「彼女の弱点は、驚くほど実務が苦手な点です」安倍元首相が生前に語っていた"小池都知事の政治家としての評価"
プレジデントオンライン / 2023年3月7日 10時15分
※本稿は、安倍晋三【著】、橋本五郎【聞き手】、尾山宏【聞き手・構成】、北村滋【監修】『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)の第8章「ゆらぐ一強 トランプ大統領誕生、森友・加計問題、小池新党の脅威 2017年」を再編集したものです。
※肩書は当時のものです。
■小池氏は常に「ジョーカー」
――小池百合子都知事の政治家としての評価はいかがですか。
小池さんは、常にジョーカーです。手札の1から13の中にはないのです。ジョーカーのカードなしでも、トランプの多くのゲームは成り立つのだけれど、ジョーカーが入ると、特殊な効果を発揮してくる。ある種のゲームでは、グンと強い力を持つ。スペードのエースよりも強い。彼女は、自分がジョーカーだということを認識していると思います。ジョーカーが強い力を持つには、そういう政治の状況が必要だね、ということも分かっている。
――都議選当日の(17年7月)2日夜、安倍さんは、麻生副総理、菅官房長官、甘利明前経済再生相と会食しています。相当の危機感があったのでしょうか。
4人で会った時は、とにかく党がしっかりとまとまっていれば、乗り越えられるという認識でしたね。安倍政権が倒されるとしたら、敵ではなく、身内だと。いくら小池さんが強いと言っても、国会に足場を持っているわけじゃない。自民党内を動揺させなければ大丈夫だという考えで一致しました。実はあの会合は、党内に見せておく目的もあったのです。4人組というとあまり聞こえは良くないが、この4人は全く崩れていない、ということをアピールしたかったのです。支持率は下落傾向だったし、私自身、危機感はありましたが、それを表に出すと党内が浮足立ちますから、泰然自若を装っていました。
■上昇すること自体が目的になっている
小池さんはいい人ですよ。いい人だし、人たらしでもある。相手に勢いがある時は、近づいてくるのです。2016年に知事に就任した当初は、私の背中をさすりながら話しかけてきて、次の衆院選では自民党の応援に行きますからね、とまで言っていたのです。
しかし、相手を倒せると思った時は、バッとやってきて、横っ腹を刺すんです。「あれ、わき腹が痛いな」とこっちが思った時には、もう遅い。
彼女を支えている原動力は、上昇志向だと思いますよ。誰だって上昇志向を持つことは大切です。でも、上昇して何をするのかが、彼女の場合、見えてこない。上昇すること自体が目的になってしまっているんじゃないかな。
上昇する過程では、小池さんは関係者を徹底的に追い落としてきましたね。築地市場の豊洲移転問題では、土壌汚染対策などが不十分だったのではないかと石原慎太郎元知事の責任を追及した。都議会のドンと言われた内田茂前自民党都連幹事長と対立し、内田氏を引退に追い込みました。そう考えると、私も危うかったです。
■発信力はものすごいが、驚くほど実務が苦手
彼女の弱点は、驚くほど実務が苦手な点です。2020年の話になりますが、新型コロナウイルスの感染者が続出していた新宿・歌舞伎町で、保健所と警視庁がホストクラブや風俗店を巡回しました。最初、小池さんに連絡し、「警察官と保健所職員でやりませんか」と打診したのです。保健所は、区が管轄しているとはいえ、東京都が人事を決めていますから。小池さんは「うーん」と考え込んで、その後、「国でやってください」と言ってきたのです。だから政府ですべて調整して実施することにしました。保健所には人員の余裕がないというので、警察官のOBを保健所で臨時に採用するという手続きを取って、巡回してもらいましたが、小池さんは一切協力してくれなかった。
一方、小池さんの発信力はものすごい。とにかく、命名もメディアの使い方もうまいですよ。感染が拡大すると、記者会見では「ステイホーム」や「東京アラート」を呼びかけて、「やってる感」を出すのですね。「実務をこなしているのは、政府なんだけれどなあ」と随分思いました。手強い相手です。
■小池新党に「やられた」と思った
――安倍さんは17年9月25日に記者会見し、衆院の解散を表明しましたが、小池氏も同じ日に希望の党の結党を発表した。焦りましたか。
小池さんにやられた、と思いましたよ。私の解散表明よりも、小池さんの新党に世の中の注目が集まってしまった。これは大変なことになったと思いましたね。
下村博文(はくぶん)元文部科学相は、私の解散表明の記者会見直前に、「総理、解散やめてください」と言ってきました。でも、解散の流れはできていたので、「今さらやめられないよ」と。下村さんは「このまま突っ込んだらみんな落ちます」と言うので、正直根拠はなかったのだけれど、「大丈夫だから、私を信じてついて来なさい」と突っぱねたのです。
