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なぜYouTubeはチャンネルを削除しないのか…11歳の北朝鮮YouTuberがたれ流す「ピョンヤンの日常」のウソ

プレジデントオンライン / 2023年2月25日 9時15分

画像=YouTube動画「Sally Parks [SongA Channel]」よりキャプチャ

■11歳少女の個人的なVlogに偽装している

昨年1月、北朝鮮・平壌の日常風景を紹介するYouTubeチャンネルが立ち上がった。

配信者は自称平壌在住の11歳少女。小学5年生にして完璧な英語を操る彼女は、愛嬌(あいきょう)のある笑顔をカメラに向けながら、『ハリー・ポッター』が大好きなのだと語り、ウオーターパークで猛暑をしのぐなど、きらびやかな“日常”の風景をアップロードしている。

Vlog(ブイログ:ビデオブログの略称。日常を切り取った動画コンテンツ)を装って公開されたこうした動画は、必ずしも北朝鮮の真実を映したものではない。金正恩政権が展開するプロパガンダの一環であるとして、海外の専門家らは警戒を強めている。

これまで北朝鮮のプロパガンダといえば、伝統衣装のチマ・チョゴリを着たキャスターのリ・チュニ氏が威厳ある声でニュース原稿を読み上げるスタイルが知られてきた。

海外メディアは、北朝鮮がこのイメージを転換し、「若く聡明(そうめい)な少女」を同国の顔にしようと図っているのではないかと指摘する。

専ら放送を通じて展開してきたプロパガンダだが、北の政府は少女の個人的なVlogに偽装する形への転換を模索しているようだ。オンラインに存在する無数の動画のなかに紛れ込み、動画プラットホームを「汚染」しはじめている。

■「私の住む平壌は、とても美しく素晴らしい街です」

プロパガンダを担っているとみられるYouTuberのひとり、11歳で小学5年生のソンAちゃんは、一見どこにでもいそうな普通の女の子だ。髪を三つ編みのツインテールにし、カメラに柔和な笑顔を向けながら、日々の出来事を楽しげに話す。

部屋の本棚にはハリー・ポッターの本がずらりと並んでいて、どうやら部屋の隅にある特大のテディベアがお気に入りのようだ。整った身なりでスマホの自撮り動画に映り、得意のイギリス英語で視聴者に語りかける。

彼女は昨年4月にアップロードされた最初の動画にて、平壌に住んでいると自己紹介している。その流れで、「私の住む平壌は、とても美しく素晴らしい街です」と切り出し、話題はいつのまにか平壌がいかに住みやすい都市であるかにすり替わっている。

「来たことがありますか? もし来たなら、すごくびっくりするでしょう。行く先々にアミューズメントパークがあるからです」と彼女は自信たっぷりに話す。

YouTube動画「Sally Parks [SongA Channel]」よりキャプチャ
画像=YouTube動画「Sally Parks[SongA Channel]」の「Song A's life "Munsu Water Park Part 2" |송아|」よりキャプチャ

■いつの間にか始まる北朝鮮のお国自慢

そのほか彼女は、これまで公開した12本の動画を通じ、豊かな「日常」の風景を世界に発信している。夏場には、通りの店に飛び込んでトマト入りのかき氷を堪能し、別の日にはウオーターパークのプールとスライダーで汗を流し、といった具合だ。

今年の元日には、昨年うれしかった出来事を振り返る動画を投稿している。Vlogを始めたので視聴者の皆さんに出会えたことが思い出です、などと振り返るなかで、いつのまにか話題は北朝鮮発展の話へ。

昨年は「ソンハ通りに1000戸の新しい住宅が建てられたのです」と発展を強調した。政府のおかげで父と祖父が無料でこのマンションに引っ越すことができた、と目を輝かせるが、その目はカメラの向こうの台本を追っているように見える。

■一般市民が撮影できるはずがないのに…

愛らしい少女のソンAちゃんは、Vlogを通じ、感じたままの事実を語っているのだろうか?

