうね。週に1度来てくれるヘルパーさんに対しては、外面の良さを発揮して、ニコニコするばかりで全く疑いもしません。本当に、私に対してだけそういったいやがらせをしてくるんです」と言いながら、妹さんは必死に涙を堪えている様子だった。

私は少し迷ったが、物盗られ妄想のターゲットになりやすい人の特徴を正直に話すことにした。

「実は、認知症の方がそうやって誰かのせいにしてしまうときというのは、それが間違っていたときに許してくれる人にしか疑いをかけないものなんです。裏を返せば、お母さんは、あなたのことをとても大切に思っているんですよ」と切り出したのだが、妹さんはすぐには私の言葉の意味を飲み込めない様子だった。

■言葉の裏側に隠れている思い

「つまりですね、私のものを盗ったでしょという言葉の裏側には、『間違っていたらごめんね』という意味が含まれているんです。つまり、あなたのことをとても信頼している、とお母さんは伝えたいんですよ」と、混乱している妹さんに理解してもらえるよう、なるべく分かりやすい言葉を選んで伝えてみた。「だから週に1度しか来ないヘルパーさんよりも、毎日近くで介護をしてくれている妹さんを信頼するのは、お母さんにとって自然なことなんですよね」と口にしたその瞬間、妹さんの瞳のダムは、ついに決壊してしまった。

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写真=iStock.com/Chaay_Tee
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chaay_Tee

私は、妹さんにその涙の理由を尋ねてみた。

「いつも母は、お姉ちゃんばかり可愛がっていたんです。フランスで色んな商品を見つけたり、向こうの企業との橋渡しをしたり、そんなふうに頑張っているお姉ちゃんを見て、『お姉ちゃんに比べて、あんたほんまに何もできへん子やね』と文句ばかり言われていたんです。二人きりの姉妹ですので、母には昔から何かにつけてお姉ちゃんと比べられていました」と、こぼれ落ちる涙を拭うことも忘れて、これまでのことを教えてくれた。

■子育てをしているような感覚で母と向き合う

「だから、母から嫌われていることはあっても、まさか信頼されているなんて思いもしませんでした。今までいやがらせばかりしてくると思っていたけれど、私はその考えを変えなければいけませんね」と気づいてくれた。そんな妹さんを見て、「お母さん、私の前ではあなたのこと、仕事も介護もようやってくれているって褒めとったよ。直接は言いづらいから、私に言ってたんやね。なんだかお母さん、子どもみたいやわ」と平井さんはにこやかに言った。

それから2カ月後、私たちは再びオンライン上で集った。「この間のお姉ちゃんの言葉のおかげで、子育てをしているような感覚で、母と向き合えるようになりました。結婚もまだしてないんですけどね」と苦笑いしながら、そう話す妹さんの表情は、前回とは比べ物にならないくらい穏やかになっている。「子どもが甘えていると思うと、なんだか全て可愛く見えてきたんです。ちょっと不機嫌なときも癇癪を起こしているんだなと思えるようになりました」と、心の余裕が徐々に出てきたようだった。聞けば、ヘルパーさんに週2回来てもらうことにより、妹さんの物理的な負担が以前に比べて減ったそうだ。

■親と子の関係が逆転していくことを受け入れられるか

「そしたらこの間、ヘルパーさんまで疑うようになってしまって。けどヘルパーさんは慣れたもので、上手に対応していましたね」と妹さんは笑っていた。お母さんにとっては、心許せる人が増えたというわけである。私は安心して、このミーティングを終えた。平井さん家族は、きっとこのあとに起こる困難も、家族で力を合わせて、乗り越えていってくれることだろう。

川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)
川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)

過ちを許してくれる人こそ、信頼している人こそ、物取られ妄想の対象になりやすい。それには疑われる対象者が安堵・安心の要であることを理解して、私たちは接する必要がある。もし、疑われたことに対して腹を立て、本気で言い返しても何の意味もない。

介護とは親と子の関係が逆転していくことを、どれだけ受け入れられるかどうかにかかっていると私は思う。つまり、介護というのは、子育てと同じくらい尊いものであるべきなのだ。何かがなくなったとき、できる限り心に余裕を持ち、一緒に探してほしい。宝物を探す子どもを、見守る親のように。

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川畑 智(かわばた・さとし)
理学療法士
株式会社Re学(りがく)代表取締役。2002年、熊本リハビリテーション学院卒業後、国家資格「理学療法士」を取得。急性期・回復期・維持期のリハビリに携わる。病院・施設勤務の経験と、地域づくりやまちづくりや社会福祉協議会勤務の経験を活かし、水俣病暴露地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年、株式会社Re学(りがく)を設立。熊本県を拠点に、病院・施設における認知症予防や認知症ケアの実践に取り組むと共に、国内外における地域福祉政策に携わる。

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(理学療法士 川畑 智)

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