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「高校生AV解禁」から全ては始まった…斜陽の業界に致命傷を与える"AV新法"のヤバすぎる中身

プレジデントオンライン / 2023年3月1日 19時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/golibtolibov

2022年6月に「AV出演被害防止・救済法」いわゆる「AV新法」が施行され、AV業界に激震が走っている。何が問題になっているのか。ノンフィクションライターの中村淳彦さんは「新法は40年間の歴史あるアダルトビデオ産業の継続に黄信号が灯る、あまりに厳しい内容だった。決まっていた撮影は続々中止になり、失業状態のAV女優たちはSNSで生活の危機を訴えている」という――。

※本稿は、中村淳彦『同人AV女優 貧困女子とアダルト格差』(祥伝社)の一部を再編集したものです。

■決まっていたAVの撮影が全部中止

仕事はたくさんなくなったけど、今回の新法は大丈夫です。コロナのときに自殺未遂を乗り越えたから、もう死にたいとかにはなりません。

ひさしぶりに会ったフリーAV女優・金苗希実(29)は、そう語り出した。

通称「AV出演被害防止・救済法」(以下「AV新法」)が2022年6月15日に成立した直後の6月19日、彼女はツイッターに、

7月決まってたAVの撮影が全部中止…
AV新法で女優が守られるどころか仕事が無くなって現役の女優たちが苦しむ構図って誰得なん。。

と投稿した。その投稿は瞬く間にバズって1万9000リツイート、5万9000いいね! がついた(2022年12月23日時点)。

彼女は3年前、新型コロナウイルスの蔓延によって続々と撮影が中止となったことを苦に自宅で自殺未遂を起こしている。オーバードーズ(薬物の過剰摂取)で記憶がない中でリストカットを繰り返し、朝方に昏睡(こんすい)状態になっていたところを友人に発見され、救急搬送された。

今回のAV新法では、「契約から1カ月間の撮影禁止」「すべての撮影終了から4カ月間の公表禁止」「作品の公表から1年以内の無条件取り消し」などが明文化された。

すでに斜陽のAV業界に致命的なダメージを与えることは間違いない厳しい内容で、AV女優という職業も存続の危機となることが予想された。

件のツイートが引っかかっていた筆者は、SNSで彼女に連絡をとった。

AV新法の施行から半年が経ち、その影響が見えてきた中、彼女の自宅近くの新宿歌舞伎町に会いに行ったのがいまである。

歌舞伎町はヤクザが衰退し、Z世代の若者だらけだ。夜になると若者たちで溢れかえる街に変貌している。

29歳の金苗希実はいまの歌舞伎町では高年齢層であり、人だらけのドン・キホーテ横で待ち合わせたが、すぐに見つかった。ドン横近くにあるパパ活カップルだらけの喫茶店に向かう。

予想通り、AV新法はAV女優やAV業界に大きな影響を与えた。

社会の俎上(そじょう)に載せられて法規制されたことでアダルトビデオ産業はまわらなくなり、AV新法をめぐって様々な対立と分断が生まれていて、現在進行形で混乱を極めている。

向かい合った金苗希実の語りに耳を傾ける前に、新法によって生まれた混乱の解説をさせてほしい。いまのAV新法をめぐる業界の現状や未来、人々の対立や分断の現状を知るためには基礎知識が必要である。解説は少し長くなる。

■「高校生AV解禁」というパワーワード

今回のAV新法は出演強要問題に携わっていた支援者団体と人権団体が「高校生AV解禁」というパワーワードで危険性を訴え、危機感を覚えた塩村あやか議員ら国会議員たちが動き出したことが法制化のきっかけとなっている。

しかし、現在の適正AV業界の流れを汲むAV業界では、40年前の創成期から高校生の起用は厳しく自主規制していた。実際のところ、成人年齢の引き下げが行なわれても、高校生AV女優が誕生する可能性は考えられなかった。

民法改正をキッカケに口頭で勧告する程度で、いままで通りに自主規制は継続され、高校生AV女優の誕生はありえなかったと思われる。

高校生AV女優の誕生があるとすれば、趣味で「ハメ撮り」撮影をする同人AVの撮影者や無修正映像を販売する違法業者が考えられたが、AV業界の事情を知らない政治家は適正AV、同人AV、違法業者すべてをひっくるめてAV新法の規制対象にした。

