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いまなら法に触れかねない…週刊誌が1970~90年代にしていた東大合格者の「名前割り」という異常な取材

プレジデントオンライン / 2023年3月11日 9時15分

東京大学の2次試験・前期日程の合格発表を訪れ、自分の番号を指さす受験生。前期の合格者数は3018名=2019年3月10日、東京都文京区の東京大学・本郷キャンパス - 写真=時事通信フォト

1970~90年代、週刊誌による東京大学の合格者報道は過熱していた。教育ジャーナリストの小林哲夫さんは「現在では考えられないやり方で受験者の個人情報を収集していた。多くの批判はあったが、合格報道号の売れ行きは良かった。2000年までそうした取材は続いた」という――。(第2回)

※本稿は、『改訂版 東大合格高校盛衰史』の「14章 東大合格報道史」の一部を再編集したものです。

■マスコミの東大合格号はいつ始まったのか

70~90年代まで、週刊誌が東大合格者氏名一覧を掲載していた。受験戦争をあおるものという批判がある一方で、多くの読者が関心を寄せていた。

現在、「東大合格者氏名一覧」はなくなっている。00年に東大が合格発表のとき、受験番号だけで氏名を公表しなくなったからだ。しかし、「東大合格高校一覧」は『サンデー毎日』『週刊朝日』の2誌が続けている。

そもそもマスコミの東大合格号はいつから始まったのだろうか。

■新聞に合格者実名が載っていた時代

商業誌での「東大合格者高校別一覧」は、『螢雪時代』(旺文社)が最初である。49年からスタートした。『高3コース』(学研)もその後を追う。

新聞では、50年代から「朝日」「毎日」「読売」の各紙がときおり東大合格校の上位10校を載せている。なかでも紙面を大きく使ったのが、「毎日」だった。

60年の東大発表では、東大合格者の上位20校、東工大、北大、東北大、名古屋大、京大、阪大、広島大、九州大の上位10校を掲載している。

「兵庫の灘高(昨年12位)、愛知旭丘高、広島大付属高(いずれも昨年は20位以下)などが進出、かつて夏休みの集団予備校入学で話題をまいた愛媛県の愛光学園高も(16人)24位へとのし上がってきた」(「毎日新聞」、60年3月28日)。

新聞の地方版、地方紙ではこのころから、地元の高校からの東大合格者氏名を掲載している。この場合、合格者情報は地元の高校や塾から寄せられたケースが多い。地方版や地方紙での氏名掲載は90年代まで続いた。

週刊誌では64年、『サンデー毎日』の「これが東大合格ベスト20高校」が初めてとなる。

70年代になると、『週刊朝日』『週刊読売』『週刊現代』『週刊サンケイ』が東大合格者出身高校報道市場に参入する。4誌とも合格者氏名を掲載した。このころ、氏名、合格者別高校ランキングは容易にできた。東大がすべて公表してくれたからである。

しかし、70年代半ば以降、東大から合格者情報が伝わらなくなる。00年からは合格者氏名が非公表となり、メディアは自力で合格者一覧を作らなければならなくなった。

■国から中止の要請

東大の合格発表の方法は、次のように分けられる。

①49~75年 受験番号、氏名が掲示。記者に出身校を発表。この期間、「東京大学新聞」では、全氏名、出身校を掲載していた(49年は未掲載。53年は高校名なし)。

②76~86年 受験番号、氏名が掲示(82~86年、氏名はカタカナで表記)。以後、記者に出身校は非公表。出身校の所在地は公表。

③87~99年 受験番号と氏名だけ(氏名は漢字に戻る)。以後、出身校の所在地は非公表。

④00年以降 受験番号のみ。

75年、文部省は東大に出身校名公表の中止を要請した。理由は「受験戦争をあおる」から。一方で、日教組の教育研究集会でも東大合格報道に対して厳しい批判が出ていた。東大の入試広報委員長はこう話している。

「報道機関が“合格者ベストテン”などの特集を組み、いたずらに入試競争をあおる結果を招いているので、その防止措置」(『週刊現代』、75年10月16日号)。もっとも事務的な手間を省きたい、という現実的な理由もあった。

■まるで競馬新聞のノリ

76年は事前予想まで出る過熱ぶりだった。

『サンデー毎日』(2月22日号)では、「河合塾の“特別模試”にみる東大51年度合格“有力”者高校別ベスト30!」を掲げている。河合塾の模擬試験「東大入試オープン」の成績優秀者の在籍(出身)校上位を並べたものだ。前年の同模試でAランクに認定された東大受験生のうち、7割以上が合格している。

これに対抗するかのように、『週刊読売』(76年3月20日号)の「51年東大合格者予想」では、「純粋数学的手法」を用いて順位をはじき出している。「1着、教育大学附属駒場133人。2着、灘高125人……」。競馬新聞のノリである。

