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日本特有の「名ばかりS席」を許してはいけない…消費者法の専門家がエンタメ業界の悪慣習に怒るワケ

プレジデントオンライン / 2023年3月7日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aerogondo

日本の演劇やコンサートでは「S席のチケット」を買っても、ステージから遠かったり、端の見えにくい席になる場合もある。日本女子大学の細川幸一教授は「S席のSは、『スペシャル』の略だろう。ところが多くの劇場で『名ばかりのS席』が目立つ。これは事業者の都合で不誠実だ。日本の観客はもっと怒ったほうがいい」という――。

■席種の表示をめぐって消費者庁が初めて措置命令を出した

最近、コンサートチケットの席種をめぐる問題が話題になった。2022年5月に東京ドームで開催されたロックバンド「L'Arc~en~Ciel」(ラルク・アン・シエル)の結成30周年記念ライブで、購入した座席と実際の席種が違っていた、という問題だ。

消費者庁が2月15日、コンサート提供事業者3社に景品表示法に基づいて措置命令を行った。

発表によれば、記念ライブは、S席よりさらにグレードの高いSS席を1階アリーナ席に配置していた。座席表には、SS席を購入すれば1階アリーナ席、S席を購入すれば1階スタンド席、A席を購入すればバルコニー席か2階スタンド席でコンサートを見られると表示していた。

しかし実際は、SS席やS席を購入しても1ランク下の座席に割り当てられるケースがあった。記念ライブ数日前に急きょ変更されたという。

消費者庁は、この表示が景品表示法の優良誤認にあたるとして、コンサート事業者オン・ザ・ライン(東京都港区)、ボードウォーク(同千代田区)、マーヴェリック・ディー・シー(同渋谷区)の3社に措置命令を行った。

コンサートの座席に関する景表法違反で措置命令を出したのは初めてとのことだ。

■SS席の客に、S席やA席を割り当てる

記念ライブのチケットは、席によって最大2倍の価格差があった。会員シート・SS席2万2000円、S席1万6500円、A席は1万1000円だ。

当初、SS席は約3300席だったが、実際には約7200席を販売していた。つまり、1階アリーナのSS席を購入した客に、S席やA席にあたるスタンド席を割り当てたわけだ。

記念ライブの専用サイトには「座席図はイメージとなります。ステージや座席レイアウトは予告なく変更になる場合がございますので、あらかじめ了承ください」と記載されていたという。

座席を販売するときに席種をシートマップに示し、「予告なく変更になる」などの条件を示したからと言って、席種を勝手に変更するなど許されないし、消費者が怒るのも当然だ。

決して安くないチケットを購入し、ライブを楽しみにしていたファンの気持ちを思えば、なおさらだ。この問題は決して些細(ささい)なことではない。本件は表示上の席種と実際の席が異なっていたという特殊な例だが、そもそも日本にはS席が多すぎるのだ。

筆者はかねてより、消費者(ファン)を軽視する事業者側の姿勢に疑問を感じてきた。本稿で改めて問い直したい。

■日本には「名ばかりのS席」が多すぎる

そもそもS席とはなんなのだろうか。

通常、コンサートや演劇の会場ではS席、A席、B席などの席種が設けられる。さらにSS席が設定される場合もある。大きなスクリーンを観る映画とは異なり、座席の位置はかなり重要だ。映画館では通常、席種がないことからも明らかだ。席種は当然、主催者側が決める。

S席のSは、「スペシャル」の略。だが、日本国内ではやたらS席が多い劇場や、全席S席というコンサートも見かけることがある。

ステージから遠いとか、構造上ステージが見にくいなどの理由で安い価格の席種が設けられるが、こうした席がS席に含まれる場合もある。まさに「名ばかりのS席」なのだ。これに違和感を覚えたことのある消費者も多いのではないだろうか。

日本にはS席が多すぎる。「名ばかりのS席」ばかりだ――。こうした問題提起をするためには、実際の公演を見てもらえれば一目でわかる。

例えば、東京・日比谷の帝国劇場で行われた「KINGDOM」2月公演。席種はS席、A席、B席の3ランクあるが、席数の半数以上が最上級グレードのS席だ。価格はS席1万5000円、A席1万円、B席5000円で最大3倍の開きがある。

■総座席数の61%がS席だった

同劇場の総座席数は1826席。そのうちS席は1121席、A席は497席、B席は208席で、S席の割合は61%ほどになる。日本の多くの劇場と同じように、左右の差はなく、ステージとの距離、フロア(階数)で分ける考え方がとられている。

