最悪の場合は死に至る…「水はたくさん飲んだほうがいい」という健康情報を信じてはいけない
プレジデントオンライン / 2023年2月23日 11時15分
※本稿は、生田哲『「健康神話」を科学的に検証する』(草思社)の一部を再編集したものです。
■なぜ水道水ではなくミネラルウォーターを飲むのか
ペットボトルの水は水道水よりも美味しくて体にいい
人体の60%は水でできている。だが、この無色の物質について私たちの知識は十分ではないため、いくつもの噂が流布している。そこで、水についての神話を解明しておこう。外出先でノドが渇いたときに飲むミネラルウォーターは、冷たくて美味しく感じられる。
ペットボトルのラベルには「何とかの名水」「しかじかの天然水」「かくかくの氷河」など、原始の氷河や名山から湧き出た特別な水などと記載されているから、なるほど、うまくて、健康にいい、と思うが、本当なのか?
ウソである。
ペットボトルに入れられた水がミネラルウォーターとして販売され、毎年、消費量が右肩上がりで伸びている。日本ミネラルウォーター協会によると、日本国内におけるミネラルウォーターの国内生産量と輸入量の合計は、過去40年間、増加を続けてきた。その合計は、1982年に8.7万トンだったが2020年に418万トンへと、なんと50倍近くも跳ね上がった。国民ひとり当たりの年間消費量も、2005年の14.4Lから2020年には33.3Lへと2.3倍に伸びた(*1)。
ペットボトル入りの水(ミネラルウォーター)は、1本500mLが約100円で販売されている。一方、家庭で蛇口をひねれば出てくる水道水はほぼ無料である。それでも人々は嬉々としてペットボトル水を購入する。驚くほど鷹揚(おうよう)な態度である。普段は5円、10円高いか安いかで大騒ぎするほど価格に敏感な人々が、いったいどうしたのだろう。
(*1)日本ミネラルウォーター協会 https://minekyo.net
■水道水とペットボトル水の美味しさは同程度
ペットボトル水は水道水よりも、本当に美味しいのか。
実際に、2017年、東京都水道局が約3万人を対象に目隠しテストを行ったところ、ペットボトル水(ミネラルウォーター)のほうが美味しいと答えた人は41%、水道水のほうが美味しいと答えた人は39.1%、どちらも美味しいと答えた人は19.8%であった(*2)。東京都の人々が出した結論は、ペットボトル水(ミネラルウォーター)と水道水の美味しさは同じ程度、ということ。
では、ペットボトル水は、水道水よりも健康にいいのか。多くのペットボトル水は、湧水(ゆうすい)、井戸水、温泉水、氷河、地下水などの飲料水であるが、その源は川や沼の水を浄化してつくられた水道水と変わらない。すなわち、ペットボトル水も水道水も、その源は同じ、川や沼の水である。
水を研究するアメリカの非営利団体パシフィック研究所の所長ヒーザー・クーリー氏は「ボトルに入った水は精製されたものかもしれないが、やはり水道水である」と明解に述べている。
(*2)東京都水道局「東京水飲み比べキャンペーン」2017年度実施結果より。3万613人に聞き取り調査。
■水道水には厳格な品質基準が求められている
水道水は、川や沼の水を塩素で殺菌してつくられる。日本と同じようにアメリカでも水道水は公営事業である。アメリカで水道水とペットボトル水は異なる機関で規制されている。
水道水はEPA(米環境保護庁)の管理下にあって、水質を検査するのはEPAである。一方、ペットボトル水はFDAが管理しているものの、水質を検査するのは業者自らである。当然、安全性のチェックは、EPAが検査する水道水のほうが、業者自らが検査するペットボトル水よりも厳しい。また、水道水の汚染が発生した場合は、国民にすみやかに公表しなければならないが、ペットボトル水にはこれが当てはまらず、汚染が発生しても多くの場合、公表されない。
日本ではどうか? 日本の水道水は、厚労省が「水道法」で管理している。一般細菌、大腸菌、カドミウム、水銀、鉛、六価クロムなどの重金属、シアン化物、ジクロロメタン、トリクロロエチレン、ベンゼンなど51の有害物質を対象に基準値が定められている。この厳しい基準をクリアしないと水道水として認められない。
■「ペットボトル水のほうが健康にいい」は間違い
一方、ペットボトル水は、フィルターで除菌や加熱殺菌などの処理をしてペットボトルに詰められた水である。ペットボトル水の基準を定めているのは「食品衛生法」で、清涼飲料水という大分類の下に入っており39の水質基準項目がある。水道水とペットボトル水は、どちらがよりクリーンか。水道水は「水道法」で、ペットボトル水は「食品衛生法」で管理されている。
どちらが、より厳しいのか。水質基準の対象となる有害物質は水道水の51項目、ペットボトル水の39項目。水道水のほうがペットボトル水よりも厳しい。両者で共通する項目は鉛、ヒ素、フッ素、ホウ酸、亜鉛、マンガンで、その基準値をくらべると、どの基準値でも、水道水はペットボトル水よりも厳しい。そういうわけで、ペットボトル水は水道水よりも健康にいいというのは間違いである。
日本のミネラルウォーターは、味においても、健康面においても水道水に優っているわけではない。それでも、私たちが500mLにつき約100円を支払ってミネラルウォーターを購入する理由は、便利さはもちろんであるが、ボトルに入っているとより安全という安心感にあるのかもしれない。