記事では「東大合格者数の予想に“数学”が登場したところが画期的なのだと思っていただきたい。たとえば、競馬の予想にコンピューターが登場するようなものだ」と自画自賛する。

■新聞読者からのまっとうな批判

こうした動きに『週刊新潮』(同年3月25日号)が「東大合格者『出身高校別速報』スクープにむらがるマスコミ狂騒曲」と特集を組んでこう皮肉った。

「ふだん、受験戦争や学閥社会、あるいは東大中心主義を批判する新聞社の雑誌とは思えぬほどの力コブの入れようである」。

『週刊新潮』が指摘するような、同じ発行元の新聞と雑誌で生じる報道のねじれについては、読者からも批判が寄せられていた。このことについて、「朝日新聞」は「読者と朝日新聞」欄で次のような記事を掲載した(77年4月10日)。

「学歴社会や異常な受験競争といった教育のゆがみに対し本腰を入れて取り組んでいる新聞が、有名大学の合格者名を地方版にのせたり、東大合格者数の高校別ランキングを記事にしたりするのは、どういうことか。とくに、同じ新聞社で出している週刊誌が大学合格者全氏名と高校別一覧にするような特集を組むのは、報道姿勢として筋が通らないではないか」という読者からの質問を紹介。

新聞と雑誌スタンド
写真=iStock.com/shaun
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shaun

■朝日新聞の苦しい言い訳

社会部長と『週刊朝日』編集長の連名でこう答えている。

「世の中の相当な範囲に強い関心のある情報を、無理におさえることは考えものです。入試情報も、かりに新聞社が伝えなくても、受験生や教育関係者、受験産業などの間には何らかの形でたちまち流れるでしょう。情報のヤミ市場が立つことにもなりかねません。それくらいならば、というのが私たちの率直な考えです。

(略)マスコミの中の『主食』としての情報バランスに特に留意しなければならない新聞では、この種の実用情報の扱いにおのずから限度があります。週刊誌の場合は、その号のテーマに関心の強い読者に選択買いをしてもらう性質もあるだけに、重点的な情報提供を本来の機能としています」

万人を納得させる理屈としては弱すぎる。いいわけがましく聞こえるだけだ。東大合格者別高校一覧という情報を知りたい読者がたくさんいる。そこに商売が成り立つから報道する。それだけのことである。

「情報のヤミ市場」というおどろおどろしい幻想を振りかざして、正当化しようとするのは見苦しい。新聞自らを「主食」と定義づけてしまう傲慢さ、「教育の正常化」を進めるという思い上がりがあるから、後ろめたさを感じてしまうのだろう。

■相次ぐ撤退のワケ

87年、『週刊朝日』が東大合格報道から撤退することを表明した。「日刊スポーツ」(2月9日)が大きく報道している。以下、同紙の記事から関係者の話を引用しよう。まずは、『週刊朝日』から。

「投下するエネルギーがあまりにも膨大なんですね。(略)最初のころこそ、合格者を100%割り出すことは、朝日の取材力を示すことでもあると考えたが、100%割り出しができ、取材として頂点に達したと判断した。入試制度も変わるし、このへんでエネルギーをもっと別のものに注ごうということです。

小林哲夫『改訂版 東大合格高校盛衰史』(光文社新書)
小林哲夫『改訂版 東大合格高校盛衰史』(光文社新書)

(略)命がけでこのネタを取ろうという取材者みょうりのある企画でないから、この仕事をしたいという志望者は編集部にはいなかった。(略)やめてどうなるかは分からないが、あとは読者の判断にお任せしたい。(部数減となっても)復活はないですね」(『週刊朝日』編集長)。

『週刊読売』は前年から合格者氏名は技術的に限界を感じてやめたこともあり、弱気の姿勢である。「労多くして、という感じがいつもある企画ですからね。うちもやめようかな」(『週刊読売』編集部)。90年代に入って、同誌は予告どおり、掲載をやめてしまう。

東大は『週刊朝日』の撤退を喜んだ。「各週刊誌さんがコンピューターまで使って苦労して割り出されたり苦々しい思いがしていた。いいじゃないですか。ほかもやめてもらいたい」。

■今からでは考えられない「名前割り」

『週刊朝日』が撤退した理由=「投下するエネルギーがあまりにも膨大」、また『週刊読売』の弱気な「労多くして」作業内容は、具体的にはどのようなものだろうか。

週刊誌、予備校の関係者、当時の学生アルバイトの話によれば、現在では個人情報保護の関係でおよそ実現不可能な方法で出身校をさぐりあてたのである。

東大受験生の活用する予備校、通信添削会社、そして高校から東大合格の可能性が高い受験生をリストアップしてもらう。模擬試験成績上位者、通信添削の受講者、校内での成績優秀者などである。

