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「集団で熱狂する姿が不気味…」なぜ新宗教の信者が減り陰謀論を信じる人が増えているのか

プレジデントオンライン / 2023年2月24日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imacoconut

戦後驚異的な発展をとげた新宗教はその後、なぜ信者数を大幅に減らしたのか。宗教学者の島田裕巳さんは「スマホ社会となり、多くの人たちが自分を支えてくれる集団を失い、孤立化してきたことが影響している」という――。

※本稿は、島田裕巳『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■新宗教が必要とする政治力

戦後の日本社会において、新宗教は驚異的な発展をとげた。多くの信者を集め、なかには世間をあっと驚かせるような巨大な建築物を建てたり、莫大(ばくだい)な数の信者を集めてイベントを開くようなところもあった。街角に出て積極的な勧誘活動を展開する教団も少なくなかった。

そして、創価学会や生長の家のように積極的に政治の世界に進出していく教団も現れた。新宗教の連合体である新宗連も、創価学会が公明党を結成し、国政にまで議員を送り込むようになると、それに対抗する形で、その関係者が自民党から立候補するようになった。

宗教は、人々のこころの平安に資するべきものだという見方はある。だが、新宗教となると、現世利益の実現をうたい、生活を豊かにすることを信者に説いてきた。豊かさは、根本的には信者個々人の努力によってもたらされるものではあるが、生活苦にあえいでいるような人々には政治の力も必要である。

■政治の恩恵を受けられなかった人々の救いとなった新宗教

戦後、新宗教が伸びたのは、高度経済成長の産物である。その時代、多くの人たちが地方から都市へと出てきた。都市の大学への進学を目的にした人たちは、やがて大学を卒業し、エリートとして活躍できた。そうしたエリートは政治を動かすことができたし、その恩恵を被ることもできた。

しかし、新宗教に吸収されていった小卒や中卒の人間は、直接に政治を動かすことはできず、生活の安定を実現することさえできなかった。そのとき、新宗教は膨大な数の信者を背景に政治の世界に進出し、政治の恩恵を受けられなかった人々を救おうと試みたのである。

急激な経済の成長で、日本の社会は大きく変わり、さまざまな問題が生じ、矛盾が露呈することになった。労働組合のストライキが頻出したのも、そのためだが、労働組合に結集できない人間たちには、新宗教が唯一の頼りだった。もし新宗教が彼らを救わなかったとしたら、あるいは、彼らを組織しなかったとしたら、社会問題はさらに拡大していたかもしれない。

■信者を教育する創価学会

創価学会に入会していった人間たちの代表となるのが、「金の卵」と称された集団就職の人間たちだった。彼らは十分な教育を受けていなかったわけだが、創価学会は彼らに教育を与える役割を果たした面がある。

創価学会には組織のなかに教学部が設けられていて、それが各種の試験を実施してきた。出題されるのは、創価学会の教えについてで、それは日蓮の著作がもとになっている。日蓮が書いたものは膨大にあり、それは『御書全集』にまとめられている。

創価学会では、それを「御書」と呼ぶことが多いが、御書は厚く、しかも、日蓮が生きた鎌倉時代のことばで書かれている。試験を受けるには、この御書を学ばなければならない。

そのため、創価学会が拡大を続けていた時代には、電車のなかで御書に読みふけっている人の姿をよく見かけたわけだ。最近では、機関誌の『大白蓮華』さえ読んでいれば、試験には合格できるようになったので、そうした会員を見かけなくなったが、御書を読むことで、創価学会の会員の識字能力は高まった。

試験に合格すると、最終的には教授といった称号を与えられた。それは、創価学会の教団のなかだけで通用するもので、幻想の政治学ならぬ、「幻想の教育学」とも言えるが、高等教育を受けられなかった会員には、重要な機会だった。座談会にしても、それは人前で発表する訓練の場でもあった。

■創価学会が政界へ進出する理由

戸田城聖は、創価学会が政界へ進出する理由として、組織の引き締めに役立つことをあげたが、選挙活動に従事することは、社会活動にかかわることであり、それも会員には貴重な経験になった。政治を志す人間がいたら、公明党から出馬できる道が開かれていく。国会議員ではなくても、地方議会の議員になることは多くの人間にできる。現在の公明党は3000人程度の地方議員を抱えている。創価学会の政界進出には、会員たちに政治力を身につけさせるという効果を生んだ面がある。

■創価学会の誤算となった創価大学

ただ、創価学会に誤算があったとしたら、それは創価大学のことではないだろうか。

創価大学が開学したのは1971年のことである。創立のための資金としては、池田大作の著作の印税などが使われたようだが、それは大石寺に正本堂が建つ前年のことだった。その点では、創価学会の運動が大きく盛り上がっていた時代に開学したことになるが、同時にそれは創価学会と公明党が言論出版妨害事件で世間の批判を浴びた直後の時期でもあった。つまり、創価大学は創価学会の曲がり角の時期に誕生したことになる。

当時の創価大学では、教員の多くは創価学会の会員ではなかった。そのため、創立者である池田は、開学したときの入学式に参列できなかった。言論出版妨害事件をめぐって教員の批判が強かったからである。

