"やり手"のメーガンに反感を持つ人は7割超え…ヘンリー王子の暴露本が2人の評判を押し下げたワケ
プレジデントオンライン / 2023年3月1日 11時15分
■店頭ではいきなり半額
この記事を書くため、英国王室を離脱したヘンリー王子ことハリーが出版した回顧録『Spare(スペア)』を近所の書店へと買いに行ったのは発売日翌日、1月11日の夕方だった。
店頭にはポスターが貼られ、店内では本が平積みになっている。価格は28ポンド(約4500円)だが、なぜか既に半額の14ポンドになっている。ともかく本を1冊取りレジに行くと、店員が「ほほう!」と声をあげニヤニヤと私を見た。隣のディスプレー棚には、その週のトップセラー本が並べられ『スペア』は発売24時間にしてすでに1位だ。しかしこの店員によると、店では私が2人目の購入者だそう。それでも1位ということは、他の人はみなオンラインで密かに購入しているのだろうか? なんだかアダルト雑誌でも買ったような気分になり、そそくさと店を後にした。
そういえば発売日の朝には、都心の大型書店前に多数のTVカメラが陣取っている様子がテレビに映し出されていた。ところが朝6時に店頭にいたのはたった1人。その50代の女性は「ハリーの肩を持つなんてバカだってみんなに言われるけど、私は気にしないわ!」とコメントしている。
■ベストセラー入りの謎
そのわりには、翌日のニュースは『スペア』が発売初日に40万部の売り上げを記録しベストセラー入りしたと報じていた。自分の周りにハリーの味方はいないし、Z世代は「王室には関心ゼロ」とそっぽを向いているのに。
半額なら面白半分でネット注文した人が多いだろうとは想像がつくが、SNSで「ハリーが自分で大量購入しているのでは? 版元のペンギン・ランダムハウス社によると170万部売れないと元が取れないらしいし」という書き込みを見かけたときは、さもありなんと思ってしまった。ロンドン郊外にある独立系書店「バーツの本屋」は、「『スペア』は単品では注文できず、1冊仕入れたくても12冊入りのケース単位でしか注文できない」とツイッターで嘆いていた。ケース単位で全国の本屋に卸せば確かに冊数はさばけるだろう。
ただ、批判の嵐の中にも「ハリー達が王室を離れ声を上げたのは偉い」という意見は散見される。「王室が続く限り、生まれつき籠の中に閉じ込められた王族の紛争も続く」と考える、ジャーナリストのケイトリン・モーランは、『スペア』を読めばハリーの行動に合点がいくとSNSで発言していた。
■地下鉄車内で表紙のカバーを外して読んだ
本当にそうなのだろうか。地下鉄の中でかばんから本を取り出すと、周囲の乗客から妙な視線を感じた。この国では車内で本を読むとき、日本のようにカバーをかけてタイトルを隠すことはない。イギリス人は、自分が何を読んでいるか他人に知られることを気にしないし、そもそも誰も関心を払わないのだ。例外は大人気作「ハリー・ポッター」シリーズくらいだろうか。発売日に書店で新作を手にした子どもは誇らしそうに電車やバスの中で本を広げ、周りの人は覗き込んで「徹夜して並んだの?」などと話しかけ、車内は盛り上がっていた。
『スペア』がハリポタに迫るほどの初日売上数を達成したのなら、このようなシーンが見られても不思議ではないはずだが……。記録破りの売上数という報道と、車内に漂うひんしゅく感や、ちまたのしらけた空気とのギャップが解せない。ハリーの顔写真がデカデカと載った表紙のカバーをそっとはずし、背表紙も見えないよう膝の上に本を広げて読み始めた。
■兄の「予備」として生まれたハリー
本のタイトル『スペア』は、「予備」「代替」を意味する。ハリーは、王位継承筆頭者であるウィリアム皇太子の身になにかあった場合の“予備”という運命を背負って生まれた。英国王室では出生順に継承順位が定まる。昔は男子が女子よりも優先されたが、2013年からは性別にかかわらず出生順になった。
ウィリアムに子どもが生まれ、ハリーの継承順位は5位まで下がった。スペアの立場はとうにお役ご免となっているにもかかわらず本のタイトルに据え、兄の予備としてどれだけ不公平な扱いを受けてきたかを繰り返し文中で訴えている。プロローグからして、「王室離脱の発表後にウィリアムと父チャールズ3世国王から居所裏の庭に呼び出され、口論になった」というエピソードから始まっているくらいだ。
