「スパイ気球の撃墜」にも確認が必要だった…中国のやりたい放題になってしまう「日本の防衛の3つの穴」
プレジデントオンライン / 2023年3月1日 10時15分
■日本政府が掲げる「抑止力」とは何なのか
「日本の防衛政策では抑止と防衛(対処)の区別が明確でなく、抑止の概念や用法に曖昧さがあることが問題点」
これは、2001年から防衛大学校の教授を務めた岩田修一郎氏が、2017年12月に発表した論文「日本の防衛政策と抑止―韓国及びオーストラリアとの比較考察―」(グローバルセキュリティ研究叢書第1号)の一節である。
岩田氏は、この中で、北朝鮮について「弾道ミサイルの完璧な迎撃は困難」と記し、中国に関しても「日本独自の拒否的抑止は限定的」と結んでいる。
岩田氏の指摘から5年余り。国会では、連日、岸田政権が掲げた防衛力強化をめぐる論戦が繰り広げられている。
ただ、「抑止」とは、やられたらやり返す「報復的抑止」なのか、それとも「専守防衛」の名の下に迎撃に徹し、国民の命はシェルターなどを設けて守り抜くという「拒否的抑止」なのか釈然としない。
■相手が思いとどまらなければ効果はない
台湾有事や朝鮮半島有事の勃発に備えた防衛策に関しても、防衛費を大幅に積み増しすることで「ようやく1歩を踏み出した」という状態にすぎない。
2月15日、衆議院予算委員会で、持ち時間30分のうち実に25分もの間、防衛に関する持論を展開した自民党の石破茂元幹事長も、その1カ月ほど前、外国特派員協会での記者会見で、次のように語っている。
「日本がどういう力を持てば相手が攻撃を思いとどまるかを考えることが重要。相手が思いとどまらなければ抑止力の効果はありません」
「たとえば100発もミサイルが飛んで来たら、何発か落ちてしまうので、日本の防衛は万全ではありません」
これらの見方は、前述した岩田氏の指摘に共通するものだ。逆を言えば、日本の防衛にはさまざまな面で「大きな穴」がいくつもあるということになる。その事例を3つ紹介する。
■台湾有事の最前線、沖縄住民の不安
1つは、政府の説明不足による住民不安という「穴」だ。
沖縄県の先島諸島では、2016年の与那国島を皮切りに、宮古島などにも陸上自衛隊の駐屯地が設置されてきた。そして石垣島にも、3月16日頃、初めて陸上自衛隊の駐屯地が開設され、地対艦ミサイル部隊など570人が駐留することになる。
台湾有事を思えば、台湾や中国に近い島々に駐屯地が置かれるのはやむを得ない。とはいえ、住民の理解が進んでいないという点は大きなネックになりかねない。
「新たに基地が増設される場所は、今の自衛隊駐屯地の近くの私有地です。町側は手が出せません。政府から説明してもらいたいと思っています。住民避難のため大型船が停泊できる港の整備、そして、先日、政府に陳情しましたが、シェルターは不可欠です」(与那国島・嵩西茂則町議会議員)
「住民の関心は、外資系ホテルができるので観光振興に向いていますね。自衛隊が増強されるというのは仕方がないことですが、弾薬庫が住宅地の近くというのは不安です。もちろんシェルターだってほしいです」(宮古島・黒澤秀男エフエムみやこ社長)
「住民投票を求めてきましたが、条例から住民投票に関する項目が削除されてしまいました。これでは声を上げることができません。反撃能力を持ったミサイルが配備されるかどうかはわかりませんが、『どうせ配備されるんだろ?』と半ばあきらめています」(石垣島・金城龍太郎「石垣市住民投票を求める会」代表)
自衛隊駐屯地を強化すれば相手国から標的にされるという「防衛パラドックス」が生じる。それにもかかわらず、住民への詳細な説明がない、相手国から攻撃された場合、空路と海路しか住民の避難ルートがない、などといった現状は、真っ先に改善すべきである。
■相手が攻撃に動くまで自衛隊は応戦できない
2つ目は法整備の「穴」だ。
毎年夏、東京・市ヶ谷のホテルでは、防衛相経験者や元自衛隊幹部らが集まり、台湾有事を想定したシミュレーションが実施される。
筆者が取材した2022年8月のシミュレーションでは、安全保障関連法で定めた「事態認定」をめぐり、「これが重要影響事態なのか存立危機事態なのか、それとも武力行使事態なのか」の認定に時間を要し、あくまで机上の話だが、自衛隊が沖縄の海域に展開する前に、海上保安庁や沖縄県警に犠牲者が出た。
現行法では、たとえば尖閣諸島への上陸や先島諸島の島々への攻撃が始まるまで、自衛隊は応戦できないためだ。
■偵察気球すら撃ち落とせない残念な状況
この点で言えば、侵略とまでは言えない主権の一部侵害、つまり不法に領域に進入するといったグレーゾーン事態に対応するための法律(領域警備法など)の制定を急ぎ、事態が深刻化する前に自衛隊を現地に展開させることができる法整備が急務になる。
また、住民避難の面から言えば、現在の国民保護法制が、有事になってからでないと適用できない点も課題になる。グレーゾーン事態の間に、国民保護法を適用し、住民を円滑に避難させる仕組みも必要になる。
加えて言えば、アメリカ軍が撃墜したことを契機に話題となっている気球への対処だ。自民党は、仙台市など日本の上空でも確認された中国のものと推定される気球について、武器使用基準を改め、再び飛来した場合には撃墜できるよう方針転換した。
自衛隊法84条では、外国の戦闘機など有人機が領空を侵犯した場合、必要な措置を講じることができると規定している。ただ、撃墜は正当防衛と緊急避難の場合に限られてきた。これが見直されれば防衛にはプラスになるが、日本上空には、観測用の気球が数多く飛んでいることも忘れてはならない。
