NHK大河ドラマの信長像とはまったく違う…家臣の裏切りに対し絶対君主・織田信長がとった史実の行動
プレジデントオンライン / 2023年2月19日 14時15分
■NHK大河で強烈な印象を残した岡田准一の信長
今年のNHK大河ドラマ「どうする家康」において、信長の攻撃的な言動が話題になりました。
岡田准一さんが演じる織田信長は、桶狭間の戦いで今川義元を破った際、その首をぶら下げた槍を、敵陣めがけて投げ付けるという挙に出ています。
今川方の部将だった徳川家康(演・松本潤さん)のもとに迫る信長。それを知った家康は「あの男はまともではない! あれはケダモノじゃ。飢えた狼じゃ」と身体を震わせて、信長のことを恐怖するのでした。
「待ってろよ、竹千代(家康の幼名)。俺の白兎」と馬を走らせ、不敵な笑みを浮かべる信長。「どうする家康」の初回にして、早くも信長は迫力と狂気に満ちた「覇王」との印象を視聴者に与えたのでした。ちなみに「俺の白兎」というワードは、ツイッター上でもトレンド入りをするほどの反響を呼びました。
思えば、1996年に放送された大河ドラマ「秀吉」でも、渡哲也さんが演じる信長は、テレビ画面を通してでも、その迫力と威厳に圧倒されたことを今でもよく覚えています。
■史料に残されている意外な姿
信長の性格を象徴する話として、比叡山焼き討ち(1571年)があります。
越前の朝倉氏、近江の浅井氏に加担する比叡山延暦寺を敵とみなした信長は、一堂一宇余さず、焼き払い、さらには、逃げ惑う山下の老若男女。彼彼女らが逃げ込んだ先にも、信長軍は攻め入り、僧俗・児童を捕らえ、首を刎ねたと伝わります(『信長公記』)。
数えきれぬ女性や子供らも信長の前に引き据えられてきました。
「悪僧は首を刎ねられても仕方ありませんが、我々は違います。命ばかりはお助けください」と哀願する人々。しかし、信長は命乞いを許さず、首を刎ねよと命じたのでした。数千の死体が辺りに散乱していたと言われます。
宣教師ルイス・フロイスも『日本史』において、「彼(信長)は日本のすべての王侯を軽蔑し、下僚に対するように肩の上から彼らに話をした。そして人々は彼に絶対君主に対するように服従した」と記しています。
そうしたことから、これまでのドラマや小説において、周りから畏怖されるような恐ろしい存在として描かれるのは当然だとは思います。
ただ、史料を読み込むと、そうした姿とは真逆の意外な信長像が浮かんでくるのです。
■裏切り情報を信じようとしない
1570年、越前の朝倉義景を討伐するため、信長は軍勢を進めました。その途上、驚くべき情報が舞い込みます。信長の妹・お市を嫁がせていた北近江の浅井長政が、朝倉方に寝返ったというのです。このままでは挟み撃ちにされてしまいます。
浅井の裏切り情報は、次々に信長のもとに届けられました。一般的な信長のイメージならば「何っ!」と怒って、家臣に八つ当たりをしたりして、その後、すぐに退却しそうですが、現実はそうではありませんでした。
まず、浅井の裏切り情報を信じようとしなかったのです。浅井長政には、北近江の支配を任せてあるし、縁者でもある。何ら不満・不足はないはずである。そう思って、すぐに撤退しようとはしなかったのです。
が、その後も、続々と裏切り情報が寄せられたことから「是非に及ばず」(仕方ない)としてやっと退却を決意したのでした。謀反と聞いても、すぐに信じようとしない信長。一件だけなら「偶然か」と思うかもしれませんが、他にもまだあるのです。
1577年、大和を本拠地とする家臣・松永久秀が謀反した時、信長は「どのような事情があるのか。思うことを申せば、望みを叶えてやろうではないか」(『信長公記』)と述べたのです。
![太平記英勇伝:十四、松永弾正久秀(写真=東京都立図書館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/b/1200wm/img_cbc700456ad16e15f217a422e72578f12078509.jpg)
わざわざ使者を派遣して、松永に機会を与えていますが、松永はそれに応じることはありませんでした。
■「物わかりのいい上司」として
