「体調が悪くても、家事と"夜のおつとめ"を要求される」それでも妻が夫のモラハラを否定するワケ
プレジデントオンライン / 2023年3月2日 11時15分
■夫が「モラ夫」であることを否定する妻
40代の控えめな印象の女性Aさんが事務所に相談に来た。離婚するかどうか迷っているという。
話を聞くと、夫は毎日のように彼女を怒るのだという。例えばある時は、彼女がひどい生理痛をおして夫の帰宅を玄関まで出迎えたのに、「しけた顔をしている」と怒ったそうだ。こうしたことはしょっちゅうだという。典型的な“モラ夫(お)”(モラハラをする夫)だった。
そこで私が、「モラ夫ですね」と言うと、彼女は、「でも、私も言い返すから……」「私は家事も不十分だし、料理も下手だし……私にも悪いところがある」などと、夫がモラ夫であることを懸命に否定し始めた。
弁護士として、離婚法律相談に多数対応していると、夫の“モラ度”が高いほど、妻は、「夫がモラ夫であること」を否定する傾向にあることに気づく。私は、これを、「モラ被害のパラドックス」と呼んでいる。
このような妻たちの夫はどうか。やはり、モラ度が高いほど、自らがモラ夫であることを否定する。つまり、「モラ被害のパラドックス」は、同時に、「モラ加害のパラドックス」でもある。
■妻はなぜモラハラを認めないのか
モラ被害を否定する妻たちの多くは、父親がモラ夫であることが多い。つまり、「男ってこんなもの」「威張っていて当たり前」と受け入れてしまう素地がある。
しかし、明治~昭和に、夫のモラハラが当たり前だった「モラ文化」を生き抜いてきた世代とは異なり、現代の女性の多くは、夫からいじめられる(モラハラを受ける)と、心身が確実に壊れていく。私たちは、個々の人格が尊重されるべき時代に生きているのだ。
ところが、心身が傷ついた妻ほど、自分が傷ついていることを認められない。おそらく、認めてしまうと、これ以上、頑張れなくなってしまうのだ。被害を受けている妻の多くは、「私が(も)悪い」と自らを責め、「私さえ我慢すれば、家庭は平和になる」と考えるのだ。
他方、モラ夫は、自らの言動の問題性を認識していないことが多い。男尊女卑、性別役割分担等の価値規範群(モラ文化)は、幼少期から人格の基礎部分に刷り込まれており、超自我(本人/自我を指導監督する価値規範群)の一部として、その男性の人格の基礎部分に存在している。自我は、意識的、無意識的に超自我に従っているので、よほど自分を客観的に観察・分析する力に長けていないと、自らの言動の問題性に気づくのは難しい。
■「おしどり夫婦」に見えるモラ夫と妻
モラ夫は、妻を非難する際、「普通ならここで、○○するだろう」と「普通」を強調するが、ここでモラ夫が言及する「普通」とは、彼の超自我に組み込まれた価値規範群に照らして正当であることを意味していることが多い。男性が、モラ文化に無批判に従っているほど、モラハラも激しくなるが、男性本人は、自らに刷り込まれた価値規範群に従っているだけなので、何ら非難される筋合いはないと信じている。
こうして、モラ加害が激しくなるほど、モラ夫自身が自らの言動の問題性に気付くことが難しくなる。
このような夫婦は、周りにはどう映るのか。夫がほどよくリードし、貞淑な妻が控えめに付き従う夫婦にみえることが多い。その結果、世間から「おしどり夫婦」などと評価される。
2015年、あるロック歌手の離婚で、「夫のモラハラ」が主張され、モラハラという概念が日本社会に広がった。この夫婦は、離婚裁判が起きるまでは、「おしどり夫婦」として有名であった。
■次々出てくる「離婚できない理由」
Aさんは、その後も何度も法律相談に訪れた。離婚するべきかどうか、悩み、結論が出なかった。
![モラ被害のパラドックス](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/7/1200wm/img_074959a923344a673969b0c784b5746e405105.jpg)
夫がモラ夫であるかどうかはさておき、結婚生活はAさんにとっては辛いものであった。彼女は、夫婦生活においては「よい妻」を演じていたが、その心は傷つき、ボロボロだった。メンタル不調にも悩まされるようになり、心療内科に通院していた。
ところが、「離婚したいのですか」と聞くと、「『離婚』には憧れるが、現実的ではない」と言い、以下のような、「離婚できない理由」を次から次へと述べ始めた。
① 夫を怒らせる原因は私にある。私は家事もちゃんとできておらず、料理も下手なので。
② 私も夫に言い返し、反撃しているので、お互い様だと思う。
③ 別居・離婚後の生活を自分で成り立たせる自信がない。
④ 実家などに迷惑をかけたくない。
⑤ 子どもには父親も必要。子どもから父親を奪いたくない。
⑥ 夫が怖くて、別居や離婚を言い出せない。
⑦ 夫は別居や離婚を許してくれない。
⑧ 私は、まだまだ頑張れる。