すると、強い自主規制を課している適正AV関係者は、同人AVや違法業者と同等に扱われることに不満をあらわし、露骨に攻撃する適正AV関係者も現れた。同じAV業界の中でも適正AV対同人AVという対立が生まれて、混乱はさらに深まっていった。

スマートフォンを持つ10代の女の子
写真=iStock.com/SetsukoN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SetsukoN

次にAV新法の背景について要点をまとめる。

①AV新法の突然の制定には、2016年の出演強要問題という伏線がある。出演強要は適正AVの流れを汲んだAV業界が起こしたことである。
②適正AVでは歴史的に、高校生AV女優は自主規制している。高校生AV女優という視点では法規制の必要はなく、口頭で勧告する程度で自主規制を継続した。
③AV新法賛成派、反対派ともに適正AVの取り組みは認めていない。当事者やファンがアピールしているだけ、という現状。
④AV新法では適正AV、同人AV、無修正を販売する違法業者を包括してAV業界として法規制の対象とした。

成立まであまりに早かったことから、AV新法について多くの人々は急に降って湧いたような法規制と思っている。現役AV女優たちが主張するように当事者の意見を聞かないまま、早急に法律を制定したのは事実だ。

■女優への出演強要は日常茶飯事

しかし、2017年12月には自民党と公明党の議員を中心に「性暴力のない社会を目指す議員連盟」(通称ワンツー議連)が立ち上げられており、AV業界に対する法規制は各政党で検討されていた。

そもそも「出演強要問題」という伏線があったので、その結末は十分に予測できたはずだ。

2016年3月に明らかになったAV出演強要問題とは、プロダクションによる普通の芸能事務所を装った虚偽のスカウト、強引な契約、違約金の請求という脅しなど、出演を強要された女性の被害や人権侵害が人権団体に指摘されたことから始まった。

実際に女優に対する出演強要は、2011年あたりまで日常茶飯事で起こっていたことで、AV業界人や筆者を含む業界に近い者は全員その実態を知っている。

しかし、知ってはいても公にする者はいなかった。それは、AV業界全体が長年にわたって暴力で支配されていたことが理由だ。

■AV業界の中枢が沈黙する理由

いまの適正AVへの大逆風を理解するためには、かつての閉塞(へいそく)していた業界の体質や産業の構造を知る必要がある。

本質的な原因は、AV業界大手のトップや協会の幹部が、自ら起こした出演強要問題の火消しをしないまま「適正AV」を謳っているため、そもそもAV業界が社会に認められていない状態にあるからだ。

かつて、AV業界は流通、審査団体に加盟するメーカー、制作会社、撮影スタッフ、プロダクション、男優、そして、当時の筆者のような業界専門誌の関係者までがAV業界人とされていた。生業としてアダルトビデオに関わっていた人々である。

一方、業界にとってAV女優は商品という意識なので、業界人の枠組みには入ってこない。次々に入荷される女性という商品をまわして利益をあげるという考え方で、AV女優に対する人権意識は希薄だった。

閉塞するAV業界は、昔から「狭い村」「AV村」などと呼ばれていた。アダルトビデオは、女優の発掘から販売までの過程で様々な法律に関わる。

しかし、所々にグレーな部分があり、法的な問題を突きつけられると説明ができないので、AV業界のトップにいる人々は矢面に立ちたがらない。出演強要問題は社会問題にまで発展したが、AV業界のトップにいる人物たちは一切表に出ることはなかった。

秋葉原のメイドカフェを訪ねるように通行人に呼びかける少女
写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic

■AV業界のグレーゾーンと綱渡りのような女優発掘

アダルトビデオの法律的にグレーな部分を説明していこう。

まず女優の発掘はスカウトマンが担うことが多く、路上でのスカウトは都道府県の迷惑防止条例違反となる。

スカウトマンや応募によって発掘された女性は、プロダクションに所属し、メーカーや制作会社の撮影現場に派遣されるが、アダルトビデオの撮影は有害業務とされるので、ここでも労働者派遣法違反、職業安定法違反となる可能性がある。

