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福祉施設がダサいのには理由がある…自閉症の息子のために元ヤフー社員が作った「綺麗でオシャレな施設」の秘密

プレジデントオンライン / 2023年3月1日 13時15分

放課後デイ・エジソン高津(神奈川県川崎市)の様子 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

日本の福祉施設は、内装が簡素であることが多い。それは内装への設備投資を省くほど、利益が残る構造だからだ。元ヤフー社員の佐藤典雅さんは、息子のGAKUさんが自閉症と診断されたことから、既存の施設に不満をもち、自ら福祉施設「アイム」を立ち上げた。どうやって「綺麗でオシャレな施設」を立ち上げたのか――。

■楽しい場所だから、積極的に通いたくなる

9つのシャンデリアが天井からぶら下がり、壁際にはギターが立てかけられている。大きくカラフルなソファに座る男児の前で、別の男児が白いヘッドフォンを装着し、タブレットを操作している。

2月上旬に訪問した放課後デイ・エジソン高津(神奈川県川崎市)は、青、黄色、緑、オレンジ色などカラフルに彩られた内装が特徴だ。レーシングゲームを体験できる自動車を模したコックピットや、VR(仮想現実)の端末まである。その空間は、おおよそ福祉施設とは思えない。

利用者は知的障害や発達障害などを抱える子どもたちだ。突然声をあげたり、暴れたりすることはなく、思い思いに過ごしている。

中でも発達障害を抱える子どもは、新しい環境を嫌がる傾向があるとされる。だがここへ来ると、玄関から施設の奥までずんずん入っていき、気に入った設備で遊ぶ。楽しい場所だから、毎日、積極的に通いたくなる。そうしているうちに、引きこもりや不登校の改善にもつながってきたという。

佐藤典雅さんが運営しているのは、エジソン高津を含む放課後デイサービス4施設と就労支援、グループホームなど合計7施設。現在、すべての放課後デイで定員の10人が利用し、アイムは全施設で黒字を確保している。

■「普通の人」に近づける療育は意味がない

今は福祉業界で活躍する佐藤さんは、元々はマーケッターだ。ヤフーで仕事をしていた時、当時3歳だった楽音さん(GAKU)が自閉症だと分かった。

アイム代表の佐藤典雅さん(右)と息子のGAKUさん
撮影=プレジデントオンライン編集部
アイム代表の佐藤典雅さん(右)。息子のGAKUさんはアーティストの才能を開花させた - 撮影=プレジデントオンライン編集部

佐藤さんは、GAKUさんの療育のため転職し、一家で米ロサンゼルスに移住した。日本よりも整った環境で治療が受けられると思ったからだが、そこで最初の壁にぶち当たる。

「療育の内容は、わかりやすくいうと『普通の人』に近づけるようにするプログラムでした。自閉症の子どもの多くは多動なので、まずは座らせる訓練をする。その時は子どもも空気を読んでプログラムをこなすけど、帰りに寄ったレストランでは座っていられないんです。日々の生活で適応できないプログラムに意味はないと感じました。

実際、GAKUも食事とiPadを見ているときは座っているので、楽しんだり、何かに熱中したりすれば自閉症の子どもだって静かにしているわけです。日本の療育も同じ内容ですが、自然成長以外で症状が改善された例を、僕はまだ見たことがありません」

現地で受けたセラピーは思ったような効果は出なかったが、「GAKUにとって、ロスは住みやすい環境だった」。そこから9年間の長期滞在を経て、GAKUさんが中学生となるタイミングで、日本に戻ることを決断した。佐藤さんは、再度、転職活動をしたが、今度は立て続けに面接で落ちることになる。

■なぜ日本の福祉施設は薄暗くてダサいのか

「どうやら自分は企業に雇われて働くのは向いていないのかな……」。そんな思いを抱いていた時、GAKUさんを預けるために見学した福祉施設を訪れ、衝撃を受けた。薄暗い部屋にたくさんの注意書きがでかでかと貼られ、あるのは使い古した机と椅子とマットだけ。スタッフは皆疲れ切っている……。「地味を通り越して『ダサい』と感じた」と話すが、どこもそうした状況になるのは、福祉業界の構造に問題がある。

放課後デイを利用できるのは、原則10人と決まっている。そこがオシャレだろうとダサかろうと収入は同じとなる。佐藤さんは綺麗な施設にするため、設備投資を積極的にしている。しかし実はビジネス面だけでみると、内装は簡素で、パソコンやゲーム機も揃(そろ)えず、できるだけモノを増やさない空間にしたほうが利益は残る。

