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イェール大名誉教授が警鐘「防衛"増税"より、コロナ禍からの回復や経済成長を優先せよ」

プレジデントオンライン / 2023年3月3日 9時15分

2015年4月29日、米国連邦上下両院合同会議で演説する安倍晋三首相。地球儀を俯瞰しつつ現実に目を向け、防衛力を高めた。(アフロ=写真)

■日本人が知らない安倍外交のウラ側とは

地球全体がますますきな臭くなりつつあるなか、世界における日本のプレゼンスは安倍晋三元首相の外交で高まった。太平洋戦争の発祥地であるハワイの真珠湾に安倍元首相が訪れ、そして人類初の原爆投下が行われた広島にオバマ元大統領が訪れたことは、戦争被害者を悼み、将来の戦争がないように祈る記念的な出来事であった。当時、外務大臣だった岸田首相には、これらを実現させた大きな功労がある。2023年5月に広島で開催されるG7サミット(主要国首脳会議)では、その経験を生かしてほしい。首脳外交には、首脳たちの人柄や個性が反映される。岸田首相の持ち味が生かせるような、各国首脳との新しい関係が築かれることを望みたい。

安倍元首相の外交面で発揮された個性は、並外れたコミュニケーション能力だった。特に2015年4月29日に行われた米国連邦上下両院合同会議での演説は、今も記憶に残る。一部に「安倍は歴史修正主義者ではないのか」と警戒する議員もいたが、演説を終えると全議員が総立ちの拍手で元首相を称えた。

そして安倍元首相は、日本の敵となりかねない核保有国の中国、ロシア、北朝鮮に囲まれている現実を直視し、それに対抗できるような防衛力の増強に努力してきた。ウクライナへの侵攻で、台湾への中国の軍事介入が心配されると、米国に対して、戦略的に曖昧な外交姿勢を取らずに台湾防衛の意思を表明するように、元首相は有力者の論評を配信する国際的なNPO「プロジェクト・シンジケート」での論考で強調した。

さらに、集団的自衛権を行使して自衛隊が海外で活動できるようにしたし、かつては防衛費を増強し、防衛庁を防衛省に昇格させた。これらは、自国の防衛力を高めることによって、相手が報復を恐れて日本への攻撃を思いとどまらせようとする抑止力強化の手段である。安倍元首相の努力で、日本はわずかではあるが、より安全になったといえよう。

海上自衛隊の艦隊
写真=iStock.com/viper-zero
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/viper-zero

安倍元首相の防衛努力は、なにも国内の防衛力増強だけ、従米一辺倒だけだったわけではない。「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」を掲げて在任中に元首相が訪問した国・地域は80を数え、飛行距離は約158万キロメートル(地球約40周分)にも及んでいる。

貿易に関しては、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定交渉を、米国離脱後に日本が中心となってまとめた。「自由で開かれたインド太平洋戦略」ではASEAN(東南アジア諸国連合)・南アジア・アフリカ東海岸の国々との結びつきを強め、米豪印とは「QUAD(クアッド)(日米豪印戦略対話)」の枠組みで、影響力を増す中国を牽制した。

■防衛問題に対して急速に国民の関心が高まっている

いま、ロシアがウクライナに非条理に侵攻し、中国の習近平国家主席が台湾を統一する意思を示して以来、防衛問題に対して急速に国民の関心が高まっている。日本が不戦の誓いを立てていても、攻め込んでくる国は容赦してくれない。

確かに、安倍元首相もはっきりいわれたように、日本は世界全体の核兵器廃絶を目指す運動を止めてはいけない。壮絶で悲惨な体験をした、唯一の被爆国である日本は絶対にそうしてはいけない。

一方、唯一の被爆国として核を持たない、作らない、持ち込ませないとの心情は日本人にはもっともだが、それで他国からの侵略のリスクはなくならない。残念ながら、日本国憲法の前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義」という条件が満たされない世界に我々は住んでいる。

官邸での安倍元首相との懇談の際は基本的に経済について議論する時間しかなかったが、あるときふと「飛来するミサイルを撃墜する技術も進歩はしているが、精度と費用の面で課題が大きい。相手国に撃ち返せるといいのだが」と言われたことがある。また「トランプ大統領(当時)は日本を守ってあげると言うが、本当かわからないトリッキーなところがある」と漏らされたこともあった。

この言葉の真意をもっと詳しく聞いておけばよかったと悔やんでいるが、日本が守ってもらう形の日米安全保障体制の下では、日本の歴代首相は、米国と付き合うたびに、同じような悩みを抱くのかもしれない。

■コロナ禍からの回復や経済成長を優先せよ

核兵器でお互いに抑止し合っている状況のなかで、日本だけが核兵器を持たないと、核兵器を持たないウクライナのように相手に見くびられてしまう可能性もある。安倍元首相は22年2月27日のテレビ番組でその対処として、日本は核兵器の単一所有国にならずとも、その共有を行えばよいとの提案を行った。後で考えると、これは元首相の遺言のようなものだったと思う。

たとえば、米国と核兵器を共有すると、日本の独自な判断では核を使用できないが、米国の同意が得られれば使用できることとなり、その結果日本の抑止力は大幅に高まる。実際にドイツとイタリアは、米国と核兵器を共有している。

これに対しては意見が大きく分かれるだろうが、熟慮に値するものではないか。アベノミクスで雇用が増えて大きな恩恵を受けた日本の若者は、戦争体験や被爆体験はないため、核アレルギーを強く持っていない。核共有を実現させることで日本に抑止力を付け、将来世代の安全性を増そうとするのは、安倍元首相から若者への意味のある「プレゼント」であるともいえる。

リベラルの人々やジャーナリズムから「軍国主義だ」と批判されながらも、安倍元首相は将来世代の安全・自由・繁栄を真剣に考えていたのである。いま、岸田政権が防衛費をGDP(国内総生産)比2%に引き上げる方針を掲げたのも、安倍政権時代から進められてきた防衛重視の流れからの継続である。

最後に、防衛財源をどう賄(まかな)うのが適当かについて述べよう。中国の軍事的脅威が2~3年で解消するとは思えない。長期間にわたって防衛費が日本国民の重荷になるなか、それを国債負担で行おうとすると、いずれは市中のお金の目減りでインフレになるか、経常収支が悪化して対外資産の取り崩しにつながり、国民につけが回ってくる。国を守るのは現在、将来各世代の責務と考えれば、中期的には国防費は国債でなく、税収で賄うのが基本原則だろう。

だが、日本経済はコロナ禍からの回復が始まったところである。経済成長や技術革新などの回復の兆しを、あまりに早く抑制してはならない。

クレディ・アグリコル証券のエコノミスト会田卓司氏の言うように、直ちに財政バランスを達成しようとすると、不完全なままの雇用均衡のもとに、日本経済は足止めになる。同様に考えると、本格的な長期回復に向かう前に、防衛増強のためと称してすぐ増税を実施すると、消費増税によって景気の芽を摘んだ今までの失政を繰り返すだろう。

せっかくのコロナ禍からの回復に水を差さないようにしながら、長期的に税収確保をしながら国民の全体世代で国を守る姿勢を確保していくという難題が、経済政策全体に課せられている。

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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。

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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 構成=渡辺一朗 写真=アフロ)

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