帝国劇場座席表
出典;東宝演劇サイトより

1階の18列目まではすべてS席、その後ろの19~24列はA席だ。2階は5列目まではS席、6~8列はA席、その後ろの9~13列がB席だ。

帝劇はかなりの大劇場で、左右も広い。奮発してS席を購入し、いい席で音楽や演劇を楽しもうと期待しても、実際はA席と変わらないということもよくある。

例えば、2階5列目の一番端はS席であるが、6列目は中央でもA席になっている。5000円の差があるが、6列目中央のA席の方がはるかに見やすいだろう。S席を購入した客がかわいそうである。

■B席より観劇しづらかったA席への疑問

帝劇の1階席は傾斜が緩やかで、特に後列の席だと前の客の頭でステージが見えにくくなる。これは歌舞伎座や新橋演舞場、大阪の松竹座、京都の南座なども同様である。

これらには花道があり、昔の芝居小屋の一階は平土間であった影響であろう。そういう座席であっても多くがS席(1等席)とされ、客は決して安くないチケット代を支払わなければならないのだ。

別の例を挙げたい。10年ほど前になるが、学生たちを連れて帝劇の「レ・ミゼラブル」を団体観劇した。学生はお金がないため、2階の後列席にあてられている一番安いB席を予約したが、1階最後部のA席をあてがわれたことがある。

景表法違反とされた「L'Arc~en~Ciel」の記念ライブとは逆に、座席がアップグレードされたわけだが、前列の観客の頭が邪魔でステージが見えにくかった。2階後列のB席の方がよほど見やすいと感じた。

これまでの記述の通り、日本国内の演劇やコンサートの席種は消費者にとっての席の良しあしをあまり反映していない。値段は高くても、実際はA席やB席のような見えにくいS席も多いのである。

劇場
写真=iStock.com/Goja1
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Goja1

■なぜ「名ばかりのS席」が多いのか

演劇やコンサートは、演じる者・歌う者が観客と同じ空間・同じ時間を共有する。だからこそ、人はその臨場感・生の迫力に感動するのだろう。

映画と違って生身の人間が舞台で芸を披露するわけだから、観客はよりステージの近くで見たいと思うのは当然だ。映画と違って席にグレードがあり、料金が異なるのは普通だ。しかし日本国内の公演の多くは、すでに述べたように大雑把な席種の配置が行われていることが多い。全席S席とか、9割がS席という場合もある。もはや何のための席種なのかわからない。

興行主はできるだけ高くチケットを売りたいと思うのは当然だろう。しかし、消費者の不公平感、不満は無視できない。逆に、比較的安価な座席を設けることで、観客の裾野を広げる思惑もあるかもしれない。

これは筆者の推測であるが、かつて接待などの団体観劇が盛んだったことが一つの理由かもしれない。大勢の団体客を受け入れるために、同じ席種が大量にあったほうが便利であり、招待客は「S席を与えられた」と喜んでくれる。招待する側にも興行主にも都合がいい。

団体観劇の場合は興行主も柔軟な価格設定をしている場合があり、必ずしも画面通りの料金が招待者に請求されているわけではない。招待客の場合は自分で観劇料を払っていないので、「名ばかりS席」であってもクレームになりにくかったのだろう。

■海外は席種を細やかに分けている

日本の「名ばかりのS席」問題は、海外での観劇経験からも言える。筆者は歌舞伎を中心として40年以上の観劇歴があるが、ニューヨークやロンドンの劇場では日本に比べて席種の分け方が細やかな場合が多い。

例えば、ライオンキングのロングランで知られるロンドン・ライセウム劇場(Lyceum Theatre)の席種例を見てみよう。

価格帯は15に分かれている。ステージへの近遠だけでなく、左右、また視野なども考慮してかなり細かく席種が分類されていることが分かる。

Lyceum Theatre座席表
Lyceum Theatre座席表(https://www.officialtheatre.com/lyceum-theatre/seating/)

最高額の座席はPremium4の145ポンド(約2万3900円)だ。劇場1階中央部E~Q列の171席に限られている。次はPremium3の112.5ポンド(約1万8500円)が続く。2階中央前部の128席。Premium2の105ポンド(約1万7000円)、Premium1の87.5ポンド(約1万4400円)は、それぞれ135席、90席。いずれもPremium4、3の周辺にある。

Premium席は計547で全体の25%程度だ。次は、Top Price(約1万3600円)、2nd~8th Price(約1万2800円~8200円)の8段階に価格帯が分かれた席種がある。