米CNNは、この動画がプロパガンダの目的の下に撮影され、個人のVlogに偽装して公開されたとの見方を示している。

英語を話しハリー・ポッターの蔵書を持つ彼女に対し、CNNは「とりわけ、西洋社会発の異国文化を禁じている北朝鮮の厳しい規制を考えると、これは非常に印象的である」と述べ、不自然さを指摘している。

米インサイダー誌も同様の見方だ。ソウルに位置する北朝鮮分析会社のNKニュースは同誌に対し、北朝鮮政府がプロパガンダを広める目的で特別に認可した、ソーシャルメディア上での広範な活動の一環である可能性が高い、との分析を示している。

豪公共放送のABCも同じく、「しかし、11歳のこの少女は、残忍で謎めいた独裁国家から誕生した最新のソーシャルメディア・スターなのだ」と報じ、偽装されたVlogであるとの見方を示している。

北朝鮮がVlogに偽装したコンテンツをソーシャルメディアに放ったのは、今回が初めてではない。過去にはユーミーと名乗る少女が、北朝鮮ではおよそあり得ない華やかな日常をVlogで発信していた。

■プルコギを堪能するグルメ動画かと思いきや

ユーミーさんは10代後半から20代前半と思われる女性であり、Vlogを通じて朝鮮の文化を紹介している。

昨年10月にはレストランのテラス席で動画を撮影し、グリルでプルコギを焼き、冷麺を食べながら北朝鮮の食文化を紹介した。

こちらはソンAちゃんの動画よりも周到にVlogになりすましており、プロパガンダ色をほとんど感じさせない。動画は現在までに6万5000回再生されている。

YouTube動画「Olivia Natasha- YuMi Space DPRK daily」よりキャプチャ
画像=YouTube動画「Olivia Natasha- YuMi Space DPRK daily」の「Yumi Space 1 - Ice Cream」よりキャプチャ

ユーミーさんは、私は豚肉よりも鴨肉や羊肉の方が好き、と個人的なストーリーを語りながら、次々に肉を焼いては胃袋に収めていく。

「お腹いっぱい」と締めくくる動画に取り立てて不自然な点はなく、疑いを持っていない視聴者であれば、北朝鮮の人々は豊かな食文化を楽しんでいると刷り込まれてしまうだろう。だが、貧困と飢えが蔓延(まんえん)する北朝鮮の実態からは遠い光景だ。

ユーミーさんは昨年8月から、このように北朝鮮の豊かなライフスタイルを紹介するVlogを13本ほど公開している。ジムに通い、お腹いっぱい食べ、洞窟探検を楽しみ、高麗人参入りの高級コーヒーを味わうという、夢のような生活が動画の世界では展開している。

YouTube動画「Olivia Natasha- YuMi Space DPRK daily」よりキャプチャ
画像=YouTube動画「Olivia Natasha- YuMi Space DPRK daily」の「Korean Bulgogi-YuMi Tour Series」よりキャプチャ

■北朝鮮の日常生活にはほど遠い

北朝鮮人権データベースセンターのパク・ソンチョル研究員はCNNに対し、北朝鮮政府の意向に基づいた「よく練られた寸劇」のように見えるとの分析を語っている。

理由として、貧困にあえぐ市民の暮らしからほど遠いほか、なにより動画撮影が許可されYouTubeにアクセスできる時点で、一般の市民だとは考えられないとの指摘だ。

CNNは、「これは普通のVlogなどではない」「ここ1~2年でインターネット上に見られるようになった、北朝鮮の住民が日常生活を紹介すると主張している、複数のソーシャルメディアアカウントのひとつである」と指摘し警戒を呼びかけている。

インサイダー誌も同様に、「何であれ北朝鮮の人々は、インターネットへのアクセスやオンラインへの動画投稿を禁じられている。――ところがユーミーとソンAは、公然とカメラをぶら下げて平壌をうろついているのだ」と不自然さを指摘する。

■米シンクタンク「北朝鮮のプロパガンダが近代化している」

北朝鮮はこれ以前にも、プロパガンダのネット展開を画策してきた。2020年には若い女性YouTuberによるVlogチャンネル「エコー・オブ・トゥルース」が誕生した。

同チャンネルはモダンな動画コンテンツで登録者を集め、ときおり金日成・元国家主席の回想コンテンツを混ぜ込んで公開するという手法だった。YouTubeはコミュニティ・ガイドラインに違反したとして、チャンネルをすでに閉鎖している。

