「結果より過程」は科学的に正しい…部下のやる気を「高める声かけ」と「殺す声かけ」の脳科学的な違い
プレジデントオンライン / 2023年3月6日 10時15分
※本稿は、大黒達也『モチベーション脳』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。
■「努力」×「成果」×「魅力度」
モチベーションを上げるための重要な概念のひとつに「期待理論」というのがあります。これは、心理学者ビクター・ブルームが提唱し、その後レイマン・ポーターとエドワード・ローラーが系統立てました。期待理論によると、やる気は次の3つの構成要素の掛け算によって決まります。
「努力」×「成果」×「魅力度」
期待理論では3つの要素のすべてが期待できなければ、モチベーションが上がることはありません。逆にこの期待理論を応用して目標を立てることでモチベーションが高まり、目標の達成確率も上がります。
とくに重要なのは、「自分にはできるという実現可能性」と「その行動に対する魅力度」です。そもそも目指すべき目標が魅力的でなくては、やる気は起きません。また、魅力的であっても「やればできる」という自信がなければ、努力する気にならないでしょう。
■「あなたならできる」が成果を高める
つまり、モチベーションを上げるためには、(1)努力が成果へと結びつくことが期待でき、(2)成果が報酬へと結びつくことが期待でき、さらに(3)報酬も魅力的でないといけないのです。
また、期待とモチベーションに関連したものに「ピグマリオン効果」があります。これは、他人からの期待によって作業の成果が高まる心理的効果のことをいいます。
仕事でいえば、上司から期待されるとやる気が出て、結果的にもうまくいくような状態です。相手から「あなたならできる」といわれると自信がついてモチベーションが上がったり、「あなたがいないとだめだ。必要な人材だ」といわれたりすることで「やってやるぞ」という意気込みが湧きます。これは、自己決定理論の3つの基本欲求のうち「有能感」「関係性」に相当するといえます。
■内発的モチベーションの高い脳へ変化
他者からの期待なので、脳の外発的モチベーションに依存していますが、これらを高めていくと、最初は外発的モチベーションが高くても、やがて内発的モチベーションの高い脳へと変わっていきます。
![脳が描かれた光る電球を持つ手](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/3/1200wm/img_53ed364b315ba1c11b4ad317fe6e0e7083972.jpg)
自己決定理論が示すように、最初は第1段階の「外的調整」による外発的な影響を受けていますが、相手からの期待によって第2段階の「取り入れ」、つまり義務感や責任感が生じ、仕事をこなしていくうちに必要性を認識できるようになるので段階が上がり、「自律性」も増します。その結果、最終段階である内発的モチベーションが増大するのです。
以上のように、まずはやる気を構成する3つの構成要素をもとに行動が達成可能か、「自分自身への期待」を確認すること。そして、自己決定理論の3つの基本欲求の「有能感」「関係性」を高めるような「相手からの期待」について考えてみることが大切です。関係性が高まると、自分自身だけでなく相手のモチベーションを高めることにもつながるのです。
■脳が「当たり前」と感じるほど習慣化する
脳には、同じ経験が繰り返されることで「当たり前」と感じる「馴化」という機能があります。脳の馴化は、モチベーションを下げるだけでなく上げる効果も持っています。「最初は面倒だったけれど、続けていくうちに慣れてきた」という「習慣化」の力です。この機能を使って、「やらないと落ち着かない」と感じるほどに習慣化すればモチベーションも高まるのです。
たとえば、極端にいえば朝にコーヒーを飲まなくても死ぬことはありませんが、何も取りかかれない人もいます。準備が面倒なので気が進まなかったけれど、ある日通勤前にひと泳ぎしたら頭が冴えて、それ以来、朝に泳がないとすっきりしないといったケースもあるでしょう。
仕事に関しても同様です。最初は面倒だったり集中しないとできないので疲れるような作業でも繰り返すことで習慣化し、「手続き記憶」のようにストレスなく無意識的にこなせるようになります。出勤の挨拶、朝のメール確認、定例会議などは面倒に感じるときがあるとはいえ、まったくやらないと不安になったり、一日の仕事のリズム感がとれなかったりなどパフォーマンス自体も下がります。習慣化による馴化にはモチベーションを上げる効果があるのです。
■人間が「縁起担ぎ」に頼ってしまうワケ
「習慣化」によるモチベーションアップを説明する脳のメカニズムとして、脳のワイヤリング(物事と物事の「つながり」の形成)があります。
ワイヤリングの例として、条件反射があります。条件反射で代表的な「パブロフの原理」は、ベルを鳴らしてから犬にエサを何度も与えつづけると、ベルの音を聞いただけでよだれを出すという実験結果から生まれた理論です。ベルの音を処理する神経細胞と、よだれを誘発する神経細胞がつながる(ワイヤリング)ことで起こります。
習慣化もパブロフの原理を応用するのが効果的といえます。モチベーションを上げるなんらかの行動を何度も続けることで行動とモチベーションがワイヤリングされ、しだいにその行動をしただけでモチベーションも自動的に上がります。
じつは、こういったワイヤリングは、気づかないうちに多くの人が行っています。毎日続けることで行動がルーティン化(習慣化)され、結果的にその行動をしないとモチベーションも上がらなくなってしまうのです。
似た事例に、縁起を担ぐ行動があります。大事な商談のときに必ず身につけるネクタイや服、試合の前に必ず食べるものなど、誰しもひとつはあるのではないでしょうか。ワイヤリング自体が成果に直接的に結びつくということはありませんが、自分自身が安心し、本番に向けて最大限のパフォーマンスを発揮することにつながります。
■結果が得られなくても、努力を維持する方法
