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錦鯉、バイきんぐ、ザコシ…「芸人の墓場」だったSMAが次々とチャンピオンを出す最強事務所に激変した理由

プレジデントオンライン / 2023年2月25日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wir0man

バイきんぐ、錦鯉、ハリウッドザコシショウなど、多くの人気芸人が所属する芸能事務所ソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)。しかし、かつては「芸人の墓場」と呼ばれていたこともあった。なぜ変わったのか。チーフマネージャーの平井精一さんは「50席ほどの自社ライブハウスの存在が大きかった」という――。

※本稿は、平井精一『「芸人の墓場」と言われた事務所から「お笑い三冠王者」を生んだ弱者の戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。

■数の多さで他事務所に対抗しようと芸人を増やしていた

2007年、豊島区要町に「Beach V(びーちぶ)」というライブハウスが誕生しました。都心から少々離れた千川駅に近い、50席ほどの小さなライブハウスです。

このBeach V、当初は稽古場になる予定でした。

SMAお笑い部門のスタンスは「来るもの拒まず」。少数精鋭の他事務所に芸人の数の多さで対抗しようと、どんどん人を増やしていました。最初は事務所の会議室を借りてネタ見せをしていましたが、いろんな芸人がいるのでトラブルが起きます。借りた稽古場のペンを持ち帰ってしまうような、小さな問題がたくさん起きました。

そこで、コウメ太夫やヒライケンジなどヒット芸人が生まれたこともあり、「そろそろ稽古場を作ろうか」という話が出てきました。

でも、ふと思ったのです。当時のコウメ太夫らが出演していた『エンタの神様』が終わったら、そのままテレビ露出自体が無くなってしまうのではないかと。収入が止まった場合、仮にライブハウスの家賃が月50万円だとしたら、年間で600万円の赤字を垂れ流すことになります。

■先行投資の重要性を知っているからライブハウスを持った

せっかく軌道に乗り始めたのだから、赤字を出すことは避けたい。

そこで、お金を生み出せる可能性のあるライブハウスを作ることにしました。土日は事務所ライブを開催してお客さんからチケット代をいただく。平日は芸人に安く貸し出せば、家賃分くらいはペイできるのでは? そう考えたのです。

どこの事務所も「ライブハウスが欲しい」と思ってはいるでしょうが、なかなか踏み出すことはできません。

この点、SMAが先行投資に理解のある会社だったことが、良いほうに転びました。ミュージシャンを売り出すとき、最初に大事になるのが宣伝費です。まずたくさんの人に知ってもらうことが大切で、元を取るのはその後……そういう感覚を持つ事務所だったからこそ、私たちも場所作りに先行投資ができました。

■事務所ライブの前に必ず「ネタ見せ」をやる理由

Beach Vは「芸人の個性を引っ張り出し、自分では気付かなかった魅力を再確認」する場であることを大切にしています。そのために、事務所ライブでは必ず「新ネタ」を披露してもらいます。

また、事務所ライブで新ネタを出す前に必ず「ネタ見せ」をして、作家やほかの芸人に意見をもらうようにしています。芸人は表現者であるが故に、自分がやりたいだけのネタ、好き勝手にネタを作っても、お客さんには伝わりません。そうではなく、芸人がネタを準備・披露・反省ができる仕組みを作ったのです。

芸人同士でダメ出しをする文化については、2022年の『キングオブコント』で3位だった「や団」の「本間キッド」が次のように言っていました。

「SMAのダメ出し文化を作ったのは、ピン芸人の『野田ちゃん』さんです。

野田さんいわく『芸人にダメ出しをお願いすると芸人の習性的に、面白くないと思われたくないので、良い答えをくれる』そう。この野田さんの気付きが、SMAのダメ出し文化に繋がっている気がします」

また、ピン芸人の「ホットパンツしおり」も次のように言っています。

「SMAには、先輩後輩関係なくダメ出しをし合う文化があります。ほかの事務所にいたときは、先輩にネタの感想を求められてダメ出しをすると、怒られました。先輩は、褒めるだけの感想が欲しかったみたいです。SMAは、先輩だとしてもダメ出しを受け入れてくれるのが良いところだと思います」

■自分たちだけの狭い世界でネタを作らない

Beach Vは、新ネタを生み出すチャレンジの場所。ネタを育てる作業は、外のライブでやってくれ。芸人にはそう伝え続けています。Beach Vは、ネタを磨くのではなく「芸の幅を広げる」ための場所なのです。

ステージ上のマイク
写真=iStock.com/ArtEvent ET
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ArtEvent ET

また、「同じことをやり続けるな」ということも伝えています。具体的には「同じことをやったら、もう次は出さんぞ!」と言っています。そのため、例えば、漫才をやっているコンビがコントをやってみる、ボケとツッコミを逆にしてみる、女装をしてみる、などの工夫が生まれます。ちなみに、90年代後半は『オンエアバトル』(NHK)・『エンタの神様』(日本テレビ系)・『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ系)などのヒット番組に出演すれば、人生が変わるチャンスがありました。ならば、ネタ作りもヒット番組に当てはめるネタ作りを目指さないと、芸人としての近道に進めません。

これでうまくいったのが、バイきんぐです。今では小峠がツッコミ・西村がボケという構図がお馴染みですが、元々は役割が逆でした。

芸人は、第三者に「面白い」と思ってもらえるかどうかが大切な世界です。自分たちだけの狭い世界でネタを作るのではなく、第三者の意見を反映し、変えていくことがブレイクへの近道です。

