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買いの優良企業ではなく、売りのダメ企業を吊し上げる…インドの大富豪も青ざめる「米国のカラ売り屋」の正体

プレジデントオンライン / 2023年2月28日 13時15分

インドの財閥「アダニ・グループ」のゴータム・アダニ会長(=2022年11月19日、インド・西部ムンバイ) - 写真=AFP/時事通信フォト

■首相とも結び付きの強い財閥に不正会計疑惑

今年1月24日、米国のカラ売り専業調査会社ヒンデンブルグ・リサーチが、インド屈指の財閥でモディ首相とも結び付きの強いアダニ・グループが、モーリシャスのファンドなどを使って不正会計を行っているという調査レポートを発表し、同グループの株価がこの1カ月間で6割以上下がり、約20兆円の時価総額が吹き飛んだ。

同グループは2008年のリーマンショック以降の世界的低金利下で債務を膨らませ、インフラ事業への投資や企業買収で業容を拡大してきたため、今後の資金繰り次第では、経営破綻する可能性もゼロではない。株価は今も下がり続けている。さらに事件は、一財閥の問題に止まらず、こうした疑惑を放置してきたインド政府の信用をも揺るがしており、インド証券取引委員会が調査に乗り出す事態となった。

事件の概要や推移については、数多くの報道がされており、筆者自身もメディアに寄稿したりしたので、本稿では、事件の引き金を引いたヒンデンブルグ・リサーチについて焦点を当てて解説する。

同社はニューヨークにあり、社員はわずか10人ほど(創業者、4人のリサーチャー、その他社員)である。いわゆるカラ売り専業の調査会社で、企業の不正を暴き、それをレポートにして発表し、株価が下がった時点で、レポート発表前に行ったカラ売りで利益を得ている。

■狙われた企業の株価は90%以上も下落

社名は1937年に爆発・墜落して36人の死者を出したドイツの飛行船ヒンデンブルグ号からとっており、同事故を回避可能だったヒューマンエラーによる惨事を象徴するケースとして命名したという。

創業してわずか6年だが、しっかりした調査で実績を積み重ね、同社がレポートを発表しただけで売りに入る自動プログラムを設定している投資家も少なくないといわれる。

図表1は同社が手がけた主な案件の一覧表で、調査レポートを発表(その直前にカラ売り実行)した時点の株価と現在の株価を比較したものだ。17社のうち、レポート発表時点に比べて現在の株価のほうが低い会社は14社、90%以上下がった「完勝案件」は9社という赫々(かっかく)たる実績である。

また現在の株価のほうが高い会社は3社あるが、うち2社はいったん株価が半値以下になった後、経営を立て直したもので、下がった時点でカラ売りを手仕舞っていれば利益は出ていた(不祥事でいったんつぶれかけた会社が何年かたって持ち直すことは、オリンパスのように時々ある)。

【図表1】ヒンデンブルグ・リサーチのカラ売り案件の実績
筆者作成

■創業者のネイサン・アンダーソンは何者か

同社を創業したネイサン・アンダーソンはコネチカット州出身のユダヤ人である。子ども時代に、正統派ユダヤ教(モーセの律法を厳しく遵守するユダヤ教の宗派)の学校に通っていたとき、旧約聖書の『創世記』は進化論と互換性があると、ラビ(ユダヤ教の指導者)の長を説得しようとしたというエピソードがある(ラビは納得せず、アンダーソンはまもなく学校を辞めた)。

子ども時代から理屈の通らないことがあれば、多くの人々に反感を持たれようとも意に介さず、疑惑を解明しようとしたり、異議を唱えたりする性格だった。

2006年にコネチカット大学(国際経営学専攻)を卒業しているので、今は40歳くらいである。大学時代はイスラエルのヘブライ大学に留学し、救急隊員として働いた経験がある。

大学卒業後、コネチカット州の金融データおよびソフトウェア会社、ヴァージニア州のヘルスケア業界中心の投資会社、ニューヨークの金融サービス会社で合計8年余り働き、2015年4月に独立した。会社に所属していたときは、上司が投資向きのいい会社を探せと言っても、ポンジ・スキーム(ネズミ講詐欺)などの企業の不正を発見すると、それを解明するために何カ月も費やしたりし、やがて自分はロング(買い)の投資ではなく、ショート(売り)の投資に向いていると自覚した。

■業界の「底辺」から実力でのし上がってきた

ヒンデンブルグのカラ売り案件が医療・ヘルスケア業界に多いのは、アンダーソンの経歴と、同業界の専門性が高く、それゆえ不正の温床となりやすいことからきていると思われる。

アンダーソンは、ハーバードやスタンフォードでMBA(経営学修士)をとってゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーに就職するエリートとは明らかに異なる、金融業界の底辺に近いところから実力で世に出てきた人物である。独立したときは、マンハッタンの小さなアパートで婚約者、生まれたばかりの赤ん坊と3人で暮らしており、金に困って家賃の支払いに何度も遅れ、追い出されそうになったという。

風貌は、痩せ型で背が高く、茶色く短い頭髪、眼光鋭く、頬と口の周りに黒い髭をたくわえ、いかにも反骨精神が旺盛そうな風貌をしている。一見大学院生のような雰囲気を持ち、話し方は穏やかで、他の一部のカラ売り屋のように大口は叩かない。2001年にエンロンの財務諸表を読み込み、不正会計を見破って同社を売り倒したジェームズ・チェイノスに似たタイプである。優れたトラックレコード(過去の実績)を持つカラ売り屋は、こういうタイプが多い。