それでも、初期に創価大学に進んだ会員のなかには、東京大学にも合格していたのに、それを蹴って創価大学に進学した者もいた。「池田先生」の創設した大学で是非とも学びたい。そういう信仰の篤い若い会員がいたのである。

創価大学の大きな特徴は、仏教系の宗教団体が作った大学であるにもかかわらず、宗教、あるいは仏教を学ぶ学部や学科が存在しないことにある。それは一つには、創価学会が在家信者の組織で、大学に僧侶を養成する課程を設ける必要がなかったからだが、学生のほとんどが創価学会の信仰を持っていて、ことさら宗教教育を施す必要がなかったこともその原因になっていた。開学当初、開設された学部は法学部、経済学部、文学部だけだった。

創価学会の会員のなかでは、創価大学の卒業生はエリートである。ところが、大学の世界全体で考えれば、創価大学は一流大学としての評価を今のところは得ていない。つまり、創価大学を出ても、社会のなかでエリートと見なされることは難しいのである。

講義室
写真=iStock.com/Pixelci
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pixelci

■高度経済成長期の終焉が信者数の減少に

1960年代なかばに、池田をはじめ創価学会の会員が夢見たように、会員の数が膨大になれば、事情は異なるものになっていたであろう。だが、創価学会の伸びは、高度経済成長が終焉(しゅうえん)を迎え、低成長、安定成長の時代に入ると止まった。折伏によって会員が増えることはなくなり、子どもや孫に信仰を受け継がせていく方向に転じた。だが、子どもや孫がすべて信仰を受け継ぐわけではないし、受け継いだとしても熱意ではどうしても親に劣る。

それは、創価学会だけに言えることではなく、新宗教全般に言える。特に平成の時代に入ってから、新宗教の各教団は、軒並み信者数を大幅に減らしている。そのことは、文化庁が刊行している『宗教年鑑』に目を通しただけでも明らかだ。そこには、各教団から報告された信者数が掲載されているものの、どの教団も相当数を減らしている(詳しくは拙著『宗教消滅』『捨てられる宗教』〈共にSB新書〉を見ていただきたい)。

■弱体化した旧統一教会

旧統一教会は、高度経済成長の時代に信者を増やしたわけではない。そもそも日本で旧統一教会の信者が増えたのは1960年代後半からで、最初は、教義である統一原理に関心を持ち、なおかつ反共運動に関心を寄せる学生が多かった。それが、80年代になると、合同結婚式による結婚を望む女性の信者が増えていった。

しかし、冷戦構造が崩壊したことで、反共運動の意義は薄れ、反共という政治的な動機から旧統一教会に入信する人間はほとんどいなくなった。さらに、合同結婚式を含め、教団のあり方はさまざまな形で批判されており、多くの信者を獲得できる状況ではなくなっている。1990年代はじめに旧統一教会のことが大きな話題になった時期に比べれば、かなり教団は弱体化しているはずだ。

■合理主義によって失われた新宗教の武器

そもそも平成から令和へと時代が移ってくるなかで、合理主義の傾向が強まっている。日本の宗教の核心には先祖崇拝があるが、生活のあり方が変わることで、先祖の重要性は低下し、先祖崇拝自体が衰退の傾向を見せている。農家なら先祖は重要だが、仕事を受け継がないサラリーマン家庭では、先祖は重要性を失っている。

先祖崇拝が盛んだった時代には、先祖を供養しなければ、その霊が祟るという感覚が広まっていた。新宗教のなかには、こうした祟りの信仰を背景に勢力を伸ばしていったところが少なくない。創価学会にはその面は希薄だが、同じ法華、日蓮系の立正佼成会、霊友会だと独自の先祖崇拝の形態を作り上げることで信者を増やしていった。旧統一教会が霊感商法を実践できたのも、先祖が祟るという感覚が社会にあったからである。

手術
写真=iStock.com/gorodenkoff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

また、病気治しということも新宗教の大きな武器だった。それは、民衆宗教の時代から変わらない新宗教の特徴でもある。

だが、医療技術の発達、衛生環境の向上によって、新宗教に病気治しを期待することが少なくなった。病に陥れば、新宗教に頼るのではなく、病院に行く。かつて天理教が説いたように、「ビシヤツと医者止めて、神さん一条や」などという教えは成り立たない。天理教でも、1966年に天理よろづ相談所病院を開設している。名称からは、いかにも宗教団体が運営している医療施設のイメージがあるが、現在では地域で有数な近代病院になっている。立正佼成会でもPL教団でも、同様に病院を設置している。

■人々が信奉する陰謀論

こうした社会の変化が、新宗教の存在意義を失わせることに結びついている。これから、新宗教が再び信者を増やしていく可能性はほとんどない。実際、新宗教のなかには、消滅の危機にさらされているところも出てきている。あるいは、巨大な教団の施設を維持することに困難をきたしているようなところもある。

