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「これはガウディ級だ」建築のド素人57歳が沖縄の深い森の中に8年かけてツリーハウスホテルを作ったワケ

プレジデントオンライン / 2023年3月6日 11時15分

菊川さんが設計・建築した「スパイラルツリーハウス」 - 写真提供=ツリーフル

沖縄本島の北東部に位置する“やんばるの森”にあるツリーハウスで作られたホテルが話題だ。美しいフォルムの螺旋階段を上った先、地上10mに居住空間がある。周囲は360度ジャングルだ。全くの建築の素人ながら、適切な大木を探し出し、ゼロから約8年かけて作った菊川曉さん(57)は「日本初の森を活用したツリーハウスリゾートを全国展開し、このビジネスモデルを海外に輸出したい」という――。(聞き手・構成=山本貴代)

■沖縄の山深くに世界注目のツリーハウスホテル誕生

「この感動はサグラダ・ファミリア以来だ」「たいへんな感銘」「映画のような光景」「(大自然の中で滞在すると)素晴らしい孤独を見つけることができる」……。

那覇空港から車で2時間ほど。沖縄本島の北東部にある“やんばるの森”。ここに今、世界が注目する建築物がある。「建築主」は菊川曉さん(57)。といっても建築家ではない。東京都渋谷区に本社のある「ガーラ」の創業者でCEOだ。慶應義塾大学経済学部を卒業して広告代理店に5年勤務した後、1993年にベンチャー企業として同社を設立し、成長させた。現在は、メタバースやブロックチェーンなどWeb3.0を中心とするビジネスを展開している。

菊川さんが沖縄の手つかずの森の中に約8年の歳月をかけて作り上げた建築物とは、超本格的な“ツリーハウス”だ。これが国内外から称賛されている。

冒頭で紹介したのは、『ヴォーグ』『ナショナルジオグラフィック』といった海外メディアの菊川さんの“作品”に対する評価である。『フォーブス』は「ひとりの起業家の情熱的なプログラム」とその制作にかける熱量の高さや姿勢にスポットライトを当てた。

現在、3つの形の違うツリーハウスと地上の宿泊コテージ、そしてオープンテラスのレストランもあり、最大6人まで宿泊できる。2021年8月のオープン以来、多くの国内外の旅行者がやってくる。

2023年2月半ばには、国土交通省の和田浩一観光庁長官も「海事・観光立国フォーラム in 沖縄2023」で現地を訪れた際、菊川さんのツリーハウスも視察にやってきた。国のお墨付きももらい、その認知度は確実に高まっている。

菊川曉さん
写真提供=ツリーフル
 
菊川曉さん - 写真提供=ツリーフル -  

基本的に1年のほとんどを、このやんばるの森で過ごすという菊川さんはこう熱く語る。

「私は、日本初の森を活用したツリーハウスリゾートを全国展開したいと考えています。森を守ることを絶対ルールとしながら、人々が宿泊でき、ダイナミックな自然体験もできるリゾート施設を完成させ、その森を運営して儲かる仕組みもつくりたい。ゆくゆくは、このビジネスモデルを東南アジアなど世界へ輸出したいと思っています」

「自分の信条は、『この世に生まれた以上、世界一ではなく、世界初を目指す』ということ。そうしないと自分の生まれた意味がないと思っています。今、この夢を実現するために全力で走っています」

スケールの大きいビジョンだが、なぜ、建築のド素人がこんな壮大なプロジェクトを実現できたのか。

■建築のド素人がなぜツリーハウスをゼロから作れたのか

聞けば、幼少時に読んだ絵本に登場したツリーハウスへの憧れがそもそもの始まりだという。秘密基地のような存在にワクワクする経験は多くの子どもたちがしているが、たいていはそれで話は終わる。だが、菊川さんは見事に「形」にした。幼い頃の思いを、プランを立て、完成させるまでにはどんなプロセスがあったのだろうか。

「ベンチャーを立ち上げてからは仕事仕事の毎日。少し余裕ができた40代の終わりに、自分の中のウィッシュリストに、いつかツリーハウスホテルをやりたいという項目を入れたんです。

ちょうどその頃(16年前の2006年の年末)に、東南アジア・ボルネオ島のコタキナバルへ野生のオラウータンを見に家族で旅行したとき、原生林をパームヤシ畑に変えてビジネスする姿をみて強い衝撃を受けました。