多くの相談者は、法律相談までに離婚するかどうかといった方針を決めておくべきだと考えている。弁護士にもそうした考えを持つ人がいて、「離婚するかしないかお決めになって下さい」と相談者に迫ることがある。しかし、離婚するかどうかは、その後の人生を全く違うものにしてしまう重大な決断であり、迷う方がむしろ自然だろう。
Aさんも、初めて法律相談に訪れてから離婚を決断するまで、平均1カ月に1回のペースで相談に訪れ、結局1年かかった。最後の2~3回の相談では、別居してから離婚成立までのシミュレーションを繰り返し、最終的に無事離婚にたどり着くであろうことを確認し、ようやく決断した。
■「そこまで思い詰めていたとは……」
Aさんが別居を決行したその日の午後、私はAさんの夫に電話して、Aさんの別居を伝えた。「なるべく早く、会って話したい」と言ったところ、Aさんの夫は、その日の夕方、会社を定時で切り上げて、私の事務所にやってきた。
Aさんの夫は、「妻がそこまで思い詰めていたとは知らなかった」という。昨日まで仲の良い夫婦で、家族で一緒によく旅行にも出かけ、週末は外食などにもよく行った。一度だけ、妻があまりに理不尽なことを言い立てたとき、大人しくさせるために壁を叩いたことがあるという。
■1審では棄却、控訴審で離婚が成立
Aさん夫婦の事案は、その後、離婚調停、離婚裁判、控訴審と進んでいった。夫は離婚に同意せず、調停は不成立で終わり、離婚裁判になったのだ。
離婚裁判で、専業主婦だったAさんが証言した、夫のモラハラは、次のようなものだった。
・友人と食事会、飲み会があり出かける時は、事前に夫の許可が必要だった
・料理について、いつも怒られていた。例えば、鍋に食材を入れる順番がおかしいと怒鳴られた
・部屋にゴミなどが落ちていると叱られ、延々と説教された
・体調が悪くても、家事や“夜のおつとめ(性行為)”を要求された
・何か気に入らないことがあると不機嫌になり、1日中無視された。外出する際に結婚指輪をし忘れていたら、翌日まで不機嫌になり無視された
・怒ると、壁を叩いて大声で怒鳴る
離婚弁護士の見解としては、これらの「モラハラ」では離婚は確実とはいえない。担当する裁判官の人生観、家族観によっては、離婚が認められないことがある。そしてAさんの案件について、家庭裁判所(1審)では、夫の言動は、婚姻関係を破綻させるほどのものであるとはいえないとして、離婚請求は棄却された。
その後、事案は控訴審に移る。控訴審は、一転、家裁の判決を取り消し、改めて離婚を言い渡した。諸事情や経緯を鑑みて、婚姻生活を続けることは無理であり、婚姻関係は破綻しているとの判断であった。
■自分がモラ夫か、本人にはわからない
Aさんの夫は、日常的にAさんを叱り、非難し、説教していた。つまり、「主人」としてAさんに君臨していたのである。彼が、モラ夫であることは間違いない。しかも、常にモラハラ案件を扱っている私から見ても、モラ度の相当程度進んだ事例である。
ところがAさんは、我慢に我慢を重ね、心身が壊れるまで離婚を決断できず、離婚を決断する直前まで、夫の行為がモラハラだと認めなかった。そして夫の方は、離婚判決が出た後もなお、自らがモラ夫であることを認めないだろう。
男性が「自分はモラ夫ではない」と信じていても、それが加害者パラドックスによるものである可能性は捨てきれない。特に、妻に対し「指導している」夫は、モラ夫である可能性が高いだろう。
他方、妻たちも、「自分にも悪いところがある」との自責の念が強く、我慢を重ねている場合、モラ被害のパラドックスの典型例である可能性が高い。
夫のモラハラは、確実に妻の心身を壊し、夫婦仲を悪くする。しかし、夫と妻の双方がそれをモラハラと認識していないせいもあり、モラ夫と妻は、傍目からは「おしどり夫婦」に見えることが非常に多い。結局、本人たちも周囲もモラハラに気付かないまま、破局に進む夫婦も少なくない。日本ではこうした、夫婦の「隠れモラハラ破綻」が、実はかなり多いのではないだろうか。
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弁護士
1959年生まれ。1978年International School of Bangkok卒業。1982年に上智大学法学部法律学科卒業、1989年弁護士登録。1992年に独立し、さつき法律事務所を開設。外国人を当事者とする案件、離婚案件などを含む一般民事事件を中心に弁護士業務を行う。2015年ごろからTwitter(@SatsukiLaw)でモラ夫の生態についてツイートしている。2018年9月からは、4コマ漫画「モラ夫バスター」を週1本ペースで掲載。
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(弁護士 大貫 憲介)
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