48歳契約社員の女性が"独身でボロ家住まいの猫ババア"と思われても、「保護猫活動はやめられない」と話すワケ
プレジデントオンライン / 2023年2月21日 9時15分
※本稿は、沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■「父の暴力、母の家出」トラウマから保護猫活動へ
問題意識を抱えること、誰かを助けようとすることから、沼が広がることもある。
都内のメーカーで契約社員をしている美代さん(48歳)は、8年前に保護猫活動に心血を注いでいた当時を振り返る。
現在は猫を8匹飼っているが、一時期は20匹以上いたという。美代さんのように、保護猫活動にのめり込む人は多い。美代さんの場合、その背景には幼少期のトラウマがある。
「幼いころから動物を飼いたかったのですが、親が厳しくてダメだったんです。特に父が動物に対して憎しみを持っていました。捨て猫が入っていた箱を、川に投げ入れたり、散歩中の犬を蹴ろうとしたりする変な人だったんです」
当時は昭和50年代で、今とはペットに対する常識や空気感は全く違っていた。犬はあくまで“犬”であり、家の外で飼うことが“当たり前”だった。
街には野良猫が多く、飼い猫は首輪をつけて家の内外を行き来していた。去勢をすることは「かわいそう」と言われていた時代でもあった。
社会的にも動物の命は今よりも軽く扱われていたが、父の行動は行き過ぎている。
「父はおそらく精神の病を抱えていたんだと思います。私や母もずいぶん殴られました。特に母に対しては情け容赦ない暴力を振るい、その後、母は家出してしまい音信不通です。母が家を出ると、父は別の女性の家に行き、帰ってこなくなりました」
美代さんは施設と母方の祖母の家を行き来しながら育つ。
幸い、勉強が好きだった美代さんは見事、国立大学に進学。奨学金を受け、家庭教師のバイトをしながら、学校を卒業する。それなりに大きな会社に就職し、落ち着いた生活をしていた。
「そんな頃、両親の訃報が届きました。なんと2人ともヨリを戻して同居していたんです。死因はアルコール依存症による事故でしたが、半分は自死だと思っています。両親は同居しているのに、私には連絡をくれなかった。その後、祖母も死にました。私は兄弟がいないので天涯孤独になってしまいました」
■20代の頃から50代の既婚男性とばかり恋愛
結婚の予定もなかった。父を憎んでいるからか、男性に父の面影を求めてしまうのか、30歳以上離れた男性でないと恋愛感情が持てなかった。それゆえに、20代の頃から50代の既婚男性とばかり恋愛をしていたという。
「会社に入ってからもそうでした。同じ年の人には、全く興味が持てない。でも大人の男性は、みんな結婚している。だからどうしても不倫になっちゃうんです」
家族が欲しいのに、好きになる人には家族がいる。恋人は平日の夜、自宅にやってくる。人目があるから、外でのデートはできず、家で性交するのみ。終われば恋人は家庭に帰るために、終電時間を気にしながら、美代さんの家を出る。
20代半ばになると、周りの友達は結婚、出産を経験していく。たまに会うと、話題は離乳食、抱っこ紐、バギーの使い勝手から、英会話の早期教育、小学校受験、中学校受験と目まぐるしく変わっていった。
「天涯孤独で、孤立無援。結婚を急かしてくれる人もいないし、本当に誰もいないんです。仕事はしており、悪くない程度の給料をもらっていますが、出世の道が開けているわけでもないし、仕事が増えるから管理職には絶対になりたくないですし」
■河川敷に倒れていた猫
そんなある日、孤独に耐えかねて、幼い頃に生活していた埼玉県と東京都の県境にある埼玉県側の街に引っ越した。自分が生まれ育った家のような小さな中古住宅を購入したのだ。それが40歳のことだった。
「両親と祖母の遺産がちょっとあったんです」
あるとき散歩中に、血まみれになっている猫を見つけました。あのときの衝撃はすごかったです。死んだ父が蹴り飛ばした猫が生き返ったのかと思いました。
幼い頃に父の乱暴を見ていたので、ドラマや映画でも暴力シーンは苦手です。血が流れると目をつぶってやり過ごしているのに、猫を見たときに体が反射的に動きました。
その猫はケガをしているのに抱こうとすると暴れた。そのとき、美代さんはショールを巻いていた。それは4万円もするものだったが、ためらいなく猫をくるみ、近くの動物病院に連れていった。獣医の診断では、人間に虐待された跡があるという。
その獣医は、「動物は法律上はモノなので、いたぶって楽しむ人は意外と多い」と語っていた。
「すぐにスマホで検索すると、いろんなかわいそうな猫が出てきました。個別の虐待もひどいけれど、それよりも恐ろしいのは多頭崩壊。猫は繁殖力が高く、1回の妊娠で3~7匹産んでしまう。