「自衛隊機に乗る際は気を付けながら飛んでいます。怪しい気球と気象観測等の気球を見分けるのは難しく、高度1万5000メートル以上の高さを飛ぶ気球を戦闘機で撃ち落とすには相当なテクニックが必要になります」(防衛省航空幕僚監部の一等空佐)
気球撃墜の難しさは、航空自衛隊トップの井筒俊司航空幕僚長も2月16日の定例記者会見で認めている。事実、アメリカは2月12日、ミシガン州の上空で、F22戦闘機が飛翔物体を撃墜したが、その際、1発目を外している。
ツインエンジンを持つ高出力のF22戦闘機ですら高い高度での撃墜は難しいのだ。自衛隊にはF22戦闘機がないため、F15戦闘機で代替するほかない。
■ニッポンの防衛産業は簡単には復活できない
3つ目は、日本の防衛産業が極めて「お寒い」状況にあるという「穴」である。
近年、自衛隊向けに砲弾や装甲車両を提供してきたコマツや、機関銃などの製造を手がけてきた住友重機械工業など大手メーカーが相次いで防衛装備品の製造を打ち切った。
コマツで言えば、もともと防衛装備品の売り上げは280億円程度と、全体の売り上げの1%にすぎなかったところに、装甲車両にも排ガス規制を適用しなければならなくなり、技術開発費がかさむようになったためだ。
どうにか新型の装甲車両を開発したとしても、三菱重工業など他社や外国のメーカーに防弾性能などで見劣りすれば採用されない。これではコストを回収できない。
住友重機械工業の場合も、国産の機関銃は少数生産で外国製の5倍近い価格になってきた。それも多くがライセンス生産のため利益率が2%程度と低いのに加え、日本には、紛争地域への武器輸出などを禁じた「武器輸出禁止3原則」という縛りがあるため、顧客は自衛隊に限定される。「これではやってられない」と判断するのも道理である。
■日本の防衛力強化で潤うのはアメリカだけ
そんな中、岸田首相は、国会での論戦で、反撃能力(敵基地攻撃能力)保持のために、今後5年間で、アメリカの巡航ミサイル「トマホーク」を大量購入(最大400発)すると繰り返し述べてきた。
これで儲かるのはアメリカだけだ。日本の防衛産業には何のプラスにもならない。最新型であるため、使用訓練もアメリカに一任し儲けさせることになる。
政府は、日本の防衛産業に対し研究開発を支援する方針だが、今の状況で、「12式ミサイル」の射程を長くするとか「極超音速誘導弾」の開発を急ぐとか、政府が目指しているような技術開発が容易にできるとは到底思えない。
ちなみに韓国は、国を挙げて防衛産業の発展を後押ししている。2022年9月、ソウル近郊で開かれた防衛産業展を目の当たりにしたが、世界約50カ国からバイヤーが押し寄せ、活況を呈していた。
展示品の大半はアメリカの兵器のジェネリック版だが、高性能で価格は安い。しかも韓国側は、メーカーに補助金を出すだけでなく、防衛装備品を売る相手国の財政状況や地域事情を調査する支援までしている。至れり尽くせりのサービスで、「さすが、西側の兵器工場と言われるだけある」と感嘆したものだ。
■すでに台湾侵攻の予行演習は終わっている
こうして見ると、日本の防衛力強化は「牛歩」のようなものだ。ただ、台湾統一を目指す中国の習近平総書記も、今後1~2年は「牛歩」戦術をとらざるをえない。
台湾侵攻を想定したミサイル発射実験は、2022年8月、アメリカのペロシ下院議長(当時)が訪台した直後、台湾東北部海域(つまり与那国島などに近い海域)を含め、11発の「東風」ミサイルを発射することですでに予行演習を終えた。
当面は、ロシアとウクライナの戦争の行方、2024年1月の台湾総統選挙、同年11月のアメリカ大統領選挙の結果をじっくりと分析しながら、国内経済の建て直しに傾注すると考えられる。
また、最近で言えば、習近平総書記自ら、イランのライシ大統領と会談したり、外交トップの王毅政治局員をロシアのプーチン大統領と会談させたように、北朝鮮も含めた専制主義国家との関係をより強固なものにする期間にするだろう。
■虎視眈々と軍事力強化を進める習近平
仮に、アメリカのマッカーシー下院議長が訪台するようなことがあったとしても、台湾総統選挙が終わるまでは前回のような派手な演習は自制し、水面下で軍事力の増強を進めると筆者は見る。図表1を見ていただきたい。
これを見れば、過去20年余りの間、中国がアメリカに比べどれだけ軍事力を増強させてきたかが一目でわかる。
KGB(ロシアの情報機関)出身のプーチン大統領とは異なり、習近平総書記は太子党(共産党幹部の子弟から成る派閥)出身のお坊ちゃんだ。負けられない戦いを前に無理はせず、図表1で示した戦力に、3隻目の空母「福建」や強襲揚陸艦などが加わり、北朝鮮も連動して動く環境が整ったとき、動き出すのではないだろうか。
当然のことながら、日本としてはそのときまでに「大きな穴」をできる限り小さくし、アメリカはもとより、韓国との連携も強化しておくことが不可欠になる。
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政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『日本有事』(集英社インターナショナル新書)『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、ほか多数。
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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)
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