文体はリラックスした語り口で会話文が多い。チャールズは「パー(パパの略)」、兄ウィリアムは「ウィリー(イギリス英語の俗語で男性器を指す)」など、家族間の愛称が使われ、難しい言い回しも少なく平易に読める。というか平易すぎて浅い。とても故エリザベス女王には聞かせられないような言葉もポンポン飛び出してくるし、トーンはまるっきり友達同士の会話のようだ。王室の舞台裏、自身の恋愛や性体験、酒と麻薬に溺れる日々の描写なども盛りだくさん。あまた出ているセレブの自伝本とそんなに変わらないような印象を受けてしまう。
しかし、心の底から気の毒だと感じたのは、早くに母を失ったことで受けた心の傷だ。
■「母は事故死を装った」と信じた
兄弟の母であるダイアナ妃はチャールズと離婚後の1997年、ボーイフレンドとのパリ滞在中に交通事故で亡くなった。
この時ハリーは12歳、ウィリアムは15歳。
息子たちは遺体を見ることができず、遺髪だけが渡された。そのため、ハリーは母が事故死を演出して世間の目をくらまし、別人として新しい人生を歩んでいるというファンタジーを頭の中で作り上げる。「だから、落ち着いたらきっと連絡があるはずという希望をずっと持っていた……」というくだりは切ない。
別のページでは、実は亡くなったことは初めからわかっていたが、認めることが怖かったとも語っている。「母の気配をいつも感じる」「野生動物を母のメッセンジャーだと確信する」などのエピソードが多数織り込まれ、しまいには霊媒師と面会し「あなたを誇りに思う」という「母からの伝言」をもらって喜んでいる。ダイアナの死がハリーに与えたトラウマが今でも、彼の考え方や行動に影響を与えていることは疑う余地がない。
■「お騒がせ王子」を成長させた従軍経験
物事に集中するのが苦手だと本の中に書いているくらい、ハリーはともかく落ち着きがない。勉強嫌いで、特に読書は最も不得手だった。十代の頃はスポーツとパーティーに明け暮れ、友達と走り回っては悪さをするのが一番性に合っていたようだ。
大学に行く気のなかったハリーは、名門イートン校を卒業すると陸軍に志願し、44週間の過酷なトレーニングに参加する。このあたりから突然、文章が躍動してきた。訓練を通して、兵士として個人のエゴや感情を殺すこと、死を恐れない気構えなどが徹底的に叩き込まれていく様子、厳しく指導されればされるほど意気揚々と課題に挑戦しクリアしていく様子からは、胸が躍るような高揚感が伝わってくる。
メディアから、ことあるごとに「お騒がせ王子」「能無し」などのレッテルを貼られていたハリーの人生は、入隊で一転。自分が目指すべきは立派な軍人だと悟ったという。どうやら彼には、強いリーダーと明確な指揮系統を持つ軍隊のような「枠組み」が必要だったようだ。王室とガールフレンドの心配もよそに、ハリーは戦地への派遣を希望し、アフガニスタンでのタリバンとの戦いにも参加した。
ただ残念なことに、ハリーを追いかけるメディアのせいもあって従軍のたび敵側に情報が漏れ、格好の標的にされてしまう。所属する隊は危険にさらされ、いつも戦い半ばで泣く泣く引き上げている。帰還する軍用機に同乗した負傷兵を見て「今まで自分のことばかり考えてきたのが恥ずかしくなった。戦争の現実を誰かが伝えなければ」と思ったという。戦場から戻るたびに「別人になった」「老けた」と驚かれたが、猛スピードで成長していたのだろう。この時の経験がのちに、戦傷者のためのスポーツ大会「インヴィクタス」創設へとつながっている。
■ハリーと似た立場の秋篠宮さま
『スペア』を読んでいると、どうしても日本の皇族と比較してしまう。天皇家の次男として生まれた秋篠宮さまは、ハリーと立場は似ているが、取り巻く環境も国民からの視線も異なる。「どうせ自分は予備だし」と卑屈になったり、兄弟で高校時代にボディーガードを丸め込んで御所の地下室に男女の学友を密かに招き入れ、たばこ、酒、麻薬を持ち込み夜通しパーティーを楽しんだりする姿など想像もできない。