例えば、ある人が猫を拾い、その猫が妊娠していたとします。それを放置すると、1年も経たないうちに、20匹くらいになってしまう。世話をしきれず、強烈な悪臭に包まれて、排せつ物にまみれて猫が餓死していく。そんな事例を知り、怒りと悲しみでいっぱいになりました」
拾った猫は回復したら美代さんが飼おうと思った。しかし、内臓の損傷が激しく、その日のうちに死んでしまった。
■“猫中心”で、人間を信じていない人たち
不幸な猫を増やさないためにも、猫を保護する活動を始めようと奮起する。
「最初は保護猫活動を行う団体のお手伝いをしたのですが、スタッフ間の微妙な空気感と、マウントの取り合いに疲れてしまったんですよね。私はどうも人とうまくできない。あと、年上の男性に無意識に甘えてしまい、その男性からナメられてマウントを取られるのです。
ある男性から、『かわいそうという気持ちで活動をしているのは不誠実だ』と怒鳴られたこともありました。活動家の多くは、“猫が中心”で、人間を信じていないことを隠さない人が多い。譲渡のときの猫の里親さんとの交渉なども疲れてしまい、団体での活動をフェードアウトしました」
でも、その団体で、野良猫の捕獲ノウハウ、活動を支援してくれる動物病院などを知ることができた。そして、できる範囲で、個人で活動をしようと決意する。
■「猫は際限なく繁殖する」
「猫の気配を感じながら、毎日のように散歩をしていると、猫は結構、捨てられている。そんな猫を見かけると、捕獲して去勢・避妊手術をして、予防接種をします。その経費は男の子なら4万円、女の子は開腹手術をするから6万円くらい。
でも見捨てられないんですよね。家に連れて帰ると、最初は隠れていたのに、やがて私に慣れてくれます。持ち家だから飼育頭数制限もありません」
野良猫に無責任にえさを与える人に対しても、面と向かって忠告したという。相手から「バカ野郎」とか「クソババア」と面罵されたり、ペットボトルを投げつけられたこともあったという。
「猫は際限なく繁殖します。去勢手術をしてあげずに、えさをあげて繁殖させる罪深さを知らないんです。寒い日、暑い日など厳しい環境に猫は生き、カラスに攻撃されたり、人にいたぶられたり、交通事故などで死んでしまう。猫が街にいることが不幸なのです。それに、この世の中には猫が嫌いな人も多くいます」
■猫は「永遠の赤ちゃん」
ところで、なぜ、そこまで猫に感情移入したのか。
「たぶん、私の共感力が高いからだと思うんです。線引きができない。子供の虐待のニュースなどを見ると、苦しくて悲しくてたまらなくなります。子供を助けることはできませんが、猫は助けることができます。
それに、猫は『永遠の赤ちゃん』として、私だけを頼りに生きてくれる。私に世話をされないと生きていけないので、ひたむきに私を頼ってくれるのです。猫はさみしい心に潜り込んでくる」
人間の世界は差別だらけだ。容姿、収入、勤務先、学歴、無意味な暴力……それにまつわる不安、自責の念、苦しみなどがミルフィーユのように重なり合っている。
「私は会社の人から『独身でボロ家住まいの猫ババア』だと思われています。一応大きな会社ですが、あれだけ努力して勉強したのに、やりたくもない仕事をしており、友達も少ない。
こんなはずじゃなかったと泣きながら眠っていると、背中のあたりで猫が丸まっている。そのぬくもり、生きている気配に癒されるのです」
■借金してでも猫の保護をし続ける
猫を飼うのにはお金がかかる。家を現金一括で購入したために、貯金は使い果たしてしまった。
給料は手取りで30万円、猫にかかる食事代や医療費は月に3~6万円。エアコンをつけっぱなしにするために、光熱費もバカにならない。
「コロナによる業績不振で、ボーナスはカットされました。でも、猫の保護はやめられない。借金してでもやる予定です」
猫は20年生きると言われている。一時期は20匹以上いたが、現在は8匹だという。その他の猫はどうしたのだろうか。
「里親さんにもらってもらいました。本当に信頼できる人に譲渡して、どの子も幸せに生きています。ウチにいるのは障害があったり、持病がある子ばかりです」
猫が原因で近隣からも孤立しているが気にしないという。「猫を助ける」という強い思いがあるから、その沼にはまっても幸せなのだ。
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ライター/編集者
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。さまざまな取材対象をもとに考察を重ね、これまでの著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ新書)がある。
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(ライター/編集者 沢木 文)
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