「プーチン氏は最も偉大な指導者」と称賛…ロシアの広告塔になったハリウッドスターの末路【2022下半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2023年3月18日 9時15分
2019年6月7日、ロシアのサンクトペテルブルクで開催されたサンクトペテルブルク国際経済フォーラム(SPIEF)に訪れるアメリカの俳優、プロデューサー、脚本家のスティーブン・セガール - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト
■欧米メディアが報じたアメリカ人俳優の凋落
アメリカのベテラン俳優、スティーブン・セガール。『沈黙の戦艦』などアクションを中心に70作以上の出演をこなしており、日本にもファンが多い。合気道に剣道、カンフーなどを取り入れた多彩な動きで観客を魅了し、スクリーンにはその巨体が軽やかに舞う。
かなりの親日家としても有名だ。現在は70歳となったセガールだが、17歳の若き日、入れ込んでいた合気道の道を極めるべく日本へ渡航している。滞在は15年間にも及び、いつしか黒帯6段を取得。外国籍としては初となる道場を日本に構えるまでになった。合気道が結んだ縁で日本人女性と知り合い、2人の子をもうけている。
大阪弁を堪能に操るセガールは、デビュー作となった88年のハリウッド映画『刑事ニコ/法の死角』で早くも流暢な日本語を披露。作中では道場に通う門下生たちを温かくも厳しく指導した。
劇中世界でロシアと結びついたギャングを相手に果敢に闘ってきたセガールだが、残念なことに近年、現実世界ではプーチンを礼賛する広告塔に成り下がってしまったようだ。欧米メディアは、氏がウクライナ侵攻に関して、ゼレンスキー大統領が自国の捕虜収容所にロケット弾を打ち込んだとの陰謀論まで語るようになったと指摘する。
■映画ではロシアギャングと闘っていたのに…
武術では、肉体と精神が渾然一体となって最大の力を発揮する。
ことセガールが愛した合気道は、敵を倒すことを究極の目的としていない。その根源的なねらいは、修練者自身の心身を向上させることにこそある。
試合では相手を制することこそ求められるが、合気道の技はいかに相手を傷つけず制するかを基本思想として発展してきた。
師範にまで登り詰めたセガールほどの熟練者となれば、精神面でも常人の思考を超えた心得を習得していてもおかしくない。受け身の基本のごとく、やみくもな対立をよしとせず、いかに相手の勢いを利用して制圧に転じるか。このような達観した視点が期待されよう。
![合気道の訓練](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/9/1200wm/img_8900ec66cf0ffdb6d435c047b504b8c9340668.jpg)
残念ながら、日本で合気道を極めたセガールは、その心得を出国と同時に置いていってしまったようだ。アメリカでは女性へのレイプやセクハラ疑惑が相次ぎ、証券委員会からは巨額の罰金の踏み倒しを追求されるなど、不祥事が次々と発覚している。
ここ数年は、一部反米国やロシアとの癒着も目立つ。プーチンと接近しロシア国籍を取得したほか、ウクライナ侵攻に関しロシアを支持する発言すら行っている。92年、『沈黙の戦艦』でテロリストから米海軍の戦艦を奪還しようと奮闘した銀幕のヒーローは、映画公開から30年を経て、ロシアの広告塔に成り下がってしまったようだ。
■映画俳優として順風満帆だった
88年に『刑事ニコ/法の死角』でスクリーンデビュー、92年の『沈黙の戦艦』でスターダムへ駆け上がったセガールは、その後も沈黙シリーズを中心にコンスタントな映画出演を続けている。2016年には出演作7本が一挙公開。2019年にも沈黙シリーズの新作が2本封切りとなるなど、好調なキャリアを歩んできた。
俳優としては素晴らしい実績を残したかに思えたが、近年の不可解な行動がアメリカをざわつかせている。不正に仮想通貨の宣伝を行ったとして米証券取引委員会(SEC)に起訴され、巨額の制裁金を課された。