■「水分補給で肌が潤う」は間違い
水をたくさん飲むほど皮膚が健康になって、肌がきれいになる
すべすべした肌に関心のある人なら、体内に潜む毒素を洗い流し、肌を健康に保つために、たくさん水を飲むように、との熱心な勧めを聞いたことがあるに違いない。
ウソである。
人体は水でいっぱいである。赤ちゃんは75%、つまり大部分が水でできている。それが、成人だと65%、老人だと50%というように、歳をとるにつれ、体から水分が減っていく。歳をとると、人体からみずみずしさが失われていくのは、まぎれもない事実である。それなら、たくさん水を飲んで、みずみずしくなろう、そう期待したくもなる。
たくさんの水がどれくらいを指すかは、人によって異なる。アメリカを発信地とするアドバイスは「1日8杯の水を飲む」であるが、より気温の高い地域に住む人々は、汗をより多くかくので、これを補うためにより多くの水分を摂取するように、と親切なアドバイスが加わる。しかし、飲むべき水の量は別として、このアドバイスの基礎となる原理はどれも同じである。
すなわち、さらなる水分補給によって、肌に水分を加えるというもの。水が加湿剤として働くという論法である。よく耳にする考えであるが、驚くことに、これを支持する科学的根拠は存在しない。
■「水は加湿剤になるのか」という研究はあまりない
水が加湿剤として働くという考えが正しいのか、それとも間違っているのか、研究すればいいではないか。しかも、この実験は簡単であるから、すでに多くの実験が行われたに違いない、と多くの人は思うだろう。
実験の手順は、こうだ。まず、人々をふたつのグループに分ける。ひとつは1日中、水を積極的に飲む。もうひとつは、ふつうに水を飲む。1カ月後、両グループの肌の滑(なめ)らかさをくらべれば、より多くの水分を摂取すれば、より滑らかな肌になるかどうかを判定できる。だが、このような研究が行われることは、まずあり得ない。
理由のひとつは、水はパテント化(特許を取得すること)できないから、新薬や新化粧品の販売に結びつかないためである。研究に必要な資金を新薬や新化粧品の販売によって回収できないので、資金を提供するスポンサーが存在しないのである。
だが、とても珍しいことが起こった。イスラエルにあるキャプラン医学センターのロニ・ウルフ医師が、長期にわたり水分を摂取したときの肌への効果を調べるための文献調査を進めるうちに、ドイツの科学者によって、この問題について書かれた論文をひとつだけ見つけたのである(*3)。だが、結果は矛盾するものであった。
(*3)Williams S. et al. Effect of fluid intake on skin physiology: distinct differences between drinking mineral water and tap water. Int J Cosmet Sci. 2007 Apr; 29(2):131-8. PMID: 18489334
■肌を守るのは飲水ではなく保湿剤を塗ること
論文によると、被験者にミネラルウォーターか水道水を4週間飲んでもらい、両グループをくらべた。結果は、ミネラルウォーターを飲んだグループは肌密度が低下していたが、水道水を飲んだグループは肌密度が上昇していた(*4)。
しかし、どちらのタイプの水を飲んだかにかかわらず、肌のシワや滑らかさに差はなかった。これは、脱水が肌に影響を及ぼさないという意味ではない。水分が少なすぎれば、肌に悪いことは確かであるが、だからといって、平均以上に水を飲めば改善されるという意味でもない。食べ物が不足すると栄養失調になることから、その反対に、過食すれば健康にいいという意味でもない、のと同じ理屈である。
皮膚科医でもあるウィスコンシン大学医学部のアップル・ボドマー教授は、こういう。「水をガブ飲みしてもあなたの肌はみずみずしくならないし、きれいにもなりません。どんなタイプの水でも摂取すれば、皮膚細胞を膨らますことができますが、それでも皮膚細胞の内側に潤いを与えることはできません」。
では、肌を守るための最善の策は何か。ボドマー教授は、シャワーの後に保湿剤を塗るとよい、とアドバイスする。ローションが肌の表面にある水を保持し、この水が肌を乾燥から守ってくれるという。さらに同教授は、こうもアドバイスする。「美しさは体の内側から生じます。水分をしっかり摂る、適度な強度のエクササイズを日課とする、よい睡眠を確保する、よい友人を持つ、趣味の時間を持つ、人生を楽しむ。これらのことを日常的に実行すれば、人生は大きく変わるでしょう」。
(*4)「肌密度」は、素肌のキメ細やかさと細胞の厚みの度合いを意味する。「肌密度」の高い肌とは、ふっくらと厚みのある細胞がひとつひとつ密に整然と並んで、弾力がある。
■過剰な水分摂取は命の危険がある
いくら飲んでも体に悪影響はない
人は食べなくても数カ月間生きられるが、水がないと2~3日で死ぬ。水は大切だ。だから、水をどんどん飲もう。厚労省も「健康のため水を飲もう」と推進運動をくり広げている。健康にいい水だから、いくら飲んでも体に影響はないのか?