A予備校、Bゼミナール、C塾、D通信添削、X高校からのデータを照合して東大受験予定者を割り出して、高校別のリストを作るわけだ。

東大には一次試験があり、二次試験の1カ月前に合格者が発表される。受験予定者リストと一次試験合格者をすり合わせると、あらかた、合格予定者が浮かび上がる。

■3カ月間にわたって1200人を動員

開成、灘、筑波大学附属駒場、県立浦和、県立千葉などの現役、1浪組の東大合格者は、事前の情報からすぐに「当確」が打てる。

しかし、はるか昔に高校を卒業したり、模試を受験しなかったりする人は、受験予定者リストには登場しない。年配の塾講師がこっそり受けて、入試問題研究や進路指導資料づくりなどの仕事に役立たせる。こういう受験生までフォローできない。開校以来、というような東大合格実績がない高校も情報が足りない。

また、模試では実名、実高校名が記されていないケースもある。仮面浪人であることをまわりに知られたくない受験生は、模試の上位成績者欄の所属・出身校には、進学実績がない高校や、「検定」を記入する。これは特に桜蔭、女子学院など女子校出身者に見られた。

さらに、「田中一郎」「鈴木明」のようなよくある氏名は、同姓同名者が出てくる可能性があり、判断がむずかしい。

ビジネスマンのダイヤルの電話、ヴィンテージカラートーン効果
写真=iStock.com/zozzzzo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zozzzzo

こうした、「身元不明者」は高校、あるいは受験生に直接電話をして、東大を受験したかどうかを確かめるわけだ。年によって異なるが、「身元不明者」は100人以上出てくる。しかし、その多くは、二次試験で落ちてしまう。手がかりがまったくない場合、勘に頼るしかない。これはと見当をつけた地域に問い合わせて、徹底的に追い求める。

『サンデー毎日』編集長をつとめた福永平和氏がこう記している。「受験者情報のインプットは1年がかり。デスク1人を専任にし、アルバイトも常時2人いる。前年暮れからは、アルバイトや編集部員の応援を繰り出し、最盛期の2月からはアルバイトも80人以上に膨れ上がる。発表の直前になると、大会議室に貸しフトンを持ち込んで2、3日は完全徹夜ということに」(『プレジデント』、92年10月号)。

『週刊朝日』も3カ月間にわたって延べ1200人を動員して体育館のような広いところで作業していた。

■「息子は死亡しました」と親がウソをついたワケ

こうした作業を関係者のあいだでは「名前割り」と呼んでいた。その過程ではさまざまなドラマがあった。

週刊誌記者からの取材で初めて合格を知った学生がいた。電話の向こうでうれしさのあまり泣き出してしまう。まわりから大きな歓声が聞こえる。氏名の確認で合格できなかった受験生と接したとき、家族が出てきて「息子は死亡しました。いま、お通夜の最中です」といわれてしまう。本人は健在だが、不合格を知られたくなかった親心らしい。

東大の一次試験合格者に載った私立高校の女子生徒に確認したところ、東大受験を頑として認めない。高校も「あり得ない」と否定する。模試などで高校が特定でき、めずらしい氏名だったので、記者は間違いないと確信するが、東大受験を公にできない事情があった。彼女は指定校推薦で早稲田大学への入学が決定していたのである。バレたら、入学が取り消されてしまい、早稲田の指定校枠が外されるからだ。

■通常号の1.5倍売れる

週刊誌がこれだけ情熱を傾けるのは、売れるからである。80年代、『週刊朝日』は40万部を超えており、合格者発表号はプラス20万部の売れ行きだった。『サンデー毎日』は普段の3倍を刷っていた。同誌の編集長自ら、東大に近い御茶ノ水駅界隈で売っていたこともある。

しかし、00年から東大合格者全氏名の掲載はなくなった。同年、東大の合格発表は受験番号のみとなったからである。これは「受験競争」をあおるからという理由ではない。世の中の趨勢に対応したものだ。

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小林 哲夫(こばやし・てつお)
教育ジャーナリスト
1960年生まれ。神奈川県出身。95年から『大学ランキング』編集を担当。著書に『東大合格高校盛衰史』(光文社新書)、『高校紛争 1969―1970』(中公新書)、『中学・高校・大学 最新学校マップ』(河出書房新社)、『学校制服とは何か』(朝日新書)、『神童は大人になってどうなったのか』(太田出版)、『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー)、『「旧制第一中学」の面目 全国47高校を秘蔵データで読む』(NHK出版新書)などがある。

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(教育ジャーナリスト 小林 哲夫)

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