おふたりの間に、ウィリアムとハリーのような兄弟の確執は存在するのだろうか。皇后さまがまだ皇太子妃であった2004年、皇太子さまは「雅子の人格を否定するような動きがある」という衝撃の発言をされたが、それに対して秋篠宮さまは「せめて陛下と話してから会見すべきでは……」とやんわり苦言を呈した。また女性天皇容認への声が高まった2006年には、偶然と言いきれないタイミングで悠仁さまがお生まれになり、愛子さまが天皇となられる可能性は衰萎した。
もし宮家の誰かが『スペア』のような回顧録を出すとしたら、皇室を離れた眞子さまだろうか? そこでは、英国王室と並ぶ驚きのエピソードが暴露されるかもしれない。しかし、この本のように、北極探検中、性器にしもやけができ、エリザベス・アーデンのスキンクリームを塗ったら効いたとか、パブの裏で「年上の女性」相手に童貞を捨てた、といったえげつない話は、どう考えても出てこないだろう。
ちなみにこの「年上の女性」は油圧ショベルの運転手で、相談もなく本の中に匿名で描かれたことに激怒。新聞に「その相手は私」と名乗り出て新たな騒ぎを巻き起こしている。
■歴史は繰り返す……
メーガンとの出会いから始まる最後の章は、ロマンス小説さながらだ。いきなりおとぎ話のような世界に突入し面食らう。過去のガールフレンドたちとは全く違うタイプのアメリカ人女性に「運命の出会い」を感じたハリーが、激しく恋に落ちていく様子はほほえましい。だが、王室離脱の詳細を含む最後までこの調子は続き、段々とげんなりしてくる。
王族男性がアメリカ人女性と恋に落ちたのは、ハリーが初めてではない。大叔父にあたるエドワード8世王はバツイチの既婚者ウォリス・シンプソン夫人にほれ込み、王位を捨ててしまった。その弟、つまり「スペア」だったはずの内気なジョージ(故エリザベス女王の父)は、1936年に思いがけず国王の座に就くことになる。シンプソン夫人は、態度が横柄だった上に、米国文化を英国王室に持ち込もうとしたとかで、いまだに英国人からよく言われない存在だ。
だから「新しいガールフレンドはアメリカ人女優で離婚歴あり」という話をハリーから聞いたウィリアムとキャサリンは、シンプソン夫人の例を思い出し頭を抱えたようだ。このため、「ウィリアムとキャサリンが、メーガンが黒人であることを理由に交際や結婚に反対した」というハリー夫妻の主張は、人種差別にこじつけているようでやや違和感がある。ちなみに婚約者として登場した頃の世間の空気を覚えているが、キュートな笑顔に世間の好感度は高く、メディアが「黒人プリンセス」と書くまで彼女はラテン系だと思っていた人も多い。
■『スペア』の印税前払いは約27億円
米国から英国貴族に嫁いだジュリー・モンタギュー子爵夫人も、彼女が王室に嫌われた原因は人種差別からではなく、英米の文化や慣習が衝突した結果だとTVインタビューで語っている。
「メーガンが王室をネタに大儲けをもくろみハリーを操っている」という非難は、英国内では絶えない。世論調査会社YouGovによると、発売日周辺での英国における調査からは、「この本の出版動機は『お金のため』だろう」という答えが全体の41%を占めている。しかし米国では、金銭的な成功を目指すことになんの罪悪感もないどころか、そんな野望は尊敬される。
だから、ハリーとの婚姻でロイヤルファミリーの一員となったことを、アメリカ人メーガンが新たな収入源として捉えたとしても不思議ではない。結婚後初めての豪州外遊中に「これで私には一銭も報酬が支払われないなんて、信じられないわ!」と嘆いているのを複数の人が耳にしている。ハリーが独身時代に創設した、戦傷を負った元軍人たちが競う慈善スポーツ大会「インヴィクタス」に対しても「なぜ収益化を目指さないの?」と詰問したらしい。
確かにメーガンはやり手だ。女優活動の傍らファッションブログを立ち上げ、デザイナーブランド各社との契約を得ていた。そしてハリーと婚約するなり、映像会社をはじめいくつもの会社や財団を設立し、2021年には、アメリカの著名な司会者オプラ・ウィンフリーとのインタビュー放映で最初の爆弾を王室に落とした。ネットフリックスとは1億ドルの番組制作契約を結び、『スペア』の出版にあたっては2000万ドル(約27億円)もの印税前払いを得ているらしい。
