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危うく「一発屋」で終わるところだった…死にかけていた「ブラックサンダー」を救ったマーケターのひと言

プレジデントオンライン / 2023年3月9日 14時15分

有楽製菓本社外観 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

日本で一番売れているチョコレートは有楽製菓の「ブラックサンダー」だ。支持されるブランドになるまでには、どんな苦労があったのか。そこからどんな教訓を得たのか。ライターの圓岡志麻さんが、有楽製菓の河合辰信社長に聞いた――。

■ブラックサンダーが「日本で一番売れる」チョコになるまで

ブラックサンダーと言えば、食べ応えのある高コスパチョコ。黒に黄色のインパクトあるパッケージや、「義理チョコの定番」を訴求するキャンペーンなどのおかげか、ちょっとクセの強いブランド、というイメージがある。

知名度、人気ともに高く、2021年度はチョコレート市場売上個数No1.を獲得している〔インテージSRI+チョコレート市場 期間2021年4月~2022年3月 推計販売規模(個数)〕。

このように今はメジャーな存在となっているブラックサンダーだが、発売元の有楽製菓(本社:東京都小平市)によると、ブランドとして定着するまでには紆余(うよ)曲折があった。

中でも、2010年代半ばは新商品の売り上げが振るわない低迷期に陥った。新商品を出せば出すほど、それが会社の屋台骨であるブラックサンダーブランドを揺るがすという事態に陥ったのだ。

回復のきっかけになったのが、ブラックサンダーのプレミアムシリーズとして2020年9月に発売された「ブラックサンダー 至福のバター」だ。価格も従来の30円から大きく上がって50円の同品は、自社製というバタークッキーに焦がしバター配合のチョコレートを合わせた味わいもリッチなブラックサンダーだ。

ブラックサンダーが日本一のチョコレートに至るまでの道のり、その過程で得た教訓について、有楽製菓の河合辰信社長に聞いた。

■新商品はまさかのスタート

ブラックサンダーの発売は1994年。

有楽製菓は子ども向け駄菓子メーカーとして、パフとピーナツを固めたチョコバー「チョコナッツスリー」を主力としていた。この軽い食感に対して、「ずしっ」とくる重さ、食べ応えのあるザクザクした食感の駄菓子として誕生した。

子どもが好きな“戦隊モノ”を連想させるということで、「ブラックサンダー」と名付けた。

しかし、あまり売れなかった。

ひとつは価格。「チョコナッツスリー」が20円だったのに、原材料にこだわった「ブラックサンダー」は30円と駄菓子にしては高価だった。

またパッケージも「BLACK THUNDER」と英字表記になっていて、子どもには読めない。翌95年には終売に追い込まれた。

だが、九州の営業担当だった1人の社員の熱い説得により、96年にエリアを限定して販売を再開。すると、大学の生協で徐々に売れ始めた。これをきっかけに、2004年、西日本地区のセブン‐イレブンでの販売が実現。翌年には全国で販売されるようになった。

■大学生協でウケたワケ

そもそも開発当初から「味は良かった」(河合氏)という商品の質の高さに加え、30円という価格設定。黒に金の英字、という駄菓子には珍しいパッケージデザインも、若者には面白いと好意的に捉えられた。

子どもには「高すぎる駄菓子」は、若者にとってありがたい「コスパが高いお菓子」だった。意地悪な言い方をすれば、偶然にも「商品と市場が合致」したといえる。

さらに、2008年に一気に知名度を上げる。北京オリンピックにて体操の内村航平選手の「現地に持ち込むほどの好物」とのコメントがメディアで取り上げられたのだ。

■ブームとともに始まった迷走

その結果、生産が間に合わないほど売れ、品切れが続く状態に。2009年には年間生産本数が1億個を突破するほどで、これを受け2011年に愛知県豊橋市の新工場を稼働させた。

