1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

「育児休業取得を義務化せよ」…ハーバードの日本専門家が提案する少子化逆転策

プレジデントオンライン / 2023年3月7日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rvimages

進行が止まらない日本の少子高齢化。若年世代の圧倒的多数派は「結婚して子どもを持ちたい」「できれば2人以上」と考えているという調査結果もあるのに、なぜ晩婚化・非婚化が止まらないのか。話題の新刊『縛られる日本人』(中公新書)の著者、ハーバード大学ライシャワー日本学研究所のメアリー・C・ブリントン所長に話を聞いた――。

■35~39歳の日本女性の未婚率は25%弱

『縛られる日本人』のベースとなった研究のきっかけは、日本の人口減少が非常に危機的なものにみえたことです。新しく生まれてくる子どもの数が減り、社会の高齢化が驚異的なペースで進んでいます。年金や医療費、福祉コストなどの公共負担は重くなる一方ですし、社会のエネルギーや活力、未来を構想する力にも、ネガティブな影響が及ぶ可能性があります。今日本で何が起きているのかを考察するのは、とても重要なことだと考えました。

40年前の日本では、ほぼ誰もが結婚して、子どもを持っていました。でも今日では、若い世代のかなりの割合が1人暮らしを続けたり、実家で親に養われて生活したりするようになっています。1970年には5%ほどに過ぎなかった35~39歳の男性の未婚率は、2020年には34.5%に達していますし、同じ年齢層の女性の独身率も23.6%まで上がっています。

一方で、2015年の出生動向基本調査によれば、18~34歳の未婚者(男女)の90%近くはいずれ結婚するつもりだと述べており、結婚の最大の利点として「自分の子どもや家族をもてる」ことを挙げています。つまり、若い世代の大半は「結婚して子どもを持ちたい」と思っているのに、実際にそうする人の割合は減り続けているのです。

■「子どもを欲しいと思っている若い人が権利を奪われている」

私の研究チームは、日本の都市部で暮らす20代半ばから30代の男女80人以上に聞き取り調査を行いました。男女の割合は半々、「未婚」「既婚で子どもなし」「既婚で子ども1人あり」がそれぞれ均等になるように対象者を調整しました。さらに比較のため、アメリカやスウェーデンなど数カ国で同様の調査を行いました。

男女の手
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

大阪で暮らす35歳のある既婚女性は、「子どもを欲しいと思っている若い人がその権利を奪われていると、すごく感じます」と語っていました。経済的状況が許さなくて結婚や出産ができない。あるいは、仕事のことを考えると晩婚にならざるを得ない。それなのに子どもを産まないのは女性自身の責任のように言われると、彼女は嘆きます。

「日本は、人間ファーストではなく、労働ファーストです」という、東京で2人の子どもを育てている別の既婚女性の言葉も、私にとってはとてもショッキングでした。夫にも子育てに参加して欲しいと願う一方で、夫が高いプレッシャーの中で非常にハードに働いている状況を、妻たちはよく理解しているのです。

今回の調査は、高校卒業後さらに大学や専門学校以上の教育を受けた人々を対象に行いました。ポスト工業社会に突入した国々の、大都市に住む若き中産階級の主流は、そういう人々だと考えたからです。彼らはしばしば個人主義的で、家族を作ることより自分のキャリア構築を優先しがちだと思われています。

しかし実際には、そうした日本の若き高学歴エリート層の多くが、心から結婚し子どもを作りたい――それもできれば2人以上――と考えていました。それなのに、そもそも結婚しない/できない、結婚しても子どもを持つことに踏み切れない、もし持ったとしても1人まで、という人々があまりに多いのです。経済的には比較的恵まれているのにもかかわらず。

■休日のデートは「面倒くさい」

結婚や子育ての障壁となっている問題はいくつもあります。時間というリソースの制約もそのひとつでしょう。

4年制の大学に進んだ場合、働き始めるのは22~23歳ごろになります。就職したばかりの彼ら自身は、おそらくこう思っているのではないでしょうか。「自分はまだまだ駆け出しで、学ぶべきこともたくさんある。毎日がいっぱいいっぱいで、結婚なんてまだ早い」と。

さらに長時間労働が当たり前の日本の職場環境では、結婚へのハードルはさらに上がってしまうでしょう。聞き取り調査をした多くの日本の独身者は、「休日に誰かとデートしたりするのは面倒くさい」と言っていました。平日の仕事で消耗しきっていて、週末はただ休んでいたいんです。

■制度は充実しているのに活用されていない

公的な育児支援制度の面では、アメリカはもちろんヨーロッパ諸国と比較しても、日本が優れている部分は多いと感じます。しかし、せっかく良い制度があっても、実際にはそれが有効活用されていません。

たとえば、日本の男性の育児休業制度は世界的にみてもトップクラスです。一方で、実際の取得率はといえばようやく過去最高の13.97%になったところ。職場の環境や上司の無理解によって、実際には育児休業を取得するのが困難だというケースはいくらでもあります。『縛られる日本人』の中で書いたように、たとえ制度上は認められていようと、社会的なペナルティを受ける可能性があればその権利を行使する人はいません。

オフィスビル
写真=iStock.com/conceptualmotion
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/conceptualmotion

先日ある日本の旧友と、そのお嬢さんとともに昼食をする機会がありました。小さな頃から知っているそのお嬢さんはもう34歳になっていて、結婚してフルタイムで働いています。その彼女が、自分の夫は職場のプレッシャーで育児休業などとても取れない、だから夫婦で話し合って子どもを作らないようにしていると言うんです。彼女の夫は、福利厚生が充実していそうな大企業に勤めているはずなんですが……。