米シンクタンクのスティムソン・センターは、自身が運営する北朝鮮分析サイトの「38ノース」を通じ、「北朝鮮の対外プロパガンダが、近代化への一歩を踏み出した」と見て警戒を強めている。

現在、ソンAちゃんのチャンネルは登録者数2万人程度、ユーミーさんのチャンネルは1万人程度だ。しかし、北朝鮮がプロパガンダに用いているアカウントのなかには、数十万人の登録者を持つものも出てきているという。

同シンクタンクは「(YouTubeを使うという)この驚くべき動きは、かつての北朝鮮であれば考えられなかったが、北朝鮮の海外プロパガンダを21世紀らしい形に進化させる戦略の最新の取り組みであり、成功の兆しを見せているのである」と警鐘を鳴らしている。

■YouTube側が動画を削除できないワケ

インサイダー誌は、数年前にも北朝鮮はプロパガンダのオンライン化に取り組んでいたが、多くはニュース番組のような形式であったとしている。プロパガンダだと疑いにくくする目的で、個人Vlogへとスタイルを変化させたようだ。

こうしたYouTube動画には、完全な嘘とは言い難い面もある。そのため厄介なことに、ガイドライン違反として削除しにくい。シドニー大学のウン・アー・チョ教授(韓国学)はnews.com.auに対し、平壌は特権階級の街であり、単なる労働者でなく都市内に住居を持てるような限られた人々であれば、動画のようにある程度裕福な暮らしも可能だと説明している。

ただしチョ教授は、「しかし、農村部の人々を考慮するならば、(動画のような生活は)普通の生活ではありません」と述べ、一部を切り取ったプロパガンダだと指摘している。

過去に北朝鮮が展開してきたプロパガンダは、見抜くことが容易であった。名物アナウンサーが大仰な調子でニュースを読み上げ、大々的に国家を賛美するスタイルが代表例であった。

北朝鮮中央駅前の北朝鮮CNN(2014年)
北朝鮮中央駅前の北朝鮮CNN(2014年)(写真=Thomas M. Rösner/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

ところが政権は、より近代的なアプローチを探っている。知らぬ間に世界のYouTubeユーザーが魅了されるようなコンテンツも登場し始めた。

■ニュース風のプロパガンダより効果的

現状、効果はてきめんだ。前掲のプルコギ動画のコメント欄では、鴨肉を試してみたいなどの意見が多く寄せられており、プロパガンダを疑う声は少なくとも目立つ位置には表示されていない。多くの視聴者はグルメ動画に目を奪われ、北の工作であるとは夢にも思っていない様子だ。

また、YouTubeでは、動画に対して肯定的なコメントが上位に表示される仕様となっている。元は荒らし対策だったが、皮肉にもこうしたしくみにより、プロパガンダだという指摘コメントが目立ちにくくなっている面もあるだろう。

海外の情報を手軽に視聴できるのがYouTubeの魅力のひとつでもあったが、個人Vlogに北朝鮮のプロパガンダが混入している現状、韓国フードなどのコンテンツを警戒しながら視聴しなければならない厄介な事態ともなっている。YouTubeの一角が汚染されていると言っても過言ではない。

■真実の動画の中に、嘘が混じっている…

ただ忘れてはいけないのは、YouTubeが北の真実を世界に伝えている点だ。

NKニュースやCNNなどが報じるように、脱北者がYouTubeチャンネルを開設し、北の真実を語る動画が人気を集めるようになった。厳しい北側の生活を逃れた人々がYouTubeとして真実を語ることで、貴重な収入源ともなっている。

こうしたYouTuberのなかには、ひどい栄養失調のため体重43キロの痩身(そうしん)で兵役をこなしていたという男性や、脱北して真相を明かし3つのマネジメント事務所から引っ張りだこになった女性などが存在する。

脱北女性のカン・ナラさんは、当事者のみが知る衝撃の事実を語り注目を集めている。一例として脱北者たちは、幸運を呼ぶ塩に加え、捕まったときに自害するための殺鼠(さっそ)剤を持って国境破りに挑むのだという。

プロパガンダのオンライン化を進める北朝鮮だが、ネット社会によって北朝鮮が隠したい真実もまた世界に拡散されるようになった。政府が一方的に嘘を流していたTV時代とは異なり、実情もまたYouTubeを通じて拡散されるようになってきているようだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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