ウソである。
1日にコップ8杯の水を飲んでも、体に害はない。だが、体のシグナルが示す以上の水を飲むほうがいいと信じて実践すると、危険に遭遇するので、注意すべきである。過剰な水分摂取が危険なのは、これによって血液中のナトリウム濃度が極端に低下するからである。
通常、血中ナトリウム濃度は136~143mEq/Lの範囲内にあるが、135未満に低下することを「低ナトリウム血症」と呼んでいる(*5)。実際のところ、血中ナトリウム濃度が130以上あれば、これといった症状はないが、これ以下になると、軽い虚脱感や疲労感に襲われる。そして120以下になると、頭痛、精神錯乱、悪心、食欲低下に襲われる。そのまま放置すると、命が危ない。要するに、水を大量に飲むと、命が危険なまでに血液中のナトリウムレベルが低下することがある。
水を飲み過ぎるのは、激しいスポーツの後や大量の飲酒の後が多い。水分の過剰摂取による健康被害で記録されているのは、陸上選手の場合である。スポーツ競技中に水を過剰に摂取したことによって死亡した陸上選手は、最近の10年間で、記録されているだけで、少なくとも15人に達する。なぜ、水を飲み過ぎたのか?
(*5)mEq/Lは「ミリイクイバレント」の略で、電解質の量をあらわす単位で、物質量(mmol)×イオンの価数で計算する。
■マラソン中に大量に水を飲んで救急搬送
ロンドン・トライアスロンのスポーツ医であるコルトニー・キップスさんは、こう推測する。理由のひとつは、私たちがノドの渇きをあまり信頼していないこと、もうひとつは、私たちが、脱水を防ぐ思いがあまりに強いため、体が求める以上に水を飲む必要があると考えている、と。
キップスさんは、こう続ける。「病院の看護師や医師は、重い病気にかかっていたり、水分を数日間も摂れなかったりといった深刻に脱水した患者に遭遇します。しかし、こういったケースは、人々がマラソン中に心配する脱水とはまったく異なるものなのです」。
マラソン競技中に大量に水を飲んで「低ナトリウム血症」になった例を紹介しよう(*6)。ジョハンナ・パケンハムさん(当時53歳)は、最高気温を記録した2018年、ロンドンマラソンに出場した。しかし、彼女は大会のことをほとんど覚えていない。なぜならば、彼女は、マラソン中に5L近い水を飲んだ結果、水分過剰のために「低ナトリウム血症」を起こし、倒れたからである。その日のうちに彼女は、ヘリコプターで病院に搬送された。
彼女は、こういう。「私の友人と夫は私が脱水していると思い、大きなコップで水をくれました。でも私は激しい発作に襲われ、心臓が止まってしまいました。ヘリコプターで運ばれた日曜日の夕方から翌週の火曜日まで、何も覚えていないのです」。
その後も彼女はマラソン大会に出場を続けたが、彼女の友人もマラソン用のポスターも「たくさん水を飲みましょう」と主張するばかりだった。彼女は、「これほど単純なことが死につながることをみんなに知ってほしい」と訴えている。
(*6)Emily Ford, Andover runner almost died drinking five litres of water
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科学ジャーナリスト
1955年、北海道に生まれる。薬学博士。がん、糖尿病、遺伝子研究で有名なシティ・オブ・ホープ研究所、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)などの博士研究員、1986年から91年までイリノイ工科大学助教授を務める。遺伝子の構造やドラッグデザインをテーマに研究生活を送る。現在は日本で、生化学、医学、薬学、教育を中心とする執筆活動や講演活動、脳と栄養に関する研究とコンサルティング活動を行う。著書に、『遺伝子のスイッチ』(東洋経済新報社)、『心と体を健康にする腸内細菌と脳の真実』(育鵬社)、『ビタミンCの大量摂取がカゼを防ぎ、がんに効く』(講談社)、『よみがえる脳』(SBクリエイティブ)、『子どもの脳は食べ物で変わる』(PHP研究所)、『「健康神話」を科学的に検証する』(草思社)など多数。
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(科学ジャーナリスト 生田 哲)
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