『これではいずれ熱帯雨林がなくなり、地球の温暖化促進され、生態系も崩れてしまう』と感じたんです。それを防ぐためにも、森を利用したツリーハウスリゾートをつくろう。森も守ることができるし、雇用も生むことができる。これで世界は救われるのではないか。森のまま生かしたビジネスをして、自然と共存したい。そんなことをぼんやりと考えていました」

スパイラルツリーハウスには2人まで宿泊可能だ
撮影=山本貴代
スパイラルツリーハウスには2人まで宿泊可能だ - 撮影=山本貴代

それから6年、ツリーハウスをゼロから作る思いが固まってきた頃(2013年)に、長女の万葉さんが学んでいたアメリカ・マイアミ大学の卒業式に参列したついでに中米コスタリカにあると聞いたツリーハウスホテルを訪ねた。

当時は、まだ日本にちゃんと人が寝泊まりできる本格的なツリーハウスはなかった。ましてやツリーハウスを洗練されたホテル仕様にしているところは世界でも珍しい、だから、自分が日本で初めてのツリーハウスホテルを作ろうと決心したという。

アジアの高級ホテルのような「エアロハウス」。
撮影=山本貴代
アジアの高級ホテルのような「エアロハウス」。 - 撮影=山本貴代
昼寝スペースでは、森の中に寝転んだような気分に
撮影=山本貴代
昼寝スペースでは、森の中に寝転んだような気分に - 撮影=山本貴代

日本に戻って最初にしたこと、それはホストツリーとなる大木探しだ。建物を支えるような大木は、山奥にしかない。東京と沖縄を行き来しながら不動産業者とやりとりし、大木と土地を足を棒にして探し歩いた。何度も原生林を歩き回った結果、ようやくすばらしい大アカギの木が見つかり、1万坪の土地も手に入れた。

舞台は整った。だが、ここからが試練の連続だった。

■大工道具を使ったことなし、大きな毛虫の襲撃も

菊川さんは理系出身ではないが美術と数学が得意で、昔からアートとしての建物に興味があった。だから、「建築の構造計算は独学で修得し、今回のツリーハウスも自分で設計した」という。

取説片手に四苦八苦して、工具や道具の使い方を手探りで学び、失敗を繰り返しながら、一歩ずつ前進
取説片手に四苦八苦して、工具や道具の使い方を手探りで学び、失敗を繰り返しながら、一歩ずつ前進(写真提供=ツリーフル)

ただ、机上で図面は引けるが、作るのは初めてだ。

大工道具の丸ノコも使ったことないし、水平・垂直・45度などを測定するツールである水平機という道具があることすら知らなかった。丸ノコでまっすぐな直線を引く際には欠かせない「丸ノコガイド90度」の存在も知らなかったので、原始的なL字定規で、鉛筆で印をして切ったそうだ。取説片手に四苦八苦して、工具とその使い方を手探りで学び、失敗を繰り返しながら、一歩ずつ前進していった。

「何度も絶望的な気持ちになりました。でも、いくら失敗しても、自分が諦めない限り、これは成功の途中であると言い聞かせました」

それでも作業中に泣きたいことは数えきれないほどあった。

「ツリーハウスの床張りをしていて、下を向いて作業していたとき、首筋にぽとっと見たこともないでかい毛虫が落ちてきて、泣きたくなりました。すごくただれちゃって。ぶよにも刺されパンパンに大きく膨れ上がりました」

作業がなかなか前に進まず、しょんぼりして東京に戻ったとき、「ここではお金を出せばなんでも買えるし、手に入る。なんて優しい街なんだ」とつくづく思ったという。エネルギッシュに日々進化する都会の姿を目の当たりにして「俺、沖縄の森で何やっているんだ」と惨めな気持ちになることが何度もあった。それでも諦めなかった。

今は森の中にいることが多いせいか、視力が劇的に改善され、毎日が森林浴のおかげか、至って健康体なのだと笑う。

■「設計も建築も自分でやった。コストは150万円だけ」

こうして道具の使い方も知らなかったズブの素人の手によって、最初のツリーハウスが完成した。名称は「スパイラルツリーハウス」。美しいフォルムのスパイラルツリーハウスの階段は、「伝説の螺旋階段」と呼ばれている。