そして、撮影内容によっては、刑法174条「公然わいせつ罪」、同177条「強制性交等罪」となりかねない。

本番撮影が不特定多数との性行為と解釈されると、売春防止法違反の可能性も出てくる。メーカーは撮影された性行為の映像を、刑法175条「わいせつ物頒布等罪」にならないように修正して第三者による審査を通してから発売する。

しかし、「わいせつ」の定義は曖昧で、どの段階から刑法175条に該当するのか分からない。

実際に2007年には警察も関わりながらわいせつを審査する日本ビデオ倫理協会が警視庁に強制捜査を受けて、翌年には審査部の統括部長が逮捕されている。

このようにアダルトビデオは様々な法律の脅威に晒されながら、綱渡りのような発掘、撮影、販売が行なわれてきたのだ。

■業界内で知りえた情報を社会に伝えるのはNG

そのようにグレーな産業なので、一般社会とは切り離されたような形で独自の社会を形成してきた。

一般社会とAV業界の違う部分をいくつか挙げると、

・法人は金融機関を利用することができないため、知人や怪しい筋から資金を調達して起業する。
・AV業界人による、AV女優への情報提供は禁止。
・業界内で知りえた情報を社会に伝えるジャーナリズム活動の禁止。

などで、筆者も嫌な思いをした経験は無数にある。AV業界はせいぜい数百~数千人程度の狭い村なので、長年そのようなローカルルールが機能した。

女優に情報提供をしたり、知りえた情報を記事にするなど、ルール違反を犯すと最悪なケースでは暴力的な制裁対象となった。

制裁について、ひとつ例え話をしよう。

ギャラについて事務所に不信を感じている女優がいたとする。彼女に対して撮影スタッフが、「君の所属事務所は、女優に適正な配分をしていない。他の事務所の女優はもっともらっているよ」と情報提供したとする。立派なルール違反である。

そうすると情報提供を受けた女優を管理するプロダクションとトラブルになる。撮影スタッフは呼び出されて、謝罪で済まなかったら、暴行や恐喝被害に発展しかねない。

被害に遭遇しても、撮影スタッフは警察や司法に頼ることは許されない。仮に警察や司法に頼ったとなると、業界関係者が総出となって個人の仕事を干すようなことが行なわれる。

業界内のトラブルでどんな被害に遭っても、被害者は泣き寝入りになることが業界の常識となっていた。

2018年に強い意思の下で行なわれた「適正AV」の取り組みでかなりの改善がなされたが、長い間、アダルトビデオ業界はきわめて異常な産業だったのだ。

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写真=iStock.com/Dragos Condrea
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dragos Condrea

■2460万円の違約金で発覚した「AV出演強要問題」

異常だったAV業界にメスが入ったのは、AV新法の立法にも関わった人権団体の告発があったからだ。

2015年、AV出演を拒否した女子大生がプロダクションに2460万円の違約金を請求された訴訟の地裁判決が出た。女子大生が人権団体に駆け込んだことで出演強要問題が発覚。

その事件が発端となって、被害経験のある元AV女優たちが続々と被害を告発し、ローカルルールで隠し続けてきたAV業界の闇が続々と暴かれてしまった。

そのとき、AV業界はどんなに問題が大きくなっても沈黙した。

出演強要問題に対する批判は高まり続け、ピークとなった2017年4月26日には、渋谷駅前で男女共同参画担当大臣、渋谷区長、渋谷署長、警視庁上層部など、錚々たるメンツが参加して出演強要の被害根絶を訴える街頭パレードが行なわれている。

政治、行政、警察、市民が一体となってAV業界に抗議の声をあげるパレードを見学して、筆者はあまりの深刻な事態に衝撃を受けた。

しかし、抗議されている当のAV業界はそのような社会の声には興味がなく、現状維持のまま撮影と販売を継続した。狭い村で一般社会から隔離されているような産業なので、業界人は一般社会の動きに対する反応が極めて鈍かった。