■なぜ市場に「カラ売り屋」が必要なのか

日本ではカラ売りという語感だけで感情的に反感を持つ人が多いが、筆者に言わせれば、株価が上がることを期待してロング(買い)から入る投資家もいれば、彼らのように株価が下がると予想してショート(売り)から入る投資家もいるというだけのことである。むろん虚偽の情報を流して(風説の流布)株価を下げようとすれば違法で刑事罰の対象になるが、分析に基づいて根拠のあるレポートを書くことは、なんらやましいことではない。

株取引をする男性
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

むしろ彼らがいなければ、企業の不正が暴かれる可能性は格段に少なくなる。証券会社のアナリストは、自社と企業の関係を慮って、企業の問題点をストレートに指摘することはなかなか難しく、買いの推奨に傾きがちだからである。企業の情報を徹底分析して売りを推奨するカラ売り屋がいない日本の証券市場に筆者が物足りなさを感じるゆえんである。

カラ売りは買い持ちよりリスクが大きい。買いなら株価が将来投資額の何倍にもなる可能性があり、株価が下がっても投資額の100パーセントを失えばすむ。これに対して、カラ売りは最大でもカラ売りをした額しか儲(もう)からない反面、ロスは無限大である。アンダーソンもレポートを発表するとき怖くて、発表前に何度も考えると言っている。

■リスクをとっても大企業の不正を追及したい

買いはターゲット企業に喜ばれるが、カラ売りは訴えられるリスクもある。特に訴訟費用をいくらでも払えて、カラ売り屋を破産させるために「スラップ訴訟」を仕掛けてくる大企業は怖い相手である(アンダーソンはこれまで3度訴えられたという)。

そこまでして売りから入るのは、儲けよりも自分の見立てが正しいことを証明したいと熱望し、企業の不正を追及したいという、ジャーナリストやハンターに似た心理があり、それによって社会や市場に貢献できるという信念があるからだ。

ヒンデンブルグ・リサーチを一躍有名にした案件は、2020年9月に行った水素燃料電池のEVトラック・メーカー、ニコラ・コーポレーション(本社アリゾナ州フェニックス)に対するカラ売りだ。同社の創業者で会長だったトレヴァー・ミルトンは、完成はおろか製造の目処もまったく立っていなかったEVトラックを完成したものとして、トラックが走っている動画まで発表した。同社はナスダックに上場し、株価は一時65ドル90セントをつけ、時価総額は300億ドル(約4兆200億円)を突破し、ミルトンは全米屈指の富豪となった。

■実は、トラックを坂の上から転がしただけ

これに対してヒンデンブルグが、トラックが走っている動画は、ソルトレーク・ヴァレー西側にある「モルモン・トレイル・ロード」が傾斜角度3度の坂道であることを利用し、パワートレーン(駆動装置)もないトラックをただ坂の上から転がしただけであるとレポートですっぱ抜いた。それ以外にも同社が発表した画期的な車載用インバーター(逆変換回路)は市販のもので、投資家には製造会社のロゴをテープで隠して発表したことや、EVトラックの製造の目処もまったく立っていないことを指摘した。

同社の株価は瞬く間に暴落し、現在の株価は2ドル51セントである。レポート発表の2週間後に同社会長だったミルトンは辞任し、その後、逮捕され、昨年10月に証券詐欺罪など3つの罪で有罪判決を受け、現在は量刑待ちである。

ヒンデンブルグが、ニコラの事件を手がけるきっかけとなったのが、ニコラが不正を行っていることをSEC(米国証券取引委員会)に告発しようとしていた元従業員の代理人を務めているソルトレークシティの弁護士マーク・パグスリーから連絡を受けたことだ。元従業員と弁護士は、膨大な量の財務資料やSECへのさまざまなファイリング(届出書)を分析する能力のあるカラ売り屋の助力を必要としていた。

■内部告発で市場を浄化しやすい制度が整っている

ここでおもしろいのは、米国のSECは不正を行った企業からとった制裁金の10~30%を報奨金として内部告発者に与える制度を持っており、それを専門の商売にしている弁護士がいることだ。

ニコラのケースでは1億2500万ドル(約167億5000万円)の制裁金を支払うことでニコラとSECの間で2021年12月に合意ができている。仮に報奨金がその10%としても16億7500万円となり、これを3人の内部告発者、ヒンデンブルグ、弁護士の5者で分けると、1人当たり3億3500万円となる。30%の報奨金になることも多く、その場合は1人あたり10億500万円にもなる。

日本では内部告発に対する報奨金制度はなく、逆に内部告発者が社内で配置転換など不利益をこうむるケースも少なくない。一方米国では報奨金制度があるので、後顧の憂いなく内部告発ができ、それが市場の浄化に寄与している。パグスリー弁護士は現在100件超の内部告発案件を抱えているという。日本もこうした制度の導入を検討してもいいのではないだろうか。

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黒木 亮(くろき・りょう)
作家
1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、貿易金融、航空機ファイナンスなどを手がける。2000年、『トップ・レフト』でデビュー。主な作品に『巨大投資銀行』、『法服の王国』、『国家とハイエナ』など。ロンドン在住。

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(作家 黒木 亮)

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