通常のツリーハウスは樹上にあるものの、建築物は地面から支える構造になっている。しかし、このスパイラルツリーハウスは木の上からワイヤーで吊るす形状で、これまでは必須だった斜めの幹からのつっかえ棒も不要に。おかげでホストツリーに巻きつく螺旋階段で人が上がれるようになった。こうした仕組みも菊川さんが独自に考案した。

大アカギのグネグネとした有機的なフォルムと、幾何学的なツリーハウスが融合して、自然の力強さを強調している姿は、まさに、お互いがお互いを高め合っている。「デザイン力×技術的革新」「世界一かっこいいツリーハウス」と賞賛されるゆえんだ。

「設計も建築も自分でやったので、かかるのは材料費や道具代だけでした。スパイラルツリーハウスにかかった費用は150万円いくかどうかですね」

制作にかかわった長女の万葉さんと
写真提供=ツリーフル
制作にかかわった長女の万葉さんと - 写真提供=ツリーフル

水の調達にも苦労した。最も近いコンビニでも車で30分はかかる山の中だ。水道が通っているはずがない。最初は、向こう岸の山から引いていたが、大雨が降ると水が茶色く濁るので、井戸を掘る決断をした。「川の近くだから、掘っていけばきっと水が出るだろう」。そう考え、矢倉を組み、手掘りで掘っていったら3.5メートルの地点で水が出た。紫外線を通す機械でUV殺菌をしていて、筆者も飲んだが、とてもおいしい水だった。

作り始めてから、約8年。ツリーハウスはできたけれど、旅館業の許可が下りなかった。ツリーハウスとホテルとしてのインフラはできたが、難題はまだ残っていたのだ。

ツリーハウスをホテルにするためには旅館業の許可が必要だが、生きている木を建築物の一部に使っているので、これが違法建築だと申請が下りなかったのだ。クリアするためには、「ツリーハウスは、建築物ではない」と証明する必要があったが、いろいろと調べていくと、「立木(りゅうぼく)法」という1909年にできた古い法律にたどり着いた。

生きている木と土地は別の物と考え「生きている木は不動産として登記できる」というものだ。そこで大アカギの木を不動産として登記し、その木の上の工作物だから「建築物にはならない」ということが、理論的なバックアップとなりようやく認められた。

宿泊物としての基準もクリアできたので、これで旅館業スタートの見込みが立った。旅館業の許可が出るまで2年。それを含め、全制作期間は、2014~2021年の足かけ7年8カ月。2021年夏にようやく開業にこぎつけた。

スパイラルツリーハウスの内部。
撮影=山本貴代
このスパイラルツリーハウスを含め、ツリーフルでの宿泊費(最大6人)はトータルで1泊税込15万円~。 - 撮影=山本貴代

■大手企業社員がアポなしで「働かせてほしい」と直訴

ツリーハウスホテルの運営を視野に入れつつプロジェクトをさらに進めるため、仲間を募った菊川さんは2020年に「ツリーフル」という会社も立ち上げた。社員は現在全13人、求人広告を出さない時も、その存在をインスタなどで知り、働かせてほしいと全国から優秀な人材が集まってきた。大手企業社員がアポなしでやってきたケースもある。ビルダーチーム、運営チーム、地上チームに分かれていて、今も新卒社員を募集中だ。ちなみに、草刈り係の正社員として、ヤギ(ドナちゃん)もいる。

正社員のドナちゃんと菊川さん。誰よりも懐いている。
撮影=山本貴代
正社員のドナちゃんと菊川さん。誰よりも懐いている。 - 撮影=山本貴代

菊川さんはどんな人かと聞くと、琉球大学で言語学と英語を学び、スイスのホテルやフロリダディズニーワールドでの勤務経験もある24歳のヒカリさん(運営チーム)はこう語った。

「常に新しいアイデアを生みだします。それを模索して実現させる力はすごい。本に載っていたらダメ。木を見ながら、みんなで考える。世界初ユニークなものをいつも求めています。私たち若い社員をがんばらせる力もあります」

テーマは、自然と人間との境界線をなくすこと。それは菊川さんとスタッフが共有するおきてだ。

現在、他のスタッフとともにホテル運営にたずさわっている菊川さん。もちろん本業の仕事もテレワークでしっかりこなしている。ツリーハウスを見上げながら現地を訪問した筆者にこう抱負を語った。