■2人を揶揄したアニメに大喝采
本当にメディアの詮索から無縁の生活を望むなら、サセックス公爵家の称号を返上し、単に「元セレブなファミリー」として暮らすという選択肢もある。だが、夫妻にそんな素振りは今のところ見られない。『スペア』の著者名をわざわざ「ハリー王子」としているように、プリンスの肩書も固持したいようだ。出版後は、さかんにテレビに出演したり雑誌の表紙を飾ったりと、あれほど嫌っていたメディアをPRに活用している。さらに、テレグラフ紙とのインタビューでは「もう1冊本が書けるほどネタはまだある」と自慢した。そういえば妻の方も、昨年の米TVとのインタビューで「英国にいた間ずっと日記をつけていたのよ。なんでも話せるわ」と、ほとんど脅しともとれるコメントを発している。
2月には米風刺アニメ番組「サウスパーク」がこんな2人を徹底的に揶揄(やゆ)した。「間抜け王子とそのバカ妻」が、「プライバシーが欲しい」「私たちに注目しないで」と世界中のTV番組を回って訴える、というエピソードは英国でも大いに話題になっている。主要な新聞のウェブサイトにあるコメント欄は「よくぞやってくれた!」といった「歓声」でにぎわい、コスモポリタン誌オンライン版では「傑作!」「二人を壊滅させた」などのコメントをSNSから紹介していた。
■ハリーと王室の人気を下げた『スペア』
前述のYouGovによる調査では、本の発売以来、英国ではハリーの人気も王室の人気もともに下がっている。ハリーに反感を持つ人の割合は回答数の68%。出版直前の調査時64%から2日で4ポイントも増えた。特に65歳以上を対象とした調査では、メーガンが最も嫌われ者で73%、続いてハリーの69%、未成年売春疑いで公的地位を失ったアンドルー王子(チャールズの弟)60%と続く。18~24歳では王室への関心そのものが低いが、それでも35%が「今のロイヤルファミリーは英国を恥ずかしめている」と答えた。
王室の人気を追う別の統計機関Ipsosも、出版後にハリーに好感を持つ人の割合が30%から23%に7ポイント下がっただけでなく、ウィリアムも69%から61%に8ポイント落ちたとしている。王室本の著者アンジェラ・レヴァインは「浅薄な暴露本の出版で、今やハリーとメーガンは世界の笑い者になった」とTVインタビューで語った。
しかし、「どうせスペアなんだから」と甘やかして育てた次男坊にかみつかれ、今やすっかり振り回されている王室も同じような立場ではないか。自分が読後に感じたことは統計データに表れていると思う。
今年5月6日には新王の戴冠式が執り行われる。チャールズ3世王はハリー夫妻の出席を望み、カンタベリー大主教に仲直りの仲介依頼を提案するも、「弟は信頼できない」とウィリアムは反対したそうだ。ハリー側はすでにさまざまな出席の条件を提示していたが、兄の一言でさらに要求はエスカレート中と報道されている。
これから戴冠式に向かってさらにドロドロしたドラマが展開されるのだろうか。母の事故死以外はどこにでもありそうな家族問題を400ページにわたって読まされた後では、もううんざりとしか言いようがない。
メーガンと出会い、渇望していた温かい家庭を手に入れたハリーを心から祝福したい。だが、そろそろ自分だけが被害者というメンタリティから抜け出してもいいのではないだろうか。
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ジャーナリスト
イギリスの動きと文化を伝える記事執筆、食の動画などメディア制作、イベントプロデュースなど幅広い活動を行う。在英20年あまり。共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』(ちくま新書)ほか。
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(ジャーナリスト 冨久岡 ナヲ)
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