エジソン高津では、レーシングゲームやVR(仮想現実)の端末も揃えている
撮影=プレジデントオンライン編集部
エジソン高津では、レーシングゲームやVR(仮想現実)の端末も揃えている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

また、福祉施設の運営母体はアイムのような持ち株会社と非営利団体の2つに大きく分けられるが、非営利に関してはサービス業の意識が希薄なところが多く、10人という定員さえ満たせれば設備に積極投資する発想も生まれない。法人税もかからないので設備投資に再投資すればよさそうなものだが、そういった発想をできる人材が福祉業界には少ない。

「だから僕は『ぼろ施設、ぼろ儲(もう)け』と言っていますよ」

冗談交じりのこの一言は、福祉事業の問題点を鋭くついている。

どうせ自分の次の仕事は見つからなさそうだし、いいと思う預け先も見つからない。「それなら、自分で立ち上げてしまおう」。行動力のある佐藤さんは2015年3月、息子が通って楽しい放課後デイを立ち上げた。

■「綺麗でオシャレ」を目指して倒産寸前に

異業種からの参入ということもあり、利用者は想定のように伸びなかった。5月までの最初の3カ月で資金を食いつぶした。撤退も検討したが、やはりオシャレな施設にすることはやめなかった。「息子が通いたくなる場にする」という軸があったからだ。

経営パートナーと話し合い、もう1カ月だけ続けた。すると6月から利用者が増加し、売り上げも伸びてきた。

エジソン高津
撮影=プレジデントオンライン編集部

エジソン高津に見学に来た訪問者は、「綺麗にしていて、儲かっていますね」との感想を漏らす。しかし前述した通り、実際はその反対だ。立ち上げ期の倒産は何とか逃れたが、5年目に入るころまでは常に資金繰りに苦労したと振り返る。

佐藤さんは、さらにもう一つの持論がある。障害者が通う場所に加え、「そこで働いている空間と従事者がかわいそうに見えることで、障害者もかわいそうだという気持ちが世間に生まれるのだと思います」。

それを逆転させるため、施設の空間とそこで働くスタッフにはオシャレであってほしいと願っている。

エジソン高津の隣にあるGAKUさんのアトリエ
撮影=プレジデントオンライン編集部
エジソン高津の隣にあるGAKUさんのアトリエ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「表参道の美容室」にスタッフを通わせる理由

スタッフで最も多いのは、7割を占める利用者の母親だ。彼女たちの中には、わが子の障害に責任を感じ、自己肯定感が低い人も多い。しかし、母親が自分のせいで泣いて過ごしているのでは、その子どもたちが楽しくないのは容易に想像がつく。

だからこそ、スタッフにはオシャレして前向きな気持ちになってほしい。そうした思いから、アイムでは「美容手当」を支給している。最低でも1年に2回、都内・表参道の美容室で、カットとカラーができる。地元にしていないのは、定期的におしゃれな環境に接してほしいという思いからだ。1回あたり2万円。40人のスタッフがいるから、かなりの支出だ。

エジソン高津で働くスタッフ
撮影=プレジデントオンライン編集部
エジソン高津で働くスタッフ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「給与に足して支給しても、お母さんは自分のためには使わない。だから美容院にタダで行ってもらって、後から僕が清算しています」

そこまでするのかと思われるかもしれないが、GAKUさんのアシスタントとして働く古田ココさんはこう話す。

「私は以前、ファッションデザイナーの仕事をしていたのですが、身内に障害者がいることで福祉業界に興味をもち、施設で働こうと思って面接に行きました。

ところが、どの施設でも容姿を指摘されました。『髪は染めない、ネイルも禁止』というのが業界のルールなんです。我慢できる人もいるかもしれないけど、私はこれでは自分らしく働けないと思いました。複数の施設にすべて落ちた後にたどり着いたのがアイムでした」

古田さんだけでなく、見学したエジソン高津のスタッフにも髪を染めている人がいる。皆、思い思いにオシャレを楽しんでいた。

■始めて6年、今では海外ブランドからも注目されるように

こうした施設で、息子のGAKUさんは16歳で絵を描き始め、アーティストとしての才能を伸ばしてきた。

笑顔で作業するGAKUさん。
撮影=プレジデントオンライン編集部
笑顔で作業するGAKUさん。今では年間200枚の絵を描くという - 撮影=プレジデントオンライン編集部