セガールは2018年、仮想通貨の取引所が立ち上げた新規仮想通貨(トークン)について、自身が報酬を受け取っていることを明かさずに広告を行った疑いがもたれている。日本でもたびたび問題になる「ステマ」行為だが、炎上だけでは済まなかった。
同トークンが証券とみなされたことでSECの監査対象となり、違法行為と認定されたためだ。そもそも同トークンの立ち上げキャンペーンはかなりグレーなものであり、ネズミ講まがいとの批判も各メディアから寄せられていた。
■もうアメリカには戻れない
セガールは新規トークンの立ち上げに際し広告活動を担い、現金とトークン合わせて100万ドル相当(現在のレートで約1億3800万円)の報酬を秘密裏に受け取っていたとして、SECから多額の制裁金を課されている。
セガールは加担の有無について「沈黙」を貫いたが、ブルームバーグは、報酬の3分の1にあたる33万ドルの制裁金の支払いに当人が同意したと報じている。ところがSEC側の弁護士によると、このうち7万5000ドルのみを支払い、残りは延滞しているという。記事は、ロシア移住には制裁金逃れの算段があったとの見方を示している。
軍事ニュースサイトの「ソフリプ」は、SECとの和解案を反故にしたことで、アメリカへの再入国時には「逮捕という結果になる可能性もある」と指摘している。
劇中ではロシアの悪党を相手に果敢に闘ったセガールだったが、現実世界ではロシアに匿われる皮肉な展開を迎えている。
■「最も偉大な指導者」とプーチン氏を絶賛
ドイツ国営メディアのドイチェ・ヴェレは、セガールが2013年のロシア国営TV「ロシア・トゥデイ」(現「RT」)にて、プーチンの指導力を絶賛したと報じている。「今日存命のなかでは世界で最も偉大な指導者であり、仮にそうでなくとも、最も偉大な指導者のうちのひとり」であると発言した。
![スティーブン・セガールと会談するウラジーミル・プーチン大統領](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/e/1200wm/img_de9791f81cbf14c5edb127bcc8114273397896.jpg)
セガールは武術愛好家という共通点を通じ、プーチンに惹かれていったようだ。米CBSニュースは2014年、セガール本人がロシアのTV番組で語った内容を報じている。「初めて彼(プーチン)の家に招かれたとき、柔道の創始者である嘉納治五郎の等身大の像がありました。だから一瞬で心を奪われると同時に感銘を受け、この男(プーチン)をもっと深く深く知りたいと思うようになったのです」
プーチンの盟友に対しても、リップサービスを欠かさない。英エクスプレス紙は今年4月、セガールが自身の誕生会にプーチンの側近らを招き、「みんな、愛していますよ」と述べたと報じている。
スピーチのなかでプーチン側近らに「私の家族であり友人です」と呼びかけ、「ここに迎えられて嬉しい」「みんな、愛しています。よき日も悪き日も、ともに立ち上がりましょう」と団結を誓ったという。
■「クリミア併合は非常に合理的な一手」と公言
ロシア愛はとどまるところを知らない。2016年にはアメリカ国籍を保持したまま、新たにロシア国籍を取得した。プーチンから直々にパスポートを渡されたようだ。この措置に恩義を感じてか、ロシア擁護の発言は加速してゆく。英ガーディアン紙によると、セガールはロシアによるクリミア併合を支持し、「非常に合理的」な一手だと述べている。
2018年にはアメリカとの交流を促進するため、ロシアの人道担当特使を買って出た。ロシア外務省は当時、文化やスポーツ、若者の交流などを強化すべく、セガールが対米交流のプロモーションに携わると説明している。
![ルースキー島の海洋水族館にて、ウラジーミル・プーチン大統領とスティーヴン・セガール](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/2/1200wm/img_b23562b203e10dbda03a84a3d3bb7c5d401731.jpg)