1578年、今度は摂津国の荒木村重が「逆心を抱いている」との情報が入ってきます。ここでもまた、信長は荒木の謀反情報を事実ではないと思ったようです。そればかりか「何か、不満でもあるのだろうか。荒木が考えることがあるなら聞いてやろう」ということで、荒木村重のもとに使者を派遣するのです(『信長公記』)。
使者に対し、荒木は「野心は少しもありません」と返答。使者から、この事を聞いた信長は大喜び。しかし、現実には荒木は謀反心を抱き、程なく挙兵します。
一般的な「信長イメージ」ならば、味方の裏切りに激怒し「一気に松永、荒木を攻め潰せ」などと言いそうです。ところがそうではなく、まずは家臣に調停を命じているのです。味方と争わず、穏便に収めることを信長は願ったのでした。結果として、両者は主君の思いを受け取ることはありませんでした。
このように、信長は何度も裏切られていますが、容易にそれを信じようとはしていませんし、「不満があるなら聞いてやろう」と「謀反人」に対し、温かく接しようとしています。怖い上司ではなく、物わかりの良い上司、そういった感じです。信長は「魔王」とまで言われることがありますが、前掲の逸話を総合すれば、まるで「菩薩」でしょう。
■「是非に及ばず」の本当の意味
その姿勢は死を迎えるまで続いたのかもしれません。
1582年、本能寺の変で、1万を超す軍勢に囲まれた信長は「如何なる者の仕業か」と周囲に尋ねます。家臣の「明智の手の者と思われます」との返答に「是非に及ばず」と述べたと伝えられています
「物わかりのいい上司」としての信長の姿を知ると、「是非に及ばず」という言葉の意味も少し変わってくるように思います。死に対する達観と併せて、部下を説得できなかったことへのどうしようもなさを口にしたのかもしれません。
ちなみに、江戸時代初期の旗本・大久保彦左衛門の『三河物語』にも本能寺の変の記述があるのですが、軍勢が本能寺を包囲した時、信長は「城の介の裏切りか」と言い放ったようです。城の介とは、織田信忠。信長の子でその後継者でした。その時、京都にいました。
■感情ではなく論理を優先する
幾度もあった家臣や味方の裏切りに対し、怒りをぶつけるのではなく、まずは話を聞こうという姿勢を貫いてきた信長。その時の心理とはどのようなものだったのでしょうか。
考えるに、無駄な争いは避けたいという心があったと思います。家臣や味方の不満や要望に応えて、それで余計な戦をしなくて済むならば、それが一番と考えていたように推測します。
戦をするということは、兵糧も必要であるし、人的被害が出る可能性が高い。争って双方に被害を出すことは敵を利することであり、なにより敵対勢力との抗争に戦力を投入した方が良いとの考えが信長にあったのではないかと思います。
感情ではなく論理的に物事を考える。考えてみれば、信長は出自を問わず優秀な部下を抜擢、出世させていました。
■人間臭いエピソード
とはいえ、短気な面もやはりありました。
徳川家康を安土城下に招いて(1582年)、能見物をした際、演じた梅若大夫が不出来だと言うことで、とても怒ったようです(『信長公記』)。別の者(幸若大夫)に舞を演じさせて、その出来が良かったことで、機嫌は直り、幸若大夫には黄金10枚が下されます。
梅若大夫には、能の出来が悪かったので「褒美などやりたくない」と感じたようですが、黄金を出し惜しみしていると、世間の評判となっても恥ずかしいと思い、梅若にも黄金10枚をやるのでした。
このように、信長は世間の目(評判)というものも気にする人だったのです。
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作家
1983年生まれ、兵庫県相生市出身。歴史学者、作家、評論家。姫路日ノ本短期大学・姫路獨協大学講師を経て、現在は大阪観光大学観光学研究所客員研究員。著書に『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『超口語訳 方丈記』(彩図社文庫)、『日本人はこうして戦争をしてきた』(青林堂)、『昔とはここまで違う!歴史教科書の新常識』(彩図社)など。近著は『北条義時 鎌倉幕府を乗っ取った武将の真実』(星海社新書)。
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(作家 濱田 浩一郎)
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