筆者は2016年後半~翌年春にかけて事態が極めて深刻であることを何人もの関係者に伝えたが、ほぼ全員、興味がないという態度だった。

■遅すぎた「適正AV」の取り組み

2017年には、プロダクション関係者を中心に100人を超えるAV関係者が逮捕・摘発される前代未聞の事態が起きた。プロダクション関係者の容疑は、アダルトビデオという有害業務に労働者を派遣した、という労働者派遣法違反だった。

そして、この段階でようやくAV業界は重い腰をあげる。2018年に出演被害者を出さないことを目的に第三者で組織されたAV人権倫理機構が立ち上がり、流通、適正メーカー、プロダクションが一体となって「適正AV」という枠組みを作った。

適正AVの取り組みは功を奏し、それまで内部の者にとっては半ば常識だった出演被害の話は、これを境にほとんど聞くことはなくなった。

しかし、出演強要が社会問題になってすでに2年が経ち、その間に業界関係者が続々と逮捕・摘発されたことで、あまりにも悪質なAV業界の実態が可視化された。

そのあとに行なわれた適正AVの取り組みが、規制を検討する政党や国会議員に届くことはなかった。業界改善のために適正AVの取り組みが進められている最中にも、アダルトビデオに対する法規制の必要性は各政党で議論された。

そのような状況下で2022年4月、民法の成人年齢が18歳に引き下げられることが契機となり、急展開となった。

■違反すれば法人は1億円以下の罰金

「AV被害防止・救済法」(AV新法)の内容も説明しておこう。新法は40年間の歴史あるアダルトビデオ産業の継続に黄信号が灯る、あまりに厳しい内容だった。

新法ではAVメーカーに、

・出演契約締結時の契約書交付と、内容説明の義務化
・契約から1カ月間の撮影禁止
・すべての撮影終了から4カ月間の公表禁止

が科せられ、出演者には、

・年齢性別を問わず、公表から1年間は無条件に契約を解除することができる
・意に反する性行為を拒絶することができる
・出演者の契約解除時に配信停止、商品を回収できる

権利が与えられた。違反すれば3年以下の懲役、または300万円以下の罰金。法人には1億円以下の罰金が科せられる。

女性に対する出演強要問題と、高校生AV解禁という危機感から口火が切られた議員立法だったが、蓋をあければ「年齢性別を問わない」すべてのアダルトビデオの出演者に関わる法律となった。

新法によって具体的に何が起こるかというと、1カ月前の契約義務によって撮影に代役がきかなくなり、撮影総数は減る。必然的に出演者の仕事は減少する。

また、4カ月の公表禁止によって、資金力のない中小メーカーの資金繰りが悪化して廃業、倒産となる。出演者の年齢性別を問わない1年間の無条件契約解除によって、信頼関係のない新人女優、新人男優が使えないことが予想された。

中村淳彦『同人AV女優 貧困女子とアダルト格差』(祥伝社)
中村淳彦『同人AV女優 貧困女子とアダルト格差』(祥伝社)

AV業界はパニックになって、決まっていた撮影は続々中止。AV女優を筆頭に現場関係者は失業状態となった。

突然の失業状態に騒然となったAV女優たちはSNSで生活の危機を訴え、女優たちの危機を憂いた男性ファンたちが立法に関係した者や反対派を攻撃、反対派のフェミニストたちにも数々の暴言を吐いて荒れた状態が続いている。

新法賛成派は適正AVの取り組みをスルーしたまま法規制を実現し、反対派はイデオロギーが偏っていて、現役AV女優は両派と激しく対立しながら適正AVの取り組みを訴える三つ巴の状態となっている。

AV業界や新法の周辺でいったい何が起こっているのか、分かってもらえただろうか。

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中村 淳彦(なかむら・あつひこ)
ノンフィクションライター
1972年生まれ。著書に『名前のない女たち』シリーズ(宝島社)、『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)、『崩壊する介護現場』(ベストセラーズ)、『日本の風俗嬢』(新潮新書)『歌舞伎町と貧困女子』(宝島社)など。現実を可視化するために、貧困、虐待、精神疾患、借金、自傷、人身売買、介護、AV女優、風俗などさまざまな社会問題を取材し、執筆を行う。

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(ノンフィクションライター 中村 淳彦)

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