■5年後、10年後も生き残り続けるために新ネタを作る

テレビでネタがウケたとしても、流行り廃りがあります。同じ切り口でネタをやり続けても、いつしか飽きられてしまうものです。

同じことばかりやっていたら、ネタの流行が過ぎたときに芸人もろともテレビから消えることになります。5年後、10年後にも残り続けるために、新ネタを作りチャレンジし続ける必要があるのです。

安価で気兼ねなく使える常設のライブハウスがあることは芸人には大きなメリットがあります。

ピン芸人の「ジャック豆山」は次のように言っています。

「私は今46歳で、まったく売れていません。でも、芸人を続けられています。なぜなら、Beach Vという小屋があるから。ここでは、SMAの芸人であれば誰でも主催ライブを開くことができるのです。

Beach Vでは、芸人同士でネタのダメ出しをし合うのはもちろん、別劇場でも、同じライブに出演しているとSMA芸人同士でダメ出しをし合います。こういう雰囲気は、ほかの事務所には無いと思います。

同じ事務所に所属していても、芸人はライバル同士。ダメ出しは『敵に塩を送る』ことになるので、あまり積極的にやらないと聞きます。所属芸人同士でネタの話をこんなにする事務所は、ほかに無いと思います」

■新ネタを作らない芸人は事務所に残れない

同じく「SAKURAI」もこう言います。

「ライブが行われていない昼間の時間帯も、芸人はBeach Vに集まります。単独ライブに向けた準備をしたり、ネタ合わせをしたりできるからです。誰かがいれば、ネタを見せ合ってダメ出しをし合います。

ライブがある時間帯にBeach Vにいると、出演者ではなくても『お前も出る?』と急遽出演させてもらえることもあります。流れでついでにライブに出られるのは、他事務所ではあまり無いことなのではないでしょうか」

「来るもの拒まず」のSMAお笑い部門ですが、だからと言って甘い事務所ではありません。去るもの追わずというスタンスなので、辞めていく芸人を引き留めることもしません。犯罪以外はなにをしてもクビにしませんし、なによりも情熱を重視します。ですが、いくら言っても新ネタを作らない芸人は残しません。

常に新ネタを作り続け、新しいことにチャレンジし、第三者の意見を受け入れて変わっていく。それをできる芸人だけが、売れると感じています。

■「三冠」より売れる芸人を一人でも増やすほうが重要

錦鯉が2021年の『M-1グランプリ』で優勝して、SMAは「吉本以外で初めて三冠(『M-1グランプリ』『キングオブコント』『R-1グランプリ』)を獲った事務所」と称賛されることが増えました。

2012年の『キングオブコント』でバイきんぐが優勝。『R-1グランプリ(当時「R-1ぐらんぷり」)』では、2016年にハリウッドザコシショウ、2017年にアキラ100%が優勝しました。最近では、優勝こそ逃したものの、2022年の『キングオブコント』でや団が3位になりました。

「芸人の墓場とまで言われたSMAが、すごい成果を出した」と言われるのですが、これまで三冠獲得を意識したことはありません。

三冠を獲れたこと自体は、もちろん嬉しいです。しかし、私にとっては三冠を獲ることより「一人でも売れる芸人を出す」ことのほうが重要な課題です。

60歳で定年退職すると仮定すれば、私がSMAにいられるのはあと5年ほど。2004年末にSMAお笑い部門を立ち上げたので、約24年、SMAの芸人と歩むことになります。

「同じ釜の飯を食った仲間」とでも言うのでしょうか。泥水をすすりながらライブに出続ける姿を近くで見ているからこそ、そのうちの一人でも多くの芸人に売れてほしい。三冠という栄光は、目指して掴み取ったものではなく、あとから付いてきたものなのです。

■売れるための型にハマろうとする芸人は売れない

平井精一『「芸人の墓場」と言われた事務所から「お笑い三冠王者」を生んだ弱者の戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)
平井精一『「芸人の墓場」と言われた事務所から「お笑い三冠王者」を生んだ弱者の戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)

「三冠を獲りたい」という型にハマってしまうと、それ以上の結果を出すことはできません。

頑張ってやり続ければ、結果が出たときにまわりが評価してくれる。そういうスタンスでいるほうが、最終的に良い結果に繋がると感じています。

芸人にも同じことが言えます。

よく、芸人から「キャラを付けたほうが良いですか」「どういう漫才をやったらいいですか」と聞かれます。でも、そうやって「売れるための型」にハマろうとする芸人は、売れないと私は考えています。

■「まずは好きなこと、面白いと思うことをしてみよう」

「最初から型にはめようとするのではなく、まずは好きなこと、自分が面白いと思うことをしてみようよ」と私は言います。くわえて「それに対して意見をもらって変えていくほうが、ストレスなくうまくいくよ」と言うようにしています。

個性的な芸名や衣装は、もちろんそれ自体を否定するものではありませんが(実際、SMAでもたくさんいます)、狙って付けた場合には、最初は良いかもしれませんが、後々自分の首を絞めることになるし、いろんなネタができなくなってしまうのです。

自分を型にはめることなくただ愚直に、実力を確実に付けていくこと。

お笑いでもそれが成功の秘訣(ひけつ)だと私は思います。

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平井 精一(ひらい・せいいち)
ソニー・ミュージックアーティスツ マネージャー
1968年千葉県生まれ。大学卒業後、渡辺プロダクション(現:ワタナベエンターテインメント)に入社。ホンジャマカ、ふかわりょう、TIMほか多くの芸人を担当する。1998年、SMA(ソニー・ミュージックアーティスツ)入社。2007年には専用劇場「千川 Beach V」を立ち上げ、チーフマネージャーとして若手芸人の育成に尽力する。

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(ソニー・ミュージックアーティスツ マネージャー 平井 精一)

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