取材した日、GAKUさんはあらかじめ描いてあった黄色いトラに青い縦じま模様を入れていた。描く前には、絵具で洋服を汚さないようつなぎの作業服を着て、靴もビニールでカバーする。以前はこういった日常動作も古田さんが手伝っていたが、描くことにハマると自分で身の回りの支度をすべてこなせるようになった。

キャンバス前に陣取ると、迷うことなく筆をグイグイと動かす。青色が足りなくなると、古田さんに足してもらう。その表情は、実に楽しそうだ。

古田さんは、その様子をこう説明する。「言葉にはしないけど、GAKUの中では何をどう描くのかが決まっています。だから、筆に迷いがない。私のアドバイスに『ハイ』と返事をしても、まず、そうしませんから」

GAKUさんは絵を描いている途中、取材者のほうを向き、笑顔を見せることもあった。大きなサイズだが、30分ほどで一気にしま模様を完成させてしまった。

22歳になった今は、年間200枚以上の絵を描く。数十万円から、高いものでは数百万円単位の値がつく。動物の絵は、マスキングテープやメモ帳などのグッズでも販売している。米国のブランド「レスポートサック」や英国生まれの「ザボディショップ」とのタイアップでデザインを提供し、続々と商品化した。そしてこの3月からは、日本のシューズブランド「ダイアナ」とコラボした靴が発売される。どれも見ていると楽しくなる作風が支持されている。

30分ほどでしま模様を完成させたGAKUさん。
撮影=プレジデントオンライン編集部
30分ほどでしま模様を完成させたGAKUさん。絵を描いている間は集中力が高まっており、衝動的な行動をとることはなかった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■納税者どころか、雇用主になっている

父親である佐藤さんは、GAKUさんの絵を次のように分析する。

「GAKUのハッピーになれる絵は、うちの『楽しい福祉』という方針と同じところから来ている。彼の楽しい環境を福祉施設で追求した結果、彼はその楽しさを絵に反映させることができた。もし、彼にとってつらい場所を与えてしまっていたら、つらそうな絵になっていたでしょう。

療育と称して力ずくで訓練して管理する必要などなく、楽しく過ごせる環境を与えればいいのです。障害者にとっては、環境づくりがすごく重要になります」

GAKUさんの絵
撮影=プレジデントオンライン編集部

GAKUさんの活動を支えるための体制も整えられている。創作活動を支える古田さんだけでなく、ほかにもライセンス営業、デザイン、広報などの担当もいる。

「『障害者を納税者にしていこう』みたいな話が、福祉ではよくされます。しかし、GAKUはそれをすっ飛ばして、雇用主になっています」

■自由な環境を与えれば、身体の特性も個性に変えられる

佐藤さんは、障害者は福祉施設に縛られるのではなく、施設外との社会性を持つことが重要だと考える。

「GAKUは、大きい会場で自分の絵が展示されることや、コラボ商品が世に出ることに喜びを感じています。社会とつながることで、より人生が充実する。ビジネスもその一つだし、イベントを開催してお客さんに来てもらうのでもいい。こうした記事を見てもらうのもそう。社会的なフィードバックが得られる福祉を実践していきたい」

キャリア6年で、世界的ブランドとのコラボ商品を出すまでに成長した
撮影=プレジデントオンライン編集部
キャリア6年で、世界的ブランドとのコラボ商品を出すまでに成長した - 撮影=プレジデントオンライン編集部

施設利用者の中から、GAKUさんに続く才能を見出す試みも始めている。

「GAKUの障害は、自閉症です。自閉症そのものは、個性でなく生まれ持った特性に過ぎない。その特性を解放できる自由な環境を与えれば、特性を個性に転換できる。その中でGAKUのように、個性的な才能をビジネスにつなげることができれば理想的ですね」

GAKUさんの絵
撮影=プレジデントオンライン編集部

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富岡 悠希(とみおか・ゆうき)
ジャーナリスト・ライター
オールドメディアからネット世界に執筆活動の場を変更中。低い目線で世の中を見ることを心がけている。繁華街の路上から見える若者の生態、格差社会のほか、学校の問題、ネットの闇、夫婦の溝などに関心を寄せている。

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(ジャーナリスト・ライター 富岡 悠希)

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