主に創価学会の会員の寄進によって建立された日蓮正宗の総本山、大石寺の正本堂は、1990年代はじめに両者が決別した後、98年には解体されている。創価学会の会員が登山しなくなることで、巨大な施設が不要になったこともあるが、維持費が年間10億円かかることも大きかった。施設の規模が大きければ、それだけ巨額の維持費がかかるのである。

以前、熊本県波野村(現・阿蘇市)にあったオウム真理教の施設を取材に訪れた折、近くにあったネズミ講の組織、「天下一家の会」の本部が朽ち果てたまま放置されている光景に接した。あるいは、これから新宗教の巨大施設が同じような状況におかれるかもしれない。

陰謀論の定義と英語で書かれた辞書
写真=iStock.com/Devonyu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Devonyu

ただ、新宗教が衰退したからといって、幻想の政治学が一掃されたわけではない。むしろ、かえってそれは一般の社会に広がっている。それが「陰謀論」の流行である。世界は、隠れた組織によって実は操られている。そうした陰謀論を信奉する人々が増えている。

そこには、多くの人たちが自分を支えてくれる集団を失い、孤立化してきたことが影響している。高度経済成長の時代には、新宗教だけではなく、さまざまな組織が圧力団体として機能していた。農協や医師会、遺族会、労働組合などである。そうした組織にかかわっている人の数は多く、人々は組織を通して政治と結びついていた。

■力を失う圧力団体

現在では、こうした圧力団体は、どこも力を失い、そこに組織される人の数も減っている。また、都市では地域共同体はそれほど発達していない。企業は、一時、相互扶助組織としての性格を持っていたが、非正規雇用が増えることで、その性格を失ってきた。

多くの人たちが、自分を支えてくれる集団を失い、孤立化している。そうした人間の目からすれば、新宗教は不気味で、その組織力によって政治の世界を動かしているように思えてくる。旧統一教会への批判が盛り上がりを見せた背景には、そうした心情がある。それは、創価学会に対する警戒感、あるいは嫌悪に結びついていく。

■新宗教の弱体化に拍車をかけるスマホ社会

スマホの普及は、それに拍車をかけている。皆が日常的にスマホの画面とむきあっているのは、そのなかの世界の方が、外側の実際の社会より広く感じられるからである。人とのつながり、情報とのつながりも、すべてスマホを通してである。スマホがなくなったり、壊れてしまうと、そのすべてが一気に失われてしまう。

スマホのなかには、大量の情報があふれている。そのなかには、本物もあれば、フェイクもある。多くはその真偽を確かめようもないものである。本物だからといって信憑性を感じさせてくれるわけではなく、フェイク・ニュースの方がはるかに現実を説明してくれるように思えることもある。だからこそ、スマホを通して陰謀論が広がっていく。

対面なら、誰かにその誤りや矛盾を指摘されることもあるが、ただスマホの画面を見つめているだけであれば、その情報を信じ込んでしまいやすい。しかも、情報は自分で拡散することができ、「いいね!」がつけば、拡散という行為が楽しくなってくる。

ソーシャル・ネットワーキング・サービスのイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
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■スマホにマインドコントロールされる私たち

スマホは、宗教とは違い、何かの勧誘を行ってくるわけではない。だが、それを通して伝えられる膨大な情報は、私たちの感覚を麻痺させてしまう。心地よい情報だけを選択できるところが鍵で、そこに危険性もある。自分が自分にマインドコントロールされていくのだ。

島田裕巳『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)
島田裕巳『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)

スマホは社会を大きく変えた。私たちのあり方を根本から変えた。しかも、私たちはそれを手放すことができない。社会が、スマホの存在を前提に成り立つようになってきたからだ。スマホなしに、あるいはパソコンなしに大学生活を送ることなど不可能である。

新宗教もスマホを使って効率的な勧誘活動を行うことができるのではないか。そのようなことが言われたりする。しかし、現実には、そうした新宗教は現れていない。それも、スマホの世界には膨大な情報があふれ、新宗教が信者として引き入れようと意図的に情報を流したとしても、そのなかに埋もれてしまうからだ。ある意味、まともな教えを説いても、かえってそれで排除されてしまう。「お説教はたくさんだ」。その感覚も強まっているからだ。

■新宗教の今後

スマホ社会において新宗教が再生されていく可能性はほとんどない。フランスの社会学者、エミール・デュルケムが指摘したように、宗教と集団的な熱狂とは深く結びついている。以前の新宗教にはその熱狂があった。スマホの映像で熱狂することはあるかもしれないが、それは個人の熱狂で、集団的なものではない。新宗教のなかで、唯一信者の数を増やしているのは真如苑だが、ここは組織活動を奨励しておらず、本部には毎日多くの人が集まってくるが、熱狂の面は欠けている。熱狂がないからこそ、この教団は信者を増やしてきたのだ。

新宗教の幻想の政治学は、スマホにそれを提供する役割を奪われた。陰謀論は、これからも人々を魅了していくのかどうか。鍵はそこにある。

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島田 裕巳(しまだ・ひろみ)
宗教学者、作家
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)など著書多数。

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(宗教学者、作家 島田 裕巳)

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