座席のレビューや口コミも重視される。「whichseats.com」(London Lyceum Theatre Seating Plan and Seat Reviews)は、観劇客が自分で購入した座席の見えやすさ、快適さ、足元の広さを評価しており、レビューされている。

ロンドン劇場のすべての座席について情報を収集して公開している。料金が変動するので、平均購入価格も表示される。「お金の値打ち」をシビアに考慮する欧米人にとって座席の良しあしは重要な「選択情報」なのだ。

ロンドンのライセウム劇場
写真=iStock.com/Alphotographic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alphotographic

■日本人はもっと怒ったほうがいい

日本人に比べて西洋人は権利意識が高く、権利の対価について敏感ということもあるだろう。需給関係を考慮して料金が時期や曜日、時間で柔軟に変わることがよくある。「定価」を重んじる日本との違いを感じる。

例えば、宿泊の予約サイトをイメージしてほしい。日本の旅館・ホテルは1泊2食付き料金が表示されているのが通常だろう。だが、夕食・朝食にどのような内容が提供されるのかの合意がない場合も多い。

お品書きや写真が掲載されている場合もあるが、以前は電話で「1泊2食付き」というだけで予約するのが一般的だった。欧米ではビュッフェの朝食付きホテルはあるが、夕食付きは見たことがない。自分で内容も時間も選べることを欧米人は大切にしているのだろう。

食事付きの団体観劇も欧米ではほとんどない。自分が納得の上で、観劇料を支払う習慣が根付いているように感じる。日本でも団体観劇はかなり減ったが、昔ながらの慣習が踏襲されているように思う。

歌舞伎座
歌舞伎座の2階席の多くは1等席だ。生徒の団体観劇で空席が埋められていた。撮影日は2月24日。(筆者撮影)

このように海外事例を見てみると、日本の劇場がいかに「名ばかりのS席」であふれているかよくわかる。東京の歌舞伎座や新橋演舞場も、帝劇の席種設定の方針に近い。明治座は1、2階は全席S席、3階はA席ともっと大雑把な席種の公演が多い。

例えば、歌舞伎座の1等席(S席に相当する)には2階席も含まれる。だが、前回記事で指摘したように、近年は空席が目立つようになっている。

■消費者が納得できる席種の設定を

消費者は商品やサービスの対価として金銭を支払う。通常は商品の価値と支払う金額を比べ、その金額を支払う価値があるかを判断する。

だが、消費者にとってサービスの内容は事前に見えにくい。演劇やコンサートの場合、その公演内容とともにステージの見やすさがサービスの質を決める。座席の選択はその意味で極めて重要な判断材料である。

現在、劇団四季が東京・有明の四季劇場で「ライオンキング」をロングランで公演している。その料金を見ると欧米型に近い。料金は会員価格と一般価格に分けられ、公演ごとに「ピーク」「レギュラー」「バリュー」の3区分がある。

席種もS1、S、A1、A2、B、Cときめ細やかで、客席の左右での見やすさの違いも考慮されている。子ども料金もある。未来のファン獲得にも熱心だ。

しかし、日本の演劇やコンサートは、席種は指定できても席番号まで事前に指定できない場合もある。また常設劇場ではない巡業の演劇などでは席種表が示されていないケースも見られる。かなり不親切であり、不誠実だ。

これまでの大雑把な席種をやめ、座席に応じたきめ細かな価格帯を設けるべきだろう。もちろん観客が好きな座席を選べるようにすることが前提となる。

一部の人気俳優・歌手の公演・コンサートを除いて、新型コロナ感染拡大後の観客の戻りは悪く、客席がガラガラの場合も目立つ。消費者庁から不当表示とされた「L'Arc~en~Ciel」記念ライブの一方的な席種変更問題は消費者軽視の姿勢から出たものであろう。日本のエンタメ界にはいま一度、消費者目線を持つ必要がある。

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細川 幸一(ほそかわ・こういち)
日本女子大学家政学部 教授
独立行政法人国民生活センター調査室長補佐、米国ワイオミング州立大学ロースクール客員研究員等を経て、現職。一橋大学法学博士。消費者委員会委員、埼玉県消費生活審議会会長代行、東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。立教大学法学部講師、お茶の水女子大学生活科学部講師を兼務。専門:消費者政策・消費者法・消費者教育。著書に『新版 大学生が知っておきたい生活のなかの法律』『大学生が知っておきたい消費生活と法律』(いずれも慶應義塾大学出版会)などがある。歌舞伎を中心に観劇歴40年。自ら長唄三味線、沖縄三線を嗜む。

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(日本女子大学家政学部 教授 細川 幸一)

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