ブームに乗り、期間限定商品の販売を開始。売り上げ好調を見て、市場の声はこれだと、ブラックサンダーの派生商品を次々と出していくことになる。

例えば、大豆のパフが配合されたんぱく質がとれる「モーニングサンダー」や、ビターに近いチョコレートを使った「ブラックサンダーゴールド」、「クリスプサンダー Wナッツカーニバル」など。

「今から振り返れば、これ一体なんの味なんだという商品ばかりですよね。でも、当時の商品検討会議は毎回大盛り上がりだったんです。『これってブラックサンダーらしいよね』と、社員のアイディアを次々に商品化していった」と、開発担当に関わっていた河合氏は振り返る。

有楽製菓の河合社長
撮影=プレジデントオンライン編集部
有楽製菓の河合社長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

商品開発時に市場マーケティングを行うよりも、その分を価格に反映したいと考える同社は、商品の反応を見て、次の商品開発に生かす。

新商品が出るたびに好意的な反響が返ってきていた当時、「ブラックサンダーらしく、かつ新しい味」を出すことが、顧客にとってベストな選択と信じきっていたのだ。

「大学生がサークル内だけの話で盛り上がっている状態ありますよね。内輪ノリ、まさにそんな状態でした」(河合氏)

■長きにわたる迷走

一見、万事順調といえる状況だったが、2015年ごろ、定番のブラックサンダーの売り上げが落ち着いた。同時に、迷走といえる状態が始まる。

「ブラックサンダーの売り上げを補うために『もっと売れる新商品を』と頭を絞って開発して発売する。ですが、ヒットしない。この前の新商品は6カ月売れ続けたのに、次に出した新商品は3カ月で売れなくなる。次の商品は2カ月、1カ月……となる」

だが、定番商品をカバーするような大ヒット商品が出ることはなかった。

新商品の寿命が短くなるに連れ、次の商品を考える開発期間も短くなっていく。

通常8カ月~1年ほど開発に時間をかけていたが、最終的には4~5カ月で新商品を出すハイペースになった。社員も消耗していった。

もともと「ブラックサンダー」という商品は底力のあるブランド。

しかし良かれと思って出し続けた派生商品を次々に乱発することにより、顧客を混乱させ、ブランドのイメージを毀損(きそん)していたのだ。

「短い開発期間ではいい商品が生まれるわけもないですよね。あの時は、『ブラックサンダーらしさ』を懸命に追求していましたが、お客さまからどう見えるか、という意識がまったく欠けていた。目先を変えただけでのメーカー本位な派生商品を出すことはブランドの足を引っ張る行為でしかなかった」と河合氏は反省を込めて述懐する。

■ブラックサンダーを改めて見つめなおす

派生商品を出すが売れない。さらに定番商品の足を引っ張る。それでも次の新商品を出さざるを得ない。だがヒットしない……。

そんな出口が見えない状態は2015年から5年間ほど続いたという。

2018年に河合氏は社長に就任し、商品企画から距離を置き、権限をマーケティングチームに委譲した。

しかしそれでも迷走は続き、再び陣頭指揮をとることにしたという。

そこで、着手したのがブラックサンダーのリニューアルとデザインの変更だ。

「開発当時から『ザクザク食感』がブラックサンダーの特徴。お客さまも知っているという社員の思い込みがあった。しかしブラックサンダーを知らないお客さまには当然届かない。特徴をきちんと伝える、こうした当たり前のことを、丁寧にやろうと考えた」

以前のブラックサンダー(下)とリニューアル後の同品。「ザクザク」という言葉が入っている
撮影=プレジデントオンライン編集部
以前のブラックサンダー(下)とリニューアル後の同品。「ザクザク」という言葉が入っている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

さらに、打開策を求める中で、業界を問わずさまざまな人と出会った。その中で、日本マクドナルドやワールドなどで活躍したマーケターの足立光氏と話す機会を得た。

迷う河合氏に足立氏は「お客さまが求めているのは定番の味。定番が会社の利益源だ。定番こそ売らなければ」というアドバイスを送った。

これが天啓ともいえるひと言だった。「本当にその通りだと、腑に落ちる思いがした」。

■プレミアムという「第2の定番」

「第2の定番」の開発にも着手した。

これまで出してきた派生商品ではなく、それ一つで売り上げを創出する新たな定番商品を生み出すことで、「ブラックサンダーブランド」を底上げし、客層の裾野を広げたいと考えたのだ。

