あなたの理解力が足りないからではない…「他人のことがわからない」と悩む人への養老先生のアドバイス
プレジデントオンライン / 2023年3月1日 10時15分
※本稿は、養老孟司『ものがわかるということ』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■「他人の全部をわかろう」とするから辛くなる
人間関係の悩みについてよく聞きます。他人が自分を理解してくれない。あるいは他人のことがよくわからない。それで多くの人が悩んでいるようです。
なぜ、相手のことを理解しなければいけないのか。理解できなくても、衝突しなければいいだけです。相手の言うことを一から十まで理解しなくたって、ぶつかることは避けられます。ポイントは、相手が出しているサインのようなものを察知することです。「いまは話しかけないほうがいいな」とか「ここで近寄るのはまずいな」とか、地雷さえ踏まなければ衝突しなくて済む。
本当に他人をわかろうなんて思ったら、大変なことになります。むしろわからないままのほうが折り合いをつけやすい。別にこちらが全部わからないからといって、相手が自分を憎むわけじゃありません。人はそんなにおかしなことはしない。話している相手が「俺に対する理解が足りない!」と叫んで、殴りかかかってくることはありません。
全部をわかろうとするから悩んでしまうのであって、大半はわからなくても当然と思えば楽になります。
■ネコが苦手な人にネコを語っても伝わらない
相手のことがわからないのは、なにもあなたの理解力が足りないからじゃありません。たいていの場合、前提が違うからです。前提が違う人にいくら言葉を投げても、相手に刺さるはずがない。前提の違う話をされると、人は当惑します。
ネコが苦手な人に、ネコの面白さを延々と語ってもまったく伝わらない。こんなに一生懸命話しているのに、なぜわかってくれないのか。ネコに関する前提が根本的に違うんだから当たり前です。
「理解する」とか「わかる」と言うと、みんな「意味」と結びつけて考えがちです。相手が不可解なことを言うと、「これはどういう意味だろう」と勘ぐり出す。そうやって人はみんな意味を求めるでしょう。ところが世の中を見れば、実は意味のないもののほうが大きな割合を占めています。部屋の中に変な虫がいたら、それは人にとっては意味がない存在ですが、いるんだから仕方ない。山には石がゴロゴロしています。意味などなくても、自然には石があります。
■「意味のあるもの」に振り回される人たち
ところが、いまの世の中は意味のあるものしか価値がないと思っている。すべてが意味に直結する社会を情報化社会と言います。意味のないものを全部なくした一つの象徴が、会社の無機質な会議室です。あそこには意味のあるものしかありません。机と椅子とホワイトボードで、せいぜい花が飾ってある程度です。それと対照的なのが、山とか森です。自然の中にあるのは、都市文化にとっては意味のない無駄なものばかりですから。
会議室のような場所ばかりで過ごしていたら、感受性が鈍ります。いまの学校の子どもを見たらわかる。無意味なものは置かず、教室が一つのオフィスのようになっています。マンションの自宅から学校まで往復しているだけなら、完全に世界が閉じられる。感覚が劣化するのも当たり前です。
人間なんかいなくたって、自然は成り立っています。でも都会は人間しか関わらない生活をつくっている。他のものは余分だからという理由で全部を排除してしまう。
脳も世の中と同じです。つまり、脳の大部分は無意識という「意味のない部分」が占めていて、意識なんて氷山の一角です。
ところがほとんどの人は、自分の意識が脳や身体のすべてを支配していると思っています。意識は意味を求めたがる。それでわかるとか、わからないと言って悩んでいる。
■「自分で自分をコントロールできる」は驕り
そもそも意識がすべてをコントロールできると考えるのが間違いです。朝、目が覚めるのもひとりでに覚めるのであって、意識的に覚めてるわけじゃないでしょう。
コップで水を飲むときも、意識は飲みたいから飲んだと思っている。脳が「こうしよう」と思ってから、その後に行動すると考えている人が多いですけれど、逆です。脳を測ってみると、まず水を飲むほうにはっきりと動き出して、そのコンマ何秒後かに「水を飲もう」という意識が起きています。意識は脳がその方向に向かって動いた後から遅れて出てくる。だから、科学的に言っても、人は自分の意図で何かをしているかというと、必ずしもそうじゃありません。
そういうことを無視して、わかるとかわからないとか言っても、それは意識の一番上澄みの部分だけの話をしているにすぎません。その下には膨大な無意識や無意味が隠れている。無意識や無意味なんて、お互いにわかるはずがない。上澄みだけを見て意味を求めるから、「通じるはずだ」と思ってしまっているわけです。
だから私は「人間はもっと謙虚になれ」といつも言います。自分の行動は、すべて自分でコントロールできていると思っている。そんなものは驕(おご)りです。
■人つき合いは「前提が違うこと」を前提にする
先ほど、前提が違うと話が通じないと書きました。でも、前提が違うことを前提にすれば、つき合うハードルは下がります。
たとえば東京で暮らしている人と、地方で生まれ育った人では、なかなか話が通じないかもしれません。でも「住んでいるところが違うから仕方ない」ということを前提にすれば、つき合うハードルが下がります。
これがもし家族になると、お互いの「わかってほしい」度合いがぐっと上がってくるから、「どうしてこの程度のこともわかってくれないんだ」と、相手に理解を求めることになります。私も昔はそうでした。夫婦みたいに非常に距離が近い関係だと、ちょっと意見が食い違っているだけで、「なんでわからないんだ」と、相手の意見を直したくなる。それで何時間も大ゲンカをしたこともあります。
そういう議論を繰り返してわかることは、「ほんの少しのことでも、相手の意見を変えさせることは難しい」ということです。
■「なんとなく」のコミュニケーションでいい
外国のいいところは、通じないという前提から始まることです。これは楽です。どうやったら人と通じ合えるかなんて、悩む必要がない。しかも通じなくていいやと割り切ると、不思議なことになんとなく通じるのです。こちらのたどたどしい外国語をわかろうとしてくれる人はたいてい親切な人です。だから外国語は下手でいい。下手だと相手も一生懸命に理解しようとしてくれます。
日本にいても同じようにすればいい。いつも私は別に伝わらなくてもいいと思って喋っています。私が書いた本を読んだ人から、「先生、なんかぶつぶつ言っていますね」と言われたことがあります。この「ぶつぶつ」が面白いと。私の文章は、理屈や論理がすっと通っているわけじゃありません。あちこちよそ見をしたり、寄り道をしている。そうすると「ぶつぶつ」になるんです。
でも、ぶつぶつ言っていると、それを読む人は適当に解釈して受け取ってくれます。日常のコミュニケーションもそのくらい、いい加減でいいんです。
日本文化の連歌とも似ています。連歌では何人もの人が、句を次々と詠み継いでいきますが、厳密な論理でつないでいるわけじゃありません。どんな句が詠み継がれるかは、その場の空気や雰囲気しだいです。日本にはそういう娯楽の伝統がありました。その意味では、日本人はそういう「なんとなく」のコミュニケーションが上手だったはずです。
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解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)など多数。
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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司)
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