「ひとつ自慢があるんです。ここまで整備するのに、木をたったの1本しか切ってないんです。邪魔なものだと安易に排除せず、どうしたら森と仲良くできるか。それを常に考えています。自然と人間との境界線をなくすこと。太陽光を人間が独占しないこと。カーボンニュートラルよりもさらに環境にいいカーボンネガティブ(常にCO2吸収し、排出する二酸化炭素より吸収する二酸化炭素の方が多い状態)にすることを目指しています」

地面に太陽光が射すよう、木も切ることなく作られた通路。
撮影=山本貴代
地面に太陽光が射すよう、木も切ることなく作られた通路。 - 撮影=山本貴代

ビジネスであるからには儲けなければならない。しかし、自らに課したルールは守る。「野生動物が地面を歩けるように、そして植物も生えるようにしなければいけない」という決め事を厳守するために、建築物は全て地上から1.2メートル離して作った。要は、土地を建物で塞がない。階段も建物をつなぐ通路もどこからも太陽光が入る仕組みになっている。したがって、雨水もたまらず地面に自然に染み入るようになっている。

■リバートレッキングやバギーツアーも

「滞在してくださった方などを対象に環境教育もしています。日本はサスティナブルに対する取り組みが遅れています」

宿泊者はチェックイン後に、リバートレッキングに無料で連れて行ってもらえる。森について説明を聞き、ウェダー(レンタル)を着て川の中を歩き、滝を見る。1時間ほどの冒険体験ができる。

所有する別の敷地内(10万坪)では、8輪車の水陸両用バギーで絶景ツアー(有料)のアクティビティも用意されている。赤土の岬を駆け登り、海を見下ろす絶景を見たかと思えば、今度は海辺へトレッキング。バギーで川へもずぶずぶ入り、本格的なジャングルクルーズのようだ。童心に帰るとともに、かなりのアドベンチャーが楽しめる。

水陸両用バギーで行く“やるばる絶景ツアー”。
撮影=山本貴代
水陸両用バギーで行く“やるばる絶景ツアー”。 - 撮影=山本貴代

昨夏できたばかりのツリーハウスサウナでは、その名の通り、サウナを楽しめる。崖の斜面に生えている木から吊られ、崖の下にある川の上の空間に浮いている。地上を0メートルとした時、サウナツリーハウスの一番下の部分はマイナス3.6mのため、世界で最も低いツリーハウスと公式にギネス世界記録に認められた。

川の上に浮いているような世界一低いツリーハウス(サウナツリーハウス)。
撮影=山本貴代
川の上に浮いているような世界一低いツリーハウス(サウナツリーハウス)。 - 撮影=山本貴代

少年時代のツリーハウスを作るという夢は、いつの間にか、地球の森を守るという壮大な夢へ切り替わった。今後、どんな仕掛けをするのか、その展開からは目が離せない。

最後になったが、筆者が実際にツリーハウスに宿泊した感想を少し。

宿泊可能な2つの施設のうち、エアロハウスはアジアのゴージャスなホテルのようで捨てがたがったが、迷った末に菊川さんが最初につくったスパイラルツリーハウスに2泊した。木の上に泊まるのは人生初だった。

これまでの人生でそれなりにゴージャスなホテルや、自然の中にあるホテルに宿泊体験があったが、ここまで360度、自然と一体になって眠りについたことはなかった。夜は雨がザーザー降っていたが、不思議とぐっすりと眠ることができた。森の中にすっぽりと自分が溶け込んだような体験は後にも先にもない。あの光景と空気を思い出すたびに癒やされている。

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山本 貴代(やまもと・たかよ)
女の欲望ラボ代表、女性生活アナリスト
静岡県出身。聖心女子大学卒業後、1988年博報堂入社。コピーライターを経て、1994年~2009年まで博報堂生活総合研究所上席研究員。その後、博報堂研究開発局上席研究員。2009年より「女の欲望ラボ」代表(https://www.onnanoyokuboulab.com/)。専門は、女性の意識行動研究。著書に『女子と出産』(日本経済新聞出版社)、『晩嬢という生き方』(プレジデント社)、『ノンパラ』(マガジンハウス)、『探犬しわパグ』(NHK出版)。共著に『黒リッチってなんですか?』(集英社)『団塊サードウェーブ』(弘文堂)など多数。

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(女の欲望ラボ代表、女性生活アナリスト 山本 貴代)

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