実は河合氏の中には、「ブラックサンダーに並ぶ定番を作らなければ」という思いはこれまでもあったという。しかし派生商品を自転車操業的に発売してきた時代、その余力がなかったというのが実際のところだった。

考え出したのが、プレミアム商品だった。派生ではなく、定番のブラックサンダーに肩を並べ、将来にわたってブランドを背負える商品だ。ワンランク上の上質な素材を使うが、長く食べ続けてもらうために老若男女に好かれるような、本質的なおいしさを求めたいと考えた。

開発にあたっては、自分たちが良いと思う商品ではなく、お客さんが欲しいと思うモノを考えようと開発チームに伝えた。

「プレミアムと言うからには、まず感動するほどおいしくなければならない。それでいて、毎日食べられるほど、安心できる味であることも重要。そんな確信できる味は何かと、お客さまになりきって探し求めた」

いろいろな味を検討する中で、一同が「これなら感動、安心できる味」と納得したのが、お菓子の定番であるバター味であり、チョコ市場では定番のミルクチョコレートだった。

とはいえ、そう簡単に定番商品ができるわけではない。特にバターについては、発売5カ月前に商品企画を一度白紙にするほど悩みぬいた。

チームでは、バターが魅力の商品をかき集めて片っ端から食したという。

「バターの何がおいしいのか。それがお客さまが感動してくれる商品なのか」を、徹底的に追求して商品の構成を再検討したのだ。素材選び、配合ともにこだわり、試作を繰り返した。

■「ブランドは会社ではなく、お客さまのものである」

2年にわたる苦労の結果できあがったのが、「ブラックサンダー 至福のバター」だ。

「至福のバター」
画像提供=有楽製菓
「至福のバター」 - 画像提供=有楽製菓

「『至福のバター』は、味もデザインも一見するとブラックサンダーらしくない。だから商品としては自信がありつつも、不安もいっぱいだった」

だが、2020年9月に発売されるや否や、大ヒットを記録。発売1カ月で予測値の1.4倍にあたる約390万本が売れた。

ブラックサンダーらしいザクザク感がありつつも、噛めば噛むほどミルクチョコの下にあるバターの濃厚さが口の中に広がる。これは他の商品にない味わいといえる。ただのバター味ではなく「至福の」をつけた意味がよくわかる。

そして同商品は一時的な売り上げに終わらず通年で売れ続け、新商品が短い期間で休売してしまう苦しい悪循環を断ち切ることもできた。

文字通り「ブラックサンダー」を背負って立つ河合社長
文字通り「ブラックサンダー」を背負って立つ河合社長(撮影=プレジデントオンライン編集部)

さらに、店頭では定番のブラックサンダーと並んで置かれることで、相乗効果もあった。

これまでの30~40代の男性というコアファン層を満足させながら、女性客という新しい客層も開拓する、新しいブランドの姿がここに誕生したのだ。

「思えば、新しい味を出し続けていた時期はブランドをただ浪費していました。そうではなく、ブランドの価値を上げる活動をしなければらなかった」

2017年7月期では74億円ほどだったブラックサンダーブランドの売り上げは、昨期に105億円超となり、過去最高を記録した。

「ブランドはお客さまのものである。購入してくれるお客さまがいるからこそ、育つことができる。このことを忘れてはいけない。それが、私が得た教訓ですね」

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圓岡 志麻(まるおか・しま)
フリーライター
東京都立大学人文学部史学科卒業後、トラック・物流の専門誌の業界出版社勤務を経てフリーに。健康・ビジネス関連を両輪に幅広く執筆する中でも、飲食に関わる業界動向・企業戦略の分野で経験を蓄積。保護猫2匹と暮らすことから、保護猫活動にも関心を抱いている。

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(フリーライター 圓岡 志麻)

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