内発的報酬のひとつとして、努力によって得られる「達成感」があげられます。これは努力が報われ、目的を達成しないかぎり得られませんが、努力は必ずしも報われるとは限らないものです。そのため、目に見える成果としての達成感だけを報酬としては、内発的報酬を得る機会はほとんどなくなってしまいます。
内発的報酬の「やりがい」「行動自体のワクワク感」は結果を期待した努力によって得られたものではなく、努力そのものが報酬である状態です。ある研究によると、努力自体に報酬が得られると、努力の結果にかかわらずモチベーションがとても高まり、努力を維持できると報告されています。
■上司や教師は「努力そのもの」を褒めてほしい
多くの人は努力が苦手で、なるべく楽な方法をとろうとします。これはいろいろな理由が考えられますが、内発的・外発的な枠組みで考えると、そもそも現代社会の多くが外発的報酬に基づいて成り立っていることがあげられます。
成果主義の昇任・昇給システムのもとで努力する、勉強をがんばった成果としてテストの点数や成績がアップするといったことが代表的な例でしょう。このようなシステムでは、最終目標は努力自体ではなく昇任・昇給、点数や成績であり、なるべく楽にその目標を叶えたいと思うのは自然な流れです。そのため楽な方法を考えて、できるだけ「努力しなくてすむような努力」をしています。これでは自分の成長にとっても、また社会の発展にとってもマイナスです。
一方で、報酬を順位やお金ではなく行動に対する努力にすると、最初は順位やお金といった外発的報酬のために努力していても、しだいに行動が習慣化してきて、その後は努力そのものが内発的報酬となり、外発的報酬がなくても続けられるようになります。
上司や教師も、努力の「結果」を褒めるのではなく、「努力そのもの」を褒めることが大切です。それによって、結果にかかわらず報酬が得られるため努力しつづけるようになり、最終的には報酬がなくても努力自体が好きになる(努力に対して自分で報酬を与えられる)でしょう。
![子供を褒める両親](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/7/1200wm/img_97c569b0ec36e31c3712be7de8a148a4141727.jpg)
■「結果より過程が大事」は正しかった
最近の研究によると、教師の指導スタイルが学生のモチベーションに大きく影響していると示されています。生徒の努力や戦略に対する賞賛や批判は、成長の余地があると本人が認識することにつながり、柔軟な知性を生み出しやすいそうです。
教師が生徒に与えるフィードバックが、生徒の意欲にプラスにもマイナスにも影響します。教える立場にある人は相手が「やる気があるかないか」よりも、やる気を阻害するようなフィードバックを自分がしていないかを見つめ直したほうがいいでしょう。
努力や戦略に対する報酬が最終的に良い結果を生む理由は、よくいわれる「結果より過程が大事」とも通じます。何事も最初からうまくできる人などいません。誰もが失敗をもとに解決方法を模索し、脳内でも「トライアンドエラー(予測誤差の解決への努力)」を繰り返して最終的に解決しています。長引くこともありますが、この試行錯誤こそが最高の解決方法や技術の獲得につながります。
逆にいえば、一瞬で解決できることはほかの人も簡単にできることが多いですし、オリジナリティが少ないケースがほとんどです。お金を1000円稼ぐという目標を達成するためには1時間アルバイトをするのがいちばん簡単な解決方法でしょう。そこにあまり戦略はありません。
一方で、1000円稼ぐための新しい方法を見つけるためには、アイデアを練る時間と、失敗を繰り返しながらトライする行動が必要になります。この過程自体を評価することでそれが報酬となり、オリジナルのアイデアが生まれたり、もっと大きな成果になったりする可能性があるのです。
■試行錯誤の繰り返しがワクワク感を増やす
どんなに努力しても、「結果が出なければ意味がない」とよくいわれます。結果が重視され、そこにいたる過程はあまり気にされません。また、過程を大事にしない人は「結果が出なければなんの意味もない」と考えがちで、過程に費やした時間も無意味なものと思ってしまいます。けれど、たとえ結果が出なくても、その過程で統計学習を通して得られた知識は確実に脳内にあり、その後の行動や判断に大きく影響を与えています。
![大黒達也『モチベーション脳』(NHK出版新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/f/1200wm/img_bf060ea804c01f219ab3213c1aee7bad93984.jpg)
結果より過程のほうが、圧倒的に内発的報酬があふれています。脳の統計学習から見れば、さまざまな事象の不確実性を減少させることが「結果」ですが、そこにいたるまでに脳は多くの予測エラーを起こし、修正を繰り返しています。その過程において、失敗経験から徐々に不確実性を下げる道筋が立ってくるため、脳は「そろそろ解決できそうだ」と期待が高まります。このワクワク感が最高の内発的報酬であり、内発的モチベーションとなります。
同程度の不確実性の減少でも、一瞬で解決するより試行錯誤を繰り返すほうがワクワク感や期待が込められるので最終的な報酬量はずっと多くなります。結果より過程に目を向けることで努力そのものが楽しくなり、結果も変わってくるのです。
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脳科学者
1986年生まれ。博士(医学)。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構特任助教,広島大学 脳・こころ・感性科学研究センター客員准教授。ケンブリッジ大学CNEセンター客員研究員。オックスフォード大学、マックス・プランク研究所勤務などを経て現職。専門は音楽の脳神経科学と計算論。著書に『モチベーション脳』(NHK出版新書)がある。
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(脳科学者 大黒 達也)
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