あの時は必死でしたよ。小池さんは、かつてのJR西日本のCMタイトルを利用して、「三都物語」と呼んで松井一郎大阪府知事と大村秀章愛知県知事に連携を呼びかけました。私は、日本維新の会代表だった松井さんに電話して、「三都物語なんて、乗らない方がいいよ。独自に戦った方が、維新らしいんじゃないの?」と言ったのです。松井さんも「ではそうします」と言ってくれていたのだけれど、結局、小池さんの方に乗っかってしまった。あの時の希望の党の勢いは凄かったから、流されちゃったんですね。
でも私は正直、劣勢でも勝てるのではないか、と思っていました。ある種、楽観的な考え方の持ち主なのかもしれません。楽観主義にならないと、選挙なんて戦えないのです。
その後、希望の党の政策を見たら、あまりにも中身がない。「満員電車ゼロ」を掲げていましたが、それは東京の発想ですよ。私の地元では、一度でもいいから電車を満員にしてみたいと思っているくらいです。地方はどこもそうでしょう。あまりにも底が浅すぎる、これはミスするのではないかと思いました。
■本気で政権を取るつもりだったが、目算を誤った
――希望の党は、安全保障関連法について「適切に運用し、現実的な安全保障政策を支持する」と掲げ、保守票を奪おうとしました。
彼女が本気で政権を取るつもりだったということでしょう。自民党がハト派の首相だったら、保守層は希望の党に流れていたかもしれません。でも、相手は保守の看板を掲げた安倍政権ですから、岩盤の支持層は崩れないのです。その点は、小池さんは目算を誤った。結局、安全保障関連法に反対する人は、立憲民主党に流れてしまいましたね。
都知事を辞めなかったことも、希望の党には響きましたね。民進党議員の中で考え方の違う人を「排除する」と言ったことも、感じが悪かった。「皆さんに来ていただくのは大変ありがたいが、安全保障政策については確認をさせていただく」と言っていれば、全く違う結果になったかもしれません。一瞬、絶頂期を迎えて、高飛車な態度になってしまったのですかね。
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元内閣総理大臣
1954年東京都生まれ。成蹊大学法学部政治学科卒業後、神戸製鋼所勤務、父・安倍晋太郎外相の秘書官を経て、1993年衆議院議員初当選。2003年自由民主党幹事長、2005年内閣官房長官などを歴任。2006年第90代内閣総理大臣に就任し、翌年9月に潰瘍性大腸炎を理由に退陣。2012年12月に第96代内閣総理大臣に就任し、再登板を果たした。2020年9月に持病の悪化で首相を退くまでの連続在職2822日と、第1次内閣を含めた通算在職3188日は、いずれも戦前を含めて歴代最長。2022年7月8日奈良市で参院選の街頭演説中に銃撃され死去。享年67。
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読売新聞特別編集委員
1946年秋田県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。読売新聞論説委員、政治部長、編集局次長を歴任。2006年より現職。主な著書に『総理の器量』『総理の覚悟』(以上中公新書ラクレ)『範は歴史にあり』『宿命に生き運命に挑む』『「二回半」読む』(以上藤原書店)など。2014年度日本記者クラブ賞受賞。
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読売新聞論説副委員長
1966年東京都生まれ。早稲田大学法学部卒。1992年読売新聞社入社。政治部次長、論説委員、編集委員を歴任。2022年より現職。主な共著に『安倍晋三 逆転復活の300日』『安倍官邸VS習近平』(以上新潮社)『安全保障関連法』(信山社)『時代を動かす政治のことば』(東信堂)など。
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前国家安全保障局長
1956年東京都出身。東京大学法学部を経て、1980年警察庁入庁。2006年内閣総理大臣秘書官、2012年内閣情報官、2019年国家安全保障局長・内閣特別顧問(いずれも安倍内閣)。2020年米国政府から国防総省特別功労章を受章。著書に『情報と国家』『経済安全保障』(以上中央公論新社)など。
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(元内閣総理大臣 安倍 晋三、読売新聞特別編集委員 橋本 五郎、読売新聞論説副委員長 尾山 宏、前国家安全保障局長 北村 滋)
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