米ニュースメディアのバズフィードは、プーチンが以前、セガールを米露関係の改善に利用しようと図った経緯があると報じている。カリフォルニア州とアリゾナ州の名誉ロシア領事に任命し、ホワイトハウスとクレムリンの仲を取りもたせる計画だった。
当時のオバマ大統領にとって、この案は寝耳に水だったようだ。米政府高官はバズフィードに対し、「われわれの反応は、『冗談でしょう』というものでした」と語っている。記事はまた、セガールが「格闘家から落ちぶれたアクションヒーローになった」と述べ、プーチンが広告塔に利用するうえで都合のよい存在だったのではないかと指摘している。
■「ゼレンスキーが口封じで国民を殺した」とデマを拡散
ロシア依存を高めるセガールは、ウクライナ侵略を援護するかのような発言さえためらわなくなった。
セガールは今年8月9日、親露派が支配するウクライナ・ドネツク州の捕虜収容所を訪れている。収容所は7月末に爆撃されており、米政治専門誌の『ヒル』は現地報道を基に、捕虜53人が死亡したと報じている。ウクライナとロシアの双方が相手の攻撃だと主張している。
現地の爆発跡を視察したセガールは、通常の爆弾ではなく「HIMARS(ハイマース)」が着弾した可能性が高いとの考察を披露。アメリカが提供した高機動ロケット砲システム・ハイマースを使った、ウクライナによる攻撃であると示唆した。
だが、『ヒル』誌によるとこのセガールの見解は、米諜報(ちょうほう)機関による分析と食い違っている。米側はロシアが現地にハイマースの残骸を持ち込み、ウクライナによる攻撃だと演出する偽装工作を図ったと指摘している。
セガールの口からは、陰謀論まで飛び出した。その主張によれば、被弾地点に収容されていたナチズム信奉者を始末する目的で、ゼレンスキー大統領がハイマースを放ったのだという。軍事ニュースサイトのミリタリー・タイムズによるとセガールは、「興味深いことに、殺害されたナチスのひとりはここ最近でゼレンスキーに関して多くのことを発言しはじめていた」と述べている。
加えてセガールは、「そしてゼレンスキーは、ジュネーブ条約への違反に加えて人道上の犯罪という観点でも、拷問など残虐行為への責任がある」と述べ、ゼレンスキーが口封じのためにウクライナのネオナチに被弾させたとの独特な見解を示している。
これに対し同記事は、セガールの理論が米国の分析結果と一致しないことを指摘し、「陰謀論的観点」だと一蹴している。
■日本で学んだ「合気道の精神」はどこへ
セガールが惚れこんだ合気道の基本精神に、むやみに相手と強弱を競わないという考え方がある。
小国を侵略する大国・ロシアを支持する今のセガールに、かつてこの理念を門下生に説いたであろう師範としての威厳は、残念ながら微塵も感じられない。
セガール本人は武術を極める理由として、健全な精神の発露に欠かせないためと説明している。しかし、プーチンとの密接な関係に甘んじるいま、かえって肉体の研鑽が必ずしも健全な精神の発達につながらないことの広告塔となってしまった。日本で合気道の技を磨く人々にとっては迷惑にほかならず、アメリカはじめ海外における合気道の評判を凋落させることにもつながりかねない。
以前セガールは俳優業と並行して、米ルイジアナ州の保安官代理としても活躍し、アメリカ市民の安全を守っていた。しかし、2015年には反米・反NATO国のセルビアから特殊部隊に合気道の訓練を施すよう依頼され、翌年にはセルビアの市民権を授与されている。日本で体得した武術やアメリカで築き上げた評判を基に、反米国での生活基盤を築き上げているかのようだ。
かつては映画スタジオのカメラを通じ、テロリストと闘う勇姿を披露してきたアクション俳優、スティーブン・セガール。いまや報道カメラを通じ、かつてファンだった世界の人々に醜い実態を晒す立場となった。
筋書きのない現実世界で正義を示せるか、プーチンとの間合いの取り方が問われている。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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