■「休んだら代わりがいない」は本当か

育児休業を取る従業員を、日本の企業の幹部はどのように評価しているのでしょうか。研究者としての自分にとっては、そこがブラックボックスになっています。日本企業の管理職や男性社員は、「もし自分が育児休業を取ったら、代わりに自分の仕事をやってくれる人がいない」とよく言います。

メアリー・C・ブリントン『縛られる日本人』(中公新書)
メアリー・C・ブリントン『縛られる日本人』(中公新書)

しかし、それは本当でしょうか? 例えばスウェーデンでは、女性も男性もほぼ全員が育児休業を取りながら、企業は高い生産性を維持しています。私からみればそれは、日本企業のマネジメントの問題のように思えます。

もうひとつ、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏が指摘されているように、日本の大半の企業では雇用形態がいわゆる「ジョブ型」ではなく「メンバーシップ型」であり、それゆえに欧米の企業で一般的なジョブ・ディスクリプション(職務記述書)がないことも大きな要因であるように思います。

ジョブ・ディスクリプションがなければ、その人の仕事の範囲がどこからどこまでかわからない。役割が定義されていなければ、その人が休んだときの引き継ぎはたしかに大変で、その結果職場の人間関係にトラブルが生じることもありうるでしょう。つまり、これは日本の男性を「努力が足りない」と非難すべき問題なのではなく、日本の労働環境の構造的な問題なのです。

■「チームで動いているから…」はどこの国でも一緒

「チームで動いているから、自分だけ育児休業を取るのは気が引ける」という話を、聞き取り調査の中で何度も聞きました。でも、チームで仕事を動かしているのは他の国でも一緒です。明確なジョブ・ディスクリプションがない現状を急に変えるのは、たしかに難しいでしょう。しかし、日本は特別というエクスキューズに簡単に逃げたのでは、本当に必要な変化すら進められなくなってしまいます。

日本では転職する人がまだ少数派ということも一因かもしれません。人材の流動性が高く、家族を大事にするという個人の意志が強いアメリカの場合、有能な人材に去られたくないから福利厚生を充実させる、というモチベーションが企業に働きます。コンサルティングファームや投資銀行のように、長時間のハードワークが当たり前の職場もたくさんありますが、給料の高いそういう職場で5~6年働いてお金を貯め、別の新しい仕事を始めるというケースも少なくありません。

もっとも、アメリカには公的な育児支援はほとんどなく、民間の保育施設の料金は高いし、習い事をやらせるにしても全部親が車で送迎してやらねばなりません。日本からアメリカに来た同僚や友人から、「アメリカの人はどうやって子育てできているの?」と驚かれることがよくあります。家族への気持ち優先でみんなどうにかマネージしていますが、年々お金がかかるようにはなっていますね。

■なぜ育児休業の義務付けを提唱したか

『縛られる日本人』の中で私は、日本の効果的な少子化対策のひとつとして、育児休業の義務付けを提唱しました。個人が新しい規範の開拓者になるよりも、シンプルに義務化し、人事部からの指示で取得する形にしたほうが、よりスムーズに現状を変えられると思うからです。個人が責任を感じたり、非難の対象になったりすることを避けられるという意味でも、義務化することには意義があると考えます。

政策に詳しい、ある日本の友人からは、それは不可能だから本に書かないほうがいいんじゃないかと言われたんですが(笑)、一方で本を読んだ日本の大企業の幹部から「先生のおっしゃるとおりです。わが社ではすでに義務化しています」というメールをいただいたりもしています。企業が、あるいは管理職がやる気になれば、それは実現できるんです。大企業に比べてリソースの少ない中小企業での取り組みはより困難が伴うとも理解していますが、いずれは普及していくと信じます。

■若い世代の願いをきちんとリスペクトしよう

もうひとつ、子育てに対する日本の社会規範を変えていくことも大切だと思います。日本の各政党は、専業主婦モデルはもはや時代遅れで、共働き世帯が多数派になっていることを深く認識すべきです。何より、「結婚をして子どもを作りたい」「それもできれば複数」という若い世代の願いが、国の政策の中できちんとリスペクトされなくてはなりません。票田になる中高年層を対象とした政策が優先され、若い世代が政治にプレッシャーを与えにくい構造は、日本もアメリカも共通だとは思いますが……。

企業の管理職、さらにはもっと上の経営層が、子どもを持ち育てていく社員を勇気づけるような態度を取る必要もあるでしょう。人間が生きていく上で、周りから受け入れられているという感覚はとても大事だと思います。子どもを持つことで「職場の迷惑になる」「職場の規範から外れてしまう」という状況では、社員にとって出産や育児はハードルの高い選択になってしまいます。

聞き取り調査の中で多くの男性が、「自分より上の職階の人が育児休業を取ってくれれば、自分ももっと気軽に取れる」と語ってくれました。そうやって少しずつ事例を増やしていけば、ある一定の割合を超えたとき「それは当たり前だ」とみんなが感じるようになる。

社会規範を変えていくのはとても大変ですが、決して不可能ではないのです。

----------

メアリー・C・ブリントン ハーバード大学ライシャワー日本学研究所長
ライシャワー日本研究所社会学教授、2010〜2016年には社会学部長を務める。シカゴ大学で12年間、コーネル大学で4年間教員を務めた後、2003年にハーバード大学教授に就任。主な研究・教授テーマにジェンダーの不平等、労働市場と雇用、社会人口学、現代日本社会学などがある。

----------

(ハーバード大学ライシャワー日本学研究所長 メアリー・